【1149】あの年の5月20日《1973年・1983年》

1973年が続きます。
5月20日の日曜日は、早朝からD51を追って須原と宮ノ越に行っています。
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  大桑~須原

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  宮ノ越~藪原
中学生時代には、中津川や落合川で撮影していたのが、高校進学とともに少しずつ北へ向かって行動範囲は広まっていきました。
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それから10年後、1983年には飯田線の旧形国電の終焉が迫っていました。
1983年5月20日
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  伊那福岡~田切

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  七久保~伊那本郷
ちょうど田んぼに水が張られるころなので水鏡を狙って出かけていますが、思ったようにはなかなか写ってくれませんでした。このころの撮影はもっぱら自動車を使っていました。中央自動車道に恵那山トンネルが開通してから伊那谷と東海地方との交通の常識は大きく変わっていました。


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この記事へのコメント

  • pastor

    Shinano 7号様
    ご返信いただきありがとうございます。
    早速、1972年から73年のブログを拝見しました。特にこの1149番の宮の越から藪原間の鉄橋の写真に、感動しました。今から約半世紀前の、あの興奮がよみがえってきました。まさに、この場所で撮影しました。また1142番の寝覚ノ床。同じアングルで撮影しています。
    旧線の写真は、とても貴重ですね。やはり地元の方でないと取れない写真だと思います。また中央西線に行ってみたくなりました。
    しなの7号さんの「いったん家を出れば、そのものが旅」というフレーズに共感します。遠くでなくても、日常から離れるだけで、旅だと思います。宮脇俊三氏もそういうことを書いていました。そして鶴見線を紹介していました。行ってみましたが、本当にそうだなと思いました。
    私の蒸気との出会いは、中央西線が原点です。忘れられない路線です。そこに乗務された方と交信できて、本当に幸いです。ありがとうございました。
    2020年07月11日 14:50
  • しなの7号

    pastor様
    【120】中央西線を走った車両5 :181系気動車(5)から、こちらの記事もご覧いただきありがとうございました。また「日常生活の中にある旅」という考え方に共感していただきうれしく思います。
    宮ノ越の橋梁があるところは「巴ヶ淵」というところで、続いて入るトンネルがある山吹山一帯は紅葉の名所です。木曽路はいつ行ってもよいところで、近年はEF64重連を撮影するために遠くから来られる方も多いようです。私はコンデジしか持ち合わせていないので、列車撮影を主目的に木曽路に行くことはほとんどありませんが、木曽の自然を眺めながら並行する国道19号線に点在する道の駅を巡るドライブに家内と2人で出かけることはときどきあります。また、首都圏に出かけるときも、東海道新幹線での往復では味気ないので、時間さえ許せば、往路はしなの号で信州の山々を眺めながら長野経由にすることもあります。

    今回は、見てくださいと強要したようで申し訳ありませんでした。さらに重ねて恐縮ですが、乗務中に同乗した車掌長による沿線案内放送の録音をYoutubeで公開しています。寝覚ノ床と巴ヶ淵についても、4本中の2本目の放送内で触れられています。別にご感想等の投稿は不要ですので、空いたお時間がありましたとき、しなの号に乗った気分になっていただけたらうれしく思います。下の記事からご覧いただけます。
    【968】国鉄時代の観光案内車内放送:「しなの」(4-2)
    https://shinano7gou.at.webry.info/201903/article_5.html
    2020年07月11日 20:28