昭和の鉄道員ブログ

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zoom RSS 【817】 あいうえき(5)

<<   作成日時 : 2017/07/27 06:20   >>

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駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。
今回は「な」〜「の」までです。

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「な」…中津川 なかつがわ 国鉄 中央本線 岐阜県
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1973.7.10撮影(駅の画像は7.10または7.11のどちらか)
中央本線の全線電化に伴ってダイヤ改正が行われたときの撮影です。このころの駅はまだ木造平屋建の旧駅舎時代です。長野行しなの1号が祝賀列車となり、ホーム上にブラスバンドの演奏が響き渡り、わずかな停車時間に祝賀行事が行われました。登校途中に撮影しました。

余談ですが、中津川市内にはD51 266が静態保存されています。その場所に中津川駅のホーロー引きの古い駅名板も保存展示されていました。
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2011.1.8撮影

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「に」…贄川 にえかわ JR東海(国鉄) 中央本線 長野県
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駅名標:2005.9.19撮影(中山道歩きで日出塩駅〜奈良井駅までを歩く途中に撮影)
D51:1972.8.23撮影
中山道六十九次のうち、贄川宿から馬篭宿までの11の宿場を「木曽十一宿」と呼び、この間は険しい地形が続きます。ここに写っているD51も重連(先頭はD51 775)で,これから鳥居峠までの急勾配に備えています。下り列車の車窓から撮影しています。夏休みに、松本まで181系ボンネット「あずさ」の写真を撮りに行く途中でしたが、中央西線が未電化のこのとき、大垣電車区の159系が松本駅の留置線に停まっていたのには非常に驚きました。中央東線の臨時アルプスで運用されていたのでしょう。

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「ぬ」…温田 ぬくた 国鉄 飯田線 長野県
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駅名標:撮影年月日不明
旧形国電:1979.5.20撮影(温田〜為栗)
飯田線の中央部分は非常に山深く、線路はひたすら天竜川の谷に沿って敷かれています。これに対して主要道路は谷を避けるように通っているので、駅は主要道路から離れているところが多く、秘境駅と呼ばれるような駅が多くあります。しかし風景は素晴らしいので峠道をいくつも越えて自動車で飯田線の旧形国電の撮影に通っていたのが、この写真を撮影したころでした。この日も新緑の中を走る旧形国電の写真を撮ろうと訪れたのですが、並行する道路がないので列車の追い抜きができず、列車本数自体が少ないので撮影効率は最悪でした。

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「ね」…根室 ねむろ JR北海道 根室本線 北海道
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駅名標:1990.2.17撮影
駅 舎:1998.7.19撮影
根室本線の終点駅です。せめて列車を入れた画像でも残しておけばよかったのに、1両とか2両の短編成の列車から改札口直結の1本だけのホームに降りると、ゆっくり写真を撮っているような雰囲気でもなかったので、ついそのまま改札から出てしまいました。まるで自動車を撮ったのか?と思われるような画像しかありません。日本で一番さいはて感を感じられるのが、根室本線の厚岸以東だと思います。

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「の」…野辺地 のへじ 南部縦貫鉄道 青森県
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上下とも:1995.11.27撮影
機械変速式のレールバスを長く営業用に使用していた南部縦貫鉄道です。この日はこの写真を撮影しただけで、乗車できませんでしたが、1997年に列車の運行が休止されることとなり、休止になる3ヵ月前に乗りに行っています。そういう乗り方は嫌いなのですが、やむを得ませんでした。休止の理由は、旧国鉄東北本線の旧線を借用して運行されていた野辺地 〜 千曳間の線路敷地不動産の買い取りを、日本国有鉄道清算事業団から求められたが、南部縦貫鉄道でその資金が捻出できなかったためでした。要するに国鉄分割民営化のとばっちりを受けたわけで、2002年正式に廃止となっています。

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今回はここまでです。
次週は「は」〜「ほ」までをアップします。


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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
電車「しなの」号、凛々しいですね。種村氏の著作で下り「あさかぜ」取材記事を読んでいたとき、30代の専務車掌さんのことを若手と書かれていましたが、しなの7号様は確か20代で専務になられていたのではなかったでしょうか。氏が取材されたら吃驚仰天?
温田は飯田線崖崩れで初めて代行バスに強制連行される気分で乗り換えた駅です。なかなか取れない三連休の乗りつぶし途上でしたので、天竜峡から飯田までタクシーに乗り継ぎ、スケジュール回復を図った鉄旅でした。数ヶ月後、新幹線と中央高速バスで未乗区間日帰り乗り直しをしたのも懐かしいです。
南部縦貫は私が野辺地に行ったときはまだ存在していましたが、時間帯が合わず、下北交通ともども乗り残した線でした。といっても東北地方私鉄路線は全く乗ったことがありませんが。
NAO
2017/07/27 11:23
しなの7号様こんにちは
温田
急行伊那1号上諏訪行き停まりますね

野辺地
南部縦貫鉄道
なんとも勇ましい名前
旧東北本線だった線路はあまりにも立派で長大ホームにレールバスとのアンバランスがなんとも
レールバスの運転士、発車までの待ち時間運転席でタバコをふかしていました
そんな時代だったんですね
ヒデヨシ
2017/07/27 15:21
NAO様 こんにちは。
国鉄分割民営化の1年前の時点で、自分の所属車掌区だけで20代の専務車掌はカレチニレチを含めて三十数人も在籍していました。
温田はその気にならないと乗降できないし、クルマでもその気にならないと行かない駅ですが、そういうところでぼんやりしたいと思う駅でもあります。
東北地方の現役私鉄路線では弘南鉄道が未だに全線未乗です。
しなの7号
2017/07/27 16:49
ヒデヨシ様 こんにちは。
急行伊那1号上諏訪行は私が飯田線を全線完乗したときに利用しました。昭和55年、列車掛時代でした。
野辺地はアイヌ語由来の地名だそうですね。駅裏の防雪林を見ると、鉄道員であっても多種多様な職種があって、それぞれの角度から列車の安全正確な運行に関わっていたことを改めて思い知らされます。南部縦貫鉄道の運転士氏は機関士のようないわゆる戦闘帽着用で乗務されていましたが、あれは車掌と間違われないためだったのでしょうか。。。
しなの7号
2017/07/27 16:51
しなの7号様、こんばんは。
中央西線電化完成、即ち381系のデビューですね。大幅なスピードアップに貢献しましたが、今でも一部の単線区画の駅を通過する際、ポイントの速度制限(確か時速35キロだったような)を受けて走行する事もあります。美しい木曽路をゆっくり味わって走行できる嬉しい区画だとおもいます。ホーロー引きの駅名板がこれまた良いです。『ホーローだけに放うろう』なんて言われて棄てられる事の無いように。
スミマセンm(_ _)m
酷暑が続いてますもんで…寒〜くしてみました。
中津川は下車した事ありませんが、北恵那鉄道廃線跡巡り&栗きんとん堪能旅を実行する際には利用する事となります。

贄川付近の景色も素晴らしい。中央西線も良いですが、中山道歩きも面白そうですね。

温田付近もこれまた素晴らしい景色ですね。残念ながら飯田線の中部天竜以北は未乗です。スカ色の旧型国電が映えます。165系急行伊那は湘南色、当時はスカ色と湘南色を双方味わえた良き時代だったのですね。

寒さが大の苦手な私は、根室では凍えてしまいそう。夏に訪れ海の幸を堪能したいです。

南部縦貫鉄道の気動車、愛らしい顔してます。しかし逢いに行けず、乗れずじまいでした。
はやたま速玉早玉
2017/07/29 01:37
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
中央西線は明治時代に建設されていますので、新線付け替え区間以外はカーブが連続し、振子特急であっても、駅構内以外でもカーブによる速度制限区間が続くのですが、特急より断然313系普通列車から木曽の風景を味わいたいものです。悪天候でもそれなりの風情があるのが木曽路です。
放られずに済んだ「はがつかな」の琺瑯駅名板、ローマ字で逆読みすると「あわぐsたかん」
木曽路と伊那路は山脈一つ隔てて対照的な地域ですが、中央西線と飯田線もまた対照的で、2日掛けて両者を見比べる乗り鉄旅は面白いかと思います。ただしフツーの人向きではありません。フツーでない人向けなのは冬の北海道や信越国境の乗り鉄も同じです。暖かい車内で過ごすだけのことなので、冬の厳寒地や豪雪地こそが鉄道旅ならではの味わいがあります。地元で苦労されている方々を思えば不謹慎極まりないですが、津軽鉄道の「車窓から地吹雪の景色を眺めるノスタルジックなストーブ列車」(←オフィシャルサイトから引用)のように厳しい自然条件を集客手段にする鉄道もあります。
南部縦貫鉄道の気動車は現地で保存され日時を限定して公開されているそうですが、乗車はできないみたいですね。
しなの7号
2017/07/29 09:52
根室の写真いいなぁ〜
スターレットにトゥデイにファミリア!(←って、そっちかい)
やくも3号
2017/07/29 11:49
やくも3号様
時代がわかってええでしょ♪ トゥデイは社用車でよく乗りました。
駅名標を撮影した日(1990.2.17)はここからレンタカー(スターレット)で納沙布岬まで往復しました。

しなの7号
2017/07/29 13:33

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