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zoom RSS 【776】 乗り鉄12か月…1991年3月「紀伊半島日帰り一周」

<<   作成日時 : 2017/03/09 06:40   >>

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毎月1回ずつ、過去にその月に乗り鉄に行ったときのことと、撮り鉄に行ったときのことを書いています。
今回は、今から26年前の1991年3月17日に紀勢本線で紀伊半島を日帰りで一周したときのことを振り返ってみます。
このころは、育児に追われる家内が多忙な日々を送っていた手前もあって、この前年の2月に初めての北海道に行った以外には、一人で遠出するようなことはありませんでしたが、5枚別葉になっていた青春18きっぷを家族旅行で4枚(大人2人×2日で幼児2人を随伴)を使って、残った1枚を私が1人で日帰り旅をするというパターンが定着していました。
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家族旅行で発売額以上の利用をしたあとの1枚ですので、日帰り旅の旅費はタダみたいなものでした。だいたい私が出かける動機はいつもそういうものであって、今日までまともな普通運賃で乗り鉄に行ったことはほとんどありません。かといって不正乗車ではなくちゃんと合法的に格安乗車券を利用させていただいています。客としての質はよくないとは思いますが、工夫すれば、よく言われるように「鉄道趣味は金失の道」とは必ずしも言えないと思っています。
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高蔵寺5:24―120M―名古屋5:50
211系 先頭クハ211-5314乗車
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名古屋5:53−425M−大垣6:29
211系 3両目モハ210-13乗車
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国鉄からJR東海に継承されたわずか8両(2編成)の211系0番代車のうちの1編成。このとき新製から、わずか4年半だったが青白の新幹線カラー帯から湘南色の帯に変わっていた。

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大垣6:31−731M−米原7:07
113系 最後尾クハ111-177乗車
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垂井から小雨が降り出し、伊吹山も見えず。関ケ原付近の地面には残雪。この列車はJR西日本車による姫路行であるが、米原で下車して後続の新快速に乗り換える。

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米原7:27−3211M−大阪8:59
221系 先頭クハ221-43乗車
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米原での20分は貴重な食糧買い出しタイム。菓子パン2個と缶ビールを仕入れる。大津で米原まで乗ってきた731Mに追いつき、九州からの旅を終えた「あかつき」が停車中だった京都まで並走。吹田操車場跡は雑草にまみれていた。

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大阪9:00−(大阪環状線内回り)−天王寺
103系 先頭クハ103-174乗車
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大阪では、ほぼ同時に到着した大阪環状線の列車に辛くも間に合い、天王寺駅での乗り継ぎに余裕ができた。次に乗る阪和線〜紀勢本線の紀伊田辺行には海側に座ることが絶対条件なので、天王寺ではその折り返し列車(9:27)の到着を待って確実に海側ボックス席に座ることが可能となった。

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天王寺9:34−1341M−御坊11:46(紀伊田辺行)
113系 先頭クハ111-559乗車
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紀三井寺では「スーパーくろしお」と臨時「くろしお」にまとめて抜かれる。抜かれることが悔しがったりするようでは、青春18キッパー失格である。2本もの特急を鑑賞できるのは普通列車の特権であり、そもそも急ぐ旅でないのに速さをもって優劣を競う必要など全くなく、ゆっくり車窓を味わうことができる普通列車こそが目的にかなった列車である。
海南には、野上電鉄の古い電車が停まっていたし、冷水浦を出ると待望の海が車窓に現れた。関ケ原前後の雨がウソのような晴天になっている。日頃の仕事を忘れて、ぼんやり車窓を見ている時間は至福の時。車窓をよぎるのは海ばかりでなく、庭いじりの親父、畑で種まきのじいさん、子供と電車を見に来た母親、布団を干す奥さん、そして一面ミカン畑になっている山の温顔な地らしい風景。
乗っているのは紀伊田辺行だが、この列車が紀伊田辺に着く11分前に、紀伊田辺12:27の2339M新宮行普通列車が出ていってしまう意地悪ダイヤになっている。しかし御坊で抜かれる特急「くろしお9号」に乗換え、紀伊田辺まで先回りすれば、その2339M新宮行普通列車に間に合う。ここはしかたなく、特急に18キッパー魂を売る。

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御坊11:52―(1039Mくろしお9号)―紀伊田辺12:20(新宮行)
381系 先頭クハ381-120乗車
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グリーン車サロ381だけがスーパーくろしお色で、あとは全部国鉄色。私が乗った車両は、車内も国鉄当時のままであった。車内は2割程度の乗客しかおらず、車両の最後部海側の座席に腰かけ、旋回する航空機のような振り子作用の乗り心地を味わうことにした。普通列車と違うのはBGMが流されていたことで、曲は「遠くへ行きたい」と「いい日旅立ち」のインストゥルメンタル。沿線車窓案内放送も入ったが、女声による録音テープであった。
特急を利用するために追加すべき運賃+自由席特急料金は1340円。この日かかった旅費の3分の1以上を、わずか40.1q、28分間のために消費する結果となった。

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紀伊田辺12:27―2339M―新宮15:27
165系 最後尾クモハ165-75乗車
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紀伊田辺駅でくろしお9号から降りた後、ホーム売店で昼食用幕の内弁当を仕入れる。
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165系の普通列車から眺める車窓は、線路が海岸から離れても、紀伊山地から直接太平洋に流れ込む渓流を渡ったりもして変化がある。周参見でスーパーくろしお待避のため17分停車する。ここで紀伊田辺で買った駅弁で開く。そのあとは海とトンネルが連続する。串本を過ぎると橋杭岩の奇岩と大島が見え、それまで輝いていた太平洋は、列車が本州最南端を回ったことによって光線が順光になり真っ青な海に変わった。列車の速度は40qくらいか。並行する国道を走る軽トラックの速度より遅い。
紀伊勝浦でも17分停車したので、港まで行ってみたが、帰りに道を間違えて少し焦った。

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終点の新宮では、次の多気行普通列車まで乗り継ぎ時間がちょうど30分あったので、宮脇俊三著「最長片道切符の旅」に出てくる「徐福の墓」に行ってみることにしたが、どうということはなく、国鉄就職直後に乗務で来た時に、いつもさんま寿司を買っていた八百屋の向かい側の広場の片隅に、その墓があった。
そのあと、駅にほど近いスーパーで行った時点で発車10分前。夕食用のさんま寿司とバッテラ、烏龍茶を買って、走って駅まで行ってKIOSKで酒を買い、列車に乗ったのは2分前であった。
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新宮16:07―340D―多気19:46
キハ58+キハ28 最後尾キハ28 2162乗車
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時刻から察するに、この列車はたぶん高校生の帰宅用ダイヤだと思われるが、この日は日曜日で3割程度の乗車率。この先は海が見える区間は限られてくるが、長いトンネルを出ると入江があるというこれまでと違った景観がある。尾鷲で18分停車して特急「南紀8号」に追い越される。日曜日の夕方とあって特急には立ち客まであるが、わが列車の乗客は一向に増えない。
紀伊長島10分停車。ここで完全に日が暮れ、荷坂峠は闇の中。時速30qくらいだろうか。荷坂トンネルに入る直前に、長島の街の灯が下の方に一瞬見えた。
私の場合は、暗くなって車窓が見えなくなった時点で、乗り鉄旅は移動手段になる割合が大きくなる。すべきことは、買い込んだ夕食を食べたり、呑んだりするだけになってしまう。けれど海が見える区間を、天気の良い日中にゆっくり乗車できたことで、十分に旅の目的は果たされていた。

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多気19:52―1874C―亀山20:45
キハ11単行ワンマン キハ11-1乗車
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1両でも空席が目立つ車内。ワンマン化して日が浅いので、近鉄との共同使用駅になっている松阪と津の運賃収受がどのように行われるのか興味があったが、どうも「?」で、乗客の良識に任せているようにも思えた。

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亀山20:54―1282M―名古屋22:04
213系 先頭クハ212-5013乗車
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ワンマン単行のキハ11気動車とか2両のステンレス213系電車は、まるで旧家のような亀山駅の長くどっしりしたホームには似合わないが、21時近くで駅は人の気配もなく静まり返っている。1日を振り返りながら、そして旧型客車時代を思い出しながら、新宮で買った酒の残りを呑み終えて名古屋へ。

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名古屋22:13―751M―高蔵寺22:40
211系 7両目クモハ211-5003乗車
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いつもの通勤時に使うロングシートの211系5000番代。この列車に乗った時点で旅の気分は終わりとなる。

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(参考)
朝、高蔵寺を出てから戻るまでの所要時間:17時間16分
乗車距離:751.2q
旅費:青春18きっぷ2260円+特急券乗車券1340円=3600円
まともに乗車券を購入した場合、特急券を含めなくても1万円を超えます。
当日は意識的にカメラを持たずに出かけましたので、このブログ記事に使用した車両の画像は、手持ちの模型画像と、別の日に撮影した同系列車両の画像を使用しました。いずれも当日乗った車両に比較的近い車両の画像を掲載しましたが、必ずしも合致していません。また一部加工した画像もございます。
乗車券の画像は当日使用したもので、弁当掛け紙と酒ラベルは当日買ったものの画像です。

《このとき初乗りできた旧国鉄線》・・・なし。


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コメント(17件)

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しなの7号様、こんにちは。
へえ、普通列車主体で紀伊半島一周が出来たのですか。宮脇氏の飯山、只見線紀行の、時刻表を見て驚いた、日帰りが可能なのだ、の件りを思い出しました。
近年、長距離列車が削減されてゆく反面、増発、スピードアップが図られて、全国的には一見つまらなくなってゆくイメージの時刻表にも別の発見があるものですね。このような利便性があればそれはそれで歓迎です。
ただ、今以上に車両のインテリアが素っ気ないものになるのはご勘弁を.....。
NAO
2017/03/09 15:56
NAO様 こんばんは。
先週末からの新ダイヤは確認していませんが、それまでのダイヤでは、特急を使わずに日帰りで一周可能になっていました。このころは、短区間特急を使わないと日帰りができませんでしたが、中央西線と大阪環状線を除けばクロスシートに余裕で座れて中身は充実(ホントか?)していました。今は少なくともJR東海の紀勢本線区間はロングシートでしょうから、ちょっと二の足を踏んでしまいます。
しなの7号
2017/03/09 19:06
こんばんは。
味気ないオレンジの線の入った銀色の車両に始まり、またそれに終わる。バリエーションに富んだ車両を堪能しても、我が家が近くなり、現実に引き戻される感じですね。
あ、環状線の天王寺到着は、国電区間は時刻表にないので不明なんですね。
やくも3号
2017/03/09 21:53
しなの7号様こんばんは。
紀伊半島一周の旅、楽しく拝見させていただきました。
今から30年近く前は、国鉄車両も健在で、昔、好きでただあてもなく関西線や紀勢本線を乗っていた自分を思い出しました。
でも、 私が実際に乗ったのは、恥ずかしながら、亀山〜新宮間のみでこれでは紀勢本線の半分にも足りません。 しなの7号様の忍耐と興味の強さにただただ脱帽です。
それと、新宮〜多気間のキハ58系いいですね。何が良いかというと全席急行仕様のクロスシート。これでなければ「飲み鉄」は出来ません。クロスシート車の窓辺に置かれた缶ビールやワンカップ瓶は、旅行を満喫しているという画ですが、ロングシート車両で酒瓶でも持っていたら競艇か競輪でスッテンテンにすられたオヤジにしか見られませんものね。(涙)

2017/03/09 22:37
しなの7号様、こんにちは。
当時は165系が紀勢本線で活躍していましたね。和歌山〜新宮間、ロングランの165も存在していた記憶があります。急行型で丹念に各駅停車しながらの〜んびり、特急に抜かれようが、単線行き違いで待たされようが、どこ吹く風とマイペース、移動時間をじっくり愉しむ、想像するだけで幸せを感じますなぁ(ノ´∀`*)周参見、紀伊勝浦でそれぞれ17分、尾鷲18分、紀伊長島10分停車とありますが、こういった待ち時間が持てる事も鈍行旅の醍醐味ですよね…
紀勢本線と言えば『924はやたま』、しかし和歌山県内で景色を愉しめません。が、『夜汽車』を存分に愉しめ、日中では決して味わえない雰囲気を享受できました。
旧客、165系、キハ58での鈍行旅、今ではどんなに大金を積んでも不可能です。時代の流れだもんで、仕方ないですが 『う〜む』と唸ってしまう次第です(´・ω・`)


はやたま速玉早玉
2017/03/10 11:53
やくも3号様 こんにちは。
旅はなるべく帰路が少ない方がいいですね。そのためには往復よりも一周のほうがいい。
近畿圏では銀色電車でないのも見られるのでいいですが、わが地元ときたらどこへ行っても似た外観・似た外装の列車ばかりです。

そうです。このころは、時刻表で大阪環状線の発着時刻がわかりませんでした。大阪発時刻は駅の表示で現地確認したので記録できました。紀州路快速などは存在しませんでした。
しなの7号
2017/03/10 14:48
天様 こんにちは。
行程としては、今でも実行可能な日帰りコースですが、国鉄形クロスシート車主体で紀伊半島を回れたことに時代を感じますね。一人旅に出て車窓が楽しめない列車では、旅の楽しみの大部分を奪われた格好で、それを求めれば、必要もないのに特急列車に身をゆだねるしかありません。しかしそれでは見知らぬ駅の長時間停車や、その駅前で立ち寄るスーパーや酒屋の地酒を買うなどの楽しみはありません。
それに最近は車内飲食への世間の目が厳しくて…。このまえ名古屋の地下鉄に乗ったら「車内での飲食は、他のお客様のご迷惑に〜」と自動放送が入りました。まあ、地下鉄では飲まないからいいんですが、わざわざそうやって放送されると責められているみたいです(;´Д`)
しなの7号
2017/03/10 14:50
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
スロースピードで太平洋を眺めながら走る165系の乗車時間は、自分にとっては至福の時間でした。このころ紀勢本線の165系による普通列車は、夜行便と折返し列車が新大阪発着でした。夜行とともに、こうした長距離鈍行をクロスシート車で残していただきたいものです。
本文に軽トラックと並走したと書きましたが、道路の方は線路のように半島状の出っ張りをトンネルでパスするわけでもないので、距離が長くなりカーブも多いはずなのに並走するのですから、いかに列車がスロースピードかということですね。
このときは、EF58とかDF50に牽かれた旧客だったらよかったのに…という今からすれば贅沢な不満を持っていたのですが、今では18乞食の貧乏旅行者が乗るべき列車は減る一方です(;´Д`)
しなの7号
2017/03/10 14:52
 しなの7号様、こんにちは。
分割民営化されたとはいえこの当時はまだまだ国鉄の残り香が強く、長距離鈍行は2扉クロス車が主力の良き時代を感じますね。デッキで仕切られた落ち着いた車内は鉄道旅行の魅力いっぱいでしたが、もう見ることはなくなりました。今から思えば国鉄ショックに負けていないでもっと鉄道の旅を楽しんでおけば良かったのですが後の祭りです。
こちらのコメント内で度々登場の宮脇さんですが、やはり2扉クロス車がお気に入りだったようで、最長片道切符の旅取材ノートには「この線にも3ドアが」「味気なし」などと書かれていますが、現在の東北地方や紀勢線が3扉の上ロングシート車に席巻されているのを見たらなんておっしゃるでしょうね。私も車内での飲み食いが鉄道旅行の醍醐味と思うのでロングシート車しかない線区は敬遠します。
門鉄局
2017/03/11 15:04
門鉄局様 こんにちは。
国鉄の車両で旅をする…というと旧型客車のデッキ付4人ボックスをイメージしますが、その名残があるのはキハ40系くらいでしょうか。すっかり普通列車で楽しむ乗り鉄旅がしにくくなってしまいましたので、青春18きっぷもあまり買わなくなりました。
一時期青春18きっぷを使って出かけていた雪見の旅にも数年行っていません。高山本線・大糸線といった線区の車両が変更されたことや、信越本線豊野以北の第三セクター化が一因です。交通費や行った先でお金を使わない歓迎されない少数派の旅人であることは重々承知していますから、何事も偉そうには語れませんが、ロングシートの旅が嫌なら特急へどうぞと誘導されているようです。

最長片道切符の旅で、著者は多気〜和歌山間を急行と特急で巡っておられますが、取材ノートでは、紀勢本線内で普通列車と行違った際に「こっちはせかせか、あっちはのんびり」と書いておられます。(←本篇には記述なし。)また、本篇では、この前日の部分で「木曽谷を特急で特急で突っ走ってしまうのは惜しいが、日がないのでやむをえない」と書かれていて、日程に余裕さえあれば、紀勢本線も旧客でのんびりと巡りたかったのだろうと思いました。
しなの7号
2017/03/11 16:29
こんばんは、再コメ失礼します。
新ダイヤ時刻表を見ましたところ、高蔵寺5:37発でスタートすると、好(過ぎ)接続が続き、普通列車だけの乗り継ぎで23:48に戻る行程ですね。
但し乗り換えが絶妙過ぎて、まともに買い物が出来る乗り換え時分のある駅は多気、亀山ぐらいで、スポットスポットで乗り換えの利便性が良いのは良いですが?、乗り換え続きだと歓迎し辛いですね。
NAO
2017/03/11 21:44
 こんばんわ
 
 紀勢本線は、西半分が165系、東半分がキハ58系と最後の急行車両、それも電車と気動車の双璧を味わえた貴重な線区でしたね。

 私の地元でしたので、国鉄時代は、EF58、DF50が牽引する旧型客車によく乗りました(乗客として)EF58は、カーブで喘いでいましたが、DF50とは違い直線区間では急客機の本領を発揮していました。

 381系「くろしお」で乗車された御坊→紀伊田辺は、R300、R400のカーブが多く、当時もっとも振り子を発揮した区間でした。
 複線電化区間であり新線部もあるので直線で飛ばし、僅かな減速でカーブをクリアする、381系電車が大喜びする区間でもありました。 
 お高く付きましたでしょうが、切目→南部の海岸部の景色も素晴らしく、381系「くろしお」号の一番美味しい区間だと思います。(酔う方も多くいたので、一概には言えませんが)


 今は無き、天王寺発、快速紀伊田辺行と当時の車両、時刻と懐かしく拝見致しました。
クハ381-111 
2017/03/12 01:41
NAO様 こんにちは。
新ダイヤでの確認ありがとうございました。今改正の時刻表は購入予定未定なのですが、おおむね変わっていないみたいですね。肝心な区間がロングシート中心の旅になり車内飲食は断念するとしても、接続に関しては実に配慮された結果だと思います。
昼時に紀伊田辺で30分以上の乗り継ぎ時間がありますので、ここで昼食タイムです。夜は多気ではどうしようもなさそうですし、亀山では遅すぎ、そこは持参の間食でつなげて、多気から先行する快速「みえ」で津まで先回りすれば、少し遅い時間ではありますが、30分以上の夕食時間が取れます。駅内には吉野家がありますし、急いでビル2階の飲み屋で津餃子を肴にちょっと一杯やって亀山行に乗れそうです。
しなの7号
2017/03/12 15:35
クハ381-111様 こんにちは。
この旅の2年前には、逆コースで新宮→和歌山間で381系くろしおに乗車しています。そのとき最初は、しなの号とはちがって全然飛ばさないなあと思っていたのですが、このあたりから人が変わったような走りに変わったことを覚えています。 この普通列車旅の途中で、「しかたなく」数少ない紀勢本線の381系くろしお体験ができたことは、今となればよかったと思っています。
鉄道の仕事をしてきた者にとっては 列車番号ひとつであっても、仕事で乗っていたころが懐かしくよみがえるものですね。使用される車両は変わっても、海と山とを堪能できる紀勢本線の車窓は変わることはなく、何度でも再訪したい線区に変わりはありません。
ただ、できるものなら、旧客に乗って、海が見える和深駅のようなところで停車して物音ひとつしない車内から海を眺める停車時間を味わいたいものですが、それは叶うことはないでしょう。
しなの7号
2017/03/12 15:53
何遍もすみません、応用乗り継ぎのご教示有難うございます。
私は時刻表購入予定はなく、職場備え付けのものをチェックし、ひと月遅れお持ち帰り予定です。ほとんどのスタッフが使用しないのでサラッ品同様です。
「みえ」のテがありましたか。津は営業にも行きましたし、宿泊もしているのですが、乗降は近鉄電車ばかりでそのクセがまだ頭に残っているのか、JRの津まで先行、途中下車は思いもしませんでした。
津餃子、あのデッカイやつでしたかね。夕食を食べに行ったとき、翌日の香りを心配して注文を断念したので、未乗ならぬ未食です。今度はいつ行けるか?
ちなみに今日の昼食は家族が何年ぶりかに吉野家の牛丼を食べたいと言い出したものの、娘が試験中なので店舗には行けず、買い出しを命ぜられて任務を遂行したところであります(深夜まで残業の日は私はときどき店舗を利用するので珍しくはないのですが)。
NAO
2017/03/12 17:07
NAO様 こんにちは。
松阪での下車もアリかと思います。駅からすぐの「鉄」御用達の駅弁屋さんはHPによると7:00〜21:00営業時間。多気の乗り換え時間に予約するのがよろしいかと。でも車内はロングシート…どこで食べたらいいの?
うら寂しい駅が多い地域での津駅はオアシスですね。津餃子は昨年食べました。逆に(津だけでなく)吉野家には1〜2年はご無沙汰しています。決して避けているわけでなく他の牛丼店が行動範囲に多いだけのことです。退職前の職場からは同じような距離に吉と松の両店舗がありましたが、食券収集のために松のほうへ行ってました。
【53】変なコレクション1(松屋の食券 前篇)
http://shinano7gou.at.webry.info/201008/article_9.html
しなの7号
2017/03/13 08:05
鉄子おばさん様 こんにちは。
たぶん、私は「あさしお」に乗ったことがありません。181系DCでは「しなの」「おき」「いそかぜ」に乗っています。「いそかぜ」に乗ったのは益田〜小倉間ですが、この時は京都から北近畿タンゴ鉄道全線に乗った後、ひたすら山陰本線の鉄道旅を楽しみました。
しなの7号
2017/03/14 15:05

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