【1286】あの年の10月4日《1981年・1982年》

1981年10月4日 京都駅
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列車掛の同期生のうち同年だった3人が、車掌時代に休みを合わせて山陰方面へ2泊3日の旅に出ました。画像はその往路で、京都駅の山陰ホーム。停車中の列車は急行「白兎」、人物は管理人。手に持っているのはラジカセです。この急行「白兎」に乗って、この日は鳥取で泊っています

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その翌年1982年の10月4日には、中央西線の列車を撮影していますが、誰と行ったのか、または単独だったか、まったく記憶にありません。そのうちから2枚の画像をアップしておきます。
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中央西線 田立~坂下
EF64が牽く14系座席車で、たぶん団体臨時列車かと思います。

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中央西線 須原~大桑
中央西線に1往復だけ残っていた旧形客車による普通列車で、長野~中津川間の運転でした。この撮影から3年前の1979年春まで、私はこの列車の後ろの方に連結されている荷物車に乗務していました。

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この記事へのコメント

  • まころん

    管理人さん、足が長くてカッコイイですね。そうとうイケメンだったと想像できます。それにラジカセ、決まってます。
    急行と言えば、やはりキハ58ですね。この頃は、京都駅から空がよく見えたのですね。まころん
    2020年10月04日 14:00
  • しなの7号

    まころん様
    昔は細かっただけのことで、想像は想像にすぎませんよ。ラジカセはSANYOの小型のやつでした。乗務で東京に行った折に秋葉原で購入し、寮に常備していました。
    https://shinano7gou.at.webry.info/upload/detail/019/886/82/N000/000/008/141335788946229084178_s-R0022943.jpg.html
    全国どこにいっても急行はキハ58系で、当時は面白味がないなあと思っていたものです。
    2020年10月04日 20:17
  • やくも3号

    しなの7号様 こんばんは。
    もう40年も前の撮影になりますか。京都駅の山陰ホームはいまは屋根ができ、壁も黒くなり、閉鎖空間となりましたが、昔はこんな日当たりのよい感じでしたかね。
    お写真にもある駅ホームのおしゃれな軒飾り(蒸気機関車の煙除け?)は京都駅の象徴だと思っていますが、今やホームの一部に残ってるものの、改装や屋根の延長時に取り去られたり継ぎはぎになったままになっています。駅本屋を現在の豪華なものにする際に、施工主や設計者はちょっと気を遣って軒飾りを復元するとかはできなかったのかと思います。(京都鉄博の一部には再現されてはいるようですが)

    出雲市行きの列車に乗れるのが時代を感じますが、この1981年には、もう隣のホームには私の大好きな153系ブルーライナーは姿を現さなくなってしまっています。
    2021年03月30日 18:52
  • しなの7号

    やくも3号様 こんばんは。
    時が経つのは早いもので、走る列車も駅も変化し続けていきますね。京都駅ホーム上屋の軒飾りの独特なデザインは、優雅さとともに、建築当時の鉄道が輸送機関の最たる地位にあった威厳を感じさせてくれます。京都ほどではなくても国鉄の古い駅を見ると、建築様式や装飾に個性があり、その街の玄関口として「君臨」していたように思えますが、機能優先で味気ない駅ばかりになっていきますね。この写真を撮ったころからは信じられないほど身の回りは便利になり、我が国はそういう技術面や経済的な観点では後世に大いに誇れる進化を遂げたと思えますが、文化的な価値観は退化してはいないでしょうか? 
    2021年03月30日 20:35