【1209】あの年の7月19日《1982年・1986年・1998年》

1982年7月19日
この日は岐阜県地方にある旧街道の石道標を探しながら、加子母村~蛭川村~八百津町をクルマで巡っていました。
(加子母村と蛭川村は、のちに中津川市に合併)
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加子母村万賀で撮影
右 白川街道 志らかわ やをつ
左 南北街道 つけち さか志た
とあり、明治年間のものらしいです。
「志らかわ」は高山線の白川口駅が最寄
「やをつ」は名鉄旧八百津線の終点
「つけち」は旧北恵那鉄道の終点だった下付知が最寄
「さか志た」は中央西線の坂下
八百津は木曽川舟運の拠点でした。徒歩交通時代の物や人の流れがわかる遺物ですが、鉄道が開業・延長されるたびに、その流れは変わっていったのでしょう。その鉄道も道路網の発達によって地方では廃れてゆき、常識はいつも変わっていきつつあると感じます。こういうものに出会うと、廃駅跡を発見したのと似た何かが心の中で湧いてきます。


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1986年7月19日
国鉄の専務車掌時代で、この日は早い勤務明けでした。地酒のラベル収集をしていましたので、家に帰る前に名古屋市中川区内へ酒を買いに出かけました。
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この日買った酒のラベルです。流通量が少なく地元でしか入手できない酒は、直接蔵元さんを訪ねて買ってくるのがいちばん確実です。よく間違われるのですが、私が入手すべき酒は製造量の少ない高級酒ではなく、地元で消費される一般酒です。鉄道で例えれば乗るべき対象はローカル列車なのであって、あっさり未乗線区を通過してしまう特急列車ではないということです。地元密着の列車にこそ味わいがあるわけで、酒の場合もあえて手の掛けてない一般酒に、その地元で好まれている味の傾向が出てくるように思います。おかげでまずい酒に出会ったことは数知れませんが、それもまた鉄道に乗りに行った先で、地元の高校生で満員になった列車に乗りあわせてしまったようなことに似ていて、思い出に残るものです。

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1998年7月19日
昨日の続きで、3泊4日の北海道乗り鉄旅の2日目。この旅では周遊きっぷを使いました。
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この日の行程に沿って画像を並べていきます。
札幌~(スーパーおおぞら1号)~釧路
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釧路~(快速ノサップ)~根室
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途中の厚岸~糸魚沢間の湿地帯を車窓から 

花咲駅を車窓から
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花咲駅は2016年に廃駅になりました。旧街道の石道標のように、この駅舎が廃止後も残ることはないわけですが、Wikipediaによると、跡地に駅名板を再利用した記念プレートが設置されたとのことです。

この日は、そのあと、
根室=(バス)=納沙布岬=(バス)=根室~釧路(泊)
という行程でした。

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この記事へのコメント

  • 唐獅子

    1986年の日本酒の話、よく見ると右下に書かれてる瓶詰め日、購入日まで2~3か月程度たっていますね。
    多分冷蔵庫が完備されている酒屋や百貨店で購入したので味は落ちなかったでしょう。
    2011年の正月明けにスーパーで半額になっていた新潟の某銘酒(1升瓶)を飲んだら、明かりと暖房で黄色くなっていて、ものすごく不味くなっていました。
    むしろコンビニとかで安い4合瓶の日本酒を買った方が、回転が早いのでうまいと思いました。

    固定資産税の問題かもしれませんが、JR北海道の廃駅などの駅舎やホームはすぐに撤去されるイメージがあります。
    2020年07月20日 15:02
  • しなの7号

    唐獅子様
    日本酒は未開封であれば、瓶詰から1年は大丈夫と言われますから、まったく無問題でした。高級酒を買えば期待をしますので不味かったら悔しいですが、一般酒は「ハズレか…」で済みます。そうは言っても光と高温は大敵で、私としても唐獅子様と似たような体験は幾度もしていますから、製造年月と瓶詰後に夏を越しているかを確認するようにしています。

    私も空き家になった実家の土地家屋の固定資産税を無駄に納めていましたので、不要になった不動産を早く処分したいJRの気持ちはわかります。貨車を再利用した花咲駅待合室は、置いてあるだけなら固定資産税の対象にならないように思いますが、無断利用などで管理上問題が起こるといけないので、早く撤去したいといったところでしょうか。
    2020年07月20日 20:16
  • 唐獅子

    2012年と2015年に当時現役のJR北海道線はほぼ全て(区間運休が次ぐ日高本線と、砂原線を除く)乗りましたが、上記の感想でした。江差線の木古内~江差間が(2012年GW時期です)天野川の雪解け水が美しかったのが印象に残ってます。
    江差駅前のコンビニでビールを買って天野川を眺めながら上り列車で飲みました。

    根室本線ですが、2015年に旅した時に上り列車で根室~釧路を移動した時に隣のBOXに同年代(20代後半か)で初めて鉄道を利用する方がいて、根室~釧路~札幌~旭川(終電のカムイで日付が変わってから旭川まで行くみたいでした)、に行く方がいられて、「この列車は札幌行きですか?」と尋ねられました。「釧路行きです」と尋ねた後、乗っていたキハ54はエゾシカをはねて5分ほど停車しました。ハラハラしながら列車の動きをみましたが、交換列車が東釧路までなかったので無事にに回復運転して、彼は最終のスーパーおおぞらに乗れたようです。
    2020年07月20日 22:15
  • しなの7号

    唐獅子様
    江差線木古内~江差間には、この前年の秋に1往復乗っていました。川が並行していたことは覚えていますが、木古内を夕刻に出発したので江差に着いた頃にはほぼ真っ暗な状態で、即折り返しましたので帰路の車窓は闇でした。

    北海道は列車本数が少ないので、列車が遅れるとその先の乗継が心配になりますが、幸いに北海道では一度も危ない事態に陥ったことはなく、エゾシカは現れはしても事故に至ったことはありませんでした。一方、東北地方では幾度か、前途の行程に大きく関係する列車遅延に出会っていまして、いちばん悔しかったのは、乗車していた快速がわずか7分遅れていただけなのに、秋田で3分連絡の特急が待ってくれなかったことでした。余裕をもって旅程を組むべきなので、誰も恨むことはできず自己責任ということです。
    2020年07月21日 20:11
  • 唐獅子

    連投失礼します。
    鉄道は比較的正確に運転して下さるので、今までの旅行(通勤は除く)で被害にあったことはありませんが、高速バスは厄介ですね。
    2015年の春に中国地方を旅した時に、自宅→梅田→(高速バス)→津山→新見→三次→宇都井→三次というプランを組んだ事がありました。
    JR奈○駅の駅員さんに、津山以遠の切符を買う時に「こういうものは現地で買うものですよ。今回だけ特別ですよ。」とJR職員特有のねちっこい態度に少し怒りを覚えつつ旅に出たのですが、
    梅田7時発のJRバスは名神高速の渋滞に巻き込まれ、途中で地道に下りたりしたものの、結局10時過ぎの津山の姫新線には間に合いませんでした。
    そのおかげで、津山で2h時間が空くことになり、矩形庫やお城やしいたけ弁当やホルモン焼を堪能しました。
    しかしその先が難しく、予定通りのルートを使うと、芸備線の東城→三次間(広電の高速バスがあります)と三江線を捨てざるを得なくなりました。
    三江線は翌日全線乗りました。結果としては最初で最後の三江線になりました。

    あと、夜行バスは逆の意味で厄介ですね。
    朝の5時半の誰もいない梅田駅前を見る羽目になったことがありました。
    2020年07月23日 19:14
  • しなの7号

    唐獅子様
    そんな失敗をしてきたこともあって、鉄道以外の交通手段を使うときは時間にしっかり余裕を取らないと不安でしかたなく、鉄道以外の交通手段はなるべく帰路に使うなど影響が出にくいようにしています。鉄道でも意図的に接続を1本遅らせるプランを作って余裕を持たせることがあります。そういう場合の時間のつぶし方も考えておけば、接続がうまくいかなくても悔しさは半減し、唐獅子様の津山の例のように別の収穫(私の場合は地酒の購入や駅前商店街巡り、看板探訪など)にありつけます。逆に新幹線などでワープできる区間は、あえてゲーム感覚で、際どい1分連絡で走ることもありましたが、もう年が年なので、近年はやらなくなりました。それにしても中国地方ではバスが便利で、有効に使いたくなるお気持ちはよくわかります。
    2020年07月23日 20:55
  • 唐獅子

    再連投失礼します。
    最近諸事情で暇になったので、コメントが多くなって失礼します。

    2010年の初夏にも母方の祖父の葬儀の時に、早く帰りたい(両親の離婚が泥沼化していたのが理由とだけ言っておきます)ために、叔母に頼んで針インター(名阪国道・奈良市・平成の合併までは奈良県山辺郡都祁村)に送ってもらって、奈良→名古屋の奈良交通の高速バスの最終便に乗ったのですが、「四日市あたりの東名阪道の工事のため遅れる可能性が高い」と予約のオペレーターさんから言われたのですが乗って、残念ながら名古屋最終の上りののぞみには乗れず、名古屋駅裏のビジネスホテルに泊まって、翌日は名古屋城見物をしたのを思い出しました。
    亡き祖父(昭和5年生まれ)も名古屋城へ行ったのかなとか考え観光しました。

    思えば、榛原駅に送ってもらえば、榛原→名張→名古屋→東京、で東京まで帰れていたのかとも思います。
    2020年07月24日 19:16
  • しなの7号

    唐獅子様
    一刻も早く目的地に行かねばならない場合は、交通手段やルートの選択に時間をかけるわけにはいきませんから、後で他の交通手段にしておけばよかったと後悔する場面があります。そういうことは旅程のみならず、生きていくうえでもあるものですから、人生が旅に例えられたりします。その結果、私の今がありますが、40年前には想像もしなかったところへたどり着いてしまいました。自分で選んだ道ですから、その道でしかできないことはありましたから、後悔どころか別に得られるものがあったと思っています。
    2020年07月24日 20:27