【999】 銀河鉄道999と碓氷峠鉄道文化むら

第999回めの記事になります。999と聞いて誰しもピンとくるのは銀河鉄道999でしょう。

1979年の正月に、銀河鉄道999をデザインした「小金井から大金ゆき片道乗車券」と「宝積寺駅入場券」をセットにした「縁起来富」(←「えんぎきっぷ」と読みます。)が国鉄東京北鉄道管理局から発売されました。
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「縁起来富」の裏面には、小金井・大金・宝積寺の各駅の由来のほかに、銀河鉄道999についての説明書きが書かれていました。
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以前にご紹介した記念切符類のなかの一部と同じく、この切符も私が所属していた車掌区で一括注文を取っていたものなので、わざわざ現地でまで行って購入したわけではありません。これは赤字国鉄の身内からの需要も取り込む増収策だったと考えられ、それに協力した格好になります。ただ、そのころはまだ分割民営化は具体化されていた時期ではなかったので、それをセールス活動しろと言われることはありませんでした。

そもそも私は「銀河鉄道999」に興味はなく、その物語について何も知りません。鉄道ヲタクを自称してはいるものの、鉄道をモチーフにした映画やドラマ、アニメなどであっても、SFとか○○号殺人事件的な推理・探偵ものにはまったく興味がないのは子供の頃からです。
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テレビや雑誌で宇宙がどうの、30世紀の未来がどうの、怪獣が現れたなどと言われても現実しか見ない夢もない子には興味がわきませんでした。今でも高価なだけでなく高い競争率の豪華列車に乗りたいという気持ちなんかより、一日中ローカル列車に揺られてみたい気持ちのほうが強いですが、そんな贅沢ができるローカル列車は、日本ではもうありません。

話を「銀河鉄道999」に戻しましょう。「縁起来富」が発行された1979年の夏に、同じ東京北鉄道管理局では、「銀河鉄道999号」を名乗る行先不明のミステリー列車が上野~烏山間に運行されました。
撮影に行くことはありませんでしたが、EF65PFとDE10のリレーで12系客車9両を牽く団臨でした。この列車が起爆剤になってから、この手のイベント列車が各地で運転される機会が格段に増えていったように思います。
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上の画像2枚は、いずれも2001年5月に「碓氷峠鉄道文化むら」に初めて訪問した時の画像です。展示保存車EF60とD51に「銀河鉄道999」のヘッドマークが掲げられていました。


その4年後、2005年6月に訪問したとき、D51の「銀河鉄道999」のヘッドマークは、そのままでしたが、EF60のヘッドマークは「さくら」に付け替えられており、代わりにEF15に「銀河鉄道999」のヘッドマークが掲げられていました。
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なんでもかんでもヘッドマークを付ければいいというものではないと思いますが、そうなっていました。

さらに2年後、2007年5月に訪問したとき、EF15の「銀河鉄道999」のヘッドマークとEF60の「さくら」はそのままでしたが、D51に「銀河鉄道999」のヘッドマークはありませんでした。
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こうした展示施設では、展示内容を大きく変えることは困難でしょうから、ときどきヘッドマークなどの小道具を使って変化を付けているのでしょう。
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旧横川運転区(機関区)脇に展示してあったクハ189(上)も、1回目の訪問時には「あさま色(字幕「あさま」)」でしたが2回目の訪問時には国鉄色に塗り替えられ、字幕は「そよかぜ」に変更されていました。(下)
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これまで、いくつかの鉄道が関係する博物館の入館券などをアップしましたので、ここでも3回の訪問時それぞれの入園券をアップしておきます。
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上の画像で、1回目が左上、2回目(券売機で購入)が左下、3回目が右側です。画像スペースの都合上2回目の入園券だけ縮尺が他の2枚と大きく異なっていて、さらに経年により印字が薄れて記載事項がかなり不鮮明になってしまっています。

2回目の訪問時には、この碓氷峠鉄道文化むら内にある「ぶんかむら」を起点として、「とうげのゆ」まで運転されているトロッコ列車に乗車してみました。
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このトロッコ列車は遊具という位置づけではあるもの、遺されている旧信越本線の線路を走行していることに意義があり、途中にある「まるやま」停車中に、アプト時代に使用されていた煉瓦造の丸山変電所を見学できたのでした。

(注)現在は「まるやま」を通過してしまうそうです。
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最後の碓氷峠鉄道文化むら訪問から10年以上経過しましたので、現況は存じませんが、別にヘッドマークとか字幕がどうなったのかということなどは、実はどうでもよいことであって、ここでしか見られない貴重な車両たちが集められ、かなり自由に見学可能な「碓氷峠鉄道文化むら」は、自分にとってありがたい施設だと思っています。その反面で、開館から相当期間が経過しており、露天での保存展示には限界が近いのではないかという危惧も持っていますが、碓氷峠鉄道文化むらのオフィシャルサイトを拝見すると、「展示車両のペイント・清掃イベント」も行っているようですし、サポーターズ制度もあるようです。ちょっと遠いので簡単に参加できませんが、自らが直接国鉄形車両の維持管理と延命に関わるという点では興味深いことだと思っています。
詳細は、碓氷峠鉄道文化むらのオフィシャルサイトで…
           ↓
https://www.usuitouge.com/bunkamura/index.php
(hを半角にして検索してください)

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この記事へのコメント

  • おき2号

    しなの7号様、こんばんは。
    999回目の記事おめでとうございます。1000回記念は何かあるのでしょうか?(笑)
    残念ながら碓氷峠鉄道文化むらには行ったことがありませんが、このように実車に触れられる施設は好きなのでいつか行ってみようと思います。
    ヘッドマークは車体に何かする必要がないのでよくやられますね。また、最近よく聞く京都鉄道博物館のラッピングは車両の雰囲気を変えることができて面白いですね。賛否はあると思いますが塗装よりは簡単にできそうなので今後もあったら良いなと思いました。
    今はクハ489が白山色になっていますが、実はこの夏に京都鉄博に行ったときに私も489に投票してきました。

    PS
    いつもしなの7号様の腕章を見ているとだんだんと欲しくなってきていました(笑) 
    そんな中、本日JR貨物の車両所公開に行ったのですが、そこで国鉄時代の実物が売ってあったので買ってしまいました(笑) 新幹線用?なのか新幹線の客専ワッペンとセットで1万円+税で、腕章には「昭和61年3月制作 旭興産株式会社」とありました。
    2019年10月26日 22:30
  • しなの7号

    おき2号様 こんにちは。
    ありがとうございます。次回は1000回めですが、例によって1000に関係することをアップする予定です。でも中身は薄くなりそうです。

    近年は現役の国鉄形車両がめっきり減ってしまいましたので、そういう車両が運転されるときには撮るにしても乗るにしても混雑します。そういうところでストレスを感じるよりも、シーズンオフ平日の碓氷峠鉄道文化むらのように、人口密度が低く間近に国鉄車両たちとじっくり語り合える空間が自分にはより合っているようです。

    京都鉄博のラッピングは、リピーターを呼ぶ企画としてはいいと思います。期間限定のラッピングだから、そう思います。知らずに行って白山色だったり、ずっとそのままだったら泣きます。
    碓氷峠で白山色の489を撮っています。
    【761】撮り鉄12か月…1994年1月 「中央・信越本線」
    https://shinano7gou.at.webry.info/201701/article_8.html
    あのとき私には受け入れがたい塗色に思えました。それは自分と同じ年代の大多数が思うはずです。それはジェネレーションギャップであってJR世代の方々には、白山色が子供のころにいつも見ていた色であったとか、直接ご自身の記憶につながる懐かしくも価値ある塗装に見えるだろうなというくらいの理解?は頑固ジジイでも持ち合わせております。

    腕章買うと高いのですね(・・;)
    うちに保管してある腕章を今確認しましたら、自分が現役車掌だった昭和50年代以降の腕章は、車掌・乗客専務とも全部旭興産とありましたが、父が使った昭和30~40年代の車掌腕章は牧野商店とありました。
    2019年10月27日 10:30
  • おき2号

    写真でしか見たことのない私ですが、白山色はないと思いました。でも、怖いもの見たさというか、入れてしまいました(笑) 入れておきながら遠いのでおそらく直接見ることがかなわないのが残念です。

    腕章をわざわざ確認してくださりありがとうございました。時期によって違いはあれど、概ね同じ会社で作っていたのですね。高かったですが、たぶん未使用品だったからだと思います。
    触ってみてこんな感触なのかとしばらく楽しんでいました。ところで、安全ピンでとめるようでしたから、付け外しを繰り返すと制服が傷まないのかと思いましたけど、実際のところどうだったのでしょうか?
    2019年10月27日 20:35
  • しなの7号

    おき2号様
    581系シュプール・リゾート色との二者択一なら、どっちもどっちですが、観客にアピールするには489系の白山のほうに一票になるかなと思います。
    JR西が旧国鉄車両の印象を最悪の塗装で次々とイメージダウンさせてきた扱いにはいつも目を覆ってきましたが、国鉄車を長く使い続けている現状を見ると、JR東海管内に住む者としては、容易に国鉄車に接することができる会社としてJR西は国鉄ヲタクにはありがたい会社かな??? 

    腕章の感触は柔らかくていいですね。だから、私ども親子も含め多くの人々が古くなると靴磨きに使っていたという(*´Д`)
    腕章は、たとえば外へ食事に行くときなどは必ず外しましたから、何度着脱したことかわかりませんが、意外と制服が損傷した記憶はありません。
    2019年10月27日 21:39
  • ヒデヨシ

    しなの7号様こんばんは
    私は鉄道博物館にはそれほど執着も無いので
    行ったのは
    萬世橋の旧交通博物館、梅小路蒸気機関車館、京都鉄道博物館、旧大阪交通博物館、佐久間レールパーク、JR東海リニア鉄道館、加悦SL広場くらい
    なので碓氷峠鉄道文化村は行ってません
    他の博物館もそうですが車体は晩年で塗装のみ登場時てのはやめて欲しいです
    大好物のDD51 1が茶色なのも行ってない理由です

    それはそうと丸山変電所の朽ちた屋根は修復されてるんですね
    知らなかったです

    車両もですが国鉄時代の施設が好きで
    線区まるまる保存されているような若桜線行きました
    形だけで良いので車扱い貨物列車走らせたい
    2019年10月28日 01:40
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 こんにちは。
    私は保存車両巡りという趣味?があったので、各地の鉄道博物館に出向くことになりました。保存車両を見ると、それが公園に放置されている車両であっても、その車両が産まれてからそこにたどり着くまでどんな経歴だったのかを考えます。同時に保存車両に間近で触れることによって、自分が仕事で関わった作業の一つ一つを思い起こします。そういう視点は大半の来場者たちの感覚とはズレているかもしれませんが、それは子供のころや国鉄在職中の自分に会いに行っていると言ってもいいのかもしれません。
    そういう視点で見れば、晩年のDD51 1に会いたいのに車体はそのままで塗装だけを製造時の状態に変えられていることに強い違和感をお感じになられるという思いはわかります。
    自分でも、同じような思いをリニア鉄道館のスハ43 321で抱きました。同車はオハ47に改造された後、電暖化と近代化改造を受けており、展示に当たって台車を振り替え、元の茶色塗装としてスハ43に復元した代物です。室内の電気暖房器、デッキの配電盤、車端部のジャンパなどはオハ47電暖仕様のまま手を付けられていないようですし、内装も近代化改造後のままです。自分にはブルー車体のオハ47電暖車というありのままの姿が自然でなじめます。それでは見栄えがしないとかいう見世物的な観点で博物館側が捉えて、どうしてもスハ43に復元したかったのであれば、台車の交換と茶色塗装だけでごまかしてはいけないと考えます。復元するなら出来得る限り忠実に。それができないのなら、せめてその車両の経歴を尊重した状態で展示してあげたいものです。そういう意味では旧交通博物館~鉄道博物館のC57 135のように原型から崩れまくった北海道形をそのまま保存されている姿勢には賛同しますし、西のD51 200には違和感を覚えます。

    信越本線横軽廃止前の列車から眺められた丸山変電所の朽ちた姿を知っておられるなら、復元された姿にはきっと驚かれることでしょう。この建物のように、鉄道に関する古い地上設備や昔の鉄道における輸送システムの一つ一つは、貴重な産業遺産として価値あるものです。JRでは国鉄の遺産がかなり失われているのに対して、若桜線のような地方交通線転換第三セクター鉄道には残されていることが多いですね。そういう鉄道路線を文化遺産として施設と車両を総合的に保存しつつ営業していくスタイルこそが、理想的な鉄道文化遺産の保存形態と言えるのではないでしょうか。
    2019年10月28日 16:30
  • 門鉄局

    しなの7号様、お久しぶりです。
    しなの7号様の保存車両についてのお考え、私は全面的に賛同します。
    原形に戻すならキチンと戻す、出来ないなら最終的な形のまま保存する。そしていつ頃の形態なのかは説明板やパンフレットで明確な解説をする。文化財なのですから当然なことだと思います。
    碓氷鉄道文化むらは未訪問です。行ってみたいのはやまやまなのですが、関西からは行きにくいです。今は北陸新幹線があるじゃないかと言われれば時間的には昔に比べ改善されたものの問題は交通費、やはり新幹線は高いです。
    遠距離を鉄道で移動しにくくなったのは分割民営化の最大の弊害で、経済論理が優先しかつての鉄道網という考え方がなくなった結果です。まあ労組の解体が本来の目的だったのですから仕方ないですね。
    その一方で採算の見込みもない地方空港や新幹線、高速道路をせっせと造っているのですからこの国の政治は全く変わっていませんね。
    私もJR西日本のD51200にはがっかりしました。現役時代と程遠いキンキラキンで本来の重厚さや貨物機の質実剛健さが伝わって来ず、見世物的扱いなのは日本の文化がまだまだ発展していない証拠です。このカマこそ木曽時代の集煙
    装置付き青ナンバーにして日本の高度経済成長を支えた生き証人にして欲しいのですが。
    2019年10月29日 23:29
  • しなの7号

    門鉄局様 こんにちは。
    ご賛同いただきましてありがとうございます。どうもこの国は経済大国と言われながら文化的な視点に欠けていると思います。中部地方を中心に多くの鉄道車両の保存車に会いに行きましたが、保存とはかけ離れた状態で放置され、あるいは子供たちの遊具となりはて、さらには危険だの邪魔だのアスベストがどうのと言われて消え去っていく例にいくつも出会ってまいりました。そこまでいかなくても、時代考証がなされず見栄えを最優先したとも思える装いで展示される車両は数限りなく見られます。

    碓氷峠鉄道文化むらは、鉄道利用だと西日本からは行きづらい位置にありますね。自分も中山道歩きをしていなければ、1度行っただけに終わっていると思います。何と言っても信越本線の分断が一番のネックです。
    そういえば分割民営化での弊害を保存車で感じたことがあります。それは以前にも書いたかもしれませんが、青梅鉄道公園で0系新幹線車両が200系をまねた緑塗装となっていたことです。さすがに批判にさらされたのか、現役時代の塗装に戻されましたが、子供と一緒に青梅鉄道公園に行ったときびっくりしたことを思い出します。保存車への価値観が狂っているとしか言いようがなく、理解度があまりに低いことの現れです。先日、プロ野球国鉄~巨人で通算400勝を達成された金田正一氏が亡くなりましたが、もし出身地の愛知県内に銅像でも作ろうなどという話がでたとしても、「愛知県は中日の本拠地だから、中日のユニフォームを着た姿にしよう」などと誰も言わないと思いますが、それと同じことを青梅は地でやってしまったのです。
    2019年10月30日 17:01
  • おき2号

    しなの7号様
    なるほど、制服は結構丈夫だったんですね。
    ありがとうございます。お礼が遅れてすみません。
    そのうち綺麗なものを見つけてしまったら買うかもしれません(笑) 冬用?の制帽だけ昔もらったのを持っていますので(笑)

    山口地区の電車はほぼすべて単色化されてしまい不評ですし、まだいくらでもいるのであまりありがたがっていません。
    他の方のコメントを見て思い出しましたが、九州鉄道記念館のクハネ581は色以外はクハ715ですね。ロングシートがそのままです。
    それとD51200ですが、C571に装飾を似せようとしたのでしょうか。私からすると「山口にC57のお手伝いに来た梅小路の機関車」なので中津川時代をあまり意識していませんでした。かつては装飾を塗りつぶして運転も行われていたやまぐち号ですので今後もあればいいなと思います。
    2019年10月31日 19:16
  • しなの7号

    おき2号様
    国鉄の専務車掌用制服は返納したので、もううちにはありません。普通車掌時代のなら手元にありますが、使い古しでヨレヨレ。棺桶に入れてもらうためのもの?です。
    西日本で単色化された国鉄形のうち、キハ40系以外は好きになれませんが、それでもすでに国鉄形がめったに見られない東海地方の者からすれば、今でも当たり前に走っていること自体が別世界に思えます。
    九州鉄道記念館のクハネ581ですが、私も車内を見学してきましたので、中途半端さを感じました。「魔改造をされた近郊形電車クハ715」として展示したほうが自然でいいです。窓周りの青色も明るすぎるようです。
    復活したD51200は、JR西日本仕様ともいうべき装いですね。これから先、中央西線時代を模した新企画を期待します。
    2019年10月31日 20:57