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zoom RSS 【824】 あいうえき(8)

<<   作成日時 : 2017/08/17 06:51   >>

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駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。
今回は「や」からです。

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「や」…屋代 やしろ 長野電鉄河東線(屋代線) 長野県
画像

上:2011.10.9撮影
下:1993.4.15撮影
長野電鉄の屋代〜須坂間は2012年に廃止されています。上側の画像(ステンレス車体の3500系)は廃止前年の撮影ですが、下の1993年の画像(赤ガエル2500系)の画像の撮影をしたときに、この廃止区間に乗車したような記憶もあるのですが、その記憶が怪しいので、乗りなおした(又は初乗りだったかもしれない)ときのものです。長野電鉄2500系は旧東急の青ガエルでしたが、同じ日に上田交通(現上田電鉄)別所線の旧東急青ガエルで同型の5000系にも乗ったため、印象が重なってしまったのです。

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「ゆ」…由布院 ゆふいん JR九州 久大本線 大分県
画像

上下とも:2002.12.28撮影
久大本線には比較的遅くまで客車列車があったので、乗りに行きたいと思っているうちに気動車化されてしまい、乗ることはできませんでした。しかしこの時点では全線を直通するDC普通列車が1本だけですが残っていたので、それを狙って初乗りをしてきたのでした。大分から久留米までは4時間16分。由布院では14分も停車時間があり、駅前に出てみたり、九州色のキハ28+TORO-Q用車両の写真を撮ったりできました。こういうのが普通列車の旅のいちばんの楽しみになりますが、乗ったのは黄色いキハ125でしたので、このキハ28だったらよかったのにと思いました。

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「よ」…夜明 よあけ JR九州 久大本線 大分県
画像

上下とも:2002.12.28撮影
久大本線初乗りの続きですが、大分を昼過ぎに発車した列車は由布院を通り過ぎ、日田彦山線との分岐駅「夜明」に着くころはもう夕方でした。ここでも9分停車しましたので、下車してみますと、国鉄形の非常によい雰囲気の駅名標が建っていました。この日はいったんこの駅を通り過ぎましたが、久留米で泊まった後、日田彦山線に乗るために翌朝、7時台ではありましたが、師走の日の出が遅い九州の薄暗い「夜明けの夜明駅」に戻ってきました。

久大本線の駅を連続させましたが、ご承知のように、久大本線と日田彦山線は豪雨による甚大な被害を受けて、現在も一部区間が不通になっています。鉄道の復旧にはかなりの時間がかかるのでしょう。被災された方々にはお見舞い申し上げます。

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「ら」…画像を撮影した該当駅なし(´・ω・`)
画像

ここまで、なんとか続いたのですが、ついに途切れました(ノД`)・゜・。
苦し紛れに、道の駅「らっせぃみさと」で代用!(^^)!
岐阜県恵那市にある道の駅です。
2016.5.1撮影

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「り」…陸別 りくべつ 北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線 北海道
画像

 上下とも2004.9.24撮影 
「あ」で取り上げた足寄駅を通って北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線を北見に向けて乗って行くと、日本一寒い町「陸別」に着きました。ここでは5分ほどの停車時間があり、こうして自分が乗車してきた列車を撮影したりしましたが、画像にスーツ姿の男性が写っています。どうもこういう路線にはスーツは似合いません。この方、始発の池田から終点の北見まで乗り続けておられ、140qを3時間もかけて仕事で乗り続けるのは不自然で、北海道へ出張ついでの隠れ鉄ではないかとお見受けしました。
北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線は廃線になりましたが、ここ陸別は、「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」という車両の動態保存施設になっています。

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今回はここまでです。
次回は最終回「る・れ・ろ・わ」をアップします。

●先月から画面右カラム内で告知しておりますように、8月下旬〜11月いっぱいまでは第1月曜日に、毎月連載している「撮り鉄12か月」を、そしてその週の木曜日には、「乗り鉄12か月」をアップしますが、それ以外に新規記事はアップしません。シリーズ記事「あいうえき」最終回を8月21日にアップして、その時点で定期更新を中断させていただくことにします。





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コメント(16件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
『らっせい』とは『いらっしゃい』のことでしょうか?
道の駅は国交省と各自治体主導による運営だと思いますが、らっせいみさとは『有限会社らっせいみさと』の社長さん(駅長さん?)がいらっしゃって経営なさっているようで、これは第三セクターみたいなもんでしょうか?あるいは届け出制やフランチャイズかな???
なんかおもしろいです。

やくも3号
2017/08/17 12:04
やくも3号様 こんにちは。
道の駅の運営形態はまったく知りませんが、最近はよく利用します。
東海三県くらいは全駅踏破したいと思って、行ったら写真くらいは撮ってきます。
「らっせぃみさと」でいただいたパンフレットによると、名前の由来は以下のとおり。

《「寄らっせぃ」「飲まっせぃ」など三郷地区の昔言葉にある「〜らっせぃ」というもてなしの温かい言葉。その積極性が地域活性化にふさわしいと考えました。》

パンフレットには、ほかにも「見らっせぃ」「ゆっくりしらっせぃ」の文字も書かれています。
名古屋弁に「いりゃあせ」(いらっしゃい)という言葉がありますが、その系統の言葉でしょうか。
しなの7号
2017/08/17 14:42
こんばんは。
九大本線夜明駅。ここは降りた事があります。
100系「グランドひかり」の搬入整備で博多へ出張しました。
終わって帰る時に時間があったので、ちょっと寄り道したんです。
鳥栖からDE10の客レ(50系)で夜明まで。
日田彦山線のDCで小倉へ出て帰りました。
夜明駅で接続が良くなくホームで待っていたら、駅員さんが事務室に
招いてくれてお茶をご馳走になりました。
当時すでに委託駅になっていたようで、独りで業務されてました。
さて現在はどうなっておりますか・・
つだ・なおき
2017/08/17 21:17
こんにちは。
屋代駅、懐かしいです。
電照式の駅名標が趣きがあって記憶に残っています。
「ら」と「れ」ではじまる駅は、
思いつかないです。
狙って降りないとダメですね。

LUPIN
2017/08/17 21:41
しなの7号様おはようございます
屋代
川中島に近く、近隣に古戦場もたくさんあります
車で数回訪れていますが長野電鉄乗りたかったです
私的には屋島、八幡、矢部、八代、八幡新田などが浮かびますが駅名標など撮っていません
今さらですがよく撮っているなあと感心いたします

由布院
駅名と自治体湯布院町が違うことで有名でしたが平成の大合併で由布市となり自治体の方は消滅しました
国鉄時代に訪問していますが完全な観光地で嫁と15年ほど前観光で再訪しました

夜明
日田彦山線との分岐駅ですので何度も降りたっていますが山あいの駅で何もないです
夜明ダムが有名と言えば有名
この辺りの川は筑後川の上流ですが名前を変え三隈川と呼ばれています
旧海軍の巡洋艦三隈の名はここからとられています

「ら」とか難しいですね
北海道にあったような

この企画もうすぐ終るのですね
残念です
ヒデヨシ
2017/08/18 08:45
.....。
(スーツ姿でアタッシュケースを持ったビジネスマンが都市部郊外電車行き止まり線区を単に往復する姿が。いや誰のことかさっぱりわかりません)。
両親と善光寺へ初詣に行ったとき、ビジホに持ち込んだお節を食べたあとは退屈で仕方なく、暗くなってからでしたが未乗の長電屋代線と長野線末端部にひとり乗りに出かけました。正月ですがほとんど人けの無い屋代駅構内、上り臨時「あさま」が通過してゆくのがすごくまばゆく映えました。まさかこんなところで元日比谷線車両に乗るなんて持ってもみませんでしたし、まさか部品取り用に2両別途納車されたことも知りませんでした。
湯布院は改札ラッチを無くした駅でしたね。オープンな集改札、一時的に無人駅に繰り出したレジャー客を捌くのとはまた違った様相なのでしょうかねえ。
「ら」で始まる駅名も少ないですね。私の地元に3駅ありますがどれも近年に開業、改称された私鉄駅で、そのうち2駅は電鉄会社名を頭にくっ付けた反則ワザ?です。
NAO
2017/08/18 09:05
つだ・なおき様 こんにちは。
日田彦山線の50系客車は無理としても、久大本線の12系又は50系で夜明駅に降りてみたかったものです。私が夜明駅に降りたときは無人になっていて、乗車券を駅前の商店で買う簡易委託駅でした。その2年くらい後にNHKの「列島縦断 鉄道12000キロの旅 〜最長片道切符でゆく42日〜」で放映され、その店の人が駅に花を植えたり清掃をしているといったことが紹介されていました。
しなの7号
2017/08/18 10:53
LUPIN様 こんにちは。
屋代駅のホーム、JR線のホームと並行しているのに、時代がまったく違う空間が併存するような印象を受けますね。
この企画のために画像を撮影しに行ったわけではないので、「ら」は、そのうち狙って行かねばなりません。行ったら追加アップしますといいつつ、いつのことやら…
しなの7号
2017/08/18 10:55
ヒデヨシ様 こんにちは。
長野県内の鉄道は観光目的で結構乗りそうな気もしますが、名古屋からだと自動車を利用することが多くて、見る機会はあっても意外と乗る機会がないものですね。
屋島と八代は画像か映像があるかもしれません。

由布院と湯布院の使い分けに自信がないままずっと過ごしてきました。前にも書いたのですが、車掌時代に車内補充券で発行したことがある駅です。

夜明駅前の川は名前が変わるのですか。千曲川とか土岐川みたい。駅は私には関西本線の木津川に沿った大河原駅を連想させます。
しなの7号
2017/08/18 10:56
NAO様 こんにちは。
自分は大阪乗務の時に、折り返し間合いで制服のまま桜島線往復しました。(乗り直し乗車済)
屋代駅では、跨線橋が長野電鉄部分だけ板張り床であったことにびっくりしましたし、先ほどのコメントにも書いたのですが、長野電鉄のホーム全体がタイムスリップしたようなよい雰囲気で、ステンレス車は場違いな印象。
由布院駅のそのコンコースの塔屋部分が写りこんでいます。降りてみたらクラシカルなスタイルのボンネットバス(新車)が駅前に停車して、正面に由布岳があって、よいロケーション。
「ら」の画像目的で出かけるとしたら、おっしゃるそのあたりが手軽ですが、未だ該当駅部分の鉄道には未乗です。
しなの7号
2017/08/18 10:56
しなの7号様、こんばんは。
あいうえきシリーズもいよいよ終盤ですね(*´・ω・

屋代:昨年10月の温泉旅(戸倉上山田温泉)にて、しなの鉄道115系にて通過しました。長野電鉄としての屋代駅は未体験です。急行『志賀』は屋代から乗り入れ、終点湯田中を目指していましたね。
画像のステンレス3500系は、今年4月の温泉旅(熊の湯温泉)にて、信州中野→湯田中間にて乗車しました。カエルにも乗りたかったですが…

由布院:学生時代、青春18で西鹿児島へ向かう際に利用、途中下車して日帰り温泉入浴しました。久留米発は黄色いキハ125、確か日田で乗り換え、ここでキハ58に当たりました、が、嬉しいと言うよりも『オリジナル急行色の方が格段にいいのになぁ』落胆が先行してました。いま思えば贅沢な悩みですがね。入浴&夕食後、1駅進んで南由布で駅寝、翌朝大分までが12系客車でした。旧客を淘汰してきた12系や50系は苦手でしたが、当時(1994年)は貴重な存在と化してました。

夜明:通過したのは午後でしたので、夜明とはほぼ正反対の時刻でした。国鉄型の駅名表、今も健在でしょうか?

らっせいみさと:これは『奥義』を繰り出されましたなぁ(ノ゚д゚)ノ!!道の駅は、その土地の美味いモノが販売されており車移動の際には重宝します。日帰り温泉併設の道の駅なんて嬉しいですね。

陸別:スーツ姿の男性、当然革靴でしょうが、この装いで鉄活動はシンドイでしょう。出張先のホテルに到着して真っ先にお風呂へと直行されたのでは。
はやたま速玉早玉
2017/08/20 23:23
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
私も屋代駅は中山道歩きの行き帰りに何度か通りました。長野から湯田中に行ったとき長野電鉄線では自分と同年代の2000系でした。
由布院の温泉は未入湯。大分県ではまだ別府だけです。50系客車や12系客車はいうに及びませんが、九州色と言われる白に青ラインの気動車も、国鉄時代末期に九州で採用された塗分けですので、ギリギリよしとしましょうか。一昨年に九州に行った折には、おそらく意図的に国鉄形の駅名標が残されている駅をいくつか見かけましたが、夜明駅のこの駅名標は、かなり朽ちていますからどうかなあ???
日帰り温泉併設の道の駅はけっこうありますね。温泉が気にはなりますが運転を伴うので18きっぷの旅のようにはいかず、道の駅併設温泉入湯経験は少ないです。
陸別のスーツ氏は、家には出張だと奥さんにウソ言って乗り鉄しているのかもしれない(*^▽^*)  ※身に覚えはないです。
しなの7号
2017/08/21 14:52
しなの7号様こんばんは
夜明駅の のりかえ案内
彦山・門司方面とありますが駅名標の古さに合わせて何だかなと感じます
現代なら後藤寺(伊田)・小倉だと思うのですが
観光地彦山と門司港の前身門司を引きずって書き直されていないのかなと感じます
余談ですが
彦山駅の由来は現地にそびえる霊峰英彦山(ひこさん)1,200mからです
ここも山の名と地名が異なっていますね
ヒデヨシ
2017/08/27 23:11
ヒデヨシ様 こんにちは。
旧門司駅は終戦前に門司港と改称され、日田線全通は戦後ですから、ここの門司表記は現門司駅でよいかと。
日田線全通直後の1956年の時刻表(復刻版)を見ると、上り列車は門司が終点で、小倉行も門司港行もありません。下りには2本門司港始発があり、小倉始発はなし。全列車が普通列車。列車運行形態に合わせた表記と言ってよいのではないでしょうか。

1968年10月号あたりは賑やかな様相になって急行も複数設定され、そのなかに「ひこさん」(由布院→博多(小倉経由))もあります。ひらがな表記なので漢字にすると「英彦山」が正解なのでしょうね。
古い時刻表は見ていて飽きないです♪
しなの7号
2017/08/28 11:49
しなの7号様おはようございます
あっ!なるほど袋小路だった日田彦山線が全通したのは戦後でしたか
釈迦岳トンネルの弾薬爆発とか戦前戦中の石炭輸送の印象からもっと古くからの開通だと思ってしまいました。
行き先のお話も古い時刻表だとよく判りますね
ありがとうございます
ヒデヨシ
2017/08/30 07:16
ヒデヨシ様 こんにちは。
鉄道に限りませんが歴史とはそういうもので、生まれてからすでにあったものについては、あって当然という感覚なので、その気で調べない限りわからないことばかりだなあとよく思います。例えば中央東西線接続点が宮ノ越〜原野にあることなど、私は実感として捉えにくいです。逆に私が複線化工事の進捗状態を見ていた中津川〜美乃坂本〜恵那間に一時的ながら2つも信号場があったことなど、知る人は数少ないと思うのですが、そういうことは自分にはよくわかるのです。そして「国鉄」で働いたことがない世代が、今のJR社員の大多数を占めるようになってきたことでも、似たような感触を持っています。個人的には「国鉄」の汚点だけが継承されないよう、国鉄分割民営化で失われたものが何だったのかということも継承されるよう望んでいます。
話がそれてしまい、申し訳ありませんでした<(_ _)>
しなの7号
2017/08/30 10:55

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