【1380】 DD51の思い出(3)旅客列車の乗務員時代

JR貨物愛知機関区所属のDD51の定期運行がこの3月のダイヤ改正で終了しました。
DD51とはいろんな立場で関わりがありました。以前にブログ記事内やコメント欄に書き込んだことと重複することもありますが、その関わりについて関連する過去記事へのリンクを貼りながら進めています。今回は私が国鉄在職中の後半にあたる旅客列車乗務員時代のDD51のことを書いていきます。

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列車掛を1年半ほど経験したあと、旅客列車ばかりに乗務する車掌区に転勤しました。それまでは貨物列車専門の車掌区に配属されていたため、車掌としての資格はありながら「車掌」の職名ではありませんでした(客車列車も乗務する車掌区だと「車掌兼列車掛」という職名)が、貨車の検査業務はしないことになり、職名は「車掌」で、初めて赤い腕章を貸与されました。時は関西本線の亀山電化を翌年に控えた1981年。関西本線には旧形客車列車がまだ残っており、稲沢第一・亀山両機関区のDD51が旅客列車をけん引していましたので、ここでも関西本線名古屋~亀山間でDD51が牽く列車に乗務する機会がありました。ただし自分が乗務する列車には亀山機関区の運用はなく、さらに旧形客車列車には暖房用の蒸気発生装置(SG)が必要ですので、稲沢第一機関区配置のDD51のうち過半数を占めていたSG非装備の800番台とは仕事上での関わりがなくなってしまいました。

関西本線で旧形客車列車を牽くDD51の画像は【64】乗務した車両:旧型客車(1)などに掲載していますが、旧形客車でのDD51の思い出は何と言っても冬季の蒸気暖房でした。気温の低いとき漏れ出た蒸気で列車全体が包まれた列車はたいへん風情がありますが、暖房の管理はなかなか大変でした。始発駅でDD51が客車に連結された直後、機関士に旅客車編成通知書を交付しつつ、暖房目いっぱいで!と機関士にお願いしても、寒い朝には冷え切った客室内はなかなか暖まらず困りました。その辺の話は【545】旧形客車の暖房で書いていますが、すべてDD51牽引列車でのことでした。
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1982年1月13日 関西本線225列車 桑名~朝明(信)
朝明信号場は後に桑名方に移設されたので、この場所は現在の朝明(信)~ 朝日間にあたります。客荷分離後の撮影になりますので、この列車には荷物車の姿はありません。写っているDD51は当時亀山機関区所属で側面の白帯が省略された1043号機です。ご承知のように1043号機はJR西日本で標準塗装になり、DLやまぐち号など臨時列車用として今なお現役で残る数少ないDD51です。

このほか短区間ながら、車掌時代にも名古屋~熱田間で稲沢第一と亀山両機関区のDD51が牽引する荷物列車に、(かつてのような荷扱作業員としてではなく車掌として)定期的に乗務していました。荷物列車は車内での荷扱作業をしない締切車やパレット車による無人輸送が増えており、すべての車両が締切車やパレット車で編成された荷物列車には、当時の貨物列車に列車掛が乗務していたのと同様に運転保安上車掌の乗務が必要でした。運転区間はごく短いので暖房はありませんでした。その名古屋~熱田間で前述の亀山区1043号機に乗務列車を牽いてもらったこともありました。関西本線亀山電化開業で旧形客車列車と気動車列車は電車化されましたが、貨物列車と荷物列車(名古屋~熱田間を含む)はDD51牽引のまま残存したので、亀山電化後も、私が1984年に専務車掌になる直前まで名古屋~熱田間の荷物列車を幾度も牽いてもらいました。

専務車掌になると、荷物列車に乗務することはなくなりました。特急列車や急行列車にも乗務する機会が与えられたものの、受け持つ定期列車は電車列車や気動車列車ばかりだったので、定期的にDD51が牽引する列車に乗務することはなくなってしまいました。しかし予備勤務のときなどに、団体列車を含む臨時列車に乗務することがあり、東海道・高山本線の名古屋~岐阜~高山間と、関西本線の名古屋~亀山間、伊勢線でDD51が牽引する臨時列車に乗務したことがありました。
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画像は関西本線亀山操を通過していく臨時団体客車列車です。(乗務した列車ではありません。)1979年1月21日撮影

1985年夏に12系客車をベースに改造された欧風客車ユーロライナーがデビューし、その外装色に合わせてDD51 592が塗色変更されたのには驚きました。
その画像と臨時急行「ユーロライナーのりくら」号に乗務したときのことを、
【386】思い出の乗務列車24:臨時急行「ユーロライナーのりくら」(前篇)
【388】思い出の乗務列車25:臨時急行「ユーロライナーのりくら」(後篇)の2回に分けて書いています。
専務車掌になって3年も経たないうちに国鉄の分割民営化があって、それを機に私は国鉄を退職しましたので、専務車掌時代のDD51との付き合いはそれほど多くはなく、在職中最後のDD51牽引乗務列車になったのは、関西本線のユーロライナーを使用した団体専用列車でした。

約11年間の乗務員生活の中で、荷物列車、貨物列車、定期客車列車、臨時急行列車、団体専用列車と、さまざまなシーンでDD51にけん引してもらったことになります。
荷物車乗務員時代は、業務上でのDD51とのつながりはなかったですが、前回例示した921列車や荷44~224列車の乗務では、乗務する荷物車の連結位置が機関車の直後となり、乗務中にDD51のエンジン音などの息づかいが間近に伝わってきたものでした。乗務員室の向きが機関車側で後方監視窓がある車両にあたれば、車内からその姿を眺められたものです。その後に列車掛になってからは無線機によるこちらからの出発合図、入換の通告やブレーキ試験などの場面で、必ずDD51のホイッスルによる応答があり、模型を運転しているように自らの意志であの大きなDD51が応答して動いてくれるのが面白くもあり、時には怖くもありました。そういう思い出があるDD51が、つい最近まで、自身がかつて乗務していた線区で連日活躍し、最後の定期運用区間になるとは思ってもみませんでした。

今回も、直接の乗務に関係ない国鉄時代のDD51の思い出を一つ。
s-試運転 1011.jpg
画像は名古屋駅で新幹線高架横を通過していくDD51牽引の貨物列車です。(国鉄時代の画像がないので、国鉄分割民営化後に撮影した画像で代用しました。)この画像は関西本線のホーム上で撮影していますが、列車が、さらに画面の左のほうへ進む先には現在「あおなみ線」のホームがあります。そのホームのすぐ横あたりの新幹線高架下に、国鉄時代には車掌区の休養室がありました。休養室とは名ばかりで、30畳くらいの畳敷き大広間が2つあり、たくさんの布団を敷いただけのひどい環境でした。乗務終了時刻や起床時刻は人によってさまざまなので深夜でも人の出入りがあり、寝相が悪い人は、布団から出た手足を、真っ暗な部屋に入ってきた人に踏んづけられることもありましたし、屋上は新幹線ホームですから駅の放送と列車の騒音と振動がひどく、新幹線の運転が終わるまでは熟睡はできません。最終の新幹線が到着して静かになった深夜、次に襲ってくる騒音はイビキ。そして不意に目の前にある線路をドドン・シャシャッ・ドドンと特有の大きなジョイント音と振動で睡眠妨害をしていくのがDD51が牽く貨物列車でしたから、名古屋泊の仕事はほんとうに嫌でした。しばらくして2段ベッドが入って間仕切りされた新しい休養室が、外壁に接しない新幹線高架下の奥まった位置に造られ、DD51の騒音からは解放されました。DD51のジョイント音を聴くとうるさかった大広間を思い出しますが、もう私が生でその音を聴くことはなさそうです。そして私が退職した後、車掌区自体が新幹線高架下から移転し、今は商業施設に生まれ変わっています。

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この記事へのコメント

  • NAO

    しなの7号様、おはようございます。
    客車、気動車、電車の各車種、優等、普通、荷物、貨物とさまざまな種別の列車乗務、また、列車によって手順が異なり、安全第一である運転取り扱いも大変なお仕事だったと思います。東海道線で運転された団体列車折り返しの機関車入れ替えの下見に赴かれたり.....。改めてお疲れ様でございました。

    私が乗客(乗り鉄)の立場で振り返ってみますと、牽引してもらったディーゼル機関車はDD51、DF50、DD54、DE10、DD13と私鉄数機ですが、もちろんDD51がいちばん多く、冬の早朝に旧保津峡駅で対向列車待ちをしていたとき、静まりかえった旧客車内足元で暖房を入れた際の鉄を打つような音だけが響いていたのをよく覚えています。

    名古屋駅高架下に仮眠室があったのですか。構内高架下には得意先が数箇所あったのですが、国鉄時代は「あんなとこ」のような環境だったのですね。
    私も一時期、線路高架下で勤務したことがあり、列車の騒音が伴う仮眠室は小振りでベッド数に制限があり、年に数回泊まり勤務が廻ってきても管理職は低コストのホテルを手配してもらえましたが、職場との移動が伴い、自分ひとりで起床することを考えるとどっちもどっちの感で、むしろ女性スタッフに宿泊施設を譲りたい気持ちでした。オジンの居らん方が若いスタッフには線路下でも一番の安眠だった?
    2021年04月24日 09:16
  • しなの7号

    NAO様 こんばんは。
    国鉄が死語同然になった今、国鉄在職中の出来事が自分の前世のこと?のように思えることさえあります。DD51が身近なところからいなくなると、これから一層その傾向が進むことでしょう。

    山陰本線で乗ったDL牽引客車列車にはいい思い出がなくて、京都から乗った夜行でDD54の起動時の衝撃が各駅ともひどく、まったく寝付けなかったことや、鳥取から乗ったDD51がけん引する客車列車で、例の金属音が聞こえたのもつかの間、直後にSG故障で米子まで暖房なしになってしまったことがありました。

    夜間も列車が通る高架下や線路近傍では熟睡できませんね。それでも私が就職したころには乗務員宿泊施設には冷房が完備していたのはせめてもの救いでした。一方で独身寮にはエアコンがなかったので夏場は窓開放で、稲沢では一晩中列車の音と入換作業の音がしていましたし、蚊の攻撃も受けました。冬場はボイラーによる暖房が夜10時には切られ、翌朝5時になるとボイラーが始動するときには客車と同じ金属音が部屋の放熱器から聞こえるので目覚ましのように起こされました。
    2021年04月24日 20:33
  • やくも3号

    しなの7号様 こんばんは。
    私のところに、もと自衛隊員の生徒がいます。彼は、自分は何でも食べられるしどこでも寝れます、と言っていました。じっさい私は、昼寝ならば柏原駅のホームでもどこでも熟睡できますし、寝起きも頭がさえますが、なぜか夜はちゃんと自分の布団で静かな中で寝ないことには翌日はすこぶる不調です。

    ブルトレ銀河に初めて乗った時も一睡もできませんでしたが(それは寝てしまうのがもったいなかったからかもしれませんが)、いっぺんサンライズで大阪で降りずそのまま終点東京まで行ってみたいです。やはり寝れないでしょうか。
    2021年04月26日 23:01
  • しなの7号

    やくも3号様 こんばんは。
    私は家の決められた場所でないと眠れない人なので、リビングでのゴロ寝もできません。どんな環境でも寝られる人こそが不規則勤務の乗務員には向いているとすれば、私は絶対向いていません。
    プライベートの夜行列車旅でも、停まればどこの駅か、すれ違った列車が何かなど気になることは多く、努力して眠ろうとしてもダメです。体力もないので次の日は一日中不調で、何のための旅かわからなくなります。
    サンライズでも同じだと思いますが、貴殿の場合は、いろいろ気が散ってしまう?ノビノビ座席を避ければ、東京まで熟睡できるのではないでしょうか。。。
    自分は、規則正しいジョイント音を聴きながら眠りにつくことは好きで、家では今でも飯田線の旧型国電の車内音を最高の睡眠導入剤として使用しています。速すぎるジョイントや、幹線のロングレール区間の車内音ではダメです。
    2021年04月27日 20:39
  • おき2号

    しなの7号様,こんにちは。

    私は基本的に電化路線沿線に住んでいたため、DD51を見ることはありませんでしたが、祖母の家が美祢線や厚狭駅に近かったため、行くたびにDD51牽引の貨物列車を見ていました。1両か2両編成のキハ120ばかりの中を10両以上の貨車を連ねた貨物はいつも楽しみだったのを覚えています。

    そんな眺めるばかりだったDD51ですが、昨年のDLやまぐち号と今年の正月のDL津和野稲成号に乗ってきました。(北斗星でDD51牽引は体験したのですが、客車と車掌さんばかりに気を取られ,機関車を気にしなかったのが後悔でした)
    SLよりもスムーズな加速と走行、停車中の客車内の静かさ、SLと比べてなんとなく頼りない汽笛。
    新型客車ではありましたが、体験できてよかったです。
    最近のDLやまぐち号はがらがらだそうで、しなの7号様もコロナさえなければぜひにと言いたいところでした。
    2021年05月07日 12:32
  • しなの7号

    おき2号様 こんばんは。
    国鉄時代に比べて旅客列車の多くが短編成化された結果、旅先で見る長編成の貨物列車の存在感は増したように思っています。その美祢線の貨物列車も過去のものになって久しい今、機関車牽引列車に乗れるという意味ではDLやまぐち号は稀少な列車ですね。電車や気動車とは違ったゆったりした加速感、おっしゃるような停車時の静寂は機関車牽引列車ならではのものでしょう。SLでなければ・・・とお思いの乗客は多かろうとは思いますが、機関車直後の展望車では、加速時のエンジンのうなりを間近に体感できるなんてすばらしい列車です。
    2021年05月07日 20:21