【734】 北恵那鉄道35:「廃線後のク81」

北恵那鉄道線の廃止翌日、モ565に牽かれて中津町駅から保存場所の山之田川駅まで線路上を回送されてきたク81は、駅に隣接するバス停の待合室として保存されるという話を聞いていました。ほどなく留置されていた側線から、すぐ横を並行する道路沿いの保存場所に移され、後日、この側線には中津町駅からモ562+モ564が留置されました。
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画面右奥が、保存場所におさまったク81です。手前のモ562+モ564はこの場所で後に解体されることになります。
保存されたク81は側線に留置されている間に取り外されていた前照灯を再び取り付けられていましたが、これは解体され予定だった他車の流用品かもしれません。
再塗装されたりするわけでもなく現役時代の外観のままで、特別に展示を意識して整備される様子もなくその場に置かれていました。
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上の画像は廃止翌年くらいの様子で、自動車で通りかかったときに撮影しました。正面窓ガラスが割れています。また、側面には半開きの窓も見受けられることから、車内は開放されていたと考えられますが、比較的早い時期にドアが施錠され立ち入りができなくなり、待合室としての機能はなくなりました。車内が荒らされたり、ホームレスの棲み家となったとかの事情があったのだろうと思われます。

それから約5年後、愛知県小牧市内に北恵那電車を利用したラーメン店ができたことを、新聞記事だったかで知りました。その姿をこの目で見ておこうと思い立ち、1985年に、報道された町名を頼りに、場所はよくわからないままに、どうせ主要国道沿いだろうと見当をつけて、国道41号線を自動車で走っていますと、道路沿いに「なるほど・ザ・ラーメン 珍々電車」という駅名標を模した看板とともに、明らかに北恵那鉄道のク80形とわかる車体を見つけました。
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夜だけの営業なのか定休日なのかわかりませんでしたが、人の気配はありませんでした。周囲には雑草も生えていました。2段式だった側窓は段がないFIX窓に嵌め換えられています。
駅名標風の看板の裏側には、この車両の製造からの履歴が書かれており、知らない人が見ても北恵那鉄道のク81であることは特定できるようになっていました。
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上の画像の左側は、反対側(道路に面していない方)から見た画像です。窓部分は塗りつぶされ、換気扇フードも見られますので、厨房部分だと思われます。プロパンガスボンベも置かれているので、営業はされているようでした。北恵那鉄道のク80形はク81とク82の2両が在籍しましたが、貫通化改造されたのはク81のほうでしたから、外観からもク82ではなくク81であることがわかります。右側は、ク81の現役時代の姿です。再塗装された外観を見た限りでは、山之田川の国道沿いに置かれていたころよりきれいに見えました。

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上の画像は、反対側に広がっていた田んぼのほうから撮影したものです。こちら側の側窓は2段窓の原型をとどめています。

この場所に行ってから2年足らずで国鉄分割民営化を迎えました。国鉄を退職した私は、転職先に通勤するには無理があったので愛知県内に転居し、その転居先から、ク81のラーメン店までは1時間もかからない距離になりました。新しい仕事にもなじんできた私は、ク81はその後どうなっているのだろうと思い出して、3年ぶりに再訪しました。

ク81は、まだ同じ場所にありました。改めてじっくり見ると、雨漏りがするようになったとみえ、屋根にはブルーシート。外装は私に言わせると「尾小屋鉄道色」というべき塗装に塗り替えられて、北恵那鉄道らしさは失われ、それでも特徴ある車体は紛れもなくク81でした。
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しかし、このように飲食店の店舗に利用された鉄道車両が長期間にわたって原型を崩すことなく使用された例を私はあまり知りません。先日ご覧に入れたモ565やデキ251の例もあり、多くは所有者の廃業によって朽ち果て、やがて知らないうちに跡形もなくなっているということが多いものです。いずれク81も解体される日が来るのだろうと予感させる状態でしたから、その後、稀にしか通らない国道41号線を通るたび、たしかこの辺だったと運転しながら気にしていても、わからないということが続き、発見できませんでしたので、あれからさほど時間を置くことなく解体されてしまったのでしょう。その後の消息は不明です。現物がなくなってしまうと、跡地すら何処であったのか私には特定が困難だったのですが、ヒマに任せて、この2回の訪問の時に撮影した画像に写っていた周囲の状況と記憶を頼りにGoogleマップのストリートビューを見ていくと、それらしい場所が特定でき、そこには中古車販売店が建っていました。

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この記事へのコメント

  • NAO

    お早うございます。
    鉄道車両を飲食店にしたケースは果たして全国にどれぐらい有ったのでしょうかねえ。輸送費のコストは高いとは思いますが、店舗建物を作るより廉価だったのかもしれません。但し維持費は車両の方が高いとは思いますが。
    確か国鉄末期に有蓋車の全国セールがあって、倉庫その他に活用されていましたが、有蓋車以外はやはり用途がかなり制約されるのでしょうね。
    食堂車なんか厨房機器が付いていてすぐ転用出来るようにも思えますが、電源を変える必要がありますね。こういうのを居抜き物件と呼んでいいのかわかりませんが。





    2016年10月27日 09:33
  • しなの7号

    NAO様 こんにちは。
    20年以上前に発刊された、全国の保存車両リストが載っている本が手許にありますが、用途が飲食店となっているものが相当数あります。しかしどれだけが現在残っていることでしょう…
    バスを使った店舗も見かけたことがありましたが、バスは自走や牽引で安価に移動できそうですが、鉄道車両は意外と大きくて輸送費は嵩むようですね。しかし話題性があって集客効果は期待できたのでしょう。その話題性を継続させるのは難しいでしょうから、どうしても一時的な利用に終わり、保存とは意味合いが異なるように思います。
    さきほど「車掌車」という本のアフィリエイト広告を末尾に載せましたが、この本には、喫茶店としてヨ5000を改装利用されている例が紹介されています。30年間営業をされているそうですから、必ずしも短命な車両ばかりとは言えませんが、そのほかにも車掌車が車掌車としての使命を全うした後の転用・保存例を取材されています。
    北斗星のスシ24をそのまま保存してレストランをやっているところが川口市にあるらしいですが、食堂車を建物という視点でとらえるなら居抜き物件ですね。
    2016年10月27日 13:05
  • はやたま速玉早玉

    しなの7号様、こんにちは。
    ラーメン屋さんがク81を現役時代の塗装状態で営業されていた迄は、まだ良かったとおもいます。塗り替えはして欲しくなかったです…(泣)
    国鉄からJRとなり、イメージアップの為か塗装の変更が横行しましたが、私はその殆どが不似合いで、余りにケバケバしいのが多く、非常に違和感を感じております。保存車両もしかり、オリジナル塗装が最も『美しい』ですね。
    さて、ラーメン屋さんは廃業されたのか?或いは移転されたのか?何れにせよク81の姿が無くなり残念です。(いや実は何処かで保存されているのか!?)やはり鉄道車両を末永く保存する事は困難なのですね(´・c_・`)

    以下、私事で申し訳ございません。
    実は先程、名古屋→篠ノ井間、特急しなの9号に乗車、今現在、戸倉上山田温泉の旅館内からコメント致しております。明日は【614】思い出の乗務列車48篠ノ井線~中央西線2836~836~荷5044列車(中篇)内に収録されていた、スイッチバックの姨捨駅より乗車する行程であり、明日の目玉の一つとしてとても楽しみにしております。
    2016年10月27日 16:41
  • しなの7号

    はやたま速玉早玉様 こんばんは。
    見慣れた塗装が一新された理由は何だったのでしょうか。ただのリニューアルか経営者の変更によるものか。このような例は数あれど
    、オリジナル塗装を超えることはできないでしょう。それは単なる色の組み合わせの良しあしだけが違和感の原因ではないからですね。
    これほど情報が飛び交う時代に北恵那鉄道の鉄道車両が保存されているという話は聞いたことがありませんので、いったんは保存された車両たちを「行方不明」と書きたいですが、すでに解体されたと考えるのが現実的でしょう。

    明日はあいにくの天候のようで、姨捨の展望がどうか心配です。
    今頃はリンゴの収穫期でしょうか。列車は変わっても沿線の雰囲気が変わらないのが信州のいいところで、自分は毎年必ず信州に参ります。
    2016年10月27日 19:42
  • やくも3号

    しなの7号様 こんにちは。
     『飲食店の平均寿命は2年で、10年もつ店はわずか5%だが、10年残った店はその後もほぼ続く。』と言われていますね。真偽は定かではありませんが、さもありなんと思うこともあります。奇をてらったり、急速な多店舗展開をしたりするのではなく、しっかりとお客さんをつかんで地道に味を守っている店のほうが強いのではないでしょうか。飽きられない店づくりといった点で、廃車利用の飲食店たちはどうだったのだろうかなどと考えてしまいます。また、開業するときには廃業時のことなど考える人などはまずいないでしょうから、開廃業の比較的容易な居抜きテナントならまだしも、借地に廃車両を置いて営業していた店は撤退に困り、しばらく置き去りのケースが多々あったのではないでしょうか。
     それはそうと、以前はガソリンスタンドの屋根の上に実車を看板として置いている店が多くありましたね。旧車マニアの友人が、彼が乗っているのと同型の30年落ちの旧車をスタンドで見つけ、『屋根上の廃車より実際に動いている俺の車の方が見た目ボロかった…』といって笑ったことがあります。
    2016年10月28日 11:50
  • しなの7号

    やくも3号様 こんばんは。
    平均寿命は2年ですか。この例も合致しそうですね。
    私は国鉄退職後、たいてい3~4年のサイクルで転勤しましたが、転勤後に元の勤務地に出向いたとき、行きつけだった店が別の店に変わっていたりすることはよくあることでしたから、感覚的にわかります。こうした車両利用の店舗を居抜きで使いたいという人も限られるでしょうから、廃業後に荒れ放題という例は全国には数多いと思われます。
    飲食店を経営しておられた方が路面電車の車体を購入され、おそらく店舗として利用するつもりであろうと思われたのですが、結局開業できずそのまま放置、利用されることなく哀れな姿に朽ち果て解体という例を知っていますが、わずかでも営業用として利用されたク81、これでよしと思わねばならないのかもしれません。

    ガソリンスタンドの屋根上の自動車、中央西線沿線にもありました。その隣地には、同じスタンドの物置?として国鉄貨車ワラ1の車体もあって、どちらも非常に目立ちました。自動車はトヨタパブリカ(空冷のやつ)で、こちらのほうが先に撤去され、ワラ1のほうは車体に「灯油〇〇円」だったか忘れましたがペイントされて、その後もかなり後まで頑張っていましたが、近年になっていなくなりました。
    2016年10月28日 18:17
  • はやたま速玉早玉

    しなの7号様、こんばんは。

    北恵那鉄道の内容から100%脱線のコメント、申し訳ございません。

    28日金曜、姨捨駅、最高でした、素晴らしい展望ですね(*´∀`)♪曇天でしたが善光寺平、良い味出てました。『夜景も美しいよ』旅館の若女将さんに教えて頂き、これは再訪せなアカンと感じております。

    信州、良いですね(*≧∀≦*)実は信州にはあまり縁が無く①3歳時の家族旅行で善光寺②高校生の時の北アルプス③昨年会社のオッサンと白骨温泉④先月会社のオッサンと御嶽山付近の温泉⑤今回の旅、これだけしか訪れた事がないのです。しかししかし、風光明媚な信州にハマって来ました。京都からは遠いのですが、また行きますよ~(笑)

    ただ、欲を言えば、旧型客車がやって来る姨捨駅が見たかったです…
    2016年10月30日 21:24
  • しなの7号

    はやたま速玉早玉様 こんにちは。
    昔から、姨捨は車窓案内放送の定番地点がでした。私も専務車掌在職中に一度だけ車掌長に代わり、ここでマイクを握ったことがあります。今は鉄道より、さらに高い位置にある長野自動車道姨捨SAからの展望のほうが上だと思います。自動車のほうが格段に行動範囲が広まりますので、毎年信州にいくときには、行程によって鉄道と道路を使い分けています(*^^)v
    2016年10月31日 13:42

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