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zoom RSS 【814】 急行「越前」号の謎(後篇)

<<   作成日時 : 2017/07/17 06:40   >>

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先週の【812】急行「越前」号の謎(前篇)の続きです。
「謎」はすでに前篇にいただいたコメントで解明されていますが、いちおう検証?してみたいと思います(*´▽`*)
小難しい話になりますことを、あらかじめお断りしておきます。

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私が乗った急行越前号は、旧形客車独特の大きなブレーキ緩解音が発車の1分くらい前にあって、すでに近代的な電子音に変わっていた発車ベルが鳴りやむとEF70のホイッスルが鳴り、続いて自動連結器のガクンという大きな衝撃とともに定刻に上野に向けて発車しました。
(画像は当日の撮影ではありません。別の日に田村駅で撮影したEF70です。)
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EF70の後ろには施錠された回送車のオハフ、その後ろに普通車が4両。続いてグリーン車が2両でそのうち1両は故障したB寝台車の代用、その後にB寝台車、A寝台車、荷物車が各1両ずつで計10両を機関車が引っ張るという編成です。以下の画像は所定編成を示した時刻表(1982年6月号)からの転載画像と所定編成をイメージした模型です。くどいですがあくまでもイメージです、
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先週書いた私の推理では、9号車のオハフが回送車になった理由は、途中駅で解錠されて乗客が乗ってくるだろうということになっていました。しかし、結果から言うと、終点の上野まで回送のままで、乗客が乗車してくることはありませんでした。もともと非冷房の車両ですから接客設備上の故障はなかったと思われますし、走行系の故障であれば切り離されるはずですから、いったい何のために回送扱にしたのか疑問のままとなりました。しかし、かなり経ってから、何のきっかけだったのかも忘れてしまったのですが、突然私なりの解答が閃いたのです。
正しいかどうかわかりませんし、あるいは別の見方もあるのかもしれませんが、いちおう書いてみます。謎解きをするには、3号車の寝台車故障とオハフの回送扱とは一連のつながりがあるものとして考える必要がありました。

この列車は福井客貨車区持ちの列車であったと思われます。
そこで、この年、つまり1882年の福井客貨車区の配置車両を当たってみます。
交友社刊の’82国鉄車両配置表を参考にします。
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福井客貨車区配置車両は34両です。以下の( )内の数値は同区の配置両数です。
スロ81(4)・スロフ81(2)・オロネ10(3)・オハネフ12(2)・オハネフ13(3)・スロ62(2)・スロフ62(1)・オハ46(2)・オハ47(7)・オハフ45(3)・マニ37(4)・オエ61(1)

この中でスロ81とスロフ81は和式客車ですから団体用です。そのほかの配置車両は事業用車オエ61を除いて、その形式と配置両数から越前号専用のように思えてきます。越前号の所定編成はニ1・ロネ1・ハネ2・ロザ1・ハ4・ハフ1の10両。これが上下2編成必要ですから、オロネ・オハネフ・オハ・オハフはそれぞれの配置数から必要な車両数(上下各1編成分)を差し引いた残りが各1両ずつになり、これが予備車と考えられます。スロ62とスロフ62は共通運用で両形式併せて1両予備という考えで、和式客車の予備車も兼ねていたということでしょうか。このことから配置されていた車両は急行越前用として最小限の必要両数が確保されていたことになります。この日にオハネフが2両ダウンしたか、1両が検査などで使用できない事態があったとすれば、オハネフの代用をスロかスロフで賄わねばならない事情が浮かんできます。
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出区の点検で3号車のB寝台車に、このまま運用させることができない程度の故障が発見される。経年劣化が激しい10系客車でしたから無理もないことでしょう。さっそく予備車の寝台車と差し替えるところですが、あいにくそれもない。自由席ならともかく寝台車である以上、非冷房の普通車に差し替えるわけにはいかない。グリーン車なら1両余っている。じゃあタイムリミットまでに故障が直らなければグリーン車に差し替えようという判断がされた。

それに、この越前号には特殊事情があります。それは横川・軽井沢間を通過しますので、その対策車である必要があります。
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(画像は碓氷峠を軽井沢から横川に下ってくる客車列車ですが、当該列車ではありません。)
参照した配置表からは横軽対策済であるか読み取れませんが、救援車オエ61以外は全車対策車であることに疑いはありません。さらに横川・軽井沢間は急勾配区間ですから、牽引定数も厳しいのでしょう。その証拠とは言えませんが、そう感じさせる事実が国鉄車両配置表からも読み取れます。さきほどご覧いただいたように、この当時の福井客貨車区所属の普通車はオハとオハフ、寝台車はオハネフに統一され、重いスハやスハフ、スハネは1両も配置されていません。この配置表で、姉妹列車急行「能登」(長岡経由で横軽を通過しない。)を受け持っていたと思われる金沢運転所の配置車種と比較すると、金沢運転所にスハの配置はありませんが、スハフとオハフが混在していますし、B寝台車はスハネ16が9両も配置されています。
マニやスロのように同種の軽量客車がない車種は別にして、福井客貨車区に重量級のスハネやスハ・スハフを配置していないことは、暗に碓氷峠対策として軽量な車種を集中配置させているように思われます。ではそれ以前の実態はどうかということで、そこから9年遡った’73年版の国鉄車両配置表を見ました。すると福井客貨車区にはスハネ16が4両配置されているではないですか。これでは理屈に合わないなと一瞬思いましたが、その重量増を打ち消すようにオハより軽量のナハ10が、スハネ16配置両数を上回る6両も配置されています。この間に10系客車は全国的に廃車が進んでいた時期に当たりますから、ナハの代替で配置されたオハの重量増を補うためにスハネをオハネフに置き換えたとも受け止められますので、急行越前用の車両はやはり横川・軽井沢間の列車の重量制限を意識しているのであろうと考えられました。
ここまで来て、国鉄で車掌という商売をした者にすれば「牽引定数」「換算両数」にたどり着きます。「牽引定数」「換算両数」については、以下のブログ記事などで、参考になりそうなことは過去に書いております。

【579】貨物列車の現車制限と換算両数

この越前号、碓氷峠の区間を牽引定数ギリギリで走っていたのではないか?と思うわけですが、牽引定数を示す資料は手元にありませんでしたので想像の域を出ませんでした。ちなみに、所定10両編成の換算両数を算出してみましょう。
マニ×1=換算4.5
オロネ×=換算3.5
オハネフ×2=換算7.0
スロ又はスロフ×1=換算4.0
オハ×4=換算14.0
オハフ×1=換算3.5
合計すると実現車10・換算36.5
ということになり、365トンの重量になることがわかります。

換算両数については、国鉄車両の車体には必ず標記されています。
画像はリニア鉄道館で撮影したスハ43の標記です。
画像

電車や気動車でも機関車にけん引される場合には必要ですから表記されています。
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これらはあくまでも一例で車種ごとに事情は異なるのですが、この例では普通車では空車と積車で0.5の差があることがわかります。定員80人の客車で1人の体重を60s程度とすれば、4800s≒5トン=換算0.5ですから大雑把ながら理にかなっています。空車は当然自重の数値に近似していまして5トン刻みとしたうえで、10トン=換算1.0になっているのがおわかりでしょう。この例ではサロ165など定員が少ないせいで、積空とも同じですね。0.5トン刻みにすれば、換算両数としてはランクが変わらないということなのでしょう。
列車の換算両数は決められた牽引定数以内であることが求められます。オーバーすれば運転事故です。機関車牽引列車の場合、国鉄時代の車掌は常に自己の列車の重量に気を使っていたことは、これまでにも何度か書いてきたことです。旅客列車なら旅客車編成通知書で、貨物列車なら貨車解結通知書で機関士に実現車・換算両数(貨物列車の場合は延長現車)通告もしました。機関士はその数値を確認して、運転区間の勾配等と重量とに応じて定められた速度種別に合致した運転をします。
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【636】貨車解結通知書の様式いろいろ【638】貨車解結通知書の記載事項と編成を照合してみたからの再掲画像)
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【64】乗務した車両:旧型客車(1)からの再掲画像)
換算両数と延長現車は、運転区間中最小となる区間における数値は把握しておかねばなりませんが、この越前号の場合、どう考えても最小区間は横川〜軽井沢間に違いありません。オハネフをスロ又はスロフに差し替えたことによって換算0.5上がったことで支障が出たと思われるわけです。

今では専門書を読まなくても、いろんな情報が入手できるようになりました。例えばWikipediaの「国鉄EF63形電気機関車」のページを読み進めると横川・軽井沢間のEF62形牽引列車の場合に「牽引定数を旅客列車360t・貨物列車400tに制限した上で(以下省略)」という記述があります。こういうことを信じれば、先ほど書いたように、急行「越前」の所定編成の場合は36.5=365トンとなりますから、所定編成でさえも数字上は5トンオーバーした状態であったことがわかります。なお、これも以前【579】貨物列車の現車制限と換算両数で書いたことがありますが、重量における換算両数の小数点以下は切り捨てる(延長換算は逆に切り上げる)ことになっていますから、誤差の範囲内に収まり、違反にはならないので無問題です。
横川〜軽井沢間でEF62牽引列車のEF63の補機を使用した場合の旅客列車のけん引定数が判明したことで、急行越前は牽引定数いっぱいで運転されていたことは確かであるように思えます。(マニが回送だったならそうとも言えませんが、夜行ゆえに新聞輸送があったことは想像できます。そして、このとき「オ」→「ス」の車種変更で、たった5トンアップしたことによって370トン(換算37.0)になってしまえば、明白な組成違反に当たるわけです。
そこで、どれか1両を減車することなく、換算両数をけん引定数以内に収める最も簡便な裏技として考えたのが「9号車オハフ回送扱」という指令ではないかというのが、私が推論ですがいかがでしょうか。

故障した積車のオハネフの換算両数は3.5
差し替えた積車のスロの換算は4.0

計算上は、故障車の差し替えで列車全体の換算両数は0.5(5トン)増えたわけですが、自由席のオハフ(積車換算3.5)を1両回送扱にして空車換算3.0にして計算すれば…(‘Д’)

つまりそういうことなのです。1両を回送扱にしても列車全体の乗客数が変わるわけはなく、機関車の負担はまったく変わらないのに数字の上では、換算両数をそのままにして牽引定数内に収めることが可能なのです。車内放送で全く触れなかったのも、単なる帳尻合わせだったからだろうと気が付いたのは、ずいぶん経ってからでした。

 時刻表の編成表には「8号車は連結しない日があります」と注釈がありますが、これは全国的に行われていた閑散期の減車だと思われますから、こういう事態を想定した措置ではないでしょう。しかし、こういう措置に倣って最初から客貨車区で事前に「8号車欠車」として、オハネフをスロに差し替える入換時に8号車オハも編成から抜き取っておけば格好がついたことです。それに回送車にはホーム据付時に駅または客貨車区の責任で施錠しておくべきものですが、この日の場合はわずかな数ではありましたが、乗客を乗せた後に他車へ移るよう案内しています。施錠されたのはそのあとで、車掌が出場して、旅客車編成通知書を作成する際にけん引定数オーバーに気が付いたとか、「9号車回送扱」の指令が遅れた、又は失念したということも考えられます。発車時刻が迫り、乗客を乗せてしまった以上、いまさら中間の普通車8号車を1両切り離すわけにもいかず、9号車オハフは、緩急車という性格上抜き取るわけにはいかない。そこで苦肉の策として9号車オハフを回送扱としたものか? その辺の謎はきちんと解明できません。

別に横川・軽井沢間の牽引定数に関係なく、どんな列車でも言えることですが、列車それぞれに定めてある換算両数をオーバーしたとすれば、たとえ当該区間の最大牽引定数以内であっても運転速度種別の変更が必要になってくることがあります。決められた速度で走れないわけですから、それによって時刻変更する必要性が生じ、旅客指令だけでなく運転指令をも巻き込み、大事になっていきます。この類の裏技によって、旅客指令だけへの影響波及で抑えられるといった効果?もありそうです。

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以上、1両単位の旧形客車、機関車による牽引、特殊な勾配区間、長距離の夜行列車、国鉄があったころで、いずれも今日の旅客列車ではほとんど見られない事例かもしれませんが、まったくの個人的な推測をしてみましたら、いろんなところで辻褄が合いそうでしたので、私の考えをご披露しましたが、現実は違うかもしれませんので、ご承知おきください。




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コメント(12件)

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おはようございます。

碓氷峠の牽引定数が360tであるのに対し、「越前」の所定編成は365t。重量オーバーでは?と、疑問に感じていたのですが、「換算両数の小数点以下は切り捨てる」によりクリアしていたのですね。
さすがに、370tになると碓氷峠を超えられないので、奥の手!

「越前」は福井の車両とのことなので、下りも当然同一編成でしょう。ということは1両回送扱いのハズ。この下りに乗車して座席にありつけなかったお客は恨めしそうに空の車両を眺めていたのではないでしょうか?
とおりすがり
2017/07/18 06:32
とおりすがり様 こんにちは。
冷房化によるオハネ17→スハネ16、オロ61→スロ62のような重量増に加え、ナハの大量廃車によって条件が厳しくなっていくのを、かろうじて制限をクリアしながら運用されてきたのでしょうね。下り列車では、他区の車両との差し替えができなければ、上りと同じ措置が取られたと思います。
車両配置表を見ますと、尾久にオハネフ12とオハネフ13が各5両ずつで、計10両もオ級Bネが配置されていますから、横軽対策車であれば差し替え可能かと。解放したスロの返却は…もしその日の夜の能登に定数に余裕があるなら最前で長岡まで回送。ここから進行方向が変わってしまうので、機関車と一緒に解放。時刻表を見ると長距離鈍行長岡始発4:40の米原行があるので、この列車で最前で回送。13分停車の福井で解放という手が…
指令員やったことがないもので、まったくの素人考えですがどうでしょ?
しなの7号
2017/07/18 08:45
さすが現場で経験を積んだブログ主の推察。
ご明察と思います。
東海道夜行急行七人衆
2017/07/18 21:49
しなの7号様 おはようございます。

「妙高」のオハネフを尾久で受け持っていれば、スロとオハネフの差し替えをしたかもしれませんね。
スロの戻しは「妙高」で回送または営業して直江津へ。「妙高」のほうが「越前」より編成が短いようですので可能性があるかもしれません。

新幹線開通前の上野−高崎間の急行自由席の混雑は相当なものでした。
もし、始発の上野駅で編成に回送車両が入っていたら鍵を開けて入ってしまうお客も出る?
それを制止する職員と何が何でも乗り込もうとするお客とでの間で乱闘騒ぎが発生するかも?
とおりすがり
2017/07/19 06:57
東海道夜行急行七人衆様 
ありがとうございます。そのうちどなたかが根拠となる規定や編成順序表など資料や記録から裏付けとなる事実を掘り起こしていただくとすっきりします。
しなの7号
2017/07/19 11:07
とおりすがり様 こんにちは。
尾久のオハネフは「妙高」にも使われたみたいですね。なるほど、夜行妙高は現車9両で、越前より1両少ないですね。編成中ス級×2で、あとがオ級×7であれば積車スロの増結が可能。
以前に「【811】乗り鉄12か月…1982年7月 北陸・信越」で「意外なことに高崎を出てから短距離利用客が続々と乗り込んできて、空いていた座席が埋まった。」と書きましたが、急行列車の高崎線区間だけの利用者が多いことがわかりました。早朝でそういう状態でしたから夜間はもっと混雑したのですね。
越前でスロ→オハネフの差替えをせず、そのままの編成で折り返すとすれば、オハフだけ高崎行として客扱をして、そこで施錠消灯回送扱はどうでしょうか。高崎で切り離すわけではないので高崎で混乱しますか…。自分が乗務していたら嫌ですが…(*´▽`*) あらかじめ高崎で鉄道公安職員に出動するよう要請でもしておきましょうか。
しなの7号
2017/07/19 11:13
しなの7号様、こんばんは。
なるほどです。大人の事情、いや、客車の事情、だったのですね〜。
9号車は回送ですと車内放送が無かったのも判ります。一般客に牽引定数オーバー云々を案内しても、逆に混乱を招きそうですし。
10系客車、スマートで粋な車両でしたが、軽量化の副作用が祟り、頑丈に製造された43系や35系よりも短命な結果に。美人薄命というところでしょうか。しかししかし、私の家では、43系、35系などに混じってナハフ11、オハネフ12、オユ10が活躍しています。最近、スロ62、オロネ10も入線を果たし、夜行急行(らしき)編成も組めるようになりました。
信越本線方面の新聞輸送は、新潟県上越地方&富山県は越前が、それより手前の長野県&群馬県は妙高が担当して分け合っていたようです。高速道路の開通や印刷、通信技術の発展に伴い新聞輸送は縮小の一途を辿ってしまいましたが、現在僅かに残る新聞輸送、興味深いものがありますね。
はやたま速玉早玉
2017/07/19 21:27
しなの7号様、おはようございます。
数日前に会社で提出した書類に不備があって差し戻しを食らったのですが、どうも保管上よろしくない書き方だったらしく、文言を変えて再提出したのですが、別に内容に大差があるわけでもなく保管上の問題の有無だったので、碓氷峠を通過するための編成通知書を思い出しました。鉄道模型を再び触るようなことがあれば自分なりに編成通知書を自分から自分宛てに切ってみたいな。ただし空車換算しかないと思いますが。
高崎線の優等列車通勤客利用はすごかったみたいですね。489系「白山」折り返しのホームライナーだったか、あまりにも乗車率が高くて間合い乗務の金沢車掌区だったか、ウチの売り上げ増のため車補でライナー券を発行させてくれ、と請願されたとか。
NAO
2017/07/20 07:12
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
鉄道ヲタクには今でも人気がある国鉄末期の旧客や急行ですが、車両面・性能面で苦しい営業をしていたことを改めて思い知らされます。軽量のナハ10系が求められた実態もよくわかります。紀勢本線の「はやたま」が10系主体だったのも、牽引定数に由来していたと言えましょう。私が子供のころ、地元の普通列車に10系が混入すると掃き溜めに鶴のような印象を受けましたが、10系は短命でした。今は模型で往時を偲ぶほかありませんが、主要な形式が揃って、近年は列車単位でのセット販売もあって、こだわりの編成が再現できるようになりつつありますね。
多くの夜行列車と新聞輸送はセットだったので、新聞輸送に合わせたダイヤ設定で、大事件が起こったり国政選挙の時に新聞印刷が遅れると列車も遅れることがよくありました。国鉄の荷物輸送では新聞原稿の輸送も行っていました。
しなの7号
2017/07/20 20:03
NAO様 こんにちは。
ちょっとした小技を使うことで実質的に内容が同じであっても、非が是となる例は、きわどい場面にはあるように思います。仕事上でも八方ふさがりのところを、先輩からの入れ知恵で乗り切れたことなどが思い浮かんできます。
本文中の模型による編成イメージ、実はインチキでオハフ45をスハフ42で代用しています。模型をもとに編通を作成したらアウトで、機関士に投げ返されること必至。模型だから何でもあり。オアソビだからよし、当鉄道では編通を発行しません。そういうことを始めたら、重大事故の事故報告書をどれだけ書いても書ききれず、列車の運行に支障が出ます。模型アソビが事故報告の演習になってしまいますわ。
この時代は高崎線にホームライナーなどなく上越新幹線開業直前の時代です。夜行列車や間合い急行編成がそういう通勤需要も受け持っていたのでしょうが、無理があったことは、さらに10年近く遡って上尾事件があったことでもわかろうというものです。
しなの7号
2017/07/20 20:09
しなの7号様こんばんは
私が判らなかったのに大きな事は言えませんがこの推理で間違いないと思います
1両回送扱いにするだけで列車全体の重量は1gも変わらないのに重量換算では許容範囲内になるなんて手品のよう

故障の方は冷房故障でこれも間違いないと思います。
それも1基だけであれば寝台区画を使用停止にすれば良いのに
それが難しかったのは発電用エンジンか発電機あたりだったのかもしれません。
ヒデヨシ
2017/07/22 23:20
ヒデヨシ様 こんにちは。
自信のないまま探っていったのですが、同意していただけるコメントが多く、少し安心しました(*´▽`*)
ヒデヨシ様をはじめとする物知りな方に多くご覧いただいていて、このブログを始める前には、何でやろう?…で済んでいたことで、 わかったことはたくさんあります。
自分がやっていた仕事内容の根拠となっている規定類があれば、改めて目を通してみたいのですが、特に地元名鉄局の国鉄時代の規定関係本がいつでもだれでも閲覧できるところが身近にないので、手持ちの資料とネット情報を頼りに推測に過ぎないこと細々と書き続けています。
しなの7号
2017/07/23 12:03

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