【1055】あの年の2月16日《1990年》

私にとって初めて北海道に上陸した日が1990年2月16日でした。
当時は船と飛行機が大嫌いでしたので、北海道へは青函トンネル開通後、四国へは瀬戸大橋開通後に初上陸しているのです。
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札幌でオホーツク3号に乗り換えて網走へ。
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収集用として発行してもらった車内補充券「美幌→女満別の大人1人片道230円」はノーカーボン複写式のため、経年とともに記載事項が滲んでしまっています。
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この日は、一度接岸した流氷が去った後で、浜辺に打ち上げられた氷片でいいから見ようということになって、網走市内観光のあとタクシーで北浜まで行ったあと、釧網線で川湯温泉で泊まりました。
タクシーで北浜まで行ったことによって、網走~北浜間が未乗になってしまいました。当時は旧国鉄線全線に乗るつもりはなかったのでそういう行程になりました。後で再び乗りに来ましたが、そういう無駄ともやむを得ないとも思えることの連続なのが生きる道で、遠回りすればそれなりに得られるものはあるのだと考えることができます。

◆この北海道行きのことは、【768】乗り鉄12か月…1990年2月「初めての北海道」で書いた内容と重複します。画像はできるだけ未公開のものを使うようにしましたので、ご容赦ください。

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この記事へのコメント

  • NAO

    しなの7号様、こんばんは。
    お写真を拝見したところ、オホーツクは新旧塗装混結だったのでしようか。
    国鉄時代の神岡線で別途乗車分の車補を発券してもらったとき、車掌さんがカーボンを席の埋まったボックスシート下に落とされてしまい、一人は立ち上がり、一人は片足を上げたりして、"捜索"に協力されたことを思い出しました。
    購入する当の本人の座席下ではなかったので、なんにも協力しなかった私です。
    2020年02月16日 21:08
  • しなの7号

    NAO様 こんばんは。
    このころすでに183系DCは0番台非貫通形も、貫通式になった後期形に合わせた塗装に変更されていたようで、このオホーツクでも塗装は統一され旧国鉄特急色は含まれていませんでした。
    神岡線ではパンチ式の無人駅乗車に限定した車内片道乗車券も使用されていたと思いますので、カーボン紙を使う車補と2種類を使い分けていたと思います。
    2020年02月17日 20:48