【287】 臨時列車の乗務(14):クモヤ90とクモユニ147

架線事故による遅れのため急遽運転された特発381系回送列車に乗務した4日後、半年ぶりに名古屋工場からの出場試運転列車に乗務しました。
笹島から名古屋経由で東海道本線共和駅までの1往復のあと、笹島から名古屋まで戻る乗務行路でした。

1985年(昭和60年)9月13日
試8280M 
運転区間 笹島10:54~名古屋10:59

クモユニ147-  1 名カキ
ク ハ 165-118 名カキ
ク ハ 165-127 名カキ
クモヤ 90005    名カキ
      (垣512)
このあとは、以下のようにいずれも同じ編成での乗務となりました。 
試8514M
運転区間 名古屋11:05~共和11:25

試8513M
運転区間 共和12:18~名古屋12:57

試8281M
運転区間 名古屋13:09~笹島13:14

試8282M
運転区間 笹島15:21~名古屋15:25
 (名古屋で試8511Mに継送)

各列車ごとに進行方向が変わるので、クモユニ147に2回とクモヤ90に3回乗車できました。

最初に笹島から乗務した最後尾のクモヤ90005は、以前試運転列車で乗務したことがあったので2度目の乗務となります。
画像

以前のブログ記事「【281】 臨時列車の乗務(11):名古屋工場入出場列車」で紹介しましたように、クモヤ90005は、現在名古屋のリニア鉄道館に保存されているモハ63638そのもので、復元前の姿ということになります。
この時はカメラ持参で乗務しましたのでリアルタイムでの撮影です。

折り返しの手待ち時間を利用して車内の様子も撮影しました。
画像

ロングシートもそのままで、事業用車両ではあるものの、営業用当時の面影がよく残っていました。
何か足りないと思ったら、吊皮がないですね。
室内中央部には、「お化けジャンパ」と呼ばれる異形式とのアダプタジャンパ線が何種類か掛けられていました。

反対側にはクモユニ147が連結されていました。

画像


こちらの車両は飯田線の旧型電車置換え用に101系から改造された郵便荷物車でしたが、この年(1985年)3月に飯田線の荷物郵便電車が廃止になったために、豊橋機関区から大垣電車区に転属してきた車両でした。これによって、半年前に試運転列車に乗務したときには健在だった大垣電車区のクモニ83が廃車となったのでした。
クモユニ147は、119系と同じ塗装で飯田線でデビューし、大垣に来てもそのままのいで立ちで、荷物輸送のほか、このような試運転列車の牽引車として活躍していました。

このクモユニ147のほうは、このとき車内の様子を撮りませんでしたが、今になってみると、郵便室や荷物室の様子というのは記録しておくべきだったと思うものです。
しかし、車体はクモユニ147とほぼ同形のクモユニ143が長野に健在で、2008年に臨時列車「スイッチバック街道 惜別羽尾号」で115系とともに運転されたときに車内が公開されました。その時の様子をご覧ください。

郵便室は手作業の様子がわかるような気がします。
画像


荷物室は自分が乗務していたマニよりかなり小さいスペースだなと思います。
画像


荷物関係の乗務員室はマニ50に通じる造りです。
画像


郵便室も荷物室も、あまり手が加えられておらず往時の面影が残っていました。

ところで、このとき乗務したクモユニ147は1987年に身延線用クモハ123の40番台車として旅客車になりました。
画像

クモハ123-40番台は、のちに冷房化と一部車両の正面貫通化で改番がありましたが2007年まで活躍し、313系に置き換えられて廃車されたということです。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 21

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い

この記事へのコメント

  • くろしお1号

     しなの7号様、こんばんは!
     主役はクハ2両なんですね!当時はこんな形で入出場していたことを初めて知りました。てっきり電車は編成単位でと思っていたので驚きです。こんなところでも事業用車が活躍していたのですね。
     一方で、気動車はJR化後もキハ58など片運転台車両でさえ、堂々1両で亀山へ向け試運転していました。今思えば何とも格好悪いことでしたが、その時車掌さんがどこに乗っていたのか、全く記憶がありません。また、車掌区から笹島まではどうやって来られたのですか?
     機会がありましたら、亀山試運転のお話もご披露下さい。楽しみにしております。
    2012年07月01日 22:11
  • しなの7号

    くろしお1号様 こんばんは。
    国鉄型車両は電車も編成単位でなく1両単位で管理されていることが多かったですね。
    国鉄末期の61.11ダイヤ改正時からEB・列車無線装備車で編成された臨時回送、試運転、工事列車などは車掌省略となりました。あいにく、私はそれ以前に関西本線での試運転列車に乗務したことはないのです。
    名古屋から笹島までの移動手段は「【281】臨時列車の乗務(11):名古屋工場入出場列車」で記しましたのと同様に徒歩でした。
    一方で列車掛時代、笹島発着の貨物列車に乗務する場合は、乗務の都度、車掌区で近鉄名古屋駅から笹島最寄りの黄金駅間の近鉄の回数券をもらって乗っていました。
    2012年07月02日 21:29

この記事へのトラックバック

  • クモヤ90
  • Excerpt: デザインを一新しました。HTML5に対応しました。
  • Weblog: ぱふぅ家のホームページ
  • Tracked: 2013-01-31 19:18