【1343】あの年の11月30日《1984年》

1984年11月30日
専務車掌時代でした。
前日に名古屋・亀山間を2往復して名古屋泊りで、この日は名古屋・亀山間1往復する行路でした。亀山では朝食が取れるよう、折り返し間合いが1時間半ほどありました。ちょっと駅から機関区や操車場のあるほうへ行ってみました。
キハ35系
s-Film3292.jpg

スエ71
s-Film3293.jpg
 
どちらもすでに役目を終えて長期留置中のように思えました。

そして旧東海道筋の古い街並みの方へも行ってみました。琺瑯看板がいくつもありました。
s-1984-0659.jpg

下はこの日の亀山宿とその周辺で撮影した看板類を1枚にまとめた画像です。
s-1130pp.jpg

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この記事へのコメント

  • やくも3号(ちょっとこども)

    しなの7号様 こんばんは。
    看板のコクヨフィラーノート、リングの付いたノートのことでしたか。スケッチブックやカレンダーは今もリング留めのものは多くありますね。簡単にちぎって使える便利さがあると思いますが、ルーズリーフが出てきてからはノートはあまり見かけなくなりました。
    こどものころ、姉にもらったリングノートや大きなスケッチブックを持っていると、ちょっと大人になった気分がしました。
    2020年11月30日 23:02
  • ヒデヨシ

    しなの7号様こんにちは
    現役時は大嫌いだったキハ35系ですが
    今見ると味わい深いですね
    手前は渡り板にキハ35の型式と車番が特定できますが奥の型式は判りません
    一気に大量生産された系列で
    同じような前面補強板に豚鼻ライトですがよく見ると運転席の空気取り入れ口が側面と前面、ワイパーが棒状とリンク機構、それに伴うのか前面と乗務員扉までの距離や雨樋の始まりの位置
    乗務員ステップの巾など新製時からのものか後天的改造か判りませんが面白いです
    ジャーナルのキハ35特集に詳しいです
    2020年12月01日 15:43
  • しなの7号

    やくも3号様 こんばんは。
    ノートとは縁がないので、フィラーノートとはどのようなものなのかさっぱりわかりませんでしたが、コクヨのオフィシャルサイトを見るとページが切り取れてルーズリーフのように2穴で別綴じできるノートのことですかね? 
    ルーズリーフ式のノートを買ったのはただ一度、国鉄に入って3年目、試験を受けて4か月半鉄道学園に入所したときでした。今も落書きとともに残っていますし、余ったルーズリーフは、修了して本務で乗務するようになってから、乗務した列車編成を記録するのにも使いました。
    https://shinano7gou.at.webry.info/upload/detail/019/886/82/N000/000/008/140262569703452077227_pR0020555.jpg.html
    私が子供の頃には、罫の細かい「大学ノート」を持つことで、ちょっと大人になった気分がしました。中学生用に中学ノートとかないのが腑に落ちない思いでした。
    2020年12月01日 20:43
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 こんばんは。
    キハ35、まったくいいとこなしと思ったものですが、今となれば関西・伊勢・武豊線でのパートナーとしていつもいっしょで、車掌時代の思い出そのものになっています。

    ネガ原版で、手前は35 105、奥は35 6と読めます。1985年版配置表で、まだ天カメに両者ともに在籍していました。
    P誌№742(2004年2月号)によると、通風口と雨樋の位置は27から変わったとのこと。乗務員ステップについては記載がなく不明ですが、通風口の位置変更によって車体内蔵の雨樋縦管が後方に移った結果、上の雨樋が短くなったとあり、ステップも雨樋縦管に支障して細くされたと考えられませんでしょうか。ワイパーについても不明で、豚鼻ライトや前面補強同様に改造なのかもしれません。あとP誌の情報では、33からは乗務員室ドアの前位側握り棒が短くなっているそうで、この画像からも判別できます。
    2020年12月01日 20:44