【722】 北恵那鉄道29:「モ565入線の日」

運行不能に陥ったデ8に代わって、名古屋鉄道から北恵那鉄道へ入線したのがモ565でした。すでに同形車のモ561~564が、その9年前に入線して北恵那鉄道の旅客輸送の主力として使用されていたので、代替車としては妥当な車種選択と言えましょう。
もともと名鉄561~570として瀬戸線でいっしょに働いていた車両が、瀬戸線を離れて561~564が北恵那鉄道へ、565~570が名鉄揖斐・谷汲線とに別れてしまった後に9年後の再会ということも、鉄道に思い入れがある私にとっては感動的といっては大袈裟ではありますが、運命的なものを感じました。別れている間に名鉄に残った565~570は765~770と形式称号、ナンバーとも変更されていました。そのため名古屋鉄道から北恵那鉄道へモ565が入線したときには、名鉄時代のままの緑一色の車体に765のナンバーのまま、中央西線の貨物列車で甲種輸送されてきたのでした。
私と北さんの2人は学校帰りに北恵那鉄道の車庫へ立ち寄る日々が続いていた時期でしたので、名鉄モ765(→北恵那モ565)が入線する日とおおまかな時刻を事前に教えていただくことができたのでした。

その入線日は1973年(昭和48年)12月14日でした。前日に、国鉄職員であった父からも甲種輸送の情報を得ることができました。当時の父は中央西線で列車掛をしており、前日出勤して点呼を受けた時に、帰路に乗務する貨物列車に北恵那鉄道へ向かう甲種輸送車両が連結されることを知ったということで、そのことを家に電話してくれたのでした。ところが私がもう知っているものだから父は拍子抜けしたようでした。
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正確な時刻は忘れてしまいましたが、日中に中津川に着くダイヤでした。平日のそんなに時刻に写真を撮りに行けたとは不思議なことですが、学校をサボった覚えはないので、時期的に学校は期末試験中で、午後の撮影が可能だったような気がします。
この名鉄モ765(→北恵那モ565)の甲種輸送には大きなオマケが付きました。名鉄の出で立ちのまま国鉄中津川駅に到着したモ765は、北恵那鉄道の在来の同形車561~564とは向きが逆でした。ここで、すでに蒸気機関車が姿を消して本来の役目を終えたと思われていた国鉄中津川機関区の転車台の出番になって、ここで半回転して向きを変える作業があったのでした。

DD16 に押されて機関区構内へ移動してきたモ765(→北恵那モ565)
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このあとモ765(→北恵那モ565)は、DD16に牽かれて北恵那鉄道との貨物受渡線に移動し、こんどは北恵那鉄道の最長老で入換用のデ2に牽引されて連絡線を通って北恵那鉄道中津町駅にたどり着きました。なぜか冷蔵車レ12000が留置されています。冷蔵車などほとんど北恵那鉄道内で見たことがなかったので、ワム代用か?
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9年ぶりに再会した旧知の友モ563の力添えで転線。
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無動力のままで車庫に収まりました。
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この時点で、私どもはこの電車をいつから使用するのか、塗装や形式称号や番号はどうなるのか、何も知り得ませんでしたが、かなり長い時間をかけて整備され、旧番かつ北恵那の続番となるモ565を名乗り、車体も北恵那カラーの黄と緑になりました。在来車と違ったのは、名鉄で使用されていた正面サボ受けをそのまま流用して使用されたことで、在来他車のような横サボ掛けが装備されなかったことと、室内灯が白熱灯のままで使用されたことでした。
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この記事へのコメント

  • 北恵那デ2

    こんばんは。かつては貨物列車に無動力機関車などの回送車が連結されていることがありました。機関車の場合は機関車次位、その他の車両は記事のような回送形態が多かったように思います。機関車は重量があるため次位に、その他の車両は連結器に全列車の負担をかけられないのでこのような形態になったのでしょうね。記事のような回送形態の場合は、駅報に「後増ワフ前レケユソ」と記載されておりました。あるいは後という字が略字になっていることが多かったです。こういう役に立たないことだけよく覚えておりますが。
    2016年09月15日 20:57
  • しなの7号

    北恵那デ2様 おはようございます。
    ご承知のようにモ765はシャロン式という古い型の自動連結器を装備していましたから、もしも機関車次位に連結したら強度不足で連結器破損したかも? しかもこの甲種輸送ではモ765は前後車両へのブレーキ管が接続できるよう国鉄仕様のブレーキホースに換装されていましたが、自車のブレーキは効かない状態だったようですから、連結位置は後部でないと不安定だったと思われます。
    かなり前に、前部緩急車と後部緩急車を、現場ではそれぞれ「ゼンカン」「ゴブカン」と呼んだと書いたことがありますが、増緩急車を「マシカン」と呼ぶとも習いました。一番上の画像では、ヨが本務の「ゴブカン」で、最後尾のワフが後部の「マシカン」ということになりますね。
    2016年09月16日 07:41
  • 常夜燈

    些細なことをお尋ねしますが
    この回送で添乗者はいましたか?
    2016年09月16日 08:05
  • しなの7号

    常夜燈様
    北恵那鉄道社員と思われる方が1名付添人として乗っておられました。
    2016年09月16日 08:12
  • 門鉄局

     しなの7号様、こんにちは。
    ヨとワフに守られるように挟まれて回送されてきた写真はまるで嫁ぎ先へと向かう花嫁さんのようで微笑ましいですね。
    (かなり年増の姥桜ですが)帰路の列車に甲種回送車ありと聞いて「あいつに教えたら喜ぶだろう」と自宅に電話するお父様の楽しそうな様子と温かい家庭の雰囲気までも浮かんでくるようです。
     もともと同僚だった仲間と別れ、別の職場で再会するとは子会社での再就職としても感動的です。名鉄仕様のままのモ765がモ563に牽かれる写真など「おっ!懐かしい制服だなぁ、又会えるなんてなぁ」「9年ぶりだよ。北恵那も厳しそうだけど頑張るからよろしくね」なんて車両同士の会話が聞こえてくるようです。しかも旧番に戻され先に来た4両と再び連番になるとは偶然を通り越して運命的と言わざるを得ません。甲種回送で到着、方向転換後入線のこの日一連の作業はしなの7号様と北様こと北恵那デ2様だけが記録されている貴重な物と思います。今回の記事を見てとても穏やかな気分になったのは、車両の再会の物語もさることながら鉄道好きの学生を構内に入れてくれたり情報を教えてくれた国鉄や北恵那鉄道の方々や息子思いのお父様など、取り巻く人々の温かさと管理人様と変わらぬ友情の北様の存在です。すごくいい気持ちで読ませていただきました。
    2016年09月16日 13:41
  • しなの7号

    門鉄局様 こんにちは。
    私の思うところをすべて読み取っていただきありがとうございました。いろんな意味で、今では考えられないことばかりでした。北恵那鉄道の方には、本当に親切にしていただきました。
    モ560形の履歴を知る者にとっては、いったん別々の職場に別れた電車たちが、デ8の落雷被害という偶発的な事故によって、名鉄モ765が北恵那で再会することとなったドラマチックな展開に感動したものです。
    ところで、名鉄モ765の続番となる名鉄モ766は、この形式唯一の現存車として、デビューした瀬戸線から2kmほど離れた瀬戸市内の公園でひっそりと余生を送っています。昨年、ひさしぶりに見てきました。屋根の下なので持ちこたえていますが、すっかり色あせていました。
    2016年09月17日 15:26
  • NAO

    緩急車に挟まれた甲種回送、物々しいというか優遇されていますね。ドナドナと違って新たな職場への異動?ですから、お写真を拝見して哀愁、悲壮、そんな言葉は思い浮かびませんでした。
    レムの停まっている構内、全てがギリギリのようなレイアウト、鉄道模型を見ているような気がします。しかしワム代用だとしたら普段は食品を運ぶ車両、衛生面で問題にならなかったのでしょうかね。
    2016年09月18日 10:51
  • しなの7号

    NAO様 こんにちは。
    古い車両ですから、一見廃車回送を思わせますが、9年ぶりに再会する兄弟たちが待つ鉄道への旅立ちでした。国鉄退職後に何度か経験した元同僚が待つ転勤先に赴任するときの気持ちに通じるものがあります。
    この電車が北恵那鉄道でほんとうに廃車になって、保存場所に移動するときは、トレーラートラックによる陸送によりましたので、この電車が国鉄線を走ったのはこれが最後になりました。
    【618】北恵那鉄道17:車両2「モ560形(後篇)」
    http://shinano7gou.at.webry.info/201508/article_10.html

    中津町駅は構内全体がカーブの途中にある窮屈な配線でした。このころは隣接する製紙工場向けの貨車がほぼすべてで、着荷は古紙などの紙原料、出荷は紙製品だったと思いますが、そもそも冷蔵車というものは、近寄ると生臭い臭い(鮮魚市場の臭い)がするものですから、逆に積荷に臭いがつかなかったのかが心配です。
    2016年09月18日 17:17
  • ヒデヨシ

    しなの7号様こんばんは
    甲種輸送される名鉄765とは貴重な写真ですね。
    後ろのワフ21000または22000も良いです。
    名鉄時代より北恵那のツートンの方が好きです。
    構内のレは本当に冷蔵品を運んできたのかもしれないです。
    同じく冷蔵車に縁のない刈谷でも私の知っているとこで2回ほどレム5000の積載車を見たことがあります。
    2016年09月18日 21:47
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 おはようございます。
    この9年前に北恵那に嫁いだモ561~564は、名鉄瀬戸線の喜多山車庫で北恵那色に塗り替えられ、瀬戸線で短期間北恵那色で営業運転もされたそうですから驚きです。

    たしかに全国ネットで、なんでもどこへでも輸送する前提の国鉄貨物輸送時代、それも貨物取扱駅が多かった55.10以前のできごとですから、イレギュラーな貨物もそれなりにあったかもしれません。(この甲種もそうですが)

    保冷性能が悪かったレム400の一部はワム400に改造というケースがありましたね。もし画像に写っているのがレム400だったらワムの代用だった可能性は高くなるわけですが、画像のはレ12000に疑いがないです。
    2016年09月19日 08:45
  • 常夜燈

    本項からチョット外れるのですがク80形
    改造終了間近の写真が出て来ましたので
    拙作HPにUPしました。甲種輸送用のエアホースが
    付いています。連結器は、ガソリンカーの場合は
    簡易形と思いますがいつ頃か普通形に改造されたようです。
    2016年09月20日 11:28
  • しなの7号

    常夜燈様
    貴重な画像をUPしてくださりありがとうございました。
    拝見すると、車両がほとんど北恵那鉄道仕様になりきっているだけでなく、下付知駅の線路終端部あたりの場所によく似ていたので、最初はどの画像なのか判りませんでした(^^)
    たしかに、エアホースが増設されていますね。連結器はトレーラーになってからの改造されていたのでしょうね。
    デキ1003との連結画像も貴重品だと思いました。北恵那鉄道への入線改造まで、長い間この状態で保留車扱?で甚目寺に留置されていたのでしょうかね。
    2016年09月20日 13:50

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