【992】 変なコレクション12: レシート

我が家では、買い物をしたとき渡されるレシートは必ず家に持ち帰り、家計簿に記録していますが、一般にレシートの多くは、受け取らない人がおられますし、そうでなくても受け取ってもすぐ廃棄される方が多くおられるように思います。


s-DSCF9143.jpg最近のレシートは、買った商品の品名と金額だけでなく、割引金額の明細やポイントの収支など多くの情報が見やすく表示されるようになっています。感熱紙に印字されたものがほとんどなので、これをコレクションとして保存しても、年月とともに印字内容が薄くなって消えてゆき意味がないですので、持ち帰っても経理上必要な年限が経過すれば廃棄すべきものと自分でも考えており、実際にはその気になって収集を継続したことはありません。それでも自分が使用した乗車券類の収集同様に、自分がいつどこに出かけて何を買ったのかが後々わかるという記念券的な意味で保存しているものは一部にあり、それらは自分の行動、交友関係などを振り返るには有効です。そのほか、実家を処分する際に整理していたときに発掘した古いレシートも併せてご紹介します。


s-01-RIMG6902.jpg昔のレシートはシンプルでした。

左下の数字から推定するに1971年10月20日のものだと思われます。

店名の下に印字された電話番号は一桁ですから、当時は自動電話ではなかったようで、有線電話番号も併記されています。家の整理をしていたら出てきたものですので、誰が何を買ったのかは不明です。このレシートは実家から歩いていける範囲にあった数少ない食料品店のもので、小学生のころには、ここでよく買い物をしました。遠足に持っていくお菓子もここで買っていました。今でも営業されているようです。


s-02-RIMG6902.jpgこちらは1975年12月12日の日付です。「主婦の店中津川店」は中津川の市街地にあった食品スーパーです。「主婦の店」は、かつて全国規模で食品スーパーが加盟したチェーン店で、私は乗務先や旅先でも見かけたのを覚えています。
さて、レシートでは合計額が一番上にあります。もちろん消費税などないころですから、シンプルです。

この「主婦の店中津川店」はのちに「スマイル」と店舗名称が変わり、今は店舗の統廃合でこの中津川店は閉店してしまいましたが、会社は健在で「スマイル」はCGCグループに加盟し、中津川市内で複数の店舗が今も営業を続けています。そのオフィシャルサイトを拝見しますと、店舗名称は変わっても法人名は「株式会社 スーパーチェン主婦の店中津川店」となっており、頑なに「主婦の店」の名は息づいているようです。




s-03-RIMG6902.jpgこちらも中津川市街地にあった総合スーパー、ユニー中津川店のレシートだと思われますが、店名が書かれていません。ユニー株式会社は今も中部地方を中心にアピタ・ピアゴなどのスーパーを運営しています。
「ユニー」は「ほていや」と「西川屋」が合併した会社でしたので、このユニー中津川店の前身は「西川屋中津川店」でした。開店したのは私が小学生のころで、中津川市内で初めて下りエスカレーターが設置された店でした。開店当初には列車に乗って中津川に行くと必ずここへ立ち寄って、珍しいエスカレーターに乗ることが楽しみの一つだったことを思い出します。


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この画像は2006年に中山道歩きをしたときに撮影したユニー中津川店だった建物ですが、このときすでに店舗は近隣の工場跡地に開店したアピタ中津川店に移転したあとで、廃店舗になって久しい時期でしたので広告塔や外装がくたびれていますが、現在この建物はありません。


s-05- DSCF9131.jpg一宮市内にあった「太平雪直売所」のレシート

こちらは1986年となっていますので国鉄末期です。このころ全国各地に今よりもたくさんの日本酒の酒蔵がありました。日本酒のラベル集めをしていた私は、地酒を買うために主に愛知・岐阜・長野県内を自動車で巡っていました。飛び込みで酒屋に行ってその地方の地酒を買っていたのですが、小さな酒蔵の製品に出会うことはなかなか難しく、インターネットによる通販も情報収集もできなかった時代ですから、一冊の本の資料を頼りに、どこにどんな酒蔵があってどんな銘柄の日本酒を販売しているのかを調べて、小規模な酒蔵に直接訪問して購入することもありました。「太平雪直売所」もその一つで、清酒「太平雪」に出会うために出かけたのですが、この時点ではすでに酒造業から撤退されていたようで、現地では他社の酒類販売をされておりましたので、しかたなく他社の酒を買うことになりました。それでも、いただいたレシートには「太平雪」の文字があったので、せめてもの記念に保存しておいたのです。「太平雪」のラベルは入手できないまま三十数年経ち、その後は現地に行ったことすらありませんが、Googleマップのストリートビューを見た限りでは、すでに直売所もないように見えます。


最後は新幹線食堂車のレシートです。
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左側は家族旅行で岡山に行った帰路の「ひかり」で、子供たちに「二階建新幹線の食堂車に乗せてあげよう」などと言い、ホントは自分が二階建食堂車に乗りたくて子供をダシにしたことはおわかりでしょう。
転職後の安月給時代のことであり、往路は青春18きっぷ、帰路は自由席にしたので、未就学だった子供たちの交通費は不要。レシートからもわかるように午後の空いた時刻に4人でケーキと飲み物だけを注文し、私はケーキなしだったようで、つつましさが伝わってきます。それでも「オカイアゲ2730円」は青春18きっぷの1日分より高価です。

右側はちょっと印字が薄く読み取りづらいですが、会社の鉄3人で九州に行く往路の「ひかり」で、このときのことは、【693】鉄旅1994年7月「787系つばめ・熊本のキハ52・豊肥本線」で書いています。そのままコピペしますと、
「仕事を金曜日の昼過ぎに切り上げて、3人で九州乗り鉄に2泊3日の行程で出かけました。往路の新幹線では、名古屋から食堂車を利用する目的で途中の岡山まで100N系ひかりに乗車して、岡山で300系のぞみに乗り換えています。」
ビュフェを除けば、食堂車を利用したのはこの時が最後でした。



 


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この記事へのコメント

  • 松理

     私もレシートを集めています。切符を買う時に券売機でも領収書を受け取ります。それらをノートに貼りますが,特に見返すことはありませんが(笑)

     主婦の店もユニーも掛川にありました。
     瑞浪辺りだと思いましたが,中央西線沿いに「平野木材」あるいは「野平木材」いう看板があり,反対の「材木野平」あるいは「材木平野」としても読めました。
     現在でもあるかどうかは知りませんが,もしかすると,ご存じかもしれませんので書かせていただきました。

     
    2019年08月14日 14:40
  • しなの7号

    松理様 
    やっぱりレシートの保存を励行されている方はおられるのですね。私も乗車券券売機や駐車場精算機で領収書発券?ボタンを押す方です。

    掛川には現在バローがあると思いますが、バローのルーツも主婦の店で、その一号店でもあった恵那店(現在のバロー恵那店とは違う場所)には子供のころ、よく行きました。
    以前は中部地方各地の駅前でユニーの店舗を見かけましたが、駅前の大型店舗そのものがかなり撤退し、地方の駅前の地盤沈下ぶりを感じます。

    瑞浪の看板はかなり前からありますので存じています。逆から読めると考えたことはありませんでした('▽')
    2019年08月14日 15:41
  • やくも3号

    しなの7号様 こんにちは。
    祖母の初盆になりますが、山陽新幹線が運休になるそうで、昨晩岡山に帰省しました。

    『アピタ』『生活創庫』は静岡にいる頃はよく利用しましたが、京都に戻って来てからはすっかり忘れていました。
    以前、『アピタ』『ピアゴ』を『ユニー』と呼びそうになると仰っていましたが、私は『ニチイ』『サティ』『マイカル』『イオン』の変遷が難解過ぎて、いまだに『ジャスコ』です。

    JRのことを『国鉄』という年配の方は多いですね。学生の頃ですが、街を歩いていたら、かなり高齢のおじいさんに、「しょうせんのこうたりえきはどこですかな?」と尋ねられたことがありました。一瞬「?」となりましたが、『省線の神足驛』のことだとすぐ気付いて『JR長岡京駅』までご案内したことがありました。鉄道好きが役に立った例です。
    2019年08月15日 11:01
  • しなの7号(ノビノビ座席不連結)

    やくも3号様 こんにちは。
    「アピタ・ピアゴ」の名称の使い分けに慣れてきたと思ったら、こんどはメガドンキホーテ化する店舗が現れ始め、つい旧名称の「ピアゴ」と言ってしまう私です。しかし、ピアゴを改装したメガドンキホーテ店舗看板には小さな字で「ユニー」の文字が復活していました。
    私の地元にもサティ→ジャスコと変わったイオン店舗があって、行動範囲に他に複数あるイオン店舗との区別をする意味で家内は、今でもそこを「サティ」と言っています。
    私は国鉄に入ってすぐ乗務範囲の駅名駅順をお経読み(…ムコーマチコータリヤマザキタカツキセッツトンダ…)で覚えましたので、それが抜けずに今でも「神足」が自然に出てきますし、「桂川」とか「島本」を即時に挿入することは不可能です。

    今年は初盆でしたか。帰路はまたサンライズ出雲92号でしょうか✨
    2019年08月15日 12:47
  • NAO

    しなの7号様、おはようございます。
    最近では自動券売機でも領収書発行ボタンが付いていることが多くなりましたね。地元地下鉄の場合、切符自体はAサイズなのに、領収書がマルス発券ぐらいの大きさで出て来て、最初はたじろぎました。
    そういえば以前よく見かけたJR窓口発行のレシート状の領収書は御無沙汰していて、マルス原紙一括発行がほとんどのような気がします。課員が持ち帰って来た領収書に判子を捺すことがあるのですが、スタンプのインクは吸収しやすい紙質ではあるものの、さすがに朱肉の成分までは考慮されていないような気が。

    ひかり86号の食堂車のレシートですが、ちょうどおやつタイム、ご家族の楽しいお茶だったのではないでしょうか。

    国鉄で思い出したのですが、地元主要駅につながる地下道では、駅の方向を示す頭上電照案内表示で、もともと「国鉄」と表示されていた部分を切り取って「JR」と貼り直したものが数か所存在し、30年以上使われていることになるのですね。
    10数年前、大阪駅につながる老舗?大型オフィスビルのエスカレーター頭上の電照表示に「国鉄」の文字が残っている箇所があってビックリでしたが、昨年の営業復帰の際に見に行くとさすがに全面的に取り換えられていました。
    2019年08月17日 06:43
  • しなの7号

    NAO様 こんにちは。
    月にせいぜい1~2度くらいしか公共交通機関を利用しない私は、ICカードに現金チャージしたときに領収書ボタンを押し、発行された領収書はトレーディングカード保存用透明袋にICカードと一緒に入れて持ち歩いています。ICカードを使った日は帰宅した後に、領収書の余白に日付と残額を書き込んで次回の使用時に備えています。先日久しぶりにJR窓口で乗車券類を買いましたが、クレカ利用票はマルス用紙に印字されたものでしたが、別に発行してもらった領収書は薄紙無地のロール紙でした。マルス券が感熱紙になってから下車印のスタンプインクでもにじんでしまうことがありますが、薬品?による表面処理の関係なのでしょうか。
    大阪駅前のビルに残っていた「国鉄」のお話は前にご投稿いただきましたが、やっぱり今はなくなっていたのですね。今度は阪急阪神の梅田駅改称の件で、またあちこちで掲示の変更に迫られることになるのでしょう。
    2019年08月17日 10:03