【966】  国鉄時代の観光案内車内放送:「しなの」(4-1)

私が国鉄末期に乗務していた「しなの」号は、名古屋と信州を結ぶ列車で、381系電車9両編成で運転されていました。

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乗務する車掌は3人チームで、その中の車掌長がチーフと呼ばれ、車内放送も受け持っていました。チーフは列車全体の責任者としてグリーン車の乗務員室に乗務し、私は最後部の運転室でドア扱いも担当する最下位の専務車掌で、乗客扱いのほかに列車の運転に関する取扱(ドア扱いをはじめ信号現示確認し列車を発車させるなど)を兼ねていました。もう一人は特別改札行路の専務車掌(車掌長行路に組み入れられていたので、実際には車掌長職の場合がほとんど)で、主に前寄り3両の自由席車を受け持ちました。チーフはグリーン車を含む編成中央部の指定席3両を、最後部の私は後寄り3両(指定席)を受け持つのが一般的でした。

当時の私は、何事もなければ将来は車掌長になるのが自然の成り行きでしたから、車掌長の仕事のテクニックなどを見て、後の自分の仕事に活かそうと思っていました。


この列車では、観光客のみなさんから、車内巡回中に沿線の風景や名所について尋ねられることもありましたから、私は必ず木曽路の観光ガイドブックを持って乗務していました。詳細な沿線観光案内放送をされる車掌長氏とコンビになったときには、最後部の運転室で私物の小型テープレコーダーでそれを録音したこともあり、わかりやすい放送のしかたや、沿線の観光地のことなどを勉強したものです。

その録音テープを今になって聴きなおしますと、あたかも実際にしなの号に揺られているようで、信州旅行に出掛けたくなりますし、そうかといって今は、定期列車では静粛性を求められる時代ですから、このような車内放送が聴くことはなかなかないでしょう。国鉄時代でも、よく耳にしたのは「寝覚ノ床」「姨捨の展望」程度でした。詳細な沿線案内をするときは、「今日は初めて信州を訪れる方も大勢いらっしゃいますので」と前置きがあり、客層を見てやられていたようです。時間帯にも配慮しないと寝覚ノ床の放送だけでも、うるさいから寝られんと叱られることだってあるわけですが、10時ちょうどに名古屋を出る「しなの7号」は、年間を通して観光客が多く、乗車率もよい列車でした。実際にJRでその当時のような観光案内放送を聴けるとしたら、観光客のために運転される臨時列車のような特別な機会がなければ難しいものと思いますし、やるにしても近年は海外からの観光目的で来られる方の比率が増えていますので、外国語での放送が必要になるかもしれません。

国鉄時代の定期列車でもこんな車内放送があったことを皆さんに知っていただきたいと思い、当時私が録音した音源をYoutubeにアップしたい旨を、実際の放送の主である元車掌長氏に打診したところ、お名前を出さない条件でご承諾をいただきました。

 と、いうわけで、今回はYoutubeにアップした「しなの7号」の名古屋発車時と、木曽路に入って須原駅あたりまでの車内放送の録音について、その解説や補足などを書いておくことにします。

Youtubeの録音は、車内放送部分だけを編集してあります。車内音録音のノーカット版とは性格を異にしますのでご承知おきください。


・録音日:1986年10月26日

・列車:中央西線・篠ノ井線「しなの7号」

・運転区間:名古屋・長野

・今回の収録区間:名古屋~須原付近

・収録時間:14分26秒


◆名古屋駅発車時(0分45秒付近~)

 単純な「ご案内」とは違い、旅立ちの高揚感が感じられる内容です。以前【950】165系電車時代の急行「赤倉」に関することいろいろで、お聴きいただいた録音と同じ車掌長氏です。 主な駅までの所要時間を伝える案内放送は、ほかにあまり例がなかったので、この放送を聴いてから、情報として普通列車でも必要な場合には、私も車内放送に「〇〇までは何分でまいります。」という放送を実際にするようになりました。

現地の天気情報は、この車掌長氏のオリジナルで、乗務前に車掌区から現地の駅だか車掌区だかに電話をかけて実際の天候を把握しておられました。

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前述のような理由により、録音のうち担当乗務員の名前が放送中出てくる部分は無音に加工しましたが、その無音部分には運転士と私を含む車掌3名の姓が読み上げられます。当時、しなの号の車掌は名古屋・長野間の全区間を通して乗務するのが当たり前でしたが、現在はJR東海とJR東日本との境界である塩尻でそれぞれの会社の乗務員に交代するようになっています。

Youtubeでは、参考として音声のほかに関連する画像を入れてありますが、停車駅と到着時刻の案内放送の場面では、画面に映る時刻表上の時刻と放送される時刻に1分のズレがある駅があります。これは時刻表には到着時刻でなく発車時刻が表示されているからです。

下は乗務用の時刻表と市販の時刻表との比較用画像です。
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乗務用の時刻表には到着時刻と発車時刻が15秒単位で表記されています。発車時刻だけが表記されている駅は通過駅で、表記されているのは通過時刻です。その代わり時刻を採時しない通過駅は駅自体の記載が省略されています。一方、市販の時刻表では秒単位が省略されているばかりでなく、大部分の駅と列車の到着時刻を省略し、発車時刻だけを表示しているので、一見すると放送と時刻表のどちらかが間違っているような錯覚を受けますが、どちらかが間違っているわけではないのです。


「お手洗いがない車両」=モハ381です。381系では3両に1両の割合でトイレがありませんでした。Youtubeでは車内販売員の放送の後、場面は中津川を出て坂下駅付近に移ります。
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◆木曽路の案内(坂下~田立 5分20秒付近~)

チーフが担当する編成中程4・5・6号車の車内改札が中津川までに終わっていれば、この放送ができるわけです。最後部に乗務している私も1・2・3号車を受け持ちましたが、各駅での列車扱いがありますし、この日はありませんでしたが、それに付随して到着前と発車直後の車内放送を任せられたりすることもありましたから、停車駅が近づくたびに車内改札を中断することになって効率がよくありません。乗車率が高ければ1号車を多治見まで、2号車を中津川までに、というふうに車内改札を進めて、この放送が流れた頃は3号車で車内改札中というのが運転兼掌の専務車掌の一般的な業務進行状況でした。
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◆三留野宿・桃介橋(7分40秒付近~)

「春の波濤」という言葉が出てまいりますが、これはNHKが1985年1月6日から12月15日に放送した23作目の大河ドラマのことです。(出典:Wikipedia

桃介橋について、放送では「古くなりまして使用されておりませんが…」とありますが、後に利用可能な状態に復元され、今では重要文化財に指定されているそうです。(出典:Wikipedia

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◆木曽川(8分55秒付近)

民謡「木曽節」に謡われている「中乗りさん」について、Wikipediaには、「諸説あるが」とした上で、〔先頭を「舳乗り」(へのり)、後ろを「艫乗り」(とものり)、真ん中を「中乗り」といったというのが一般的〕と、放送とはやや異なる記述がされています。
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◆須原の定勝寺(13分00秒付近~)

 車窓からすぐ下を見下ろす感じで定勝寺がありますが、現在は多くの樹木で遮られて本堂などの建物がよく見えません。墓地があるので位置はわかります。この定勝寺を過ぎてすぐ、列車は「く」の字型に折れ曲がった中山道須原宿を見下ろすようにカーブして須原駅に進入します。このシーンは個人的には車窓鑑賞ポイントだと思っていますが、中山道ファンでないとただの家並にしか見えないかもしれません。
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~J.N.R.~~J.N.R.~~J.N.R.~~J.N.R.~~J.N.R.~


このあと、引き続いて毎週日曜日Youtubeに、その解説を翌月曜日ブログにそれぞれアップします。終点長野まで、しなの7号の車内放送を4回で完結させる予定です。







この記事へのコメント

  • 鉄子おばさん

    お疲れ様です。今はその本は手元にありませんがしなの号が381系の時代て車掌さん3人乗務。車窓案内もしてくださると言う件については若い頃読みました。その記事ではチーフ車掌さんは乗客専務の腕章をつけておられました。名調子の車窓案内でムードを盛り上げるベテランとの事。私なんかは子供の時バスガイドを目指していたくらいだから車窓案内は大好きですが観光バスとは勝手が違うからするかしないの判断だけでも大変ですね。
    2019年03月11日 14:49
  • しなの7号

    鉄子おばさん様 こんにちは。
    木曽路での車窓案内放送は、未電化時代の普通列車時代から続いていました。今でも特急では寝覚の床で自動放送がかかることがあります。しなの号では、国鉄時代から列車によって受け持つ車掌区が異なり、一部の車掌区では車掌長腕章を用いませんでした。

    お客様のすべてが観光目的と言うわけではないことが、こういう放送の是非について意見が分かれるところかと思います。なかには喪服で乗ってこられるお客様や、受験のために問題集片手に…というお客様もあるわけですから。。。 そんな中で、名古屋を10時に発車する「しなの7号」は、観光客の割合が多く、団体客が指定席の大部分を占めてしまうこともありました。
    2019年03月11日 15:50
  • さくたろ

    はじめまして、さくたろと申します。
    しなの7号さんは元国鉄の方だとお聞きしまして、質問したい事がありコメントさせていただきました。
    「北陸本線の夜行列車乗務中、車内検札において乗客より提示された乗車券『名古屋市内から余市ゆき(経由 東海道、北陸、信越、羽越、奥羽、青函航路、函館本)』(米原に向かうまでの東海道線列車の車掌が補充券で発行)が青函航路分を収受し忘れている事に車掌自身が気がついた場合の正しい取り扱い方はどのようなものか?」というものです。
    この前に友達の鉄道好き数人で飲んだときにこの話題になり、ああでもないこうでもないと議論になったのですが、如何せん国鉄を知らない世代ばかりの集まりでしたもので、全く結論が出ませんでした。

    もし、差し支えなければご教授いただけませんでしょうか?

    因みにそのときに出た案としては
    「青森駅に電報を打ち、青森駅で収受を行ってもらう、それ以降の事は青森駅にて処理をしてもらう」

    「その場でお客様から収受をした上で乗務終了後に原券発行元の車掌区に収受した旨電報を打つ」

    などがありました。

    ブログの内容と関係ない上に長文で失礼致しました。
    2019年03月11日 18:13
  • しなの7号

    さくたろ様
    青函航路分を収受し忘れている事に気がついた北陸本線の車掌がすべきことは、お客様から差額を収受し、事由欄「誤発行」として車内補充券を発行して、その車内補充券記事欄に正当運賃を「運賃〇〇円正当」と記載して交付。原券は回収し、原券発行車掌区あてに電報を打つのが正しい取扱であると考えます。

    ちなみに私に身に覚えはありません(;´∀`)
    このようなご質問は原則的に回答しておりませんので、よろしくお願いします(;^ω^)
    2019年03月11日 18:56
  • さくたろ

    しなの7号さん
    わざわざ原則を曲げてまでご回答いただき、ありがとうございました。
    2019年03月11日 19:47
  • しなの7号

    さくたろ様
    いえいえ、いかにもありそうな事例でしたので・・・

    中には礼を失する態度での質問に答えろみたいな事例もありますので、パソコン版の右カラムに管理人からのお願いを書いておりますが、そういうコメントは最初から削除させていただいております。
    2019年03月11日 20:04
  • なはっこ

    帰宅の電車内で放送を拝聴しました。私は毎朝、70代の超ベテランアナウンサーのラジオ番組を聴いているのですが、氏は一人一人のリスナーに丁寧に話していきたい、と語っていました。

    掲載された車掌さんの話し方は、まさに丁寧なお人柄がにじみ出ていて、尊敬の念を持ちました。今の時代にはないなにか尊いものを感じました。

    貴重なものを聞かせていただきありがとうございます。

    2019年03月11日 20:49
  • しなの7号

    なはっこ様
    この車掌長氏のお人柄はよく存じ上げていますが、私のような若輩者にも偉ぶることなく仕事を教えてくださいました。在職中、ご自分が不要になった旅客扱いの参考書も私にくださいました。しかし私は転職したので、ほとんど活用できなかったのですが、それは今も保管しています。
    2019年03月11日 21:02
  • ヒデヨシ

    しなの7号様こんばんは
    3名の車掌の役割分担など興味深いですね

    しなの号のこの観光案内放送は当然聞いたことがありますが
    寝覚めの床での案内放送が印象強すぎて
    他の箇所でもご案内されていたんですね
    そう言われればそのような・・
    ところでしなの号にはそれほどたくさん乗った記憶もないのに何度も聞いたような気がします。
    と言うことは
    私は急行きそ号利用も多く
    そちらでも案内放送をされていたのでしょうか?
    いずれにしても通過時、反対側の席のお客様までが身を乗りだして窓の景色を眺めていたのは楽しかったです。

    区発行の手書き(ガリ版刷り?)時刻表
    とても綺麗で判りやすく書かれていて
    駅名など独特の書体で
    職人さんがいたのかなあと思いました。
    2019年03月11日 21:09
  • やくも3号

    しなの7号様 こんばんは。
    上のお話のような丁寧な先輩方をみると、自分の仕事ぶりや人柄はさてどうなんだろうかと常に反省をするのですが、はたして後輩(私の場合は生徒たち)の手本になっているのかというと未だに不安になります。

    ところで、特急やくもでは、瀬戸内に流れる高梁川と打って変って日本海に流れる日野川では川の流れが逆になる旨の案内がありますが、特急ひだに乗った時には木曽川(日本ライン)の車窓案内が日本語・英語で流れるとともにその時は走行速度もかなりゆっくりになりました。これはやはり乗客へのサービスだったのでしょうか。

    以前坂本衛さんの本に、新潟でカラオケ大会に出場してお酒を獲得したようなお話があったと思いますが、ならば車掌さんの中には自分ののどに覚えのある方は車窓案内で一曲披露してしまいそうになることはなかったのでしょうかね ʬ
    ちなみに、私は人の歌を聴くのが苦手ですが、人前で歌う度胸はもっとありません。(見た目清原でも。)
    【516】臨時列車の乗務(28)「ゆうゆうサロン岡山」で書きましたように、カラオケや飲み会が苦手です(◞‸◟)。
    2019年03月11日 21:14
  • abesan11

     私のブログで書いたと思う話ですので,既にご存知かもしれませんが,書かせていただきます。
     松本か塩尻発の中津川行きの各駅停車に乗った時に車掌さんに寝覚の床の場所を尋ねたら,「後で伝えます。」という返事をいただきました。しばらく経ってから何と車内放送で伝えてくれました。各駅停車での観光案内は,後にも先にもこれだけです。おそらく「しなの」乗務の経験がある車掌さんで,私の質問を受けて「ようし」と思われたのでしょう。

     東海道新幹線が開通した頃には,「ただいま通過していますのは,新丹那トンネルでございます。」という旨の案内がありましたが,各地に長大トンネルができてからはいつしか無くなりました。
     
    2019年03月11日 22:06
  • 九州の鉄子さん

    しなの7号さん こんばんは。

    放送の中の「特別急行」という下りは、特急列車が本当に「特別」な存在であった時代を感じました。

    あと「主な駅までの所要時間は、〇〇駅まで〇時間〇〇分です」という案内放送は、非常にわかりやすく乗客の「つぼ」を押さえているような素晴らしい案内放送だと思いました。
    今の一般的な実際の車内放送で、到着駅の到着時刻を言われても、多くの乗客は今現在の正確な時間を気にしていないと思われる中で、あえて到着駅までの所要時間を放送されるということは、「自分が降車する駅まであとどれくらい」という、定量的な時間の量が意識の中に把握できることになりますので、とても分かりやすい放送だと思いました。この放送はぜひJR各社も見習ってほしいと思います。

    それと調べれば分かることなのかもしれませんが、1986年の頃には特急しなの号は塩尻で進行方向が逆にならなかったのですね。

    今の時代は何でもマニュアル化されて、それから逸脱するようなことは些細なことでも禁じられてしまう世の中で、しなの7号さんが国鉄に在職されていた時代は、別な意味で今の時代と違った窮屈な面もあったのかもしれませんが、それでも職員個人のスキルや能力をそれなりに評価し許される時代だったのでしょうね。

    また車内放送の初めの部分で、目的地の季節の話題やお天気のことなど、いわゆる「つかみ」の部分は私にとっても参考になりました。
    業種は違っても、同じ「接客業」ですから、私も診察室に入った患者さんの不安や身構えを和らげる手段として、この車掌長さんのような温かみのある語り掛けを参考にしたいと思いました。
    2019年03月11日 23:06
  • アカツメクサ

    いつも楽しく拝見してます
    観光の案内でしたら、ワイドビューひだでは自動放送?で様々な案内が流れていましたよ
    やはり、しなのとは列車の性格が異なるのですかね
    定期更新、最後まで楽しみにしています
    2019年03月12日 10:20
  • おき2号

    しなの7号様、こんにちは。
    様々な目的のお客さんが乗っているとはいえ、こういう放送があると個人的には特別感があって特別な列車という実感が出ます。(最近は通勤用の特急もありますけど……)
    特急しなのには乗ったことはありませんが、こういう放送を聞くと私も乗って旅に出たくなります。

    関係ないかもしれませんが、3人の車掌さんで3両ずつ受け持っているということですが、運転扱いや放送がある車掌とそうでない車掌がいて公平なのかなと思ってしまいました。実際のところどうだったのでしょう。
    2019年03月12日 12:25
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 こんにちは。
    業務分担は、おおむね書いたとおりでしたが、状況によってチーフの指示により、応援体制も敷きます。

    ふつう流す車窓案内は寝覚ノ床と姨捨の展望だけで、人によっては、坂下を出てから簡単に木曽路の案内をされます。それ以外はこの方のオリジナルです。ほかにチーフによっては臨機応変に、たとえば恵那~美乃坂本間で御嶽山の放送をされていたのを聴いた記憶があります。
    昔は普通列車でも「寝覚ノ床」の放送をしていたくらいなので、もちろん「きそ」でも時間帯や客層によってはやっていたはずですが、この時点では日中の定期急行は「きそ」を含めて廃止されていました。
    時刻欄の文字は誰が書いたのか知りませんが、見やすい字で書いてありますね。こんなにきれいなのは、他の車掌区ではあまり見かけません。
    2019年03月12日 16:15
  • しなの7号

    やくも3号様 こんにちは。
    何をおっしゃいますやら。私は人に仕事を教えたり面倒を見たりすること、人前でしゃべることは不得意分野。自分で歌うのも、素人が歌うのを聴くのも演奏するのも同じです。それなのにコンダクターとは、全然性格に合っていませんが、好きだったからこそ続いたもので、そこで得た接客仕事の経験が転職先で役立つ結果になったとは思っています。直接顔が見えない放送とは違って、直接相対する生徒さんからは、手応えが直接感じられるのでは? 

    「ひだ」号でも太平洋と日本海の分水嶺にあたる宮峠で、「やくも」号のような案内放送をやることがありました。日本ラインは今もよく普通列車の車窓からよく眺めますが、普通列車でも速すぎるくらいに思っています。
    このあと「木曽節」に触れる内容がありますが、さすがに歌い出したりはしません。しかし、沿線の名所旧跡に由来する俳句や和歌を案内放送に織り込んで紹介される場面は、出てまいります。
    2019年03月12日 16:16
  • しなの7号

    abesan11様
    私も普通列車で「寝覚ノ床」の車内放送を聴いたことはあります。私が所属した車掌区では、専務車掌になったとき、沿線の放送文例集を貸与されました(ここにアップしたような詳細な内容ではありません)が、普通列車で寝覚ノ床を通る列車の乗務行路はありませんでした。特急では、寝覚ノ床の放送依頼や、場所を教えてほしい、何分ごろ通過するのかというご質問はときどきありました。
    座席は埋まっているのに異様に静かで速い新幹線が、今の鉄道を代表しているように思います。窓は小さくなり誰も車窓など気にしていないようですが、私はトンネル区間が他の新幹線に比べ少ない東海道区間ではいつも車窓を気にしていますし退屈もしません。
    2019年03月12日 16:16
  • しなの7号

    九州の鉄子さん様 こんにちは。
    名実ともに「特別な急行」なのは、今では新幹線くらいのものでしょうし、この音を録った国鉄末期には、すでに中央西線からは日中の定期(普通)急行列車は廃止されていました。しかしこの放送の主は、国鉄が最も隆盛だった時代に車掌になり真の特別急行列車の乗務経験者でした。

    乗客は列車に乗るのが目的でなく、しかたなく移動手段として乗っているので、「〇〇駅には〇時〇分に着きます。」と放送すると、時計に目をやってから現在時刻を確認し、引き算をして、「あと×分我慢すればいいのか」と考える乗客は多いと思われますので、直接的に所要時間は×分であると案内することも有効なのではないかと思った次第です。

    塩尻駅はこの4年ほど前に現在地に移転しており、スイッチバックは解消されていました。
    昭和の時代の価値観が今とは違っていたことを、年を経るごとに思います。美談として語られたことが今では許されない行動とされることもありますし、その逆もあります。

    「あいさつ」ひとつで、人間関係が左右されるものですね。第一印象の大切さとともに、不案内なお客様の不安感を取り除くことは、どんな業種でも同じでしょう。特に手段として使う、乗りたくもない列車、かかりたくもない病院、行きたくもない役所などは。
    2019年03月12日 16:17
  • しなの7号

    アカツメクサ様
    ご覧いただきまして、ありがとうございます。またご教示のご投稿ありがとうございます。「ひだ」も国鉄時代の車内放送をアップする予定にしています。
    2019年03月12日 16:17
  • しなの7号

    おき2号様 こんにちは。
    「しなの」に乗ったお客様のうち、木曽を通過するだけのお客様や観光目的でないお客様も多いかと思いますが、こういう放送によって、こんどは木曽へ行ってみようと思っていただければ、集客効果も期待でき、間接的な増収効果もあったのではないでしょうか。それほどに自然の美しさに加え江戸時代からの歴史もある木曽を縦断する中央西線は、乗って車窓を眺めるだけでも価値ある路線だと個人的には思っています。ぜひ乗車してみてください。

    仕事の分担は一般的な例を書きましたが、状況によってチーフの指示により、応援体制も敷きました。チーフは係長みたいなものでしたから、下っ端の専務車掌には公平かどうかという感覚はまったくなくて、早く一人前になってグリーン車の乗務員室に陣取りたいと思ったものです。
    2019年03月12日 16:18
  • おき2号

    しなの7号様、ありがとうございました。
    必要に応じて協力し合える体制だったのですね。ところで特別改札行路ってなんだかかっこいい名前に感じます(笑)
    専務車掌でもまだ一人前ではないというのもベテランのすごい車掌長がたくさんいたということでしょうか。国鉄ってすごいですね。
    新たに疑問がわいてしまったのですが、グリーン車など中間にある乗務員室と運転室では設備面など違いがあったりしたものなのでしょうか? 景色を眺めるなら運転席の方がいい気もしますが、そんな暇はなさそうですし。中間乗務員室は実際に見たことがないのでちょっと気になってしまいました。
    2019年03月13日 22:50
  • しなの7号

    おき2号様
    特別改札行路の車掌などいなくても列車は動きますし、極論を言えば車内改札をやって車内補充券を発行していればいいだけですから、今でいう客室乗務員に近く、責任の重さからすればカルいので、逆に乗務するなら気分的にも楽でした。本来の車掌の存在価値はそんなところにはありません。放送にしても同じです。
    【27】 貨物列車に列車掛(車掌)は必要?
    https://shinano7gou.at.webry.info/201006/article_13.html

    電車・気動車の運転室は車掌にとっては間借りみたいじゃないですか。客車(PC)の乗務員室のように執務机さえありませんし、急行形以下のクハにはオルゴールはなく、サロの乗務員室だけにありました。運転室は複数乗務だと狭くて、列車監視・ドア扱いや放送一つにしても、お互いの存在が業務の邪魔になるだけです。
    2019年03月14日 13:57
  • NAO

    しなの7号様、おはようございます。
    車内放送を聴かせていただきました。「赤倉」でもそうでしたが、千種までの短時間に詳しく案内されながらも慌ただしさを感じず、沿線案内を含めてこのチーフさんの放送は聴いていて安心感があります。

    塩尻反転もありますが、最後尾乗務の場合、逆方向列車だと指定席後ろ3両の担当をされ、特改さんは前方自由席担当になったのでしょうか。

    お金もたくさん扱われるのに運転席定位置ないのは不便ですね。国鉄時代。中間運転台もキロもない183系モノクラス編成「北斗」に乗ったことがあったのですが、車内放送でも「乗務員室は一番後ろにございます。何かございましたらお気軽にお越し下さい」と言われていたものの、号車によってはそこまで距離がありますし、機械室手前の扉を開けて運転台まで入って行くのは(気軽に行けるかあ?)なんて思ってしまいました。ウェルカム?の姿勢は理解できますが。
    2019年03月16日 10:14
  • しなの7号

    NAO様 こんにちは。
    お聴きいただきありがとうございました。
    沿線案内放送も車掌が片手間にやることですので、バスガイドさんのようなわけにはまいりませんが、乗客へのサービスとして当時は喜ばれ、お客様から車掌区に礼状が届くこともあったようです。
    後方が自由席になる上り列車では、仕事の分担が下りとは変わりました。運転兼掌が後ろから、特改さんが前からそれぞれ自由席の車内改札に入り途中で出会うというやり方で、そのあと特改さんが指定席を見ることが多かったです。
    クハ381の運転室と客室との仕切扉はガラス窓もなく、「お気軽に」お客様が扉を開けられる雰囲気ではありませんでした。それに運転室はうるさいし高い位置になるので、ノックされても気付き難かったです。ローカルと違って紙幣を多く扱いますので、窓の開閉状態は気にしていました。
    2019年03月16日 15:50

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