昭和の鉄道員ブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 【605】 山陰旅行の今と過去6:車内放送

<<   作成日時 : 2015/07/23 06:40   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 12 / トラックバック 0 / コメント 14

5月に島根県松江〜出雲と鳥取県境港へ行ってきました。ただ“こんな行程でいってきました”と言ってご紹介するだけではつまらないので、以前に行った時との違いを対比しながら書き進めたいと思います。
画像


**********************

最終回は、車内放送についてです。
山陰地方の優等列車の車内放送では、単に停車駅と乗り換え列車の案内にとどまらず、その都市がどんなところで、どのような見どころがあるかなどを合わせて案内してくれたり、駅間でも車窓案内もしてくれることがよくあります。まずは今回、往路に乗った「やくも」の米子と松江到着時の車内放送をお聴きください。米子市の案内は途中からしか録れませんでした。
※動画はありません。再生時間5分48秒

私は、こういう車内放送がたいへん好きなほうで、その車窓とともに列車に乗った時の楽しみのかなりの部分を占めるのですが、ほとんどの乗客は聴いていないように思います。今回、録音できなかったのですが、帰路には車窓に大山が全容を現しており、大山のついての案内放送も入りました。このときも通路を挟んで乗り合わせた非常に話し声がうるさい関西弁のオバチャンたちのグループはおしゃべりに余念がなく、それでも最後には放送に気づき「え、何だって???大山?どこどこ?ああ…あれ?登ったことないわ」と……。オバチャンたちにとって山は登ることだけにあるのでしょうか。私には登ることはできなくとも、車窓から見る大山も、北海道の駒ケ岳も、列車が進んでいくにつれて別の山のように山容が変わっていく様子を眺めるのが、私にとっては乗り鉄ならでは楽しみ方だと思っているのですが、オバチャンたちは、そういう価値観は持ち合わせておられないようでした。その後もおしゃべりは止まらず、ついに3席くらい前の男性客が車内改札に来られた車掌氏を捉まえて、なにやら耳打ち。すぐ車掌氏はオバチャングループのところへきて、「他のお客様のご迷惑となりますから、お静かにお願いいたします。」

前にも書いたのですが、私が初めて山陰地方を訪ねたのは高校生の冬休み、1973年12月でした。その年の10月に地元明知線のC12形蒸気機関車がDD16に置き換えられたのを最後に、身近に本線列車を牽いて走行する蒸気機関車の姿を見ることができなくなったので、蒸気機関車を撮影する目的で冬休みを利用して山陰まで来たのでした。
画像
蒸気機関車の撮影とともに録音もしたかったのでラジカセも持参していたので、乗った列車の車内放送の録音もしました。その録音の一部をアップしましたので、お聴きください。40年以上も前の車内放送で、「やくも」ではありませんが、同じく米子と松江到着時のものですが、松江を出てからの宍道湖の車窓案内放送も入っています。現代の放送と聴き比べてみてください。
※動画はありません。再生時間4分18秒

この列車は、大阪発福知山線・山陰本線経由の急行「だいせん1号」益田・大社行です。長門市行の急行「はぎ号」2両(増1・増2)を米子で増結します。
当時の日本交通公社時刻表の編成表をご覧いただきましょう。
画像

(日本交通公社版時刻表1973年10月号からの転載画像) 

大阪を11両で発車し、途中2両(10・11号車)を豊岡で切り離しています。編成表には米子で増結する長門市行の急行「はぎ号」には触れられていませんが、本文には記載されています。
画像
(日本交通公社版時刻表1973年10月号からの転載画像) 
出雲市で大社行の4両(6〜9号車)を分割し、浜田で3両(3〜5号車)を切り離し、「だいせん1号」本体の終点益田で1・2号車を切り離し、急行はぎ号2両がさらに長門市まで向かうという長距離列車でした。

高校生だった私にも、ホームにかからない車両の案内や、今回アップしていませんが出雲市での大社行の分割の案内や、他の急行列車から乗り換えた場合の前の列車の急行券の効力などを、このときの車掌長氏は、わかりやすく放送されることを心がけておられるのがわかりました。この録音は自分が武豊線の長大急行間合編成のときや、途中駅で切り離しがある列車に乗務したときの参考になったのでした。しかし前述のように、車内放送に耳を傾けてくれるお客さんは少なく、私の場合も、時と場合を考えて適切に放送をしたつもりでしたが、うるさいと思われる方もあるものですし、観光バスや団体列車とは違って、目的も行先もばらばらな不特定多数の乗客が乗った列車内での車内放送は難しいものです。



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 12
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
車内にうるさいおばちゃんがいると本当いやですね。酒臭い親父も困り者で、これは小職も気をつけねばなりませんが。

車内放送好きですよ。でもJRのは何か趣がないような感じがします。

添付の放送は今晩自宅でゆっくり聞かせていただきますよ。
なはっ子
2015/07/23 07:52
お疲れ様です。先日乗ったやくも号では分水嶺の谷田峠と伯耆大山の案内がありました。子供の頃は列車の事は知らなかったのですが、バスガイドに憧れており、接続コードをマイクにして真似事をして遊びました。それに当時のバスガイドさんに関しては「歌が上手でないとなれんのよ」などと言われていたのでアカペラで歌う練習もかなりやっております。そんな事情があってか優等列車の乗務員さんの案内も大好きなのです。キハ181系のおき号に小郡−津和野間乗車した時は津和野の案内がありました。車内での困り者はやはり酔っぱらいとしゃべるトーンを考えない人達です。冬に山陰に行った時は帰りのやくも号で酒盛りをしながらトーンを考えずに関西弁でしゃべりまくっている男性グループに出くわしました。その内の一人が酒酔いと乗り物酔いの合併症らしく何度もトイレと座席を往復。車端部へ座っていた私は嘔吐でもされて飛沫をかけられてはたまったものでないと思い、デッキに避難していました。通りがかりの乗務員さんに事情を話すと「でもそこは寒いですよ。風邪ひきますよ」と言われたのですが「大丈夫です。脂肪でしのぎますから」などと言って備中高梁から倉敷まで立って、倉敷で再び座りました。
鉄子おばさん
2015/07/23 09:58
なはっ子様 こんにちは。
私は列車に乗ると車窓を眺めるのと車内放送を聴くのが楽しみですので、不自由席(一般に指定席と呼ばれる)はめったに利用しませんが、このときの帰路のやくもでは同行の家内も居り、途中駅からの乗車だったので指定席にしたところが、結果的にいちばんうるさい席を指定された結果となりまして大山の車窓案内放送もパーになりました。
この日は午前中にキハ47の中で飲みましたから、そのやくもでは飲みませんでした(*^^)v
しなの7号
2015/07/23 11:17
鉄子おばさん様 こんにちは。
学校の遠足で、バスガイドさんは歌もうまいし、何でも知っているのだなとびっくりしましたし、名調子を聴いていると、列車の旅とは明らかに違った楽しみがありました。最近は高速バスや一般路線バスの旅も積極的に取り入れていますが、バスツアーとは疎遠なので、試してみたいと考えています。

静かな車内でいきなり携帯の呼び出し音が鳴り、大きな声で喋りだすのは、ほぼすべて50代以上の女性ですね。酒盛りをするオッサンは、身に覚えがありすぎて小声になりますが、気を付けます(^_^;)
以前(1992年)乗った夜行のだいせんのときは2人旅でしたが、朝までに空の缶ビールを窓枠にズラッと並べるぞと頑張った?ものです。
しなの乗務では、モハ381にトイレがなかったので、お客様にご不便をかけました。381系には各車2か所はトイレが要ります。
しなの7号
2015/07/23 11:21
しなの7号様列車内での酒盛りもおしゃべりも節度をわきまえていれば問題はありませんよ。それもまた旅の情緒だと思います。捧381系ですが酔いやすい人は用心してトイレの近くに座りたがるのですが、車端部はまともに揺れるのですよね。それに途中で隣席に座られた方の方が後から降りられる場合、窓際の席をお勧めするのですが通路側より大きい上下動に耐えないといけないので迷う事もあります。
鉄子おばさん
2015/07/23 13:06
しなの7号様、こんにちは。
先ずは関西人として周囲の心配りについてお詫び申し上げます。
私は鉄ですから車内放送はきっちり聞くほうです。私は運輸業には就いておりませんが、お詫びやへりくだった内容は我々にも活用出来る何かがあるからです。国鉄時代の特急北斗に乗ったとき、屑物がごさいましたらデッキの屑物入れへ〜のお決まりの放送が流れていたのですが、「ごついでのときで結構でございます」を最初に言われたのは今でも印象に残っています。
長門市行きの急行併結ですか。ということは車内で車を移動すれば一枚の急行券で大阪から通しで乗れたわけですね。
何かの本で、山陰地方のカレチさんが大阪まで乗務するとき、宝塚からの阪急電車のことを訊かれたら面食らうと書かれていたのを思い出しました。
NAO
2015/07/23 14:27
鉄子おばさん様
2人まではいいですが、3人以上だと弾みがつきます(^○^)
ただし、3人以上の酒飲み鉄の場合は青春18切符の旅しかしませんから、車内では同業のオバチャンや学生たちの声に負けてます。
381しなののトイレはいつも長時間占領されるので、トイレの近くに座ってもあまり意味がありませんでした。車端部は振り子を楽しむ席であって、弱い方向けではないでしょう。
しなの7号
2015/07/23 15:03
NAO様 こんにちは。
関西の方が周囲の心配りがよくないと申し上げるつもりはありませんので…
しかしこのとき、オバチャンたちは海外旅行の話をしておられ、その独特のオーラは嘉門達夫の「関西キッズ」そのままで関西弁の威力は強大だと思ったことです。
「おついでのときで結構でございます」は、いつも使っておられたチーフがおられました。マニュアル化された放送と違い、国鉄時代には一緒に乗ったチーフによって個性のある放送が聞けたものです。
「だいせん」〜「はぎ」は同じ列車として1枚の急行券でよいことになっていました。関西の私鉄網は私はいまだによくわからないですが、関西本線百済への乗務では、その山陰地方のカレチ氏と同じような状況で荷物に接していました。
しなの7号
2015/07/23 15:33
こんばんは。
昔から続けられているものに、大阪から西へ向かう優等列車のアナウンスで、『まもなく淀川の鉄橋を渡りますので一旦ここで放送は中断いたします』というのがあります。車掌さんのなかなかの気遣いだと思いますが、せっかくのそういった配慮もぶっ飛ぶような元気なおば様方にもよく遭遇します。
以前書かせていただいたかもしれませんが、岐阜で併結される名古屋発のひだ5号と私の乗車した大阪発の25号は『ロイヤルシート』と『バトルロイヤルシート』くらいの雰囲気の差がありました。
関西では幼稚園児でさえ二人そろうと掛け合い漫才みたいなやり取りが始まりますので、三人以上だといわずもがな、と思いますが、それは大阪環状線のつもりで山手線に乗った時に痛感します。


やくも3号(関西人)
2015/07/24 21:14
やくも3号(関西人)様 こんばんは。
淀川で放送中断する例は私も存じております。あれは伝統的なものでしたか。ところが夜行だいせんに乗った時に、大阪発車時の車内放送を録ったのですが、淀川での中断配慮がなく途中から放送が聞き取れなくなりました。
在職中、名古屋駅など大駅を発車するときは、最後の分岐を越えるまでは騒音がうるさいので放送をしませんでしたが、そういう配慮をしない方も多々おられたのもまた事実です。

やっぱし関西と関東では文化が違いますねえ。たしかに仕事で稀に関西の方とお話しすると、つい先方のペースに乗せられがちになりがちです。気をつけねば(^○^)
しなの7号
2015/07/24 21:56
こんにちは。私が高校生時代の山陰経由九州の撮影の折に録音した車内放送は、「大山の案内」の部分と帰りの「青島号」「音戸1号」です。カセットテープが残ったら録音しよう程度にしか思わなかったのですからそれだけしか無いようです。とにかく車内録音している時あるいはその放送を聞きたい時に、おしゃべりがうるさいのには閉口しますね。ちょっと遠めに地元のおばちゃんの方言混じりの会話が入ってたりすると車輪のジョイント音とのアンサンブルはいい雰囲気だったりしますが。ところでオルゴールの案内音はやはり「ハイケンスのセレナーデ」が一番ピンと来ますね。ほかに「鉄道唱歌」はもちろんですが、「アルプスの牧場」というのも聞き覚えがありますし。ピンが折れて音飛びしたのもご愛嬌でしょう。
北恵那デ2
2015/07/25 18:06
北恵那デ2様 こんばんは。
今回アップしませんでしたが、だいせん1号車内の「大山の案内」は私も録ってあります。「ダイセンキャラボク」という木が存在するのをその放送で知りました。いっしょに乗っていたはずですからたぶん同じ放送を録られていると思います。このとき帰路は別行動だったようで、私は「阿蘇」で帰っています。ご承知のように私は写真に人が入っても被写体が隠れたりしなければあまり気にしないですが、録音もおっしゃるように車内の雰囲気が伝わってくるような雑音はむしろ好きです。気になるのは聞き取りにくい喋り方など車掌の方で、ヤル気あるんか?と言いたくなるような放送に出会うとがっかりします。放送前後にオルゴールがあると締まりがあっていいですね。ハイケンスとアルプス〜は幼少時から馴染みでしたが、電車急行や特急に乗る機会がなかった私は「鉄道唱歌」に高級感?を抱いていました。
しなの7号
2015/07/25 20:33
おはようございます。
急行「はぎ」ですかまったく頭の中にない
列車名でしたので調べてみたのですが、
「ながと」ぜんしんだったのですね、
だいせんは、乗りました乗りました
山陰の代表急行でした、大阪の11両気動車やっぱ
迫力ですよね。
たしか、みささ・みまさかも10両あったような。
あと名古屋の赤倉、
電車のしなのより、5分あとの新潟行き11両の
発車シーン、思い出されます。
いい時代でした。
急行 陸中
2015/07/26 07:07
急行 陸中様 おはようございます。
各地にあったローカル急行については、私もサッパリ知りませんから、「だいせん」の録音がなかったら「はぎ」のことも知らなかったはずです。1分55秒くらいに汽笛が鳴ってから20秒間くらいの音が急行らしい迫力があって自分的には好きなところです。国鉄時代の気動車急行は迫力ある長編成にも魅力がありましたが、今、時刻表を眺めると分割併合が多い複雑な運転形態にも魅力を感じます。同時に放送が持つ役割も大きく、切り離されてとんでもないところへ連れて行かれるお客さんも多かったのだろうと想像します。
しなの7号
2015/07/26 08:07

コメントする help

ニックネーム
本 文
【605】 山陰旅行の今と過去6:車内放送 昭和の鉄道員ブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる