【1009】あの年の1月1日《1975年・1994年》

これまで元日早々に出かけたことはあまりありませんが、高校生のときに北恵那鉄道の写真を撮りに行ったときの画像が出てきました。
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1975年1月1日 北恵那鉄道 山之田川~恵那峡口
写っている車両は、末期の北恵那鉄道の主力としてもっとも活躍していたモ565です。
三が日くらいは電車の正面に注連飾りを掲げられるのではないかと期待して元日早々に出かけたのを覚えていますが、車庫で待機していた電車も含めて正月らしさを感じさせるものは何もみつかりませんでした。当時は自家用車にも注連飾りを掲げる習慣があったので、ほかの地方私鉄では注連飾りを電車に取り付ける例があったはずですが、この3年後の秋に廃止となる北恵那鉄道では、もはやそんな余裕はなかったのかもしれません。

北恵那鉄道の廃止から16年経った1994年1月1日にも廃線跡を訪れています。
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1994年1月1日
 北恵那鉄道下付知駅跡 元ハフ30の廃車体

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1994年1月1日
 北恵那鉄道中津町車庫跡 元ク551の廃車体

このころの私は愛知県内に転居していましたが、年末年始は実家に帰省していました。元日は営業している商業施設も少なく、子連れで行くところもないし、やることもなかったので、父と子供を連れて北恵那鉄道沿線をドライブしてきたというわけですが、もうこの2つの廃車体はありません。

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この記事へのコメント

  • やすたろう

    しなの7号さん、明けましておめでとうございます。
    長い間、「北恵那デ2」というペンネームを使っておりましたが、年も変わって他の投稿などに使っております物に改正させていただきます。何分にも北恵那鉄道の話題をお話しするのに同鉄道の電車の名称では訳が分かりませんですし。
    仰るとおりハフ30やク551はもう存在しませんが、ずっと残ると思っていた「デ2号」があっけなく解体されてしまったことが悔やまれます。しかし目立つ構造物では木曽川橋梁が残っておりますね。災害が多い昨今ですので、いつかはこの鉄橋も流されてしまうのではないかと思っております。
    現在の世の中の状況では、観光用に鉄道の1部復活などという夢のような話は不可能ですね。せいぜい北恵那交通の路線バスに登場した565号が往年のカラーリングをまねて走り回るぐらいが関の山でしょう。
    今年は皆様方にとりまして良い1年となりますように祈念する次第です。
    2020年01月01日 16:30
  • しなの7号

    やすたろう様 明けましておめでとうございます。
    新年にあたり、ご家族ご一同様のご健勝をお祈りいたします。

    HN変更の件、承知いたしました。
    新年は北恵那鉄道の思い出からスタートです。
    廃線から40年以上も経ってしまうと、当時の面影を残すものはほんとうに少なくなりましたね。最大の遺跡である木曽川橋梁も、いつまで持つものか、、、昨年の上田電鉄千曲川橋梁のようなことになってもおかしくありませんね。

    ところで、北恵那鉄道廃線後にも体育祭の応援歌で「北恵那唱歌」が歌われていたとのコメントをいただいたことがあります。
    【612】北恵那鉄道15:北恵那鉄道の想い出
    https://shinano7gou.at.webry.info/201508/article_4.html
    への「五分刈り文化部」様からのコメント

    北恵那鉄道のことがどんな形であれ、語り継がれ忘れられないことを望んでいます。そういう意味でもせめてデ2だけは残っていてほしかった。。。


    2020年01月01日 19:35