【825】 あいうえき(9 最終回)

駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「る」からで、このシリーズの最終回です。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「る」…留萌 るもい JR北海道 留萌本線 北海道  左右とも1997.9.22撮影 前日、旧羽幌線廃止代替バスで幌延から3時間以上かけて留萌に着いて宿泊した後、早起きして国鉄D61唯一の保存機であるD61 3を見るために市内の見晴公園に行ってきました。時間がなかったのと地理不案内なので、写真だけ撮って早々に駅に向かわざるを得ませんでした。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「れ」…礼受 れうけ JR北海道 留萌本線 北海道  1997.9.22撮影 留萌駅の続きです。そのあと終点増毛まで初乗りに向いました。留萌から2つめの礼受駅。目の前が日本海のこの駅の駅舎は廃車になった車掌車ヨ3500形の再利用車体でした。北海道にはこうした車掌車車体を再利用した駅舎はいくつも見られました。こういう駅で降りて、駅や周辺を探索するのは楽しそうですが、なにしろこの駅で降りてしまうと次の列車まで5時間以上も待たねばなりませんから、降りるわけにはいきません。この画像も車窓から撮影したもので、この駅で…

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【824】 あいうえき(8)

駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「や」からです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「や」…屋代 やしろ 長野電鉄河東線(屋代線) 長野県 上:2011.10.9撮影 下:1993.4.15撮影 長野電鉄の屋代~須坂間は2012年に廃止されています。上側の画像(ステンレス車体の3500系)は廃止前年の撮影ですが、下の1993年の画像(赤ガエル2500系)の画像の撮影をしたときに、この廃止区間に乗車したような記憶もあるのですが、その記憶が怪しいので、乗りなおした(又は初乗りだったかもしれない)ときのものです。長野電鉄2500系は旧東急の青ガエルでしたが、同じ日に上田交通(現上田電鉄)別所線の旧東急青ガエルで同型の5000系にも乗ったため、印象が重なってしまったのです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「ゆ」…由布院 ゆふいん JR九州 久大本線 大分県 上下とも:2002.12.28撮影 久大本線には比較的遅くまで客車列車があったので、乗りに行きたいと思っているうちに気動車化されてしまい、乗ることはできませんでした。しかしこの時点では全線を直通するDC普通列車が1本だけですが残って…

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【823】 あいうえき(7)

駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「ま」~「も」までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「ま」…丸森 まるもり 阿武隈急行 宮城県 2004.6.4撮影 東北地方の未乗ローカル線の乗り鉄に行ったときの1枚です。もと国鉄丸森線の終点駅でしたが、阿武隈急行転換後に福島までの日本鉄道建設公団建設線部分を延長開業して中間駅になりました。そのとき交流電化され、導入されたのは国鉄っぽい交流電車で、その歴史や雰囲気は、私の地元にある愛知環状鉄道に似た印象を持ちました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「み」…南大嶺 みなみおおみね JR西日本 美祢線 山口県 上下とも1997.3.5撮影 ここから分岐していた大嶺支線に乗り換えるために下車したときの撮影です。大嶺支線廃止間際の時期の駆け込み乗り鉄となり不本意なことですが、前月にも東北地方へ乗り鉄に行っており、仕事の都合もあってきわどい時期になってしまいました。美祢線の本線はすでにキハ120の時代になっていましたが、大嶺支線では旧国鉄車キハ23だったのと、とにかく混雑がきらいなので平日に出かけることができて、混雑を避けられたのはありがたいことで…

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【819】 あいうえき(6)

駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「は」~「ほ」までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「は」…はがつかな 国鉄中央本線 岐阜県 あ! まちがへたこれは「な」でした _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「は」…白馬 はくば JR東日本 大糸線 長野県 上下とも:2006.5.5撮影 JR東海の381系が風前の灯となっていた2006年、5月の大型連休に臨時で運転されていた大糸線白馬直通の「しなの号」に一往復乗りに行った時の画像です。 この2年後の2008年5月の連休中、この白馬1往復の運用を最後にJR東海の381系は引退しました。国鉄時代は白馬行「しなの号」が定期で1往復運転されており、私も乗務したことがありましたが、松本で他車掌区に乗り継ぐ行路になっていましたので、大糸線内を381系に乗車したことはこのときが初めてでした。 《2017.8.4画像追加》 「白馬」駅は1968年10月に「信濃四ツ谷」から改称されました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「ひ」…東室蘭 ひ…

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【817】 あいうえき(5)

駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「な」~「の」までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「な」…中津川 なかつがわ 国鉄 中央本線 岐阜県 1973.7.10撮影(駅の画像は7.10または7.11のどちらか) 中央本線の全線電化に伴ってダイヤ改正が行われたときの撮影です。このころの駅はまだ木造平屋建の旧駅舎時代です。長野行しなの1号が祝賀列車となり、ホーム上にブラスバンドの演奏が響き渡り、わずかな停車時間に祝賀行事が行われました。登校途中に撮影しました。 余談ですが、中津川市内にはD51 266が静態保存されています。その場所に中津川駅のホーロー引きの古い駅名板も保存展示されていました。 2011.1.8撮影 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「に」…贄川 にえかわ JR東海(国鉄) 中央本線 長野県 駅名標:2005.9.19撮影(中山道歩きで日出塩駅~奈良井駅までを歩く途中に撮影) D51:1972.8.23撮影 中山道六十九次のうち、贄川宿から馬篭宿までの11の宿場を「木曽十一宿」と呼び、この間は険しい地形が続きます。ここに写っているD51も重連(先頭はD51 7…

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【815】 あいうえき(4)

駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅名や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「た」~「と」までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「た」…田丸 たまる JR東海 参宮線 三重県 上下とも2000.1.8撮影 このころは、保存車両巡りをしていました。この日は柘植・亀山・津と蒸機の保存車を訪問して、最後にこの田丸駅に降り、このC58 414を撮影してします。 デフレクタの形状からわかるように、終始北海道の苗穂機関区に配置されていた機関車であったらしく、除籍されたあとの第二の人生は、意外な見知らぬ伊勢の地でご奉公することになった機関車です。 駅の画像には正月の注連縄飾りが見え、撮影日はたまたま1月なのですが、伊勢志摩地方では、一年を通して注連縄飾りをかけたままで過ごす風習があります。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「ち」…中部天竜 ちゅうぶてんりゅう JR東海 飯田線 静岡県 119系電車:2003.6.7撮影 サエ9320:1971.5.5撮影 天竜川に沿った飯田線。この駅の対岸には浜松市天竜区佐久間町「中部」(なかべ)という地名があるのだそうです。119系の画像は中部天竜機関区跡地に開設されていた佐久間レールパー…

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【813】 あいうえき(3)

駅名を五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えてアップしています。すでに廃止された駅や改称された旧駅名も含み、表題部分は「駅名・ひらがな・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「さ」~「そ」までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「さ」…盛 さかり JR東日本 大船渡線 岩手県 (中・下は 盛 さかり 岩手開発鉄道 岩手県) すべて1998.11.22撮影 八戸から三陸海岸沿いに鉄道で南下したときの画像です。三陸鉄道の列車から下車すると、数年前に旅客営業を廃止したはずの岩手開発鉄道の気動車がそのまま残されていました。大船渡線への乗り換え時間が30分程度あったので、その岩手開発鉄道の盛駅に行ってみると、使われなくなった旅客用ホームをかすめて貨物列車が走って行きました。 大船渡線は、現在気仙沼~盛間がBRT化されています。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「し」…新十津川 しんとつかわ JR北海道 札沼線 北海道 上下とも1997.9.20撮影 札沼線の初乗りで、当時1日3往復しか運転されていなかった終点新十津川駅まで乗車した後に撮影した画像です。北海道の19時前は秋の陽は落ちて真っ暗でした。そこからは石狩川をはさんだ函館本線の滝川駅まで路線バスで移動して、函館本線の列車に乗り換えました。今はさらに列車が減って、この駅…

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【809】 あいうえき(2)

駅名の五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えながらアップしています。不鮮明な画像もありますし、五十音のすべてを網羅することはできませんでしたので、あらかじめご承知おきください。なお、すでに廃止された駅や改称された駅も含み、表題部分は「駅名・読み・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「か」~「こ」までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「か」…亀山 かめやま JR東海(国鉄) 関西本線 三重県 駅舎とキハ181: 2009.9.21撮影 紀勢本線全通50周年を記念して亀山駅でイベントが開催されたときの画像です。 JR西日本のキハ181系6両編成をJR東海が借り受ける形で亀山駅に展示公開されていました。 D51 882蒸機:1973.3.28撮影 はじめて行った亀山。たまたま帰りがけに出くわした下り臨時列車でした。煤けてはいましたが、月と鹿のデザイン装飾されたデフの機関車に遭えて満足でした。帰路に乗った関西本線の旧形客車列車で、非常制動を初めて体験したのもこの日でした。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「き」…貴生川 きぶかわ 信楽高原鐡道(国鉄)信楽線 滋賀県 駅名標:2003.9.21撮影(近江鉄道全線踏破途中に立ち寄り撮影) C58 312蒸機:1973.8.24撮影 国鉄信楽線の貨物列車で、貴生川と現「…

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【807】 あいうえき(1)

駅に関する話が長く中断したままでしたが、再開します。 これまで列車に乗り歩いているうちに撮影した画像を眺めなおすと、駅で撮影して、駅名標などが写り込んでいるものもかなりの数になりました。そこで、駅名の五十音順に「あ」から「わ」まで1駅ずつ、その駅の思い出や、そこに写っている車両などについてのコメントもひと言付け加えながらアップしていこうと思います。不鮮明な画像もありますし、五十音のすべてを網羅することはできませんでしたので、あらかじめご承知おきください。なお、すでに廃止された駅や改称された駅も含み、表題部分は「駅名・読み・社名と線名・県名」の順となっています。 今回は「あ」~「お」までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「あ」…足寄 あしょろ 北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線 北海道 2004.9.24撮影  北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の初乗りに行った時の画像です。“挙動不審”な乗客に、運転士氏が話しかけてこられ、あれこれ見どころを説明してくださいました。この駅は2階がコンコースのようになっていて階段で1階のプラットホームに降りてくる構造の駅でしたが、どうやら常連客は直接線路上を横断して列車に乗降していたようでした。この時点で残存していた北海道の旧国鉄線は、この路線(旧国鉄池北線)を踏破したことで完乗になりましたが、この路線はその翌々年2006年4月21日に廃止されてしまいました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_…

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【785】 今年の桜

今年も桜が咲きました。鉄道写真を撮る目的で出かけることは少なくなったこの頃ですが、桜の花に誘われてコンデジをポケットに入れて出かけました。 同じような大きさの桜の木が川に沿って何本も植えられています。一部の木には「昭和61年(提供者の名前)、〇〇記念植樹」などと書かれたアクリル板が枝に掛けられていましたので、昭和61年にいっせいに植樹されたのではないかと思います。そうだとすればその翌年に国鉄が分割民営化されたわけです。桜の木はそれから30回、こうして花を咲かせてきたわけです。 春は何かにつけて人生の節目になるころなので、年越しのように、桜が咲いたことによって、また1年がたったなあと思う季節です。 中央西線の列車が少しずつ変わっていったのをこの桜の木は見てきたはずです。 ここを通っていく多くの列車のなかで、唯一国鉄時代に生まれた車両がEF64の1000番代です。ただし、ここを通るようになったのは、わずか8年ほど前からのことです。 いまでは、この桜が植えられたころを知る列車がここを通ることはありません。 来年以降も、この桜の木の傍らを新しい車両が通過していき、そして年老いた車両が姿を現さなくなるのでしょう。いつも思うことですが、未来に咲く花はその時の花であって、同じように見えても今年こうしてみている花は、今年の花以外の何物でもなく、二度と逢えぬ花です。 熊本地震からまもなく1年。思うのは、この1年にあったこと。昨年の桜を見てから今年の桜まで短かく感じるようにな…

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【784】 乗り鉄12か月…1992年4月「山陰」

乗り鉄旅を始めたのが転職後で、妻子があったので、2泊以上の行程の乗り鉄では一人旅は少なく、どなたかのお誘いによることが多かった。1夜行+1泊の行程だったこの旅でも、当時滋賀県内在住だった元国鉄職員の方との二人旅であった。 夜行急行「だいせん」に乗ることと、列車本数が限られて乗りにくいローカル線の初乗りを主な目的として、私は仕事を定時で終えたあと、家に帰らずにそのまま名古屋駅から東海道本線の下り列車に乗り、待ち合わせ場所とした大阪駅まで行った。 名古屋18:50―(快速3139M)―米原20:00 米原20:15―(普833M)―彦根20:21(食糧調達) 彦根20:40―(新快速3657M)―京都21:29 新幹線を含む特急は、必要に応じて使うのが望ましいとかねがね思っている。定時に仕事を終えて名古屋にいる人間が大阪発22時55分の夜行列車に乗るためには新幹線に乗る必要はないので、東海道本線の普通列車を乗り継いで大阪まで行った。新幹線を使えば、夜行列車に乗る前に、同行者と久々の再会と旅の始まりを祝して梅田で乾杯の時間が取れるわけだが、そういうことは夜行列車の車中でできることであって、特急料金と飲み代の二重の無駄遣いとなる。 それに在来線では、このころ毎週末には、京都始発で14系座席車のアコモ改良車による快速「ムーンライト九州」が運転されていたので、京都~大阪間の短距離ではあったが、試乗することができた。 京都21:32―(快速ムーンライト九州 9231レ)―大阪22:…

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【781】 30年経ったJRに思う

国鉄時代には仕事で列車に乗らされていたので、プライベートでは積極的に鉄道に乗ることがなかったくせに、国鉄から転職したあと、旧国鉄線へ何度も乗りに行きました。 しかしその間に廃線になった線区が数多くあって、その路線には永久に乗れずじまいになりました。そうかと思えば、連絡船に頼っていた北海道が青函トンネル完成によって、そして四国は瀬戸大橋完成によって、それぞれレールが本州とつながって、日本列島がレールで結ばれる結果となりました。それだけでなく、昨年ついに新幹線だけで北海道から鹿児島まで乗り継いで行けるようになりました。 かつてなかった新しい需要を生み出し、新しいタイプの車両が生まれ、首都圏や近畿圏ではそれまでになかった他線区との直通乗り入れが実現して、日本の鉄道は国鉄時代より確実に進化し、多くの乗客にとって快適迅速で便利な交通機関に成長したと思います。ただし、それは一つのJR旅客鉄道会社の範囲内の列車に限って言えることです。 そういう中で、消えていったのが夜行列車で、定期夜行列車がサンライズ瀬戸・出雲だけになる日が来るとは思いませんでした。これは鉄道が長距離輸送の分野から撤退したことを意味します。また、昼行も含め、JR他社にまたがる列車が縮小されてきたことも確かです。全国一体組織であった国鉄から旅客会社が地域分割化された時点で、他社線区にまたがる列車が縮小されるだろうことは、ある程度想像できましたが、一方で高速バスが利便性の向上や車両の快適性アップを積極的に推進したのに、JR各旅客会…

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【778】 似て非なる駅名あれこれ

長年、撮り鉄や乗り鉄をしてくると、人と同じように同姓同名別人のような駅に出会ったりします。駅名標などが撮影できた駅だけになりますが、今回いくつかアップしてみました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 国鉄中央本線金山駅(愛知県)とJR北海道根室本線金山駅(北海道) あまりにも違いすぎる両金山駅。 中央本線の金山駅の画像は1971年の撮影で、すぐ脇を名鉄名古屋本線と国鉄東海道本線が並行していますが、このころの名鉄には少し離れたところに「金山橋駅」があり、東海道本線には駅自体がありませんでした。現在はこれら3線区と名古屋市営地下鉄を一体化した総合駅に変貌していますが、こうなったのは国鉄分割民営化後の1989年(平成元年)のことでした。 根室本線の金山駅のほうは、1997年9月に根室本線のうち乗り残していた滝川~新得間の初乗りに行ったとき、車内から撮影した画像です。乗った列車は滝川~釧路間300㎞超えの距離を日中走る普通列車で、今でもこの長距離普通列車は時刻表の上では残っています。ただし記事作成時点では、根室本線が災害により一部区間不通となっており、バス代行区間と運転見合わせ区間があるため運転されていません。列車運転再開見込みは不明とのことです。 こういう列車こそ終点まで乗り通したい列車でありましたが、その日は新得で降り、石勝線で新夕張~夕張間にも立寄って1往復乗車したあと新千歳空港に至り、その日のうちに空路で名古屋に帰る行程でした。 _/_/_/_…

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【775】 撮り鉄12か月…1974年3月 「名古屋市電最後の日」

毎月第1月曜日に、過去その月に行った撮り鉄の話を、そしてその週の木曜日には、その月に行った乗り鉄の話をアップしています。 今回は、今から43年前の1974年3月31日に名古屋市交通局の路面電車の最終日に撮影に行ったときのことを振り返ってみます。 ************************* 名古屋の市電は昭和20~30年代には100㎞を超える営業路線があったといいます。その全盛期の記憶はありませんが、母方の実家が名古屋市東区内にあったために、昭和40年代前半から、市電の記憶があります。それから、この廃止の日までには少しずつ路線廃止が続いていて、最後まで残っていたのは、矢田町四丁目~昭和町・大久手~安田車庫・金山橋~市立大学病院の3路線(19.8㎞)だけでした。  折返し電停「矢田町四丁目」 このころ、私は高校生で、同行したのは「北恵那デ2様」だったと記憶します。蒸気機関車が身近なところでは見られなくなった後、ローカル私鉄や路面電車など、生活に密着した鉄道の写真を撮ることが多くなっていました。そういう傾向は今でもあって、車庫に行けば、その鉄道の全容がわかってしまうような小規模でアットホームな感じの鉄道が好みです。この日も名古屋市電のほか、当時600Vのまま残っていた名鉄瀬戸線の列車も撮影しています。赤に白帯の3700系特急です。 本題である最終日の名古屋市電の話に戻りましょう。 この日は日中だけの運転で、すべての列車に無料で乗車できました。混雑が予想されました…

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【774】 保存された駅

功績があった車両が保存されるように、駅舎や駅名標が保存されているケースがあります。東京駅や門司港駅のように実際に駅としての機能を維持しながら保存されている駅舎もあるのですが、今回は駅としての機能を失ったけれども保存されている駅や駅名標などをいくつかご覧いただこうと思います。 上段:北海道のJR北海道 旧「室蘭駅舎」(2004年9月訪問) 下段:沖縄県の沖縄県営鉄道「与那原駅舎」(2014年10月訪問) 室蘭駅は平成9年に駅舎が1.1km東側に移転新築され、北海道内の駅舎の中では最古の木造建築物であった旧駅舎は解体さることなく保存され、現在は観光案内所として使用されているとのことです。 与那原駅舎は戦災で破壊されていますので、復元駅舎であって保存駅舎とは言えませんが、わずかに残った躯体が、戦後に補修改築されて建物の一部として使用されていたので、この復元駅舎がある場所には本物の駅舎のコンクリート柱がそのまま残してあるといいます。現在は軽便与那原駅舎展示資料館として公開されていますが、私が訪問したのはオープン前で、復元駅舎の新築工事は完成していたように見えましたが、外構工事中のため立入ができませんでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 上段:京都府の京都鉄道博物館にある旧「二条駅舎」(2016年7月訪問) 下段:滋賀県の長浜鉄道スクエアにある旧「長浜駅舎」(2007年9月訪問) 旧二条駅舎は、山陰本線の高架化まで使用されていたもので、現在は…

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【772】 駅…

鉄道を利用するにあたっては、必ず駅を利用する。駅は旅の出発の地であり終わりの地でもあるが、通勤や小旅行で駅に見送られる者は、その先に乗るべき列車のほうに思いが行き、逆に帰路に列車から降りた者は家路を急ぎ、駅はただの通過点となる。 旧国鉄の車掌をしていた私にしても、駅員として乗客が旅立っていくのを見ているのは口惜しいし、日々列車で移動している方がいいと思っていたから、駅に対しては罪深い無礼者だ。さらに趣味の面でも車両や列車の写真を撮ったり乗ったりはしても、駅に思いを寄せることはさほどなかった。駅はその街の玄関口であり、趣向を凝らした建築様式が用いられたり、簡素ながらも花壇や生け花に彩られていたりして、旅人の心を和ませてくれていたはずなのに申し訳ない思いさえする。 駅はただ列車に乗り降りする場所ではない。人によっては人生の重要な分岐点として生涯忘れられない場所でもあるのは、駅を舞台にした歌がたくさん作られてきたことでもわかる。 以前“【629】なごり雪の「汽車」”と“【631】なごり雪の駅「津久見」”で記事にした「なごり雪」からは、列車が発車しようとするホームでの情景が伝わってくる。 (歌詩はこちら←「Uta-Net」のサイトに遷移します。) ほかにも、ちあきなおみが歌う「喝采」では、「止めるあなたを駅に残して、動き始めた汽車に一人飛び乗った歌手志望の女」が主人公となっていて、それを止めた「あなた」と今生の別れになった場所が駅になった。 歌詩はこちら←(「歌詞タイム」のサイトに遷移しま…

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【758】 年賀ハガキの半世紀=日本の鉄道の半世紀

昨年暮れから、昨年まで51年間に私あてにいただいて保管していた年賀状の話をしてまいりました。51年間とは1966年(昭和41年)から2016年(平成28年)までです。せっかくですから、それまで保管してあった年賀はがきに今年の年賀はがきを加えた52年分の、はがき表面に印刷された郵便料金を示す部分(料額印面)の画像も撮影しました。この間に私自身は、かわいいお子様からハゲオヤジに変貌したのに、お子様のまま変わらず好きなのは鉄道というお恥ずかしい事実に突き当たります。鉄道のほうは、時代とともに大きく変わりました。 その間の日本の鉄道にどんなことがあったか、年賀はがきの料額印面を古い順に6年分ずつ掲載し、日本の鉄道にあったその6年間の出来事を書いていきます。 ※料額印面の画像は、あえてサイズを縮小し解像度も下げています。年賀ハガキは毎年、寄付金付きなど複数種ありますが、掲載した画像は1年に1種だけとして、主として代表的な絵柄の料額印面に限りました。 ※鉄道で起こった出来事は、国土交通省HPで公開している「鉄道主要年表」(H24.11.1更新版・それ以後については新幹線開通日を追加)から抜粋しました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/  《1966年~1971年》 1966年の年賀ハガキは4円なのがわかります。このころ通常ハガキは5円でしたが年賀ハガキだけが安かった時代でした。来年も同じような料金設定がされるみたいです。1966年7月1日からハガキは年賀ハガキも含めて7円に…

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【755】 平成29年酉年 謹賀新年:国鉄形特急編

謹んで新年のお祝いを申し上げます 昨年は何かとお世話になりまして、ありがとうございました おかげさまで良き新年を迎えることができました 本年も昨年同様よろしくお願い申し上げます 皆様のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします                平成29年 元旦        昭和の鉄道員ブログ管理人 しなの7号 誠に勝手ながら、先人がたに習い、例年同様年賀状による年頭のご挨拶はご遠慮させていただいております。ご挨拶は、こちらのブログ記事を通じて申し上げることとしておりますので、なにとぞご理解の上よろしくお願い申し上げます。 画像は大分駅正面にあるニワトリ像…

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【748】 NHKテレビ「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」

ふだんからテレビをあまり積極的には見ない私が、先月末、たまたま「六角精児の呑(の)み鉄本線・日本旅」という番組を視聴しました。以前、私も「清酒ん18きっぷの旅」をやってきましたので、自分の鉄道旅にかなり近い感覚の旅番組だと思いました。 ローカル列車で、というのも私には向いています。 再放送があるようなので、暇な方で興味のある方だけで結構ですのでご覧ください(^^)/ 六角精児バンドによる番組の挿入歌も、50代~60代のオッサンには身につまされて、なかなかイケます。 時間調整の小さな駅でホームに降りで背伸びをすれば気が晴れる(曲名ディーゼル)とか、尿酸値が異常に高くて痛風におびえる(曲名:お父さんが嘘をついた)とか、ホントにワカルワカルの世界です。 再放送:NHK-BSプレミアム 12月18日(日) 15:30~16:30 以下、NHKの当該番組HPよりコピペ 乗り鉄、撮り鉄、いろいろあれど、我が鉄道の旅は「呑み鉄」なり。 鉄道(レール)の先にあるうまい酒、うまいものを求めて、走る列車に身をまかせれば、あ~、今日もいい気分。 「酒」と「鉄道」という非常に偏った観点で日本を再発見! ▽シリーズ第6弾 ▽芋焼酎仕込みの最盛期を迎えた秋の薩摩半島 ▽JR指宿枕崎線で南下 ▽国鉄時代製造のディーゼル、キハ40 ▽キハ200 ▽単線非電化の風情を楽しむ ▽鳥さし&さつま揚げに芋焼酎がすすむ! ▽「呑み鉄」界トップランナー・六角精児が自らの感覚で途中下車 ▽焼…

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【631】 なごり雪の駅「津久見」

先週は、列車の側から想像を交えながら「なごり雪」の世界を眺めました。 私は音楽に関しては無知で、ギターどころかカラオケもダメな人種なのですが、伊勢正三さんの作品が昔から好きでした。わざわざでなくても、九州へ行く機会があれば、伊勢さんのふるさとである大分県の津久見へ立寄ってみたいとかねがね思っていましたが、先般九州へ行く機会があったので、初めて津久見駅で列車から降りました。 津久見駅は日豊本線の駅です。 列車本数はさほど多くはないので、駅前は日中でも閑散としている時間帯が多いようで、人は多くなく、駅前広場の客待ちのタクシーばかりが目立ちました。 橋上駅舎になっていて、改札、出札窓口、待合室はすべて2階にあります。 駅舎の1階玄関ホールには、陶壁画があり、その前には2つの赤ミカゲ石のプレートがはめ込んである大きな石灰岩(高さ1.1メートル、幅2メートル)があります。石灰岩は、津久見の主要産業であるセメントの原料となる岩です。 はめ込まれた赤ミカゲ石のプレートのうちひとつには、「なごり雪」の作詩作曲者伊勢正三さんの『「つくみ駅」に寄せて』と題したメッセージとサインが刻まれ、もうひとつには「なごり雪」の歌詩の最後の部分が刻まれています。 その右側、伊勢正三さんのメッセージ『「つくみ駅」に寄せて』と伊勢さんのサイン。 この碑は2010年に当時の駅長さんの尽力で完成したのだそうです。 ここから階段で2階に上って改札口を抜けると、ホームに降りる階段に続く短い通路がありま…

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【617】 天声人語に酒井順子さん!

最後のブルートレイン「北斗星」が最終運行されたその翌日(8月24日)の朝日新聞朝刊。 その日の天声人語はブルートレインにまつわる話でした。エッセイストの酒井順子さんが10年前に「あさかぜ」「さくら」引退前に乗車されたとき、車内に男臭さを感じ、女性向けの対応さえ考えていただければ、寝台の未来は暗くないのではないか、と書いておられたことを挙げ、それに対するJRの答えが一人数十万円もする「超豪華」列車なのかという内容でした。 北斗星引退については、私は定期運転終了時に一度書いていますので、引退そのものについては、もう申しませんが、酒井順子さんが天声人語に、それも鉄道ネタに登場することにビックリしたものです。こういう場合、かつては宮脇俊三さんの著作が引き合いに出されていた時代がありました。酒井順子さん、実は女子鉄として知られ、古くからの宮脇俊三ファンなのです。20年以上前、JTB時代の「旅」誌では、宮脇・酒井両氏のローカル線車中対談もされています。 このときのカメラマンは中井精也さん。私は国鉄を退職してからは鉄道雑誌をほとんど買わなくなり、鉄道モノが特集だと不定期に買っていたのがJTB時代の「旅」誌でした。 酒井さんのエッセイには、その「あさかぜ」「さくら」以外に鉄道物が多数あり、私は女性目線で描かれている鉄道観にたいへん興味を持ちました。 鉄道が「本質的に好き」なのだなあということが伝わってきました。知識がどうのとかの次元ではなく、理屈でも説明できない。それが好きだということなので…

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【530】 種村直樹氏ご逝去

2014年11月6日、レイルウェイ・ライター種村直樹氏がお亡くなりになったとのこと。 種村氏は、国鉄時代から数々の鉄道関係のルポルタージュを執筆され、私は国鉄に就職する前から雑誌でその著作をいくつか読みました。国鉄に就職した後には、気動車急行赤倉・電車寝台特急金星など、私が専務車掌になる前に廃止されてしまった優等列車の乗車ルポから、同じ職場に勤務する大先輩たちの活躍ぶりを知り、憧れとともに身近に感じながら読んだことを思い出します。そして、こうしたルポとは別に、旅客営業関係を扱った「種村直樹の汽車旅相談室」は車掌時代には乗務中に持ち歩いた時期さえありました。もちろん国鉄監修の書物ではなくて、紹介されている内容は規則上の盲点をついた事例が多く、車掌側からすれば規定上はそうだが実際にその解釈を適用した切符など発行したくないよという事例もあったように記憶しています。しかしそれはそれで、なるほどと思う事例に多く接することができましたし、質問者への回答にもある程度主観を入れられたりして、硬くなりがちな規定本とは異なり、読みやすく職場で教えてもらえない事例についての参考書的な存在とも思っていました。 そして、以前にも書いたことがありますが、私の最終乗務日の「しなの2号」篠ノ井~松本間で、丸めて円筒状にした資料?をお持ちになって自由席に座られている種村氏によく似たお客様を見たことが思い出されます。 そういえば、CBCラジオの午後「ばつぐんジョッキー」のパーソナリティーをされていたことがありました。た…

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【525】 沖縄での鉄分補給(前篇)

初めての沖縄、那覇空港から、予約してあったレンタカーの営業所まで送迎のワゴン車に乗って移動した後、レンタカーを駆使して、ホテルでの夕食までの限られた時間に鉄分補給をしてきました。同行者は家内だけ。翌日行われる次男の結婚式を控えており、この日、ホテルで両家で夕食を共にすることになっていたので、その時刻に遅れないよう、効率よく目的地を巡るために出発前に地図で場所の確認をしておきました。 最初の目的地は那覇市内「壺川東公園」 「ゆいレール」の壺川駅から600mくらいのところにある小さな公園です。 ここは、戦前、沖縄県営鉄道が敷かれていた場所にあたり、公園内のほぼ同じ位置に線路が復元されているのです。沖縄県営鉄道は軌間762㎜で、一般に「軽便鉄道(けいべんてつどう)」と呼ばれるナローゲージです。沖縄方言では、短母音が「e→i」「o→u」となる傾向があるようで、「べ→ビ」となり、地元では「ケービン」と呼ばれていたそうです。 その復元された線路上には、同じ沖縄県の南大東島にあった大東糖業南大東事業所の砂糖運搬専用軌道で使用された機関車が2台乗っかっています。1台はディーゼル機で、もう一台は蒸機ですが、蒸機のほうは足回りだけの姿でした。下の画像でディーゼル機関車の後方に見えているのが、それです。どちらの機関車も県営鉄道とは関係がない車両たちですが、沖縄戦で破壊されたこの鉄道には完全な姿で今も残る車両はないようです。Wikipediaによれば沖縄県営鉄道には、蒸機・客貨車のほかガソリンカーも複数あった…

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【519】 スチール棚の企画展2:統一感がない列車たち(後篇)

部屋に置いたスチール棚のうち、一段分を利用したスペースを使って、何かひとつのテーマを持って模型を展示しています。 第2回目のテーマは「統一感がない列車たち」としました。 第1回目では「国鉄時代に東海道本線を走った列車」というテーマで展示し、これを5回に分けてご紹介しました。その際に「模型のいいところは本物と違って理想の形にして楽しめるところだけれど、客車編成の場合12系に旧型のグリーン車や郵便車を連結したり、普通列車の気動車の凸凹編成の再現も楽しいぞ」というご意見を頂きました。おっしゃるように実際には車両の向きとか塗色が不揃いであることも多く、そんな趣味的に楽しい凸凹編成を作って集結させてみました。今回はその後篇です。 例によって所有車両には限りがあるので、苦しい場面も出ますがサラッと流してください(^◇^) 前篇でご紹介できなかった列車たちです。 下の方には先週ご紹介したきたぐに編成とJR東海313系編成も見えますが、一番手前には、そのJR東海313系の親戚ともいえる愛知環状鉄道2000系がいます。愛・地球博の観客輸送に大活躍してから、もうすぐ10年になろうとしていますが、この車両も近年は新色の青白帯に貼りかえられつつあります。その新色と旧色との連結列車は時折見かけます。 次に、右上の方を見ていきましょう。 画面上の方から順に スハニ32+ナハフ11+スハフ32+オハ61+オハ35+オハフ61。牽引機は画像に収まりませんでしたが、意味もなくC55です。 その次の…

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【512】 大井川鐵道のきかんしゃトーマス♪

いい歳をしたオッサンが、恥ずかしくもなく「きかんしゃトーマス」に会ってまいりました。 もっとも乗るつもりはなく、というより満席で乗れるような状況ではありませんでしたので、ちょっと見てきただけです。 約20年ぶりに降りた東海道本線金谷駅。「きかんしゃトーマス」の運転を告げる看板がありました。 しかし「きかんしゃトーマス」を含むSL列車は、金谷駅の一つ先の駅である新金谷始発です。この駅には来ませんから、大井川鐵道の電車に乗り換えなければなりません。新金谷駅まで乗って、トーマス号の前に発車するSLなどの写真を撮ったりしていました。先発のSL列車が出て行くと、駅を取り巻く柵にへばりつくようにして、たくさんの人たちが待つなか、きかんしゃトーマスが長い客車を牽いて登場し、プラットホームわきに据え付けられました。 その正体は、みごとにトーマスになりきったC11227です。じつに雰囲気をよく伝えていますが、そうは言ってみても、気になるところは気になるものです。参考としてNゲージ模型のトーマスと、トーマスに扮しているC11を並べてみましょう。 一見してC11よりもトーマスの車長がかなり短いことがわかります。全体のシルエットも、ヒトコブラクダとフタコブラクダみたいな違いがあって、C11は間延びした感じがします。C11にとって、イギリス人のトーマスを演じるにはそれなりの難しさがあったことを鉄道好きなら感じるところでしょう。 トーマスは、インサイドシリンダ式の機関車ですので、横から見ると3つの動輪を結んで…

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【491】 続・病院鉄

いきなり、ナンですが、このブログを開設後約4年。その間に私ども夫婦の両親のうち誰かが、毎年病気になり入院生活を送りました。 2010年=私の父 2011年=妻の父(翌年、入院中に亡くなる) 2012年=私の母 2013年=私の父(転院先で入院中に亡くなる) 2012年に入院した私の母は退院後は元気に過ごしています。このとき入院していた病院からは、遠くに中央西線の列車を眺めることができ、その様子を「【280】病院鉄」の記事でご紹介しました。 そして今年2014年、この間に入院歴がなかった妻の母が入院し、病院鉄の続編ができてしまいました。 命に別状があるような病気ではなかったものの、手術をして入院期間は1週間。3日前に退院し、幸い経過は良好です。 今回、妻の母が入院した病院は名古屋鉄道栄生駅と直結している名鉄病院でした。地元のクリニックで紹介されたのが名古屋市内にある2つの総合病院で、そのうちの1つがこの病院で、一番早く手術してもらえるということでした。 (決して私の趣味で病院を決めたわけではありませんので、念のため…) ここの正面玄関から病棟まで行く通路は「パノラマストリート」と名付けられていて、線路側がガラス張りになっています。ここは名古屋鉄道とJR東海道本線と新幹線、東海道貨物別線である通称稲沢線も並行しているので、さまざまな種類の列車が眺められるスペースになっています。お見舞に行った帰りがけの5分程度の間にも、次々と列車がやってきました。目の前は名鉄の留…

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【422】 父の遺品 ~鉄分がある写真~

そもそも私の父は鉄道ヲタクではなかったので、遺した自分のアルバムには鉄道写真的なものはなかった。しかし父の現役国鉄時代と私の現役国鉄時代が重なっているのは数年に過ぎないので、私の知らない時代の国鉄がチラッと見えたりする写真はあった。 父が所蔵している写真であるが、写っているのは本人でなく私の祖父である。(最上段左から2人め)中津川機関区で祖父が助役をやっていた時の写真で、なにかの記念に撮ったものだろう。機関車はD51125。この機関車は昭和24年から20年以上中津川機関区に所属していた。動輪をはじめ、全体が見事に磨き上げられている。モノクロ写真なのでナンバープレートと直下のメーカーズプレートの色は判らないが、明るさから見ても、中津川機関区伝統の青なのだろうと想像される。現在は千葉県船橋市内に保存されている。 これも中津川機関区秘蔵のD51の模型。最左の人物が祖父。「ほんとに石炭を焚いて走るやつ」と、父は子供のころの私に説明してくれたが、実際に私はこの模型を見せてもらったことはなかった。 新幹線0系が表紙に描かれたアルバム。 このアルバムにはほとんど何も貼られていなかったが、表紙をめくると、名古屋鉄道管理局が運転無事故達成と新幹線開業を記念して職員に配布したアルバムであった。これは先日、この写真を撮ったあと廃棄した。 美乃坂本駅に進入してくる上り列車。 小さくて編成もよくわからないが、D51が牽く客車列車とわかる。よく見ると腕木信号機やハエタタキと呼ばれる通信線の電柱らしきも…

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【419】 漫画「カレチ」

「カレチ」という漫画が、コミック誌モーニングに約4年前から不定期連載され、第42話で完結になりました。その最終話までは、5巻に分けて8月に単行本化されています。拙ブログををご覧いただいている方の中には、おそらく全話に目を通された方もいらっしゃるものと思います。 約三年前に単行本の第1巻を手に取った私は、車掌が主人公となっている漫画ということだけで興味をそそられたのでした。フィクションとされてはいるものの、第1巻の裏表紙に書かれているコメントは 「昭和40年代後半、大阪車掌区――。 乗客のために一生懸命になりすぎる新米のカレチ・荻野の奮闘と成長を描く、懐かしさ一杯の読み切りシリーズ!」 帯には 「懐かしい!泣ける!昭和テツ漫画」 と謳われています。実在だった車掌区や列車など、かなり具体的な舞台設定がされており、実際に車掌として職務にたずさわったことがある私としては、古き良き時代の国鉄を描いた秀作だと感じました。 そして第2巻以降も単行本化されるたびに買い求め、5巻すべてに目を通してしまいました。第1巻の設定時期である昭和40年代後半といえば、私が中学~高校生のころで、SLブーム華やかなりし時期でした。しかし私が国鉄に就職した昭和50年代初期でも、ストーリーに登場する場面などは十分に通用するものに思われました。要するに、国鉄の現場は切羽詰まった状況ではなかったというわけです。 私は第1巻を通読した時点では、第2巻以降もずっと車掌ネタで通されるのかなと思っておりまし…

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【417】*「トトロの森」とリニア中央新幹線

これまで長く、拙ブログ記事をご覧頂いておられる方にはお馴染み?のトトロの森。 私が実家へ列車で行き来していたときに、いつも立ち寄る小さな祠がある「森」とは呼べないほどの木立のことで、私が勝手に名付けたものです。 ここの映像が、9月18日にテレビ各社のニュース番組で一斉に放映されました。べつに「トトロの森」そのものがニュースになったわけではありませんが、NHKのニュース7でも、全国に向けてその空撮映像が… 上は、そのときのキャプチャー画像です。田園地帯の中央下の木立が「トトロの森」で、左端やや上がJR中央本線美乃坂本駅です。どんなニュースでの放映であったのか、もうお判りですね。 リニア中央新幹線のルートと駅の位置の詳細について、この日JR東海から発表があったのです。そのなかで、各県に1箇所ずつ置かれる駅のうち岐阜県駅が、「トトロの森」がある「中津川市千旦林」に建設されることが決定したのでした。NHKだけでなく民間放送でも現地にリポーターが出て、背後にトトロの森と、私が子供のころから見なれた田舎駅の典型のような美乃坂本駅が全国に放映されたのでした。(赤丸は画像に私が書き足したもので、この部分が「トトロの森」) もともと中央新幹線の大まかなルートはすでに発表されていました。岐阜県の期成同盟会では昨年の春に、岐阜県駅をJR中央本線の美乃坂本駅(中津川市千旦林)に併設か近接地に設けるようJR東海に要望していました。そしてJR東海も美乃坂本駅の直径5㎞以内に駅を造る意向を表明していました。以前から中…

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【412】 台風12号通過

今朝は台風12号の影響で横殴りの雨が降っていました。 豊橋付近に上陸しましたが、我家は上陸地と同じ愛知県内ながら台風の西側に当たりますので、バルコニーの鉢植えが1個転倒したくらいで、被害はありませんでした。しかし大型の台風ということもあり広範囲での被害が報告されつつあります。 ここで、気になるのは空家になった岐阜県の実家の建物です。画像は国鉄時代、実家近くの中央西線を走るお座敷列車「みやび」です。 実家は大雨による被害は受けにくい立地条件にありますが、古い木造家屋なので風には弱い構造です。それと、以前、実家では台風による強風で隣接する廃工場の屋根のスレートが割れて敷地内に飛来したことがありました。それだけで特別な被害はなかったのですが、廃工場を放置した所有者が、謝罪に来たということです。今度は逆に私の実家のモノが強風で近所に迷惑をかけたりしたら不味いことになるわけですので、台風の進路によっては、実家の方へ出向くつもりでおりました。 現在はインターネットで離れた場所の気象情報も細かくわかるので安心です。行くべきかどうか? 実際に、こちら(愛知県)が9時現在の風速11mという情報に対し、実家がある地域(岐阜県)の気象情報を見ると風速は3mと、平野部と山間部では地上の風速もずいぶん違うことがわかります。 今回の台風の場合、その中心からの実家までの距離は、中心から我家までの距離とあまり変わらないので、たぶん大丈夫だろうと考え、雨量や雨雲の動きも自分なりに確認して、今朝、出向く必要はないとの…

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