【718】 北恵那鉄道27:「付番の謎」

今回のブログ記事は、ただの独り言です。この鉄道固有のことで、ずっと前から腑に落ちないと思っていたことをつぶやきますが、どうでもよいことですので、ヒマな方だけご覧ください。

北恵那鉄道に在籍した車両の形式称号や個々の車両ナンバーの付番には、規則性がなくて、よくわからないものがあります。たとえばこの画像。
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ト107ですが、ご覧のように形式はト100でなくてト101なのです。国鉄の貨車で1桁形式の場合は「ワラ1」「チ1」など形式称号に「1」を使う例がありますが、この画像のように3桁形式の場合、国鉄ならト100形となりそうなものです。北恵那鉄道に在籍した貨車をすべて知るわけではないのですが、私が知っている範囲では、貨車には1桁の形式称号はなく2桁~4桁の形式称号が存在し、それらすべての形式称号の末尾(1位)は、すべて「1」になっています。(例トム51形・ワ251形・ト1101形)
今でも、電車にこのような形式称号を付番する私鉄は存在しますから、では北恵那鉄道の電車は?と見ると、さにあらず、1桁の形式称号の場合以外は形式称号の1位の数字は全部「0」になっています。

1桁の形式称号を持つデ1形は、4両(ナンバーは1・2・3・5)が在籍しました。4がなかったのは忌み番を避けたことは明らかですが、北恵那鉄道には6・7がなく、戦後に増備された大型車の形式称号はデ8形(ナンバーも8)に飛びました。
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6と7が過去に存在したのではないかという仮説も当然成り立つわけですが、そのような事実には行き当たっておらず、空き番となっています。どうせ新形式を起こして、番号を飛ばすなら10代にするという考え方もあるでしょうに、なぜ「8」なのか疑問です。案外、そんなことも考えず末広がりで縁起のいい「8」を採用したとかいうことなのかもしれません。
北恵那鉄道には2軸の客車が、ハフ10形・ハフ30形・ハフ50形と3形式(ハフ40は忌み番として飛ばしたとしても、なぜかハフ20形が存在しない。)あって、いずれも2桁の形式称号を名乗っていました。と、いうことは、電動車は1桁に納めたかったので、デ8の場合はあえて、デ10とはしなかったということだったのでしょうか?(そのころの2軸客車にはハフ10形は存在せず、ハフ30形とハフ50形しかなかった。)

その3形式のハフの形式称号は、電車同様に1位は「0」になっています。しかるにナンバーはどうかというと、ハフ30形式(「30・31」)だけにナンバー「30」が存在し、ほかの2形式には形式称号と同じ番号(1位の数が0)の車両は存在せず、ナンバーは「11・12」「51・52」を名乗り、1位の数が1から始まっていました。これも一貫性がなく変です。ちなみにハフ30形は戦前から在籍しており一番古く、ついでハフ50形、いちばん最後に導入されたのがハフ10形という順でした。なぜ最初に導入されたハフが、わざわざ30代を名乗ったのか? なぜ30→50→10の順に形式付番されたのか? いずれもわかりません。

名鉄傘下に入ってから、名鉄から転入する車両が増えました。それらの車両には、電動車の形式称号にそれまでの「デ」を用いず、名鉄式の「モ」を使うように変わり、車体外板に表記されるナンバーはデキ501以外には名鉄書体の切り文字が採用され、3桁数字を用いた形式称号が現れました。
廃止まで主力形式となったモ560形(ナンバーは561~565)は名鉄時代の旧形式称号・旧車番そのものを改番せずに使用しています。そのうちモ565だけはモ561~564より9年も遅れて名鉄から入線しました。その9年間の名鉄時代にはモ565はモ765(760形)に改形式改番されましたが、北恵那鉄道に来て、形式称号・ナンバーともに改番され在来車と同じモ560形に戻り、続番であり名鉄時代の旧番であるモ565になっています。これだけが納得できることでした。下の画像は名鉄時代の装いのまま転入したその日のモ765(のちの北恵那モ565)と在来のモ563です。
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このほかデキ250形(ナンバー251)も名鉄時代のままのナンバーを北恵那でも使用されていました。

その他の旧名鉄車はと言うと、
ク80形(ナンバー81・82)、モ320形(ナンバー320)、ク550形(ナンバー551)、デキ500形(ナンバー501)は、北恵那入りに際して、名鉄時代の形式称号を使用せずに、わざわざ形式変更されています。

<参考>
ク80形(ナンバー81・82)=名鉄時代 ク2290形(2291・2292)
モ320形(ナンバー320)=名鉄時代 モ350形(353)
ク550形(ナンバー551)=名鉄時代 ク2040形(2042)
デキ500形(ナンバー501)=名鉄時代 デキ1000形(1003)

しかし、ここでも、なぜこのような形式称号が与えられたのかという謎が出てきます。
その中でク80形だけが2桁ですが、これは前述のハフ同様、トレーラーを2桁称号にしたかったのでしょうか? しかしク550形を名乗る制御車が後年入線し、3桁の形式称号を持ったトレーラーができました。
下の画像、よく見ると塗りつぶされた名鉄時代のナンバー「2042」が、かすかに判読できます。
画像
ク550形はモ560形を制御できる唯一の制御車(HL車)でしたから、モ560形に合わせて500番台を与えられたとも考えられます。そういう考えかたをすると、ク80形はデ8形を制御できる制御車であったので、あえてク60形とか70形が過去に存在したわけでもないのに、10位に8を用いてク80形を名乗ったということなのでしょうか?

モ320形の場合は、さらに謎が深まります。初めての3桁番号の形式称号を名乗る電車であって、その前にモ310形があるわけでもなく、100代も200代形式の車両があったわけではないのに、なぜ「320」という中途半端な形式称号を名乗ったのか? さらにモ320形は1形式1両で、ナンバーは「320」と形式称号とナンバーが同じです。ほかの2桁~3桁の形式称号を持つ電車は形式称号の1位が「0」で統一され、ナンバーが「1」から始まっているのに、モ320だけがナンバー「321」にならず「320」なのか、さっぱり意味不明です。そしてRM LIBRARY32 清水武著「北恵那鉄道」に載っている古いモ320の竣工図面の写しには「形式称号モ300型・記号番号320」となっているのも不思議です。実際の形式称号は、モ300が正しいとするならば、ナンバーが「320」という理由がますますわからなくなってきます。

このように元名鉄車が北恵那に入線した時点で変更された形式称号には、規則性がまったくないようで、入線順でもないのは、何か意味があってのことなのでしょうか?
北恵那鉄道の車両の規則性がわからない形式称号の付番のしかた、車番の振り方、貨車だけ「1」から始まる形式称号を用いる理由などは、数十年来の疑問となっています。

ところで、これら車両の「呼び方」ですが、私と北さん(←ブログ記事内で北恵那デ2様をそう呼ばせていただいています)は、デ2・デ8・モ563を例に採りますと「でに」「ではち」「ごーろくさん」(「ごくろうさん」ではありません)という呼び方をしていました。(3桁の場合はカナを省略)
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のちに車庫で整備されている方々のお話が聞けるようになって、その中で知ったことですが、現場の方は「に号」「はち号」「ごひゃくろくじゅうさん号」というふうに「デ」とか「モ」のカナはすべて省略して、棒読みでなく百とか十とか単位を付け、さらに後ろに「号」を付けて、呼んでおられました。付番の謎についても、しかるべき方に聞いておけば、ひょっとして謎が解けたかもしれないと今さらながら思うのですが、たぶんそういうことは、ヲタクだけが気にすることであって、少なくとも現場の方々は無関心であっただろうとも私は思っています。それは国鉄でも同じで、仕事に直接関係がないことがらは、ヲタクの間では常識みたいなことであっても、職場では話題にすらならず、知らないことは多かったものです。

形式称号や記号番号は、特定さえできれば現場では支障がなく、どうでもいいことでしょう。けれど人名はそういうわけにはいかず、親が思いを込めた名前があって、それはマイナンバー制度で代用できるものではありません。すでにこの世にいない車両たちではありますが、その番号を通番としたり入線順に割り振ったりしなかったわけと、その裏にある意図や事情を名付け親にお聞きしてみたい。なにかその番号に意味が込められていたのなら、それらを愛した者としては、愛する人の名前の由来を知りたいと思うのと同様に、その番号を付した理由を知っておきたいと思うのです。
くだらない話で申し訳ありませんでした。
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この記事へのコメント

  • ヒデヨシ

    しなの7号様おはようございます。
    電車の付番のことは難しいですね。
    貨車の形式ト101は、これ以前にト100と言う1両のみの形式が存在したのかな?
    としか思い付きません。
    一番最後の写真、立ち客までいる混みようにビックリです。
    2016年09月01日 07:52
  • しなの7号

    ヒデヨシ様
    貨車にト100というのは、たぶん存在しなかったはずで、北恵那鉄道で知りうる限りの貨車の形式称号の末尾はすべて1です。
    最後の画像は、日中の運行が休止された後の、朝の中津町行です。同級生でも利用者は多かったです。
    2016年09月01日 08:08
  • NAO

    こんばんは。ヒマになったので拝見致します。
    付番については特に運輸省からの指針があったわけではないのですね。あくまでも鉄道会社任せということでしょうか。
    混んでいる電車、交通機関による「差別」を受けられていた同級生様が乗っておられたのですね。(何のことかご記憶になければ申し訳ございません)
    2016年09月01日 20:29
  • 北恵那デ2

    こんばんは。確かに記事にありますような一貫性のないナンバリングでしたね。私なんぞ申し上げるほどの知識もありませんが、中小私鉄には訳の分からないナンバリングをなされた車両もあるようですね。それにしてもこの北恵那鉄道の一貫性の無さは右に出る者はないのではないかと思います。因みに「デ8」につきましては、車庫におられた整備の方だったか「末広がりの縁起を担いで8とした。」と確かにそう仰っておられたように記憶しております。なお、他社でも奇妙なのは存在していますよね。大井川鐵道のCワフ0型なんかはほかに例が無いように思います。Cは今回話題にはしませんが、番号が1から始まる車両の形式は0型であって何も問題はないような気がします。しかし、通常はその場合は「ワラ1型」のようになり0型ではないですものね。逆にそれと同じように考えると番号が101から始まる車両の形式がト101型のようになっていてもいいわけではあります。結局ナンバリングは、その時の担当者が思ったように付番し当局に届け出たのだが、担当者が変わって自分の思うようにしたくても当局に対しての変更は並大抵のことではないため一貫性がなくなってしまうということではないかと思いますが。
    2016年09月01日 22:00
  • しなの7号

    NAO様 こんばんは。
    運輸省の許認可、指針とかも私は全く知らないので何もわかりませんです。
    同級生が「差別」を受けていたとは思いません?が、また北恵那電車か…と交通機関そのものが差別的に見られていたかもしれません。
    2016年09月01日 22:08
  • しなの7号

    北恵那デ2様 こんばんは。
    デ8の由来は、やっぱりそんなことで間違いなさそうですね。そのへんの記憶は曖昧なので、自信がありませんでした。ありがとうございます。
    長い歴史の中で、経営者や担当は変わり、法規が変わり、変わるモノばかりで、結果も180度変わったりしても不思議はないというものでしょうかね。「なぜそうなったか」を解き明かすのは常に歴史をひも解く楽しみでもあります。

    大井川のCワフは0型でしたか。あのCは中電の頭文字かな?
    新幹線の「0系」というのも、最初聞いた時は違和感がありました。
    2016年09月01日 22:28
  • こがね しろがね

    しなの7号さま、こんばんは。
    資本関係のある会社間での車両の移籍は、鉄道でもバスでもよく見られますね。何年か前にも名鉄バスから北恵那交通にバス車両の移籍があったようです。意外なことには、北恵那交通から移籍したバス車両もいることで、その移籍先が同じく元鉄道事業者の越後交通グループだということです。中小の交通産業は人出不足にもがき苦しむだけでなく、車両の調達にも苦労の多いようで、その運転やお守りをする方の苦労もたいへんでしょう。
    2016年09月01日 22:38
  • 北恵那デ2

    おはようございます。自分の職業の関係で国の機関に対する手続きの経験があります。鉄道の担当機関(たとえば当時の運輸省)の場合も同様だと思います。一旦届け出たものや申請許可を得たものを変更することはなかなか苦労します。理由書や該当者の同意書が必要だとか多くの書類を作らねばなりません。ナンバーの付番ごときでそのような面倒なことをしたくないから、その時々の担当者が適当に付番してそのままということではないでのでしょうか。ハフ30・31となるのは、9600型の1号機が9600番だったことなどが頭にあって付番したものとも思われます。そして、ハフ51・52と付番したときの担当者は、その時代の他をまねて何も考えずそのように付番したというようなことではないのでしょうか。あくまでも推測ではありますが。また、大井川のCワフ0型のCは中電のことのようですね。なるほど、新幹線も0系ですよね。
    2016年09月02日 07:07
  • しなの7号

    こがね しろがね様 こんにちは。
    バスのことは、さっぱり知識がないのですが、あの当時の北恵那鉄道のバスにも、たぶん名鉄からの移籍車と思われる中古バスを見た記憶があります。近年では、
    【508】中央西線の代行バス
    http://shinano7gou.at.webry.info/201408/article_1.html
    で、北恵那交通から東濃鉄道に移籍した後も北恵那色のまま使用されていたバスの画像をアップしています。これは北恵那交通の貸切バス事業の東濃鉄道への営業譲渡に伴うものでした。
    JR東海バスが路線バス事業から撤退し、北恵那交通がそのあとを引き継ぎましたが、逆に旧JRバスが似たような状況になっていました。
    2016年09月02日 10:26
  • しなの7号

    北恵那デ2様
    何にしても役所がらみのことですし、そういうことは登録さえできればよしとか、許認可が下りさえすればよいそれでよし、であって、その付番について謎だとかいっているのは無意味なことで、お恥ずかしい話だと承知はしています。
    1号車を0と付番するか1とするかなどを、こまかく規定しなくてはならない場合とは、ある程度の規模の会社で車両の数や種類の管理に支障が生じる場合であって、このような小規模の鉄道では何ら支障がないので、適当に。変だから変えるとなると役所の手続きに無駄な手間ばかりかかって、何のメリットもないし…。
    しかし、ハフ30・50ときたら、ふつう次は10か…???
    0系って長野電鉄にもありました。OSカーと呼ばれてた車両でした。 
    いろんな推理ありがとうございました。
    2016年09月02日 10:28
  • 門鉄局

     しなの7号様、こんにちは。
    形式とナンバーの関係は会社によって様々で奥が深く面白いですね。国鉄でも蒸気の旧形式や旧形国電の一部のように0から付番するもの、阪急のように元々の会社の出自によって異なっていた例や、京急のようにデハ・サハが違っても編成毎に連番で一般的な系ではなく総称して形と呼称するなどいろいろですね。南海は昔は6001や7101系と言っていたのがいつの間にか6000・7100系と呼ぶようになったようです。
    北恵那鉄道の場合0からか1からかの付番は適当だったと思いますが、規模からしても今の地方私鉄では考えられない形式の豊富さ面白さですね。長野電鉄の0系OSカーは私が子供の頃の最新型電車で図鑑などでよく紹介されていましたが、FRP製の前面デザインや0系という形式が新鮮かつ斬新だった記憶があります。東海道・山陽新幹線は当時単に新幹線電車と呼ばれていて0系と呼称するようになったのはかなり後年のことだったと思うのですが、真相はどうなのでしょうか?000系などと書いてある本もありました。
    「うちの鉄道はそんないい加減、適当じゃないぞ!」とお怒りの北恵那鉄道関係者の方がいらっしゃったら謝りたいと思います。

    2016年09月06日 11:45
  • しなの7号

    門鉄局様 こんにちは。
    この規模の鉄道だと、大手私鉄のような形式称号を編成単位とか系列ごとにまとめることはないでしょうし、単純化されそうに思うのですが、そうならないところが謎です。
    忌み番外しや縁起担ぎの付番などには、体温を感じます。

    OSカーのような新車を導入した長野電鉄は、今も中古ながら名車を受け入れて頑張っていますね。
    たしかに新幹線に「0系」の呼称は当初は聞かれませんでしたが、理由は私も知りません。新幹線車両は1系列に統一されていたから必要なかったということでしょうか?
    2016年09月06日 18:32

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