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zoom RSS 【825】 あいうえき(9 最終回)

<<   作成日時 : 2017/08/21 06:20   >>

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駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。
今回は「る」からで、このシリーズの最終回です。

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「る」…留萌 るもい JR北海道 留萌本線 北海道
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 左右とも1997.9.22撮影
前日、旧羽幌線廃止代替バスで幌延から3時間以上かけて留萌に着いて宿泊した後、早起きして国鉄D61唯一の保存機であるD61 3を見るために市内の見晴公園に行ってきました。時間がなかったのと地理不案内なので、写真だけ撮って早々に駅に向かわざるを得ませんでした。

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「れ」…礼受 れうけ JR北海道 留萌本線 北海道
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 1997.9.22撮影
留萌駅の続きです。そのあと終点増毛まで初乗りに向いました。留萌から2つめの礼受駅。目の前が日本海のこの駅の駅舎は廃車になった車掌車ヨ3500形の再利用車体でした。北海道にはこうした車掌車車体を再利用した駅舎はいくつも見られました。こういう駅で降りて、駅や周辺を探索するのは楽しそうですが、なにしろこの駅で降りてしまうと次の列車まで5時間以上も待たねばなりませんから、降りるわけにはいきません。この画像も車窓から撮影したもので、この駅で乗降したわけではありません。2016年12月留萌〜増毛間廃止に伴い廃駅になってしまいました。

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「ろ」…芦花公園 ろかこうえん 京王電鉄 京王線 東京都
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 2008.8.2撮影
私は首都圏に行く用事は山手線とその周辺部がほとんどで、私鉄に乗ることは少なかったのですが、「て」のところで書いた天王洲アイル駅からりんかい線〜埼京線で新宿に出てから、この日、初めての京王線に乗りました。
目的地は世田谷文学館で、この年の夏、「宮脇俊三と鉄道紀行展」がそこで開催されていたのでした。宮脇俊三没後5年ということで開催された企画展で、世田谷文学館の最寄り駅がこの芦花公園駅だったということで下車したわけですが、この駅名の読み方さえ知らない状態のお上りさんでした。こんなことでもないと乗らない京王線であり芦花公園駅でしたが、それから2年後に橋上駅舎化されたそうです。

このときの「宮脇俊三と鉄道紀行展」の入場券とポスターの画像をオマケとして貼っておきましょう。
入場記念にいただいたポスターはJTB時刻表表紙のイメージ。入場券はJRの切符のイメージです。
ポスターの撮影者は真島満秀氏で、場所は餘部駅と思われます。なお真島氏は2009年に亡くなっています。
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「わ」…鷲羽山 わしゅうざん 下津井電鉄 岡山県
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 1975.9.14撮影
ローカル私鉄に興味があった高校生のころ、終点の下津井まで電車に乗って、そこから電車を撮影しながら線路沿いに歩いてきました。記憶があいまいで撮影場所が特定しづらいのですが、そのときのネガの順番が駅名標の画像の後に、この瀬戸内海を背に走る列車の画像が来ているので、この駅に比較的近い場所(鷲羽山〜琴海)で撮影したものだと思います。そしてこの駅から児島まで乗って帰ったようです。駅名標のひらがな表記は「わしうざん」ですが、現代風の表記なら「わしゅうざん」でありましょう。
1990年末まで営業していましたが、1991年1月1日廃止とされています。

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五十音順に日本の鉄道の駅名を1つずつピックアップしてきましたが、「ら」から始まる駅名の画像は見つかりませんでした。もちろん「を」「ん」から始まる駅名は存在しませんので、これで終了とさせていただきます。お付き合いいただきありがとうございました。

● しばらく多忙になりますので、このあと11月いっぱいまでは第1月曜日に、毎月連載している「撮り鉄12か月」を、そしてその週の木曜日には、「乗り鉄12か月」をアップしますが、それ以外に新規記事はアップしません。毎月2回だけの記事更新となりますのでご承知おきください。






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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
しなの7号様、こんにちは。

「わしうざん」懐かしいです。またしても同時期、同じ場所で撮しております。撮影地点はご記載の通りですね。今は自転車道になっていまそす。
下電の過去記事も興味深く拝見しました。
海の向こうに見える山は先日来ゾウガメの捜索で話題になった所ですが、実は撮影した当時山向こうの町に住んでおりました。

お忙しいことと思いますが、過去記事の方にもまたお伺いしたいと思います。今後共よろしくお願いします。
3RT生
2017/08/21 12:00
3RT生様 こんにちは。
この16年後、家族旅行で児島から下電バスに乗って鷲羽山山頂へ行き、その際に廃線跡をバスの中から確認しました。その翌日は岡山の池田動物園へ行ったので例のカメがいる動物園には行けませんでしたというより存在を知りませんでした(*^▽^*)
瀬戸大橋を通ると、廃線跡はいつでも気にして見ています。
拙ブログの時刻変更中も、コメントご投稿いただけれが、拝読しアップします。お時間をいただく場合もございますが、どうぞよろしくお願いいたします。
しなの7号
2017/08/21 15:43
こんばんは。
デッキの手摺りと前照灯ツララ除けが北海道のD61独特ですね。代替バスの3時間は苦行だったのでしょうか。
宮脇氏の没後5年企画展は京王沿線で催されたのですか。父が本当に永く居た単身赴任先は小田急沿線だったのですが、そこも世田谷区、東京の行政区域は広いです。京王線は下北沢-高幡不動間は乗ったことがなく、私は首都圏ではJR以外の路線ではお上りさんです。
時刻表おくのほそ道だったか、宮脇氏も下津井電鉄にお乗りになっていましたね。車内広告が少なかったいう件りが印象に残っています。後年の廃止後も訪ねられていたような。
NAO
2017/08/22 00:57
NAO様 こんにちは。
稚内の娘に会いに行ったというおばちゃんと宗谷本線で知り合い、幌延からいっしょに羽幌線代替バスに乗った時は夕方でした。いろいろ教えてもらった天売まではまだ明るく退屈しませんでしたが、おばちゃんが降りた後は闇の中で、がら空きのバスはどこをどう走っているのかわからず、廃線跡もわかりませんでした。交通機関は明るいうちに乗るべきものといつも思います。

以前百済の記事で書いたように、私は首都圏どころか近畿圏もJR以外の路線はほとんど利用も撮影も乗り鉄もしませんので、さっぱりわかりません。

下津井電鉄は、「時刻表おくの細道」が書かれる前に乗っていた数少ない鉄道の中の一つでしたので、行ったときのことを思い返しながら、作品を通勤の列車の中や出先の乗泊で読みました。
しなの7号
2017/08/22 07:53
しなの7号様、こんばんは。
留萌:D61、画像で見る限りは綺麗に保存されていますね。公園に保存と言う事は、地元自治体が管理されているのでしょうか?

礼受:これぞ緩急車の有効活用。おっしゃる通り散策は楽しそうですし、海岸でボーッと佇むのも良いかと。さすがに5時間待ちを余儀なくされるので行程に組み込むのはほぼ不可能ですが。

芦花公園:これは読めません。宮脇氏の画像、一瞬、JTB時刻表の表紙かとおもいました。入場券もですが、工夫を凝らして作り込まれていると頂く側からすれば嬉しいもので、記念になりますね。

鷲羽山:下津井電鉄廃線跡がサイクリングロードとして整備されており、2006年にマウンテンバイクで訪問しました。内陸で育った者としては『海を見ながら自転車に乗る』事は物凄く新鮮に感じました。画像は琴海〜鷲羽山間ですね。鷲羽山山頂からの瀬戸大橋の眺望も素晴らしいです。

鷲羽山で終了ですね。楽しく拝見させて頂き有難うございます…
と言いたいところですが、私はこのように叫びます。
『アンコール!アンコール!』
はやたま速玉早玉
2017/08/23 00:33
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
留萌のD61、最近撮影された画像を見ますと、上屋がなくなっていますので、寒冷地ゆえに劣化が心配です。
礼受のように静かな海が広がっているだけの駅で降り、その気で次の列車まで過ごすのは贅沢にも思えます。忙しい暮らしに慣れてしまった今の世だからこそそう思いますが、忙しいのに慣らされてしまって、そうは思わない方々が多数派なのでしょう。少なくとも喧騒のなかでの5時間とは違った時間が流れ、非日常が味わえるのは確かです。それが旅のあるべき姿であって、ツアーで秘境駅を訪ねても、それは旅とは言えないかも。
「宮脇俊三と鉄道紀行展」、展示物は豊富で2時間くらいかけて堪能しました。この手の展示で、これほどまでに熱心に見て回ったことは後にも先にもありませんでした。撮影はもちろん禁止でしたが、後に主な展示物を多数掲載した書籍が発刊されました→(本文下の広告)
下津井電鉄跡のサイクリングロード行きたいですねえ。

シリーズを最後までご覧いただきありがとうございました。また来年になったら似たような企画をアップしようと考えていますので、よろしくお願いします
しなの7号
2017/08/23 08:09
こんにちは。大変ご無沙汰してしまい、申し訳ございません。
このシリーズ、すべて最初から拝見させていただきました。最後のほうになってくると、やはりツラい文字が出てくるのは致し方ないといったところでしょうか。

ちょっと反則になりますが実は「を」で始まる駅、あるんですよ。正式には「お」なんですけどね(^ー^;A。
我が家にある羽越本線の90年と言う本があるのですが、昭和初期の新津駅(つひに)での駅弁売りの写真があり、駅名票とともにその様子がわかるようになってます。そこに、平仮名でつひにとともに「(わ)かぎをと」と書かれてました。
いまは新津駅の一つ新潟寄りの駅はさつき野ですが、長らく荻川が次の停車駅でした。

信越本線沿線の住民ではないので荻川で下車したことはありませんが、時おり仕事で車で通ることもありました。

余談ですが、「(わ)かぎを」と書いたのは、「わ」の文字が駅弁売りの青年に隠れてしまって全文が読めないためです(^。^;)
早通団地
2017/08/27 14:10
早通団地様 こんにちは。
最後のほうは、なかなか難しかったです(?_?)
歴史的仮名遣いの駅名表示については、以前「【819】あいうえき(6)」でコメントをいただいたことがありましたが、「を」がありましたか。そうすると「ゐ」「ゑ」もあるかもしれませんね。駅弁売りで見えない部分は、私が思うに「はがつかな」と同じように「は」であって「はかぎを」だったのではないかな?と思ってみたり。。。

荻川駅がらみで、国鉄時代に鉄道雑誌から仕入れたネタですが、受験生2人で越後石山駅・亀田・荻川駅の駅名標は見ないほうが良い。間違っても越後石山駅・荻川駅の駅名標に書かれている「次駅表示」を逆に読まないほうがよいとの忠告?がありました。

   えちごいしやま
     越後石山    
 ←――――――――――→
 にいがた | かめだ


     おぎかわ
      荻川    
 ←――――――――――→
  かめだ | にいつ





ダメか、互いに…
ついにダメか…
信越本線「さつき野」駅ができてから、このネタもついにダメになりました(*^▽^*)
しなの7号
2017/08/27 15:38
しなの7号様こんにちは

いよいよこの企画も千秋楽ですか
あっという間でした
留萌
D61の保存機もあるのですね
密閉キャブ開放キャブとふたとおりあったようですが保存機はどちらでしょうか?

芦花公園
これは難読駅ですね
読めません

宮脇俊三
チラシがJTB時刻表風、入場券が乗車券風
さすがですね
そういえばSKE48ヲタとしましては
2015.6月JTB時刻表は当時まだSKE48に在籍していた鉄子・松井玲奈さんが長いJTB時刻表の歴史ではじめて女性で表紙を飾ったんです
保存用も含めて2冊買いました
ヒデヨシ
2017/08/27 16:36
ヒデヨシ様 こんばんは。
留萌:このD61は密閉式キャブです。
芦花公園:私も「宮脇俊三と鉄道紀行展」がなければ読めませんでした。しかし「宮脇俊三と鉄道紀行展」では関係者の方々のこだわりがポスターや入場券にまで見られ、驚きそしてニンマリしました。
JTB時刻表の表紙は国鉄監修時代から比べると、ずいぶんセンスあふれる写真になったものだと思います。付録も付くのですね( ◠‿◠ )
しなの7号
2017/08/27 21:18
こんばんは、しなの7号様。
あいうえき、ついに完結ですね。留萌のD61僅か6両のみの少数派で唯一の保存機ですね。北海道仕様の切り詰められたデフと増設された手すりが特徴的です。かってはあちこちで見られた貨車駅舎ですが今は貴重になってきました、趣のある木造駅舎にと
って変わった当時はがっかりしたものでしたが。
下津井電鉄は近くまで行きながら乗り損なった私鉄です。新車投入で観光鉄道として心機一転と思いきや突然の廃止が残念でした。
門鉄局
2017/08/27 22:23
門鉄局様 こんにちは。
二度と行かないであろう留萌。D61を見るチャンスでしたから、増毛へ行く前に大急ぎで保存場所に行きました。もしも道を間違えて増毛行に乗り遅れると5時間も列車がありませんでしたから、大汗かきました。機関車に添乗して入換作業に従事した者としては、切り詰めデフと増設された手すりは、降雪地の作業環境にやさしい装備だと思ってみるようになりました。それ以前は車両に対してスタイルばかりに気を取られるヲタ感覚で、原形こそがベストみたいな見方しかできませんでした。
素っ気ないダルマ駅舎ですが、これも寒冷地北海道に多いですね。個人的には仕事場でもあった空間を味わえるので好きです。
下津井電鉄はもう少し生き残れると思っていましたので、この時以後に乗ることはありませんでした。2度目の下津井から本島経由のフェリーで丸亀に渡った時は、下津井電鉄のバス転換後でしたが、今は四国に直通するフェリーもなくなってしまいました。
しなの7号
2017/08/28 11:00

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【825】 あいうえき(9 最終回) 昭和の鉄道員ブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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