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zoom RSS 【793】 乗り鉄12か月…1995年5月 中央〜八高〜信越〜篠ノ井線

<<   作成日時 : 2017/05/04 06:20   >>

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これまで5月には、あまり遠出をしていない。連休を利用してあちこち行かれる方は多いだろうと思うが、私は混雑が大嫌いなので連休はなるべく出かけないようにしている。そして人事異動で仕事にならなかった4月と連休で遅れてしまった仕事に本格的に取り組めるのが5月の連休明けであるから、仕事モードになりがちで休みづらい時期でもあった。この1995年も転勤があった年で、私は初めて経験する職種に、その転勤先で取り掛かったばかりで戸惑っていた。それでも出かける気になったのは、それなりの理由があった。国鉄から転職した直後に上司だった方が、JR東日本の株主だったらしく、この人から、まだ上場して間もないころで珍しかったJR東日本の株主優待券を2枚いただいたのが動機と言えば動機である。自分の趣味を公表しておけば、こういうこともある。その有効期限が迫っていたので、5月中になんとしても使ってしまおうと思っていた。

優待割引券が使用できるのは、当然にJR東日本管内線区だけである。どうせなら一筆書きの片道乗車券で何日もかかって東北地方の未乗線区を乗りつぶすのが理想かもしれないが、あいにく前述のような状況で仕事を休むわけにはいかないので、日曜日の日帰りにして、未乗だった八高線の一部区間に乗車することと、2年後に控えていた信越本線横川=軽井沢間の廃止前の乗り納めをすることを主な目的として出かけた。

高蔵寺5:59―(825M)―8:34塩尻

乗車駅高蔵寺で、JR東日本との境界駅塩尻までのJR東海区間の往復乗車券を買ってから、中央西線普通列車に乗った。塩尻駅で下車して、件の優待割引券を使って買ったのは、こういう片道乗車券だった。
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塩尻を起点に、中央東線・八高線・信越本線・篠ノ井線を経由して塩尻までの一周の片道乗車券。
この程度の片道乗車券は、たぶん当日に窓口でお願いしても、それほど時間もかからず発券できるだろうと思うが、複雑な経路の乗車券を購入するときは余裕を持って前日までに購入するなどして、くれぐれも窓口氏と他の利用客のご迷惑にならないようにしていただきたい。割引が絡みJR他社での発行ができないので、このときは当日買うことになったが、窓口氏や他の利用客に対して配慮がない買い物は、ヲタクが嫌われる大きな要因だと私はかねがね思っている。また、ヲタク的知識は、プロとしての仕事を合理的にこなす知識とは別物であることを知るべきであろう。
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塩尻9:24―(あずさ4号 4M)―八王子11:33

ふつうでない乗客であることは、出札窓口氏にはバレているし、車内改札で車掌氏にもバレるかもしれないが、ふつうに用のある人を装って窓側の座席に陣取り、移り行く車窓を眺めている時間は幸せである。
久しぶりに乗った183系電車の車内の様子だけでなく、車掌氏の仕事ぶりも失礼ながら観察させていただく。特に最近は、乗るたびに私の現役時代と違うなと思うことに出会う。このときは「○○(駅)に入ります」という言い回しの車内放送を初めて聞いた。最初は「まもなく甲府に着きます。お忘れ物がないようご注意ください。お出口は〜」から始まって、普通列車と身延線の乗換案内でいったん放送は終わるが、ホームに着く前に「甲府に入ります。3分少々停車します」という言い方に、どうも違和感があった。こういう言い回しは普及しているのか知らないが、どうでもいいことが、何かと元車掌にはいちいち気になってしまう。

八王子12:01―(245D)―高崎14:37
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このころ八高線は全線非電化であった。一部区間にキハ110系が入っていたが、全線にわたって使用されていたのはキハ30・35・38であった。八高線はこの翌年に八王子〜高麗川間が電化される予定であったから、旧国鉄形キハ30・35・38の乗り納めというつもりもあった。ロングシートの気動車にわざわざ乗りに来なくてもいいようなものであるが、キハ30とキハ35は自分の乗務列車で使用されていた形式だったから乗っておきたかった。
それと旧国鉄で7両だけ造られて全車が八高線で使用されていたキハ38は、ここでないと見られなかった形式で、このとき初めて見た。
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乗車した列車にも最後尾にキハ38 4が連結されていた。これが最初で最後の出会いになるだろうと思っていたが、キハ38は、翌年に八高線八王子〜高麗川間が電化された後、久留里線に活躍の場を移したので、7年後に私が久留里線に初乗りした時に再会できた。八高線で乗った列車に連結されていたキハ38 4に乗ることはなかったが、途中駅ですれ違った列車の先頭が新久留里線色に装いを変えて別人のフリをしたキハ38 4であった。
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八高線の話に戻そう。途中駅の寄居で数分停車したとき、車掌氏はなにやら乗客にクレームを付けられ困っている様子であった。若い車掌氏であったし、私が車掌時代にキハ35に乗務していたころも20代半ばであった。なにかと乗務員時代の自分を見ているようにも思える。クレームの内容は聞こえてこなかったが、ガンバレ車掌‼
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そしてこのころの八高線にはDD51重連のセメント貨物列車も健在で、途中駅で行き違った。
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この線区は国鉄入社直前に一部だけ乗車していたが、途中の金子〜倉賀野間が未乗だったので、このとき八高線が全線完乗となった。
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高崎15:10―(あさま19号 3019M)―長野16:47

私は、同じ目的の者が集中するところに行きたくない人種だから、祭りやイベント会場、テーマパークなどで、並ばされたりするところにはめったに寄り付かない。横川・軽井沢間が廃止されることが決まると、私のように他に用もないのに乗り納めに来る者が多くなって、混雑しがちだから、信越本線碓氷峠越えルートへ行くには、北陸新幹線の長野開業まで2年あったこの時期がベストであった。(と、言いながら実は横軽廃止の3か月前に横軽1区間だけに乗るためにマイカーで出かけている。)
高崎から189系下り「あさま」に乗るにあたっては、いつものように窓側の座席である必要はない。横川と軽井沢で機関車の解結作業を見に出かけるので通路側のほうがよい。午後の下り列車なら、軽井沢から先では乗客も減ってくるので、小諸あたりで窓側の空席も出てくるに決まっている。
横川では「機関車連結のため4分止まります。お買い物の方は発車ベルにご注意ください」の車内放送。機関車が連結されるまで、峠の釜飯お目当ての乗客たちを眺め、発車後はドアの窓から駅売りさんたちの「儀式」を拝見した。下車すべき篠ノ井では下車せず、そのまま列車終点の長野まであさま号に乗った。長野到着時の車内放送の前には「ふるさと」のオルゴール。「鉄道唱歌」は、このころの「あさま」には、もうなかったようだ。それでも放送の主の落ち着いた語り口は「国鉄」をそのまま残していた。

購入してあった乗車券で長野まで行くと篠ノ井〜長野間は経路からはみ出すので別払いした。ところで、このころ篠ノ井〜長野間は「分岐駅通過列車に対する区間外乗車の取扱いの特例区間」に指定されていた。篠ノ井線との分岐駅である篠ノ井には一部に通過する「あさま」と「しなの」があったので、高崎・上田方面と松本・名古屋方面との相互間の乗車券を持っている乗客が、篠ノ井を通過する列車に乗った場合は、長野で改札を出なければ篠ノ井〜長野間の往復運賃は不要で区間外乗車ができた。この旅で乗車した「あさま」「しなの」は、ともに篠ノ井停車列車で、しかも私は長野で改札を出て駅弁を買った。
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国鉄時代に長野まではよく乗務で訪れていたが、長野駅の駅弁は買ったことはないように思う。そのかわり、昼食では、この駅弁製造者ナカジマ会館さんが経営する食堂をときどき利用していた。
この駅弁の信州らしいパッケージは、信州の画家原田泰治の絵である。上諏訪には原田泰治美術館があって、過去に3回ほど訪ねている。⇒【510】 中央本線で原田泰治美術館へ

しかしナカジマ会館さんは、10年ほどまえに駅弁の販売から撤退されたそうで、今長野駅で買える駅弁は別の業者さんが製造販売しているはずである。そしてナカジマ会館さんの食堂も、移転したのか廃業されたのか知らないが、前あった場所には見当たらない。

さて、ここから先は、かつて慣れ親しんだ381系「しなの」に乗る。

 長野17:11―(しなの28号 1028M)―多治見19:51

発車前に最後部に行くと1年後輩だった鉄分が濃い車掌氏がいたので、ご挨拶。
このときも「しなの」では健在だった「鉄道唱歌」のオルゴール。車内放送は聞き慣れていた声。それにこの日は3両増結されて国鉄時代を思わせる9両編成。この列車のダイヤも、国鉄時代にいつも乗っていた「しなの18号」とほぼ同じ時間帯。車内改札など仕事ぶりを懐かしく拝見し、かつての職場というべき車両に身をまかせて家路についた。

前に「【617】天声人語に酒井順子さん!」という記事を書いたことがあるが、今朝の天声人語にも酒井順子氏の言葉について触れられていた。速さを捨てたことで「私の中の時間と空間の軸を溶かす効果が、あったようです」との言葉が引用されていたが、まさにそのとおり。仕事で息が詰まる時期にあえて行った、のろい八高線や、今は新幹線にとってかわった横川軽井沢間を堪能し、単に一周しただけの日帰り旅では、「ゆっくり贅沢」を堪能できたと思う。



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コメント(20件)

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こんにちは。
どうせ誰かがやらなければ、のような乗車券、私も買ったことがありますが、仰るように窓口とそこに並ばれる人々には気を遣ってきたつもりです。
がしかし、一般人なら誰でも知っているし、窓口の誰でもやれる、と踏んだ片道乗車券を頼んだところ、全然マルスから出てこず、後ろの人達から冷たい視線を感じさせられてしまったことがありました。超観光スポットで、恐らく全国的に往復型企画乗車券が発行されるのが大半かと思われる駅で、遠回りもしない片道乗車券でさえ複雑な部類に入ってしまうところなのかとビックリでした。窓口氏の慣れの問題かな?
乗り鉄していた箇所を再訪すると、以前とはコロッと変わってしまった駅前、増えましたね。駅前しか意識していませんが、実際にはいろんなところがどんどん変わっていると思います。
NAO
2017/05/04 17:50
NAO様 こんばんは。
>窓口氏の慣れの問題かな?
それが国鉄末期であったなら、このところ書いているような無理な人事異動の賜物???だったでしょう。
実際、私はマルス端末など触ったこともないし、車掌からいきなり駅に配置転換されたら、行列ができる窓口になっていたことでしょう。国鉄退職後、そうやってカレチから駅へ出た先輩が名古屋市内にある某駅「みどり」にいるのを発見し、厄介な乗車券はいつもその人から買っていた時代もありました。「お!こんどはどこ行くだ?」というご挨拶を懐かしく思い出しますが、私が市外に転勤してしまい、それっきりになってしまいました。私の転勤先の近くでマルスがあるのはJRバスの営業所しかなく、いつも窓口におられるのは、おそらくバス車掌上がりと思しき中年女性でした。そこはバスの定期券と新幹線の東京か新大阪くらいしか売れないような窓口でしたから、周遊券などを買う客は珍しかったはずで、顔を覚えられてしまいました。昼休みに経路など書いた紙を持っていき、夕方会社帰りに受け取りに来ますというパターンでしたが、その営業所も今はなくなりました。
今日は土岐市へウォーキングに行きましたが、駅前商店街は歯抜けで、シャッターが目立ち、駅前は寂しくなるばかりです。
しなの7号
2017/05/04 20:50
しなの7号様 こんばんは。
駅弁、本当に買えなくなりましたね。
ttp://toyokeizai.net/articles/-/135718?page=4
のとおり、駅弁が買えるのは愛知県内では名古屋と豊橋のたった二駅、京都府に至っては唯一京都駅のみになってしまったようです。
自分は仕事で京都→大阪の移動があるときなどは、駅弁と車窓を楽しむためにわざとスーパーはくとやサンダーバードを利用し、30分があっという間だったりしますが、京都駅で買うお弁当はまことに華美で値が張るもので、雰囲気を楽しむのではなく単なる腹ごしらえならばコンビニ弁当やほか弁で事足りるよなぁ、といつも感じてしまいます。駅弁は全国的にもう必需品ではなく嗜好品になってしまったということでしょうか。
新見や備後落合でも駅弁が売られていましたし、ホームには立ち食いのそば屋さんもあったことがにわかに信じられないです。

そういえば中津川駅の根ノ上そば、買おうとしたらすぐに乗車する電車が来てしまって、食べずじまい。ずっと心残りになっています。。。
やくも3号
2017/05/04 22:42
やくも3号様 こんにちは。
駅を鉄道を取り巻く状況は、駅弁を含めて昭和時代とは一変しましたね。 昨日、ふだんはめったに乗降することなく通り過ぎるばかりの土岐市の街を歩いて改めてそんな思いがしました。そういう中で駅弁の存在も、おっしゃるように嗜好品化していますね。あと運転時分がせいぜい2〜3時間程度の列車が増えて、車内で食事をするという必然性もなくなったということもあるでしょう。私の普通列車主体の旅では数少ない列車を乗り継ぐために、乗車時間を食事時間に充てることで 地上での食事時間を節約しつつ、飲食しながら乗車する楽しみも併せ持っています。 また、どんなに見慣れた車窓でも特急で飲食しながら眺めると、旅の雰囲気に浸れることは私にはよく理解できますが、そういうことがわかってくれる方はたぶん限られるのでしょう。この国では、移動手段の多様化と利便性が向上して、供食事情も同じように進化しましたが、鉄道に乗るときは駅前にスーパーやコンビニさえないところがあると思えば、とても食事などできそうもない構造の列車が増えたことから見ても、私のような奇人変人旅行は肩身が狭くてしにくくなってしまいましたわ。

根の上そば、子供の頃には繁盛していました。乗務員時代にはレチ弁の受取場所にもなっていましたが、営業時間がかなり限られていたように思いました。
しなの7号
2017/05/05 09:09
2015年12月千葉の船橋で銀行定期3ヶ月2.784%というのがあり利息で交通費賄えるということでどうせなら往復新幹線より一筆書きが安い。スーパーあずさに乗りたいということで
京葉総武を通って一筆書きを経験しました。

中央西線
2017/05/05 19:37
中央西線様 
昨今の低金利は情けないですが、そんななか3ヶ月とは言え2.784%とは破格ですね。国鉄の退職金をもらったころは、利息はすごくてたいへん助かりましたが、全額マンション購入の頭金に化けました。
しなの7号
2017/05/05 20:12
八高線ののろさ。実感こもってますね。

高校のクラブの夏合宿、長野であったのですが、八王子から高崎まで通しで乗った時の長くて退屈だったこと!あのロングシートでは旅情はまるでなかったことを高校生ながら感じました。

思い出すのは、同行した顧問の先生との、「早く着かないかなぁ」との会話のみです。
なはっ子
2017/05/05 22:19
しなの7号様、こんばんは。
2年前、埼玉(東武東上線、坂戸駅前)で呑む機会がありました。前の会社が倒産後で無職の状態、しかも今の会社への就職のメドも立っており時間に余裕はある、さて、どうやって行こうか?八高線越生から東部越生線利用案も浮上しました。しかし京都→東京→大宮→川越(東武東上線乗り換え)の無難(?)なルート採用しました。名古屋→熱海間のみ新幹線利用、前回コメントさせて頂いたように東海道本線湯河原〜根府川付近の相模湾の絶景は外しておりません。
乗車チャンスを自らの手により潰したので八高線は100%未乗区間です。
八高線沿線は東京近郊ですが、画像を拝見させて頂き、のんびりした雰囲気が伝わってきますね。キハ35も活躍していた事もあり非電化時代の国鉄奈良線に通じるものがあります。ただ、キハ35のみの編成に当たればハズレを引いた気分になりましたが。
貨物列車もあったのですね。【767】撮り鉄12か月の紀勢本線を走るDD51重連貨物列車の画像を思い出しました。紀勢本線の方は片勾配の荷坂峠対策としてなるほど、とおもいました。一方、八高線には急勾配などあるような気がしませんが何故か重連で貨物列車がやって来る、こういった不釣り合いさに面白さを感じてしまいます。
信越本線碓氷峠越え、体験したかったですが未乗に終わりました(´д`|||)
以上、ことごとく乗車チャンスを逃すダメ鉄早玉コメントでした。
はやたま速玉早玉
2017/05/05 22:51
なはっ子様 
私も若いころ乗った退屈な線区はいくつか思い当たります。八高線には絶景ポイントもないように思いますし、そのときの私も予備知識もなしで、乗ることだけを目的として通り抜けました。しかし横田基地と接するあたりの雰囲気や、終戦直後に起こった2つの大事故のことなどを予備知識として持った状態で行けば、八高線に対して、また違った見方考え方ができると思い、改めて事故慰霊碑も拝見してきたいと思います。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~techare/
しなの7号
2017/05/06 10:59
はやたま速玉早玉様
地元民以外で八高線に乗る機会は少ないでしょうね。高麗川以南が川越線と一体化されたダイヤですので、全線を通して乗る乗客そのものも少なかろうと思います。実はこの八高線行の1年前に秩父鉄道に蒸機の撮影に出かけています。その撮影後の帰路くらいは、寄居から八高線〜横浜線〜新横浜経由を考えてもよさそうなものなのに、無難?に東武東上線で池袋に出ています。都内で帰りの新幹線の切符を落としたことに気付いて、金券ショップを探して買いなおしたというおまけつきでした(-_-;)
八高線は関東平野の縁に沿っていますから、襞のようになった地形を急勾配で越える区間が点在するみたいです。DD51の重連はその対策だったのかも? 
碓氷峠の信越本線は、遺構がよく残されているので、廃止になった現在でも見どころは満載です。トロッコ列車も運転されており、終点には天然温泉峠の湯があります♪ 
しなの7号
2017/05/06 10:59
しなの7号様、こんばんは。再コメント失礼致します。
トロッコで温泉、これは行かねば!
峠の湯ホームページによると遊歩道も整備されており、充実したハイキングを愉しめそうです。
ハイキングで一汗かいて温泉そしてトロッコで帰る、あわせて鉄道文化むらで遊ぶ、そんなプランになりそうです。
はやたま速玉早玉
2017/05/06 20:27
はやたま速玉早玉様 こんばんは。
私は時間の関係で、温泉は断念して折返しのトロッコで戻りました(;´Д`)
しなの7号
2017/05/06 20:47
しなの7号様、こんにちわ。二回目、お邪魔いたします。

>一筆書き乗車券

90年代はずいぶんお世話になりました。

例えば、東京都区内→東京都区内の券面で、
・189系あさま〜381系しなの〜183系あずさ
・183系あずさ〜381系しなの〜100系ひかり
を利用したことが思い返されます。

当時、種村直樹先生にお葉書をいただきました。
窓口では、紙に経由を書いて、「後で取りに来ます」という
形にして、スムーズな処理をしてもらうようにアドバイスを受けた
ことがあります。この方針は今も変わっていません。、

現在、窓口の係員の「業務知識の劣化」を嘆く
意見があります。ただし。係員のいる窓口の業務量は、
IT化に相反し、90年代に比べて格段に増えていると思います。
ネット予約の指定券の払い戻しや変更など、わざわざ有人窓口に来る一般用務
客でも、時間がかかる人が多いです。
ですので、劣化とばかりは言い切れないとも思っております。



>八高線

八高線のキハに加え、中央線の183系、201系、115系、165系、横浜線の205系
が主役だったころの八王子駅を思い出します。

中央東・西線のメリハリのある車窓に比べれば、八高南線も北線も単調というのは
確かですね。車窓を楽しむというよりは、八王子、飯能、都幾川、寄居といった沿線に点在する
地味な見どころを回る方がいいのかな、と思っております。

くろよん・ちくま82号
2017/05/09 13:10
再投稿、失礼をいたします。

>車掌へのクレーム?

最近は、一概に判断できないことが出てきたように思います。

先日の夜、自由席グリーン車のついた、某座席定員制のライナー列車に乗った時。
普通車は追加料金なしで開放されるものの、グリーン車は料金を払わなくてはいけないという
区間に入った時のことでした。勘違いなのか、確信的なのか、グリーン車にも次々に
料金を払っていない客が乗り込んでいるにも関わらず、車掌さん(2名とも女性:ドア扱いも放送もする職種です)
が何も注意をしていませんでした。近くにいた男性の客が、この光景を見かねて、
何とかならないのか、他の客に不公平ではないか、と苦言を呈しておりました。
これに対し、女性の車掌さんは、謝りながら、このように応えていました。
確かに仰る通りだが、今日は車掌が全員女性である。ひとりひとり注意をすると、酒を飲んでいる客
もいる上、女性の係の注意したということで車内の暴力を誘発する可能性がある。

そもそも、夜間の有料サービスの列車に、男性の車掌さんがいないというのはおかしい気がしました。
ただ、いろいろな事情があって、車内の暴力を誘発とグリーン料金の見逃しを秤にかけるというのも
分からないでもありませんでした。
くろよん・ちくま82号
2017/05/09 13:10
くろよん・ちくま82号様
私の場合は名古屋市内かその周辺駅を起点に一周する片道乗車券を購入することが多く、かつては東海道⇔中央東線間の東京都区内の山手線の経路入力に戸惑われる窓口氏が時折おられました。
40年以上前、高校生の時に名古屋駅で紀伊半島を左回りに一周する乗車券を買おうとしたところ、「こういう切符を買うときは、もっと早く来て買うもんだ!」と窓口氏に怒られたことがありました。1時間前に並んでいましたし、しかも出てきたのは硬券で「名古屋市内から名古屋市内」常備券でしたから、別に手間はなかったと思いますが、父の家族割引証を使ったので、他の一般客に失礼だろうといった気持ちがあったのかもしれません。
民営化後の窓口では、扱うチケットがJR以外のものまで増えて、本来の旅客営業の知識だけでは務まらないだろうなあと思うことです。本業の車内精算の知識を持っていても、間違うことが多い昨今。複雑になりすぎた運賃計算にはついていけなくなりました。車掌になったころは、運賃計算も幹線と地方交通線の区別もなく単純でした。今は知識がなくても機械がやります的なところはあるのでしょうが、自分で調べもせずに窓口に来る買う側もどうかと思う場面にはよく出くわします。
(続きます)
しなの7号
2017/05/09 15:11
ライナーの話は、国鉄時代にはあり得なかったであろう車掌の対応例ですね。
車掌自らがなすべき目の前の仕事を(この場合は女性であることを理由に)遂行することができない理不尽な思い。それを乗客側から指摘されたときの返答に窮する車掌の心情は痛いほどわかります。けれど、車掌自身が理不尽と思っていることを、乗客側から指摘される場面というのは、今さら始まったことではありません。これまでもエピソード的に一部アップしたこともありますが、面白おかしい話で済んだ話も、それらはたいてい車掌自らが理不尽と思っていることであって、たまたま大事に至らなかっただけのことです。
国鉄時代には、物理的に対応できない事例については、複数乗務にせよとか、鉄道公安職員の警乗をさせよとか、駅側に協力をさせよといったことを、乗務報告以外にも労組を通じて当局側に要求してきたものですが、いかんせん赤字の公共企業体であり、カネとヒトが要ることはまったくといっていいほど改善されず、腹立たしい思いをしてきました。そこに追い打ちをかけるように、お客様から「ケシカラン!」「サボっとる!」「おかしい!」といったクレームを頂戴することがあれば、おっしゃるとおり!全く同感!実はこうなんですよ、とつい本音が出てしまおうというものでした。
(続きます)
しなの7号
2017/05/09 15:11
(続きです)
挙げていただいた事例にも、おそらく現場では問題意識が当然あり、車掌側から会社に対して適切な対応をするよう要求しているものと私は想像します。会社側は国鉄と変わらず、事が起きて世間に知れて問題になってからしか動かないと仮定すれば、民営化されてもそこに働く者たちは全く救われていないと感じます。私が転職した先の会社は運輸関係ではありませんが、危害を与えられる可能性がある作業には警備員を付けたり、その仕事自体をプロ(警備保障会社など)に委託するなど、身を護るための体制は少しずつではありましたが整ってきました。夜間の列車には車内秩序を保つために制服警備員が添乗すべきだと考えます。外部と遮断された車内空間では、社会で起こることは、すべて起こりうるのですから、乗客の安全を護ると同時に、乗務員がのびのびと働ける環境づくりをするのは鉄道会社の義務だと思います。
しなの7号
2017/05/09 15:12
しなの7号様

ご経験に基づいた貴重なご指摘・ご説明、ありがとう存じます。

>カネとヒトが要ることはまったくといっていいほど改善されず、腹立たしい思い
>おそらく現場では問題意識が当然あり、車掌側から会社に対して適切な対応をするよう要求している

しなの7号様が書いてくださった上の点をしっかり踏まえて、私自身が目にしてきた、JR初期の頃の車掌さんや
駅係員さんの対応と比較して、今の鉄道現業に従事する人たちを手厳しく批判することを慎みたいと思います。

私の今の仕事も運輸ではありませんし、ブルートレインや座席夜行急行のような深夜勤務も
ありません。ただ、夜間に不特定多数の方々に対応する時間があること、その場所は道路と同じであること
さらに、限られた予算の中での事業であることを振り返れば、今の鉄道各社の車掌さんや駅係員さんのおかれた状況について、
想像がつきます。




くろよん・ちくま82号
2017/05/09 20:19
<夜間の列車には車内秩序を保つために制服警備員が添乗すべき>というご説に賛同いたします。

まだあずさ号が183系1000番台や189系ばかりだった頃。勝手に人の指定席を占拠していた男が、自分は反社会的勢力の組織の
人間であるといって、席をどくように注意した客を大声で脅している場面に出くわしました。このときは、偶然、鉄道警察3名の
警乗が行われていて、一部始終を見届けた上で、怒鳴った側をデッキに連れ出していました。そこで、所持品検査もしていた
ようで、次の駅で下ろしていました。ただの酔い客か本物の反社会的な者かは分かりませんが、警乗があったからこそ、
何事もなく、済んだ例だと思います。

一方、注意した客は、ベテランの車掌さんから、走行中の車内で無暗に他人を刺激する言動をしないこと、
怒りの気持ちは分かるが、そういうときは車掌に申し出てほしいことを、言われていました。
くろよん・ちくま82号
2017/05/09 20:20
くろよん・ちくま82号様 
私の個人的な意見や感想を書いたまでのことですが、私はこの数年、鉄道を利用することがほとんどなくなりましたので、意見が実態に合っていませんでしたらご容赦ください。それまでは、国鉄退職後も鉄道で通勤し、乗り鉄旅をした回数も少なくありませんでしたから、多くの鉄道会社の方の仕事ぶりを拝見してきたことになりますが、多くの職種でIT化・機械化によって直接駅員や乗務員の方とお話することはなくなってきました。国鉄時代とは飛躍的に進化した内容の案内表示とわかりやすい自動放送。充実した機器類で乗客をさばけるようになった反面、いざというときに駅員や乗務員は、1人だけで対応しきれない場面が多々あろうことが想像されました。もちろん鉄道だけでなくすべてが変わっていったわけですが、くろよん・ちくま82号様の、鉄道に対しての想いが伝わってまいりました。
しなの7号
2017/05/09 21:48

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