この日から2泊3日で関東方面へ行っていました。ただし目的は仕事であって、ちゃんと任務を負っていました。
目的地が、東京都葛飾区と埼玉県上福岡市・新座市・浦和市・菖蒲町・加須市・草加市と、たくさんありましたので、めったに乗ることがない東武鉄道線などに乗る機会がありました。上福岡駅 初めて利用しました。
そのとき撮影した写真を見ると、のちに平成の大合併があって、当時の市町名がなくなっていることに気付きました。
上福岡市→ふじみ野市
浦和市→さいたま市
下は浦和の市街地で撮影
このほか、この日に行った菖蒲町は現在の久喜市の一部になっています。
◆以上4枚の画像は当日(10月18日)撮影
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2008年10月18日
武豊線に乗って家内と半田へ行ってきました。
JR半田駅は国鉄時代の面影が色濃く残っていました。衣浦臨海鉄道から乗り入れるKE65が牽く貨物列車が到着しますと、さらにそれらしい雰囲気になりました。
帰路には緒川でいったん途中下車して、イオン東浦に立ち寄りました。買った乗車券は金山まで。中央西線内は通勤定期乗車券がありました。
この記事へのコメント
唐獅子
下板橋駅は戦中に池袋方へ移転したために、駅名にかかわらず、駅名の下の所在地に「東京都豊島区池袋本町」と記載されているのが少しつ辛かったです。(駅から30m北へ出れば暗渠になっている川を渡れば豊島区から板橋区になるので余計辛かったです。)。
さらに言うと近畿圏出身の人間からいうと、東京のほとんどの地域で「〇〇本町」という地名は「〇〇ほんちょう」と読むのが正しいものとされていました(近畿圏では99%「ほんまち」・池袋の場合は上記の通り「いけぶくろほんちょう」・例外的に伊藤園の本社がある渋谷区の地名は「本町」なのに「ほんまち」と知らされていました)。
しなの7号
駅名にも歴史ありということですね。
個人的には「○○ほんまち」が自然なように思います。東海地方は関西系なのでしょうか。
本町に限りませんが、転勤した先で、「○○町」の読み方が「ちょう」か「まち」か迷って応対に困った経験はよくありました。
唐獅子
そのため、下板橋から池袋の間にあるキロポストは全てマイナス表記になっています。
全部確認したわけではないですが、おそらく池袋駅に一番近いキロポストは「-2」ぐらいの表記かと思います。
しなの7号
マイナス表記のキロポストって面白いですね。場所の特定をするためには支障がないので、線路移転時の処置としては合理的だったと思います。時がたつとそれが鉄道の歴史を物語る生き証人となるわけですね。