【628】 北恵那鉄道22:車両7「デキ250形」

先週に引き続いて、北恵那鉄道の車両について、私が知っていることを書いていこうと思います。北恵那鉄道は貨物営業も行っていました。今回は電気機関車デキ250形です。
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【デキ250形(251)】
デ2とともに、国鉄中津川駅から中津町駅裏に接している製紙工場へ出入りする貨車の受け渡しを含む中津町駅構内入換専用の機関車で、本線に出ることはなく、いつでもデ2とともに、中津町駅に行くと見られた車両でした。
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関西電力が丸山ダム建設に伴って、資材運搬用として名鉄に投入した機関車で、ダム建設後は名鉄に譲渡されました。そのあと、北恵那へ入線したのは1968年です。北恵那鉄道では最も製造年で言えば若い車両で、昭和27年製でした。入換作業はデ2との2両体制で行われていたのですが、どちらかが検査入場をすると、入換を本線旅客用のモ560形が行うことがありました。
下の画像の、左は本線のモ563。右はいつもデキ251が居座っている製紙工場積卸線に代役として入ったモ562。この線にモ560形が入ることはめったにありませんでした。
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工場の積卸線は急カーブになっていて、車体が長いモ560形ではワム車に連結しようにも、車体のオーバーハングの関係で連結器の位置がずれてしまい連結できないケースが出て支障が出ると車庫の人が言っていました。まるで模型みたいなできごとが実際に本物の鉄道にもあることを知りました。
構内全体がカーブを描いている中津町駅の平面図は、「RM LIBRARY 32 北恵那鉄道」に掲載されています。その本文には本線の曲線半径は161mとの記述があり、かなりの急カーブであることがわかります。積卸線の半径についての記述はありませんが、本線のカーブの内側にある線なので、さらにきついカーブのはずで、半径150mくらいのように思えます。しかし、写真を見るとポイント部分などは、線路がいびつな曲がり方をして敷設されているので、部分的には、もっと急曲線だった箇所があったのかもしれません。
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参考までに国鉄名古屋鉄道管理局の運転保安基準規程をひも解きますと、「8番片開転てつ器の付帯曲線又は半径110m未満の曲線で車両の連結をすることは、手押し入換を除き禁止」とする規定がありました。

鉄道の廃止後、モ565といっしょに、愛知県海部郡弥富町(現弥富市)にあった「動物レストラン エルザ」で保存されました。廃止翌日には、いつも入換作業をしてきた中津町駅を離れ、トレーラーへの積み込み場所となった山之田川駅まで、本線上を自力走行しました。北恵那でデキ251が本線を走ったのは、そのときが最初で最後ではないかと思われるほど珍しいことでした。その日のことは、後日改めてお伝えするつもりです。



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この記事へのコメント

  • 北恵那デ2

    こんばんは。デキ251は出力75kwのモーター4台とのことですので、単純に考えてデ1型の倍の出力と云うことですね。もしも本線で使うようなことがあったのならば、3両くらいの貨車を牽く貨物列車を見ることができたのかもしれません。しかし我々が訪れるようになった頃には、電車で1両の貨車を牽く程度しかその需要が無かったのですから夢物語に終わりました。ただ、電力事情の悪い奥の方ではその力をフルに発揮できたのかどうか分かりませんが。
    2015年10月01日 19:50
  • しなの7号

    北恵那デ2様 こんばんは。
    そういう考察をしませんでしたが、スペックをみるとたしかに出力は約2倍ですね。本線を貨車を牽いて走る貨物列車、あれば見たかったですが、3両ぐらいしか牽けないですか。まことにくだらない発想ですが、多客や団体の臨時でク81+ク82+ク551の3両くらいなら牽けそうですから、モ560形重連より消費電力が少なく、収容旅客数は増やせるから、これは名案!…と言っても、そんな需要はあるわけないか…
    2015年10月01日 20:31
  • NAO

    こんばんは。
    カーブの駅構内、敷地面積を無駄なく使った結果なのでしょう。
    連結時の曲線半径の規定ですが、どの箇所の曲線半径がどれぐらいかは曲線票で判断されていたのでしょうか。と言っても実物を見た記憶はありません。
    2015年10月02日 00:38
  • しなの7号

    NAO様
    北恵那鉄道の軌道は、国鉄中津川駅から連絡線が分岐した後、木曽川に続く谷間に向かって約90°も左に急カーブして敷設されていまして、中津町駅はその途中にありました。

    北恵那での規定は存じませんが、名古屋鉄道管理局では該当部分の曲線レール側面外側に白いペイントを施して判別できるようにしていました。

    2015年10月02日 07:40
  • 北恵那デ2

    こんにちは。電気機関車で「ク」の3両編成を牽くというのは模型でやってみたい気はします(笑)。でも「ク」は「ホハフ」ではないから室内灯さえ点灯しないし・・・という細かいことは考えずにということですね。ただせいぜい最後の「山之田川駅」までの帰らぬ旅の際は、デキ+モ+クで走って欲しかったのですが。
    2015年10月02日 17:30
  • しなの7号

    北恵那デ2様 こんばんは。
    デキ251が電車を牽く場合、電燈などサービス電源のほか、さらに重要なブレーキ管もそのままでは連結できなかったでしょうから、こういうことは模型の楽しみの一つと考えるのが無難ですね(^○^)

    山之田川駅までの最終運行の日のことは、後日改めていたしますが、唯一旅客車牽引の可能性があった機会だったのに残念な結果でした。
    2015年10月02日 19:59
  • ヒデヨシ

    しなの7号様こんにちは
    デキ251は非常にスマートな機関車で
    同じ名鉄の東芝の標準型デキ600よりも
    はるかに近代的です
    出力なのか?同型が無いためか?
    なぜ名鉄で使われなかったのでしょうか?
    構内の急曲線、刈谷駅の上り3番から上り4番への分岐がコメントにもあるようにレール側面に白くペンキが入っていた連結禁止箇所でした
    とは言え積込線なので連結せざるを得ない時もあり連結直前まで連結器を足で押して対処していました
    2015年10月10日 12:36
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 こんにちは。
    そうですね。刈谷駅でよく見たデキ各車は戦前~戦中派ばかりでした。関西電力のダム工事ではデキ251~252が工事完成後に名鉄に譲渡されましたが、251は北恵那に出され、名鉄に残った252のほうも短命でした。Wikipediaによりますと、252のほうは1500Vに昇圧改造されたものの、1968年(昭和43年)4月に発生した車両故障により休車となり、修復されることなく同年8月22日付で除籍・解体処分になったとされています。

    やっぱし、急カーブ上で連結せざるを得ない場面はありましたか。ホームで連結作業を見ているのと違って、線路の位置で作業していると連結器の位置って結構高いんですよね。
    2015年10月10日 14:37

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