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zoom RSS 【960】 聴かれていた車内放送

<<   作成日時 : 2019/02/18 06:00   >>

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私は子どもの頃、中津川へ親の買い物に付いていくとき、乗った列車では、きまって中津川到着前には、「ハイケンスのセレナーデ」のオルゴールのあと、連絡する急行列車や北恵那鉄道への乗換案内、切り離す車両があることや停車時間が丁寧に放送されたものです。
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車内放送を自分もやってみたいとの思いもあって、子どものころには車内放送の真似をしたこともありました。高校生の頃になってラジカセを持つようになると、旅先で乗った列車の車内放送を録音したこともあります。そのころの録音のうち2列車(上り急行「阿蘇」と、下り急行「だいせん1号」)についてYoutubeにアップしています。それらは拙ブログの過去記事からお聴きいただくことができます。

【701】【名古屋】旧客編成・急行阿蘇【熊本】
【605】山陰旅行の今と過去6:車内放送
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国鉄時代の録音をいろいろと再生してみると、放送する人間側の技術にばらつきがあったことを感じます。放送の主や担当する車掌区によって、言い回しなどが微妙に違っていて、非常に聞きやすくわかりやすい内容で感動するような放送があると思えば、その逆の場合もありました。そういうことは地域によっても特徴があることも、先週の記事にご投稿いただいたコメントから改めて気付かされたりもしました。また、機器の不具合または整備状況のせいなのか、音量が小さく、または雑音があったりして、まったく意味をなさない車内放送も聴いてきました。言ってみれば均一な品質の放送ができていなかったわけで、放送機器の性能もよくありませんでしたから列車(車両の性能・設備の良し悪し)によって、または日によって(人によって)、当たりはずれが多かったと思っています。
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上の画像の左側にあるのが113系の乗務員室助士席側にある放送機器の制御スイッチがあるボックスです。スイッチの右側にパイロットランプが見えます。音量調節は手動で、運転席側にある車内電話兼用の送受話器にあるダイヤルでボリューム調整をしました。その送受話器を右手で掴むと、親指の位置にあたる部分に押しボタンスイッチがあって、それを押している間だけ車内連絡用から車内放送用回路に切り替わる仕掛けで、そのボタンを押すと、助士席側にあるこの制御スイッチのボックス内で、リレーが働くカチッという音がして、パイロットランプが点灯したので、放送用回路に切り替えられたことが判りました。
した。
その後、自動音量調節で独立した放送用マイクを装備した117系が登場したときには、これなら少々放送が下手でもうまく聞こえるような気になるほど音質が向上しました。

最初に書いたように、趣味で録音した車内放送を聴き比べたりしたうえで、私は国鉄に就職しました。就職後約5年で旅客列車の車掌になって、退職するまでのわずか6年間ほどではありましたが、車内放送をする側になりました。自分で言うのも変ですが、私が所属した車掌区のレベルは業務全般にわたって高かったと思っています。その中で私は、多くの諸先輩たちの技術を盗むだけでなく、就職前に録音した音源も参考にして、自分の車内放送に取り入れていました。
古い車掌長クラスの人になると、まだ客車に放送設備がないころを知っておられました。中央西線の上り列車では、千種を出たら名古屋までの間に各車両を巡回して、1両ずつ大きな声で名古屋からの連絡列車の案内をしたそうです。「先輩に、声が小さい! 車両の前から後ろまで聞こえるような大きい声でしゃべれ!と怒られてなあ、今は放送があるでええわなあ」とのことでした。いつごろの話なのかわかりませんが、そんな時代もあったのかと信じられない思いがしたものです。そういう私が就職したころには、客扱だか荷扱だか聞き漏らしましたが進駐軍の専用列車に乗務していたという人が現役でおられました。そういう方は大正時代のお生まれでしたから、戦後の混乱期には放送設備が完備していない列車に乗務されていたのでしょう。そういうことを知る方に、もっといろんな話を聞いておくべきだったと悔やまれます。

不特定多数の乗客に対して、こちらの意思を声だけで伝えることは難しいものです。掲示物に書いた文字は、書いてある意味が解らなければ読み返すことが可能です。しかし、声は音波ですから発した瞬間に消えてなくなってしまうものです。音声による伝達方法でも、電話や会話なら相手から聞き返すことが可能ですが、放送は一方通行です。ぼ〜っと聴いている乗客に正確に事実を伝えるには工夫が必要です。また、音声では文字のように漢字で意味を区別することができません。たとえば列車が不意に停車したときに、放送で「支障」と言えば「死傷」との区別がつきません。表現をあいまいにせず、専門用語を避けてわかりやすい言葉を用いるなど注意点は多いです。話す速度と発音にも気を付けたいところです。
自分なりに、わかりやすい放送を心掛けたつもりではありますが、必ずしもこうしたテキストに忠実ではなく、そこに書いてないことも独断でやりました。たとえば、雨が上がった帰宅時の列車では、ふだん使っている
「お忘れ物ございませんようご注意ください」
ではなくて
「お忘れ物はございませんか。雨が止んだようです。傘をお持ちの方、お忘れにならないよう願います」
と、いうように放送も、先輩の実例を見て実践してきました。ほかにも、
A駅・B駅・C駅・D駅とあって、B駅とC駅を通過する場合の放送は
「まもなくA、Aです。出口は左側です。Aを出ますと、次の停車駅はDに止まります。B/Cには止まりませんのでご注意ください」
などと、日本語として違和感のある言い方もあえてしたことがあります。明らかに変ですが、A駅の次はD駅に止まるという事実は伝わりやすいと思ったからです。
この停車パターンで、自分が好きでない例は
「まもなくA、Aです。出口は左側です。Aを出ますとDまで止まりません
で、「D駅まで止まらない」のなら「B/C/D」すべてに止まらないような印象を与え、D駅に止まるのか止まらないのか曖昧な表現になってしまうと思うからです。
こうして自分なりの放送パターンが自然とできていきましたが、実際のお客様からの反応はなかったものの、私の車内放送について車掌区へ部内のある人から電話がかかってきたことがありました。
朝方の中央西線で、名古屋からそのまま東海道本線下りで米原に直通する113系の普通列車に乗務してから、車掌区に戻ったときのこと、助役から声が掛かりました。
「今朝、名古屋に着くときに何か変わった放送でもしたのか?」
「さあ?いつもどおりですけど…なんかありましたか?」
「○○車掌区の区長があんたの列車に乗ってたらしくてなあ、名古屋到着の車内放送が非常に良かったと電話があったぞ」
「日曜日でしたから、平日の通勤列車よりは丁寧にしたつもりですが、特別変わったことはしてませんが。」
〇〇車掌区の区長と言われても面識はありませんでしたし、その日はそれだけのことでしたが、時は分割民営化を前提に、新たに発足する鉄道会社への採用基準に使われる職員管理用のエンマ帳があったころでしたので、どうやらそこにプラス事項としてこの一件が書かれたらしいです。
すっかりそんなことも忘れたころ、職員全員を対象に行われていた現場長との個人面談のときに、現場長から「ほう、○○車掌区の区長からお褒めの言葉があったのか。君は放送うまいんだな。」などと言われ、こういうことは全部記録されていたのかと初めて知り、驚いたものでした。と、いうことはマイナス点となることも記録されていたはずで、そういう失敗談はこのブログにもいくつか書いてきましたから、身に覚えがある過ちはいくつかありましたが、そのときは言われませんでした。あとは余談になりますが、当時の国鉄のお決まりの筋書きで、そのあと現場長が言うには「プラス10(仕事以外の増収活動)にも参加してもらっとるし…、業務改善の提案もやっとるか… …でもな、こんどのダイヤ改正で○○車掌区(←その車掌区長が電話をかけてきた)は廃止になるんだで、こっち(の車掌区)へ意識改革した者が大量に転勤してくるわけや。自分がここに残れると思ったら大間違い!」
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面談では、そのあと、「君は意識改革がまだだったな」(言外に意識改革すれば残れるかもな)と、最後はそこに行きつくのでした。
(ここで言う「意識改革」とは、国鉄分割民営化に協力する労組に鞍替えしろという意味のこととして国鉄部内では広く隠語のように使われました。皆に雇用不安を煽り、事実上の労組介入になるから違法な不当労働行為になります。)

話をその米原行の放送に戻します。
特別そのときだけ変わった放送をしたわけではありませんでした。どういう話し方が聞き取りやすいのか。どういうタイミングで放送すべきか、やはり乗客の立場になって、何が知りたくて何が不安なのか、そして車掌としてどのへんに注意してほしいのか、その事情を伝えられるよう工夫していたのは確かです。
この列車は、中央西線から東海道本線に直通する数少ない列車で、名古屋駅では他の中央西線の列車とは違い3番ホームに入りました。この3番ホームの線路は運転取扱上の正式名称を「東海道上り3番線」と言い、主に東海道本線上り列車が多く発着しました。
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国鉄時代の名古屋駅3番ホームです。背後は名鉄百貨店。中央西線の上り列車がこのホームに入るには、中央西線下り本線と東海道本線の下り本線を続けて横切らなくてはなりませんでした。
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そのため、ホームに着くまでに車両が幾度も大きく横揺れをしました。一通りの乗換案内放送がおわったあと、さらに続けて「この列車は名古屋から先、東海道線下り方面に入ります米原行きです。名古屋を出ますと、枇杷島、清州、稲沢、尾張一宮の順に各駅に止まってまいります。(中略)名古屋では東海道線の3番ホームに着きます。出口は左側です。この先、たくさんの線路を渡ってまいりますので、列車が何度も横揺れします。お立ちのお客様はお足元にはご注意いただき、吊り革などにおつかまりください。お座りの方は、ホームに着くまでお立ちにならないようお願いします」というような注意喚起は、こういう列車ではできる限り放送をしました。今ではよく聞く放送ですが、こういう車内放送は自動扉がなかった前述の「阿蘇」の放送でも出てきたことで私は知りました。自動ドアの電車でも、本線を2つも横断するこういう列車では必要だろうと感じ、直前のタイミングでこういう放送を入れるようにして、そのタイミングなども考えていました。
自慢話のようになってしまいましたが、好きでやっていた仕事だったことと、性分と趣味、そして実際に通勤で利用していたので、そのときに思ったことは、仕事に反映させていました。このときも車掌区長であられる方だからこそ、そういうことが伝わったのかもしれません。車掌は乗務したら一人きり。上司の目が届きにくく、あのころは、ある意味自分のペースで仕事ができましたが、誰が聴いているかわからないので手抜きもできないと思ったことです。
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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
先週の記事と今回の記事を読みまして、私も業種は違いますが(私は医療系の仕事です)、相手に誤解のないように、わかりやすく、簡潔に説明をするということについて参考になります。

言い回しやニュアンス、特に注意を要するところの部分を如何に相手に上手に伝えるか(聞いてもらうか)ということに日頃から気をつけているものの、病院は病気で来るところなので、患者さんの中には精神状態がノーマル状態でない人もいますので、なかなか上手に伝えることが出来ないこともあります。
一応、大学では診察室でのロールプレイの授業や試験もあるのですが、しなの7号さんのおっしゃる通り「お手本」通りには、実際の現場ではならないものです。

あと余談ですが、未だ男尊女卑の風習が色濃く残る九州では、私のような初心者マークが付いている女性が言うことなど、高齢の男性の患者さんの中には馬鹿にしてまともに聞いてくれない人がいます。
「大事なことだからちゃんと聞いてください」と言うと逆に怒られ「お前じゃなくって、もっと上の先生を呼べ」と言われたり
また一方では茶飲み話感覚で、ずっと世間話をして全然診察が出来ない高齢者がいたり。
でもこういう人の話を聞いてあげないと、あとで病院にクレームが来て、私が怒られるという理不尽な目にあい、人と接する仕事は難しいものだ、とストレスが溜まりまくっています。

しなの7号さんの過去記事を読んでいると、酔っぱらいや訳もなく絡む人、要領を得ない人、不正をする人などの対応など、いろいろなお客さんの話が出てきて、私より何倍も大変な思いをされたのだろうな、と感じています。
九州の鉄子さん
2019/02/18 13:07
九州の鉄子さん様 こんにちは。
私は国鉄を退職した後も、多くの人と接する仕事をしていましたから、同じようなことをいつも思っていました。どちらかといえばシャイで人付き合いが下手な私が転職先で役に立ったのは、20代に国鉄時代の接客で学んだことでした。医療や鉄道に限らず、接客を伴う業種で共通するのは、どれだけその職業本来の知識を豊富に持ち合わせていても、相対する十人十色千差万別の客人にうまく接しないと本来の仕事が機能しないということではないでしょうか。しかし「困ったちゃん」は本当に多いです。車掌にしても最も優先すべき業務は、車内放送や車内改札のような対人的なことではなく、いつ起こるかわからない異常時に列車を止めて事故を防ぐことと、事故が起きたら併発事故を防止する(他の列車を止める)ことなのですが、接客なくして車掌は務まりません。

2010年以降数年間にわたって身内の者がかわるがわる入院したので、そのたびに医療従事者の方々の仕事ぶりを拝見し、頭が下がる思いがしました。もちろん私には医療行為のことはわかりませんから、わかったのは患者さんの扱いに対してです。人の命を救うという志を貫くには避けて通れないのがコミュニケーションであり、組織人として妥協しなければならず涙を飲まねばならない現実とのギャップに苦しむことだと思いますが、不利な条件で受けた心の傷は、時が経てば必ずそれを力に変えることがあると信じてください。そして国鉄退職後、私のストレス発散方法は鉄道に乗ることでした。鉄道はいつでも疲れた私を受け入れてくれました。鉄道とのおつきあいもどうぞ大切になさってください。
しなの7号
2019/02/18 17:17
こんにちは。

私も小学校1年生の時だったでしょうか。「しゃしょうさんのまね」をしたことがありました。
経緯としては、当時放送されていた日曜のお昼に土居まさるさん司会のTVジョッキーで何かのコーナーで大学生みたいなお兄さんが国鉄の車掌さんのモノマネを披露したのでした。
どの駅の案内をしたのかは覚えてませんが、乗り換え案内などキチンと話してました。
鉄道好きということも相まって、自分もできそう♪と思い込んだのでしょう。学校で女の子二人の前で披露しました。
自分は白新線の「しゃしょうさん」になりきり、新潟操車場(のちの東新潟)を出たところで案内開始。
先ずは当時のスターだった特急ときの案内から始めました。他に雷鳥号の案内もしたかもしれません。
一方で在来線は、越後線の案内はしましたが、信越線や磐越西線はすっぽかしたと思います。
以前お話ししましたが、母方の祖父母の家へ行くときは越後線に乗り換えていたので、その思いが強かったのだと思います(笑)
女の子二人は「すごーい」と褒めてくれて嬉しいやら恥ずかしいやら(^_^;

大人になって福祉の世界に飛び込みましたが、入所されてる年配者からは可愛がられる一方、職員同士の会話は苦手で正直者がバカを見る…状態が何回も起こりました。
グループホームは日中、二人ないし三人で9人のお世話をするのですが、苦手な相手とペアになると憂鬱な気分になりました(そうは言ってられないのは十分承知)。

話が逸れてしまいましたね。長々とすみません。
早通団地
2019/02/18 18:30
早通団地様 こんばんは。
TVジョッキー知ってる方はそれなりのお歳ということがわかります(;´∀`)
たしか中学生の頃、土曜日の午後、学校から帰ってから見てました。奇人変人コーナーっていうのがありました。「おまえは奇人変人〜」という言葉は、友だちによく浴びせられました。(就職後も)
そういう私でしたが、女の子たちの前で車内放送ごっこを披露する度胸はありませんでした(;^ω^)

車掌は仕事を始めれば基本1人で、よくも悪くもマイペースで仕事ができるのは気楽で、車掌どうしの横のつながりは弱いように見えるかもしれませんが、複数乗務では苦手な方とペアになることはありました。しかし泊まり勤務が当たり前で、違った列車で出先や詰所へ来て時間を共にすることも多く、出先で一杯飲むとかもありましたから、同じ仕事をする職員どうし、最初は苦手な相手だと思っていても、そういう勤務時間以外の拘束時間内の付き合いで、助役の悪口や仕事への不満などなど愚痴話をしていると、それがお互いを知るきっかけとなって、ペアになって2人乗務になったときの連係プレーに活きてきたということはあったと思います。

アタマが良くて効率よく仕事をこなし、数字だけ確実に稼ぐ人がいるものですが、私にはそういう真似はもとより無理です。正直者が馬鹿を見ることになったとしても、納得いく仕事をしていきたいと思っていました。往々にして数字や順位にこだわる人は仕事(接客なら客)を馬鹿にしているのか、対応が雑なことが多いものです。出世のための腰掛にしか思っていないことが見え見えだったりします。
私も話を逸らしてしまいましたね すみません(;^ω^)
しなの7号
2019/02/18 20:15
しなの7号さん、こんばんは。

先のコメントに書いた患者さんは、ごく一部の人のことですが、やはり世代の違う人と話すときに、価値観の違いの壁みたいなものがあるように感じることがあり、患者さんが理解出来るように説明するということに腐心しています。研修中の身ですので患者さんからしたら「女の研修医じゃ不安だ」というのも正直なところだと思いますが・・・

話は変わりますが、昨年からJR九州では一部の特急電車でワンマン化を強行し、車掌の乗務しない特急が誕生しました。私は昨年ワンマン化した「特急にちりん」に宮崎から大分まで乗車しました。
そのときに車内でちょっとした乗客同士のトラブルがあったのですが、終点まで車掌がいないので放置状態になってしまい途中どうなるのか・・・とずっとハラハラして見ていました。せっかくの綺麗な車窓を眺めるどころではなく、このときばかりは下車した大分駅の駅員に「駅長と話がしたい」と言って事情を話し駅長に直接、強く特急電車のワンマン化に抗議しました。
JRは「監視カメラがあるから」と言うのですが、監視カメラはただ現場を撮影しているだけで、車掌さんのように間に入ってトラブルを解決をしてくれません。
また女性の立場としては、いくら監視カメラがあって後で犯人が捕まっても、カメラは暴行されたり犯罪にあったときに助けてくれないじゃないか、と言いたいです。
鉄道も医者と同じで、上層部は未だ男性社会なのだろうな、と残念な気持ちになります。

放送にしても車掌業務にしても、コストのために人を減らして機械にやらせるというのは、間違っていると思います。
九州の鉄子さん
2019/02/18 23:04
九州の鉄子さん様 こんにちは。
今の後期高齢者世代は男女雇用機会均等法ができた前後に定年を迎えていますから、若い世代との接点がなければ、昭和の価値観しか持ち合わせていないのはしかたないのでしょう。(私の母の言動を見てそう思います。うまく付き合うよう工夫がいりますね。)
診療は一対一。会話とともに表情や視線、しぐさから気持ちが伝わることもあるかと思います。国鉄退職後の接客仕事では幾度期待を裏切られたかわかりませんが、チョットした前進があるとモチベーションがアップしたものです。頑張ってください。

特急のワンマン化は、私も行き過ぎだと思います。バスのように運転手がすぐに車内の異常を認識できるわけでもなく監視カメラだけで長時間無停車の4両もの閉鎖空間に乗客を放置して安全だと言い切れる人がいるとは思えません。昨年起こった新幹線殺傷事件も記憶に新しいですし、私は地元中央西線で2003年に起こった車内での焼身自殺を思い出します。そのほか思い当たるのはJR東日本でグリーンアテンダントさんが襲われた事件など。

きちんと言うべきことを言える態度はさすがです。そうさせるのは鉄道愛と人命を扱う職業だからなのでしょうか。説明を求められた駅長にしても、組織人として会社側の論理しか言わないでしょうけれど、個人としてどう思っているのか? 安全安心な交通機関として生き残るなら信用が第一で、一度落とした信用を回復させるのは困難なことくらいわかっているはずです。問題意識を持って会社として安全輸送の使命を全うするために改善していただくきっかけになってほしいものです。
AIには人間よりはるかに優れた能力があるといっても、最後は人です。生身の人間は間違いも起こしますが、それをサポートするのが人工知能や機械であって、人減らしのための道具であってはならないと私は思っています。
しなの7号
2019/02/19 17:28
しなの7号様 こんにちは。
仕事ぶりは本当にどこで誰に見られているかわかりませんね。
でも、しなの7号様のように、人が見ていなくても、評価されなくても、工夫しながらきっちりと丁寧な仕事をする方は多くいらっしゃるわけで、これはこのところ世間を騒がせている飲食店アルバイトの悪ふざけ動画の投稿とは対極をなすものだと思います。

ほんらい勤務年数に関係なく、顧客の立場に立つとよりよいサービスを心掛けることになると思いますが、でも、時間がたつにつれ「ドアが閉まります」→「ダァシェリイェス!!」と変化する方もあるのは、ある意味「経験を積むことによって手の抜き方を覚えた」パターンもあるということなのでしょうか。
『なれる』という言葉を漢字にすると、
@【慣れる】なじむこと。なれっこ。
A【熟れる】熟成されること。熟練。
B【狎れる】親しみすぎて礼を欠くこと。
があるようです。
やくも3号
2019/03/02 13:20
やくも3号様 こんにちは。
私がきっちりと丁寧な仕事をしてきたとは申しませんが、仕事をする者は、こだわりがあっていいと思います。押し付けられる仕事を手際よくこなす機械にはなりたくないですし、気持ちよく仕事をしたいものですが、いろんな制限があり成果を求められるのが常なので難しいところです。
長く同じ仕事をして「慣れる」と、「熟れて」知識が増え判断も的確になるばかりではなく、手抜きを覚え楽な方に走り感覚が麻痺して「狎れる」こともあるのは確かですね。
しなの7号
2019/03/02 15:39

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