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zoom RSS 【978】 中央西線を走った車両27: その他の非営業列車 

<<   作成日時 : 2019/04/22 06:00   >>

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国鉄時代に中央西線で活躍した車両たちを振り返りながらここまでまいりましたが、今回がこのシリーズの最終回です。

〜J.N.R.〜〜J.N.R.〜〜J.N.R.〜〜J.N.R.〜

初めて振り子式車両381系電車で営業運転を行ったのが中央西線・篠ノ井線の特急しなの号でしたが、その381系を開発するにあたって試作されたのがクモハ591系でした。当初は3連接車体構造だったということですが、中央西線で試運転したころには、クモハ590+クモハ591の2車体に改造されていました。
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1973年2月3日 釜戸駅で
このときの試運転は名古屋〜釜戸間で行われ、土曜日、学校が終わってから釜戸まで列車に乗って友人と2人で出かけました。
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1973年2月3日 釜戸駅で
新聞に掲載されたので、このことを知りました。
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中央西線で初めて見た特急色の電車でしたが、特急色の2両編成は、どことなく間抜けな感じもしました。

その試運転から半年後に新製された381系による営業運転が開始されました。営業運転開始後も中央西線では381系による高速試験が行われています。そのときのことは【643】中央西線を走った車両9:381系電車(4)の記事前半をご覧ください。

そのほか、国鉄時代に中央西線の検測車として入線していた意外な車両としては、交直両用のクモヤ494・495があります。
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1983年3月4日 坂下〜田立
このほかにも、キヤ190・191とマヤ34も検測のために入線していました。「【57】国鉄時代の検測車」の記事で中央西線内での画像をアップしていますので、ここでは省略します。(クモヤ494・495の別画像もそこでアップしています。)

国鉄時代の中央西線で走った電車特急と言えば381系に尽きるわけですが、神領電車区があった関係上、名古屋から神領電車区まで入出区回送の581・583系・485系・489系が中央西線に入っていましたが、中央西線内では純粋な回送列車でした。
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1982年9月29日 神領電車区で(再掲画像)↑

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1985年5月16日 神領電車区で↑

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1986年2月19日 神領電車区で↑

名古屋鉄道管理局管内で、特急用の車両を使用した「ホームライナー」が初めて運転されたのは、国鉄分割民営化のわずか一週間前のことで、381系しなの編成を使って中央西線の名古屋・中津川間に夜間下り1本が運転されたに過ぎません。しらさぎ編成が大垣滞泊に変わり、ホームライナーに使用されるようになったのは、JR東海時代になってからのことでした。

国鉄時代の中央西線内で客扱営業がなく入出区の定期回送列車として運転されていたのは、このほかに青白ラインの211系(0番台)回送列車がありました。 国鉄最後の61.11ダイヤ改正時から春日井〜名古屋間に運転されていました。名古屋に到着後はすぐに普通列車大垣行になりました。
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211系を国鉄時代に中央西線で撮影した画像はありませんが、【197】乗務した車両:211系0番台 の中で、東海道本線大垣駅で113系と並んだ国鉄の211系画像を掲載しています。

〜J.N.R.〜〜J.N.R.〜〜J.N.R.〜〜J.N.R.〜

国鉄時代までに区切って書いてきましたが、これで「中央西線を走った車両」シリーズ記事を終了します。お付き合いいただきありがとうございました。





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コメント(16件)

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しなの7号様こんばんは。
振り子電車試作車のクモハ591系は連接構造や前後の形状が全く異なっていて、幼少期に興味をそそられたものでした。
のちに中間車体をぶった切って両先頭車にボルト止めし、一般的な2車体ボギー車に改造されるわけですが、国鉄も小田急LSE車を借り入れて走行試験をしたりJR東日本もE331系を試作したり思い出したように連接車に食指を出しているのが面白いです。西日本の「くろしお」用の283系も当初連接車案がありました。
「中央西線を走った車両」楽しく拝見させていただきました。実車に乗車できなかった車両見ることすら叶わなかった車両もありますが、どれを見ても懐かしく親しみを持てるのは「国鉄」という全国組織であるがゆえの一貫したデザインポリシーによるものだと思います。あと数十年後今の車両が消えゆく時が来ても地元の車両以外にはそうした感慨を持つことはないと思います。
門鉄局
2019/04/22 20:54
門鉄局様 こんばんは。
クモハ591の連接車時代は、雑誌の写真でしか見たことがありませんが、中間車体が短くて違和感がありましたね。素人の考えでは、編成単位で車両を管理する現在では、連接車は運用上も保守管理上も支障がないように思うのですが、ここにきて近年はホームドアの関係で車両のドア位置を揃える必要が出るなど、別の制限がかかるのかなとも思います。

用途が違った車種であっても、どこか筋が通った設計思想が感じられたのが国鉄の車両でした。それが全国で走っていたことこそが、おっしゃるような懐かしさや愛着を誰もが持つ原因と言えましょう。そして国鉄型車両が姿かたちを変えながら確実に役目を終えていくのを見届けていった時代が、私の平成そのものであったような気も致します。
しなの7号
2019/04/22 21:54
しなの7号様こんばんは
591系の2両化改造後の写真
どれを見ても連結部を頂点に「へ」の字になっているように見受けられます
この写真ではそれほどでも無いし
たまたまそのように見えるだけとも言えますが
切り継ぎの影響もあるのかもしれません
写真でしか観たことありませんが
高運転台なのに高いどころか低い印象があり
変な感じ
その後の381系の格好良さとは雲泥の差

試作車の改造と言えばワサ1のうち
のワサ1がヤ81に改造されていますが
元々ゲテモノの3軸貨車ですが
あの長さのままボギー車
さぞゲテモノだったことでしょう
ヒデヨシ
2019/04/23 20:07
ヒデヨシ様 こんばんは。
私は「へ」の字になっていると思ったことがないですねえ。クモハ591系の車体はアルミ合金製なのに、あの増設部分は普通鋼だそうです。雑誌に掲載された図面によると、高運転台部分の高さはクハ381より650oも低いですが、客室部分の高さは381系と大差ないようです。

ワサ1改ヤ81はボギー化とともに車体を延長し、ワム80000改のヤ82が、車体長そのままでボギー車に化けたのではなかったでしょうか。
ワサ1形はワサ2の画像を
【193】H君のこと〜ワサ2・稲沢鉄道寮
https://shinano7gou.at.webry.info/201108/article_5.html
でアップしていますが約10mほどの車体で、2軸のコラ1とか、ボギーのホキ2500などとほぼ同じ全長になるようですが、足回りは違和感ありありでしたね。
しなの7号
2019/04/23 21:55
しなの7号様、こんばんは。
クモハ591系の3連接から2両ボギー車への改造は延長部は鋼製車体を新造したのですね。中間車体を切断して接合したのは昔何かの本で読んだ知識だと思いますが私の勘違いでした。お詫びとともに訂正します。
貨車も面白かったですね。ワキ5000とワム80000の中間でいかにも走行性能の悪そうな3軸車のワサ1や連接3軸車のク9100など輸出を考えるメーカーの実験場として国鉄が利用されたのかも?と思います。
門鉄局
2019/04/25 18:10
門鉄局様 こんばんは。
591系の2車体ボギー車化は、新たに鋼製車体を増設したとのことです。車体の接合にボルトを使用したのは、異種の金属を溶接することが当時はできなかったためだと雑誌に書いてありました。
貨車も一時期、いろんな種類の試作車が出ましたが、量産されずに終わったケースは数多いですね。ク9100の単軸連接構造はたいへん珍しいと思います。西名古屋港に放置されているのを見たことがあります。
しなの7号
2019/04/25 22:25
しなの7号様 こんばんは。
クモハ591系はキヤ391とともに古い雑誌でしか見たことがありませんが、私の好きな部類の車両です。
いずれの車両も、国鉄の特急型車両の面影を持ちながらも営業運転に供されることはもちろんなく、異彩を放つ存在でありながら試験や研究という役目を一生懸命果たした後は淘汰されるのみであるというところが、他の試作型やプロトタイプとは異なって強い興味をもつきっかけとなりました。
Nゲージはクモハの完成品とキヤの金属キットを購入しましたが、これをもって遊ぶ時間もなくどこかにしまい込んでしまっています。
やくも3号
2019/04/27 19:35
やくも3号様 こんばんは。
クモハ591・キハ391ともに、試験目的が特異なだけでなく、スタイルも個性的でしたから、一度見たら(知ったら)強く印象に残りますね。この画像を撮影した年に381系電車がデビューしましたからクモハ591は使命を終えたはずですが、その時から6年もたってから岡谷駅で留置されているのを見ました。色あせて普通鋼製の車体延長部は錆びて状態は悪かったですが、当時は保存するつもりがあったのでしょうか。保存されれば話題性はありそうですし、模型ファンには喜ばれそうです。Nゲージ模型はお宝ですね。「ちくわ社」がプラ製品を出しそうなものですが、クモハ591・キハ391とも出ませんね。
しなの7号
2019/04/27 21:37
しなの7号様、こんにちは。
クモヤ494、495は私が小学校高学年の頃に買ったTMS誌で、16番自作車両が掲載されていたのを思い出します。向日町から金沢へ転属する頃でしたが、国鉄車両に疎かった私、模型で初めてこの形式の存在を知るような状況でした。
ドライバーの軸で全面カーブを付けたり、数多くの屋根上碍子取り付け、整理された車内のコード類.....。
大人の作品は凄いなあ、と思うばかりでした。
NAO
2019/04/28 11:55
NAO様 こんにちは。
クモヤ495系を知っている小学生は、ザラにはいないはずです。車体のすそ絞りがなく屋根が真っ平、窓も少ないので車体の自作はしやすそうですが、模型だと目立つ屋根上の造り込みがポイントになるでしょうか。こんなマイナーな形式でも、今ではNゲージのプラ製品がありますので、よい世の中になったものです。うちにも1編成配置されています。出動?したときの画像を
【452】Nゲージレイアウト:ポイント破損(-_-;)
https://shinano7gou.at.webry.info/201401/article_8.html
で書いています。
しなの7号
2019/04/28 18:37
こんにちは、令和ですね。

211系はこの前書き込みましたが、既にJRになっていた昭和63年の夏、始発前に回送されるのを見ましたよ。
当時勝川駅で確か5:33の始発を待っていたら、ステンレスに青と白の帯の電車が回送で通過して行きました。
少し前に211系5000番がデビューしていてそちらは乗っていましたが、同系とはその時知りませんでした。

ちなみに始発は高蔵寺始発の117系で名古屋で折り返し中津川行きの始発になっていました。

余談ですが自分は当時8:25勝川発(多分中津川始発)によく乗っていましたが、ある日から113系から211系に変わりました。
方向幕がLEDだったのですが、ちょうど岐阜中部未来博が開催されており、10両編成の前4両が岐阜行きになっていました。
英語でFast for Gifuと表示されていました、今はrapidですけど。
0番台は方向幕が一枚物で快速大垣とかで快速部は113系などと同じ赤の四角囲み文字でしたね。

211系は令和何年まで走るんでしょうかね。
快速釜戸
2019/05/02 20:10
快速釜戸様
「211系はこの前書き込みましたが」とありますが、HN変更されたのでしたら明記してくださるようお願いします。どのような対応をさせていただいたらよいのかわかりませんので。

いずれにしても、この記事は以前のコメント欄にいただいたご質問にお答えすべく「国鉄分割民営化までの211系0番台」について朝の回送時刻がわかるようにアップしたつもりです。国鉄時代に始発列車前の時間帯に回送されていたことは、これでお判りだと考えます。211系0番台には末永く活躍してほしいものです。
しなの7号
2019/05/03 08:40
しなの7号様 こんばんは。
あっ、キヤ391ではなくてキハ391でしたね・・
内装写真はいずれもほとんど目にしたことがありませんが、クモハ591とともに ’普通座席’がちゃんとあったわけですね。。

ところで、Wikipediaでクモハ591の画像を提供してくださる方を募集しているみたいです。
やくも3号
2019/05/14 20:14
やくも3号様 こんばんは。
両車とも事実上は試験車ですから、紛らわしいですね。そう言われてみれば私もキハ391の客室内の写真を見た記憶がありません。クモハ591のほうは、鉄道雑誌で内装写真を見たことがありますが、381系とたいへん似ていますね。窓のブラインドは電動で、窓下にある押しボタン操作で上下する方式だったとのことです。(381系は手動のハンドル回転式)
しなの7号
2019/05/14 20:45
しなの7号様 こんばんは。何度もすみません。
自動車などでは鋼製車体にステンレスのボルトは極力使用しないようになっています。異種の金属を接合するとイオン化傾向の違いから電蝕が起こってしまい、車体の傷みが短期間で進行しまうからです。591系はアルミ車体に鋼製車体をつないだようですが、やはり試験車ということで、もはや車両を長持ちさせる必要はなく、工期やコストを重視して車体延長部は鋼製が採用されたのかもしれませんね。
おそらく貴兄がご覧になった岡谷駅のものは経年のわりに状態はひどかっただろうと想像します。
やくも3号(軽量化中)
2019/06/02 23:01
やくも3号様 こんにちは。
電蝕ということがあるのですね。岡谷駅では鋼製部分だけ錆が目立ちましたが、経年以外の原因もあったかもしれないですね。

ところで、リニア鉄道館で展示終了となるクロ381−10(パノラマ車)は、外観からはわかりませんが591系同様に運転室部分は鋼製で、ボルト接合されたと聞いています。理由はパノラマ車ゆえに踏切事故等に備えての強度保持のためとされています。
車両を廃棄するのではなく、たとえば内装を一部はがしてボルトによる異種金属接合部を公開するなどすれば、一般の見学者はもちろんのこと、案外そういうことも気に留めない鉄道ファンも多いと思われますので、興味を持ってご覧になるでしょうし、そういう特殊性をアピールする貴重な車両ということでもありましょう。国鉄末期から始まった先頭車化改造車は多々事例がありますが、保存車はあまりないように思いますから、国鉄末期から始まった先頭車化改造による短編成化と列車本数増加によって鉄道を再生しようとした施策の一端も、そういう部分から読み取っていただくことができますし、積極的にそういうことを伝えるのが真の博物館の使命であり、保存車両の有効な使用方法だと考えます。
贅肉(=余談)が多くなりすいませんでした。軽量化も度が過ぎると、10系客車のようにマイナス面が問題視されることもあろうかと思いますので、軽量化もほどほどにしましょう。。。
しなの7号
2019/06/03 10:13

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