【970】 国鉄時代の観光案内車内放送:「しなの」(4-3)

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先週に引き続いて、国鉄時代に録音した「しなの号」の車内放送の解説や補足などを書いておくことにします。音声は、車内放送部分だけを編集してアップしていますので、車内録音ノーカット版ではありません。収録した日と列車は前回と同じで、続編となっています。


・録音日:1986年10月26日

・列車:中央西線・篠ノ井線「しなの7号」

・運転区間:名古屋・長野

・今回の収録区間:薮原~松本到着放送

・収録時間:約11分20秒


◆薮原宿 鳥居峠 奈良井宿(0分05秒~)

薮原駅と奈良井駅の間に鳥居峠があり、ここが太平洋と日本海との分水嶺になっています。蒸機時代は難所だったそうですが、複線電化されるにあたって現在の新ルートに付け替えられて、今では電車が鳥居トンネルを通って難なく通過します。

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中山道時代はさらに大変だったわけで、その難所の麓にある薮原と奈良井の両宿場町が栄えたということです。奈良井宿は昔の面影を残す観光地になっており、中央西線はその宿場町に並行していますが、残念ながら車窓から眺められるのは宿場町の家々の裏側なので、宿場町の風情を味わうためには普通列車に乗って奈良井駅で降りなくてはなりません。
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放送にもありますが、しなの号の運転区間の中で、いちばん桜が咲くのが遅いのがこのあたりです。4月に「しなの号」に乗ると、どこかで満開の桜に出会えます。その約1ヶ月間で満開の桜を見られる場所が変わっていき、年によって多少は違うものの大型連休あたりにこの付近で満開を迎え、その年の車窓からの花見シーズン?が終わります。


◆奈良井川・漆器・贄川関所(奈良井~木曽平沢~贄川 2分45秒付近~)

鳥居峠を越えると中央西線に沿うのは奈良井川です。険しい山に囲まれた集落では米作に適した平坦な土地が少なく日照時間が短く寒冷な気象もあって、薮原のお六櫛、平沢の漆器と木材に由来する伝統特産品が多くなったのでしょう。
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復元された贄川関所を見ますと、板張りの屋根に石が載せてあります。
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かつての木曽谷の家々にはこのような石置き屋根が見られました。しかし私が国鉄に就職して荷物列車に乗務していたころにはほとんど見かけなくなりましたので、この車内放送では石置き屋根については触れられていません。しかし「車内放送のしおり」という業務用の冊子(昭和41年版)には、下り列車で木曽路に入る直前の坂下を過ぎたあたりでの放送文例に、石置き屋根について触れられています。
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伐採が許されたクリ材は反り返ってしまう性質があるので、それを防ぐために石を載せたということが書かれています。江戸時代の厳しい掟によって生まれた産物というふうに読み取れますが、この関所のような個人所有ではない建物にも石置き屋根があるのなら、強風対策など、他の理由もあったのかもしれません。


◆塩尻到着放送(5分45秒付近~)

名古屋を発車して最初にまとまった乗客が入れ替わるのが塩尻でした。言うまでもなく中央東線との接続駅だからです。この録音の4年前(1982年)には、現在の位置に塩尻駅が移転開業し、中央西線と篠ノ井線との短絡線で結ばれました。それまでの旧塩尻駅は520m岡谷寄りにあって、中央西線から松本・長野方面に向かう列車は進行方向が反対になりました。当時でも中央東西線を直通する定期旅客列車がなかったので、実態に合わせ改良されたわけです。その翌年(1983年)に中央東線の塩嶺ルート(みどり湖経由の新線)も開通しています。
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そのためこの録音では進行方向が変わる放送はありませんし、接続する普通列車も今と同様に「みどり湖経由」と放送しています。「辰野線」はこの時間帯に接続する列車がなく触れられていません。(当時の時刻表を見ると13時21分発辰野行まで列車がありません。)


◆松本到着放送(7分35秒付近~)

名古屋・長野間で一番乗降が多いのが松本で、ここから国鉄の分岐線は大糸線だけですが、放送では松本電鉄上高地線の時刻まで案内していますし、浅間温泉へのバス乗り場にも触れています。
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いずれも他社線なのに、塩尻連絡の「辰野線」の扱いとは大違いですが、それだけ観光客の利用が多かったとも言えましょう。「しなの7号」が名古屋駅での接続待ちで20分遅れたとき、松本電鉄上高地線で新島々からさらにバスに乗り継いで白骨温泉へ行くというお客様に、「松本ですぐ松本電鉄上高地線に乗らないと、白骨温泉まで行く最終バスに間に合わないのですが…」と相談を受けたことがありました。松本電鉄の新島々から電車に接続する末端のバスも「しなの7号」の松本到着時刻を視野に入れたダイヤ設定だったものと思われます。定時での運転であっても松本では数分連絡であり、20分の遅れは微妙でしたが、松本駅で松本電鉄の列車に待ってもらうことはできないものか、チーフに持ち掛けたことがありましたが、「そんな余裕のない乗り継ぎで旅行するのは常識としていかんだろう。国鉄線ではないからできないと丁重にお断りしておけ」という判断でした。まあ私も旅先で数分遅れた列車のためにその日のうちに帰ることができず、思いがけない場所で一泊したことがあります。


話がそれてしまいましたが、このしなの号では、松本の乗換案内放送を早めにしておいて、松本到着直前に北アルプス連峰の車窓について少し案内を入れています。


~J.N.R.~~J.N.R.~~J.N.R.~~J.N.R.~~J.N.R.~


引き続いて日曜日Youtubeに音声を、その解説を翌月曜日ブログにそれぞれアップします。次回で、しなの号の車内放送は完結です。







この記事へのコメント

  • abesan11

    木曽谷というと,馬籠と妻籠を連想する人が多いと思いますが,私は,奈良井~木曽平沢~贄川の辺りのたたずまいが好きです。NHKの4~5年前の朝の連続テレビ小説では,奈良井がロケ地だったそうです。
     あの辺りは,現在では赤屋根の家が多かったと記憶しています。

    >そんな余裕のない乗り継ぎで旅行するのは常識としていかんだろう。
     そちらの立場からするとそうなってしまうのかもしれませんが,極論すれば「列車が遅れることを想定して,もう1本前の列車の利用を考えておけ。」ということになり,旅行者としては無理な話です。
    2019年03月25日 21:43
  • しなの7号

    abesan11様
    木曽も南部と北部とでは、雰囲気が違いますね。宿場に面した家の造りなども妻籠と奈良井で異なりますし、車窓から眺める山々も薮原から北はカラマツ林が目立ちます。

    私はこれまで青春18きっぷの旅を幾度もしてきましたが、極力乗継列車を1本落とすようにして、たとえば大垣走りや米原走りにはできる限り参加しませんでした。そうすれば窓側に着席できる確率が高まるだけでなく列車が遅れたときでも特急や並行する新幹線を使わなくてはならない場面も減ります。自分の性分が旅のプランにはホントに表れていると思います。
    あと、この世のどこにでも力関係があるように鉄道も例外ではありません。わかりやすいのは新幹線で、在来線を平気で待たせはするが待ってはくれません。遅れによる波及がより広まるためですが、どの世界にも上下関係優先劣後があって秩序が保たれるわけですから、他社線相互間の乗継や普通列車からの乗継をするときは、列車が遅れたら接続しないことを想定してプランを練るものだと思っています。
    2019年03月25日 22:24
  • ヒデヨシ

    しなの7号様おはようございます
    現在のJR相互間
    米原駅や亀山駅の乗り継ぎをよく利用していますが
    5~10分くらいの遅れまで連絡しているようです

    お話しの場合、松本電鉄とバスはおそらく待つと思いますが
    国鉄と松本電鉄ならば松本電鉄次第でしょう
    本数が少ないなら自主的に待ってくれるような気がします
    どちらにしても綱渡り的な計画はリスクがあるもの

    現在の便利な乗り継ぎアプリでも余程の場合以外
    2分3分の乗り継ぎは案内してくれないようです
    2019年03月27日 07:03
  • 中央西線

    23日やまぐち号に乗ってきました。西日本の乗り継ぎ案内は列車時間まで詳しいですが東海は時間まではしませんね。防府に泊まり翌日18で小倉まで行き姫路まで格安こだま500系元グリーン6号車、姫路から新快速。自分も米原では1本遅らせました。米原は乗り継ぎスルー駅でコンビニもありませんので平和堂でおにぎりを買いました。
    2019年03月27日 07:32
  • しなの7号

    ヒデヨシ様
    連絡待ちの基準は、列車密度によってそれぞれの会社や駅で決められているのでしょうね。乗換人数の多少も判断材料になるでしょう。本文中の乗務用時刻表をご覧いただくと松本電鉄線の連絡列車は印刷されておらず、(放送しなくても)案内上必ず必要なので鉛筆で書きこんでいます。同様に名古屋駅での在来線対新幹線乗換基準時間(9分?)未満の列車は、普通に歩いて十分乗りかえられる列車も、乗務用時刻表には印刷されていなかったので、手書きで書き込み、チーフによっては「なお、お急ぎになりますと~もございます」と付け加えていました。いずれの例も国鉄としては責任が持てませんという意図なのでしょう。このころの松本電鉄は日中1時間1本程度の頻度だったと思います。いずれにしても停車駅を介して長野局旅客指令か松本駅へ伝言依頼するしか方法はありません。当時は列車指令に直接つながる「列車無線」などなかった時代なので。

    私の旅で、行き違い待ちで7分遅れた列車に乗車中、次に3分連絡で乗り継ぐ予定の列車が不接続になった例を
    【48】鉄道あちこち訪問記5:奥羽本線~田沢湖線1996.2.4
    https://shinano7gou.at.webry.info/201008/article_4.html
    で書いています。よろしければご一読ください。
    2019年03月27日 10:08
  • しなの7号

    中央西線様
    私も米原駅では1本見送ることが多く、その都度平和堂のお世話になっています。
    JR西日本には1分接続がよくありますね。以前書きましたが、昨年津山へ日帰りしたときには掟を破って?きわどい接続プランを立てました。帰路の播州赤穂と野洲で1分接続が続きましたが、そのときは何事もなく名古屋にたどり着けました。新幹線並行区間は多少の無理ができますし、必要に応じてワープ的利用ができるので、リスク覚悟でプランを立てることはあります。
    2019年03月27日 10:09
  • NAO

    しなの7号様、こんにちは。
    このチーフさんの放送といいますか、声質はNHKのドキュメンタリー番組のナレーションで聴けそうな男性アナウンサーを思わせます。歴史ある沿線を採り上げた番組を視ている感じがしました。
    リズミカルなジョイント通過音、あっという間に過ぎ去ってゆく踏切の警報音、接続案内.....。
    旅に出たいなあ、という気分になりました。今年になって外勤営業から外れ、在来線出張はお預けになりましたので。
    もっともこのチーフさんのような沿線案内を聴けることはないと思いますが。
    2019年03月30日 10:48
  • しなの7号

    NAO様 こんにちは。
    所詮は車掌ですからプロのアナウンサーのようにいきません。けれど、以前連載してきたように放送での注意点などをマスターされておられる方の放送は聴きやすいと思います。この放送の主は分割民営化時に国鉄を退職されています。JR東海初期に、そのオリジナル放送原稿を引き継いだと思われる別人の放送をしなの号車内で聴いたことがありますが、同じ内容でも、声や間の取り方などが違うだけで聴きやすさが違いました。
    毎日多忙な生活をしていると、列車の音を聴いただけで出かけたくなるものです。人それぞれですが、雑音のなかにも癒しの音があるものですし、ありきたりの車窓にも発見があるものだと思っています。
    2019年03月30日 16:01

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