【1202】あの年の7月12日《1984年・1985年》

1984年7月12日 八ヶ岳公園有料道路を通行 そして着いた先は清里。列車に乗るでもなく、そのまま自動車で野辺山まで行って、その日のうちに帰りました。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ その翌年1985年7月12日 近鉄内部線内部駅 この2~3年ほど前から新車が導入された近鉄内部線に乗ってきました。高校生の頃に行ってから2回目の訪問でした。近鉄線には疎い私ですが、このときは近鉄に詳しい人といっしょでした。現在この鉄道は「四日市あすなろう鉄道」となっています。

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【1197】あの年の7月7日《1989年・1996年・2007年》

1989年7月7日 この日は仕事で同僚と2人で名古屋市内を回っていました。途中、相方が愛知県体育館内で仕事をしている人に会う用事があるとのことでしたが、私にはまったく関係がなかったので、その間、 たまたま開催中だった大相撲本場所6日目の取組を観て待たせてもらうことになりました。 その日にもらった前日までの星取表彼の用事はほどなく終わりましたが、そのあとも予定があり観ることができた取組は、幕下のほんの一部だけでした。 そういうわけで、この幕内の取組は観ていないのですが、今になって星取表を眺めてみると、このとき東の横綱は北勝海と千代の富士、西の横綱は大乃国となっています。千代の富士は故人となりましたが、北勝海は公益財団法人日本相撲協会の現八角理事長であり、ちょっと調べてみると現在の理事を勤めておられる10人のうち8人までが、この場所の幕内で現役力士として名前がありました。 星取表で、横綱大乃国は前日5日目が不戦敗となっており、これも調べてみるとこの日から休場となっています。大乃国の引退は1991年7月場所で、その引退までの2年間をケガと病気と闘い始めたのが、この1989年7月場所になっています。 下は幕下の星取表幕下に貴花田・若花田の名前があることにも時代を感じます。この日は若花田の取組はありませんでした。前述のようなわけで、早々と愛知県体育館を後にすることになりましたが、貴花田の取組くらいは観ていこうと2人で言っていたことは記憶していますが、勝ったのか負けたのか記憶がありません。し…

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【1185】あの年の6月25日《1982年・2009年》

1982年6月25日 この日は旧街道に残る石造道標の撮影に行きました。 場所は岐阜県瑞浪市内で中央西線の瑞浪~釜戸間にあたり、下街道と中街道との分岐点ということのようです。石造道標は旧道の交差点によくあるものですが、新道ができると顧みられることがなくなり放置されます。しかし徒歩交通時代の名残として私としては興味をそそられる遺物です。 そして旧街道の古い街並みには造り酒屋さんが似合います。「いとう鶴酒造」さんは中央西線(釜戸~武並)に沿った下街道旧道に面していて、列車の車窓からよく見え、煙突があるその風景はお気に入りで、列車の中からいつでも眺めるスポットでした。冬場の早朝に湯気が立ち上っている造り酒屋さんの風景は大好きですが、現在「いとう鶴酒造」さんは酒造をされていないようで、付近の酒屋さんで「いとう鶴」を見なくなって久しいです。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2009年6月25日 6月20日に続き、EF64-0番台の撮影をしています。この日もお手軽に高蔵寺前後で撮影しています。 広島更新色で人気があった67号機。一生涯稲沢(愛知)区に所属し、国鉄時代に仕事でも関わった機関車でした。 オーソドックスな大宮更新色の51号機+77号機 

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【1184】あの年の6月24日《1973年・1985年》

1973年6月24日 6月19日の記事に書いたように、望遠レンズを使いたくてしかたなかったので、また明知線に出かけています。   美乃坂本~恵那 中津川からは逆向き単行機関車列車として恵那まで中央西線を走っていきます。   山岡~明知(現在の山岡~野志) 急こう配を停まってしまいそうなゆっくりとした足取りで近づいてくるC12は、夏なのでまったく煙がなく絵になりませんが、ブラストはなかなかのものでした。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 1985年6月24日 酒ラベル集めの一環で、長野県内に地酒の買い出しに行きました。 その日買った酒 このころは、道中で琺瑯看板を見つけると写真を撮るようにしていました。正確な場所を記録していないのが大きな手落ちですが、2枚とも長野県辰野町小野地内だったと思います。 アースの水原弘と由美かおる、金鳥の琺瑯看板はあちこちにありました。

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【1171】あの年の6月11日《1994年・2010年》

1994年6月11日 昨日書いた車掌区時代の先輩2人と私の計3人で行く温泉旅の2日目です。 宿泊したのは奈良県にある入之波温泉でした。 ダム湖に面した急傾斜地に張り付くようにある旅館で、秘湯感が溢れます。帰りにダムの反対側から泊った旅館のほうを眺めた画像です。橋の下の方に木々に覆われた旅館があるのですが、そう言ってもわからないような立地です。 あれから26年経ちましたが、この旅館は今も営業されているようで、ホームページもあります。 そもそも「車掌区時代の先輩2人と私の計3人で行く温泉旅」は秘湯巡りからスタートしています。今は日帰り温泉旅orただの飲み会に変わっていますが、最低年1回は継続中です。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2010年6月11日 いつもの春日井貨物です。どうという特徴もない1069号機がワムハチを牽いてきました。10年前の日常です。 何の変哲もない日常が続くことこそが幸せというものであって、何の変哲もない日常と思えることは、実は奇跡の連続とWith a Little Help from My Friendsとで成り立っていることに気付くまで、どれだけかかったことかと…みなさんに感謝です。

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【1169】あの年の6月9日《1990年・2010年》

先週も書いたように、こういう行楽シーズンでもなく臨時列車も少ない時期は、乗務員は休みが取りやすいので、乗務員の親睦会が行われることがよくありました。 1990年6月9日 この日から一泊で列車掛の同期会が岐阜市内にあったJRの保養所で行われました。私はすでに鉄道員ではありませんでしたが、JRに採用された者が多いという関係と、土日曜が休みの転職者の都合も配慮した結果、6月の土曜日であるこの日が設定されたのだと想像します。 同期生は20代前半の時期に4か月半にわたって全寮制の学園生活を共にしてきただけに、結びつきは強かったはずでしたが、それから10年以上経過したというだけではなく、その間に国鉄分割民営化を経験して3年経っていましたから、25人の同期生の進路や立場はバラバラになってしまい、この日の同期会に参加した人数は多くありませんでした。同じ鉄道会社に採用された者どうしであっても、立場上互いに顔を合わせたくないことがあろうことは、鉄道会社とは関係のなくなった私にも容易に理解できました。こういう同期会などは共済組合の保養所を利用することが多かったものです。全国各地にこうした施設がありました。 「【862】変なコレクション9:国鉄保養所のマッチ箱など」で宿泊した施設について書いています。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2010年6月9日 春日井~勝川 朝のホームライナー太多出勤途中にフェンスの切れ間がある地蔵川で無理やりの撮影です。 …

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【1161】あの年の6月1日《2006年》

2006年6月1日  中山道徒歩の旅で、5月14日の続きとして関ケ原宿から鳥居本宿までを歩きました。 車窓が気になる人であることは以前から書いていますが、昔から東海道新幹線に乗っていると、東海道在来線(関ケ原~柏原)の下をアンダークロスするあたりで、下り列車だと進行右側の車窓から一瞬見える民家の茅葺屋根が気になっていました。この日は、その家の屋根をすぐ際に眺めながら歩いて通過しました。(現在、その茅葺屋根の民家はないようです。) 画面左が東海道新幹線の線路で、中央付近でその上を跨いでいるのが東海道在来線の橋梁です。 道中、番場宿にあった石の道標。指さす方向は米原駅方面で「汽車汽船道」と読めます。こういうものが時代を越えて残っていることにいたく感動します。 この日、鳥居本宿まで予定どおりに歩き通して、鳥居本駅から近江鉄道に乗車して帰路につきました。

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【1160】あの年の5月31日《1997年・2008年・2010年》

1997年5月31日  東濃鉄道笠原線の廃線跡を巡っていたところ、旧市之倉口駅跡地付近に、東京窯業の入換用と思われる動車の廃車体が放置されていました。現在は復元されて、別の場所で屋根付きで保存されているようです。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2008年5月31日 JR東海のウォーキングイベント「さわやかウォーキング」にコースの一部だけに参加しました。この日のコースのメインが岐阜県にある花フェスタ記念公園で、公園内には列車形の遊覧自動車(ロードトレイン)が走っていました。どうでもいいことではありますが、色違いで2種類があり、見比べると装備が違っているのがわかります。青いのが「夢ポッポ」、赤いのが「花ポッポ」と命名されているとのこと。 「夢ポッポ」にシリンダとロッドが表現されているのに対し、「花ポッポ」はゴムタイヤ丸出しですが、これはインサイドシリンダという設定でしょう。色替えだけでなくちゃんとスタイルが変えてあるのがエライです。しかし鉄道車両のスタイルをどれだけ真似ても、レールがないことだけで、興味がそがれるのはなぜでしょう。上の入換動車も、足元の草むらのなかにレールが隠れているわけではなさそうですが、あるべきレールがないのと、もともとレールがなくてもよいのとでは、まるで想いが違ってきます。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2010年5月31日 昼休みに通過していく春日井貨物 こ…

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【1143】あの年の5月14日《2006年・2015年》

2006年5月14日 中山道徒歩旅に出かけています。この日は美濃赤坂駅で下車し、西へ向かって歩き始めました。 東海道本線 垂井~関ケ原間。 線路の手前の松並木があるところが旧中山道です。「中山道」歩きをしているのに並行する鉄道はJR「東海道」本線で、線路名称が実態と一致しません。鉄道と旧東海道とがぴったり並行していない区間は多々あるにしても、名実ともに東海道本線と言って差し支えないのは東京~熱田間と草津~京都間ということになるでしょう。 この日の徒歩旅は赤坂宿~垂井宿~関ケ原宿まで。 関ケ原駅の跨線橋です。3本のホームを結ぶ長い跨線橋は国鉄駅の面影を残し、いい味を出しています。 まだお昼前でしたが早朝から歩きましたので、この日はこれで終了。列車に乗ってとりあえず大垣まで戻りました。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2015年5月14日 2015年5月12~14日に松江~出雲大社、境港を巡った旅の帰路、14日に乗った特急「やくも18号」の特急券です。 この旅のことは、「【595】山陰旅行の今と過去1:特急やくも号」から「【605】山陰旅行の今と過去6:車内放送」まで6回にわたって以前に書いていますので、前日・前々日を含め、内容は省略とします。 歩いて旅する中山道 六十九次の宿場&街道歩きを楽しむ [ ウエスト・パブリッシング ]価格:1980円(税込、送料無料) (2020/5/11時点)楽天で購入 KATO …

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【1119】あの年の4月20日《1996年・2008年》

1996年4月20日 長年使っていたカメラが壊れたので新しいカメラを買い、このときからレンズもやっとオートフォーカス+ズームになりました。さっそく名古屋駅ホームで試し撮りをしました。 このころの名古屋駅では、東海道本線の普通列車は211系3両もあたりまえ。しかも美濃赤坂行。113系は中央西線の列車です。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2008年4月20日 瀬戸市内で恒例の陶祖まつりが開催され、催し物の一つとしてボンネットバスが市内を走りました。 この日の帰りに、JR東海バスの車庫の前を通りがかりました。瀬戸市には国鉄バス時代からバスの車庫と駅がありました。ガイドウェイバスの車両もいます。 私は国鉄退職後、瀬戸市内に勤務していたことがありましたので、この車庫に隣接する営業窓口でJRの乗車券類をときどき買っていました。国鉄バス時代の「瀬戸追分」駅のなれの果てということなのか、マルス端末があってオバチャンが発券しておられましたが、バスの定期券や新幹線の乗車券類くらいしか売れないだろうと思われるところでしたから、あまり発行することがないだろうと思われるマイナーな周遊券とか、企画乗車券、変な経路の連続乗車券を所望する私は迷惑な存在だったかもしれません。現在はJR東海バスが一般路線バス事業から全面撤退し、車庫とともに、この窓口も廃止されてしまいました。

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【1104】あの年の4月5日《1992年・2008年》

1992年4月5日 東海道本線 尾張一宮駅  東海道本線から樽見鉄道に直通する臨時快速「薄墨桜」 子供に、ちょっとだけブルートレインに乗ろう(半分ウソ?)などと言って、名古屋から尾張一宮まで乗ってきました。尾張一宮で乗る客はあっても、この列車から降りたのはもちろん我々親子だけでした。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2008年4月5日  この日は実家に行く途中に恵那駅に立ち寄りました。目的は東濃鉄道のボンネットバスを見るためでした。ツアー客専用なので乗車はできませんが、子供のころいつも見ていた東濃鉄道旧塗色のボンネットバスには郷愁を覚えます。昔はもっとたくさんのバスが駅前に並んでいて、いつも乗る中津川行のほかに、行ったこともない行先の字幕を表示したバスを見るのが楽しみの一つでした。

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【1100】あの年の4月1日《2006年・2011年》

今日から新年度ですが、新型コロナウイルスの影響で、例年とは違った新年度をお迎えの方々が多いことと思います。この災難が一刻も早く終息することを願っています。。。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ ということで、何かと行事のある新年度の初日にわざわざ写真を撮りに、あるいは列車に乗りに行ったことはないようで、今日はめぼしい画像がありません。 出てきたのは、「清酒ん18きっぷの旅」のメンバーで催したお花見の画像です。 2006年4月1日 そのお花見当日の画像です。公園の奥のほうで、人がそれほど来ないこの池の堤防にあった桜の木の下が会場になりました。 この池がある公園は、のちにメンバーの中で「首吊り公園」と通称されるようになりました。 (「首吊り公園」の通称が使われるようになった事情は【157】「50代5000円でGO!」番外編?で書いています。) 近くのスーパーで調達してきた食い物を広げています。左上の串物はメンバーの奥さんが作ってくださったものです。当時はにわかにカップ酒が流行していた時期で、そのスーパーで買ってきたカップ酒の種類はこんなにたくさんありました。なんでも、その奥さんはスーパーの常連さんで、お店の売り場担当者さんに、並べる商品の希望などを逐一伝えていたそうで、カップ酒の種類をぜひ増やしてほしいなどと進言してくださった効果でもありました。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 201…

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【1090】あの年の3月22日《2008年》

今日は鉄分がありません。 2008年3月22日 この日はJR大曽根駅からJR春日井駅まで歩いてきました。 ここがこの日の出発点となる大曽根駅。 この徒歩旅は名古屋にある熱田神宮から長野にある善光寺まで徒歩でつなぐ行程の一部という位置づけでした。しかし後に行程を大幅に短縮し、実家があった中津川に終点を変更しましたが、それすら現時点に至るも未達成となっています。 できるだけ旧街道を歩くのが原則としていますが、国道19号線そのものを歩かなければならない部分もあります。徒歩交通の時代を偲ぶことは困難ですが、このような造り酒屋さんがルート上にあると、旧街道が吸収されているのだろうと納得もします。 「金虎」名古屋市北区 金虎酒造さん(弘化二年(1845年)創業) 「東龍」名古屋市守山区 東春酒造さん(元治二年(1865年)創業) 日本酒ではありませんが、アサヒビール名古屋工場も遠望できます。工場の手前に見える橋梁は中央西線のもので、かつて工場と新守山駅とは専用線で結ばれ、製品が鉄道輸送されていました。 旧街道を歩くと、わずかながらも大きく古い民家が残るところがあったり、昔ながらの商店街もあります。ここでは、昔から鉄道模型も扱っています。 この日の終点、春日井駅。 現在は橋上駅に変貌しています。 このあと、この旅は続いてはいますが、諸事情で愛知岐阜県境となる内津峠の手前にある内々神社までで中断しました。4年後の2012年に再開して中央西線釜戸駅まで踏破したところで再び…

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【1084】あの年の3月16日《1978年・1989年・2010年》

1978年3月16日 初めて買ったB110サニーをこの日TA17カリーナに入れ替えました。当日、中古車センターで下取り車B110サニーと新たに買ったTA17カリーナを並べて撮影しました。 なぜかサマーセールの看板がありますが、昨年使ったものが保管してあったのではないかと思われ、撮影日が夏場だったわけではありません。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 1989年3月16日 このころよく車掌区時代の先輩2人と私の計3人で温泉旅に出かけていました。この日は私の勝手な希望で、当時ハマっていた西国の寺院巡りに付き合わせてしまいました。 第3番 粉河寺・第4番 施福寺(槇尾寺)・第5番 葛井寺 施福寺は階段のある山道を1㎞ほど登らなければならない難所でしたが、先輩たちは付き合ってくれました。このとき宿泊したのは竜神温泉でした。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 2010年3月16日 関西本線 春田~八田 このころは名古屋市中川区内に通勤していました。この少し前から45分間だった昼休みが1時間に延長されましたので、JR関西本線と近鉄名古屋本線沿線まで行って帰ってこられる時間的余裕ができましたので、ときどき出かけるようになりました。 あたりまえにDD51が来る時代でした。それから10年…このあとの去就が注目されるようになりました。

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【1068】今年の2月29日《2020年》

過去50年に遡っても、2月29日に撮影した画像が一枚も見当たりません。 他の日と違って、閏年にしかない2月29日は4年に一度しかないのだから致し方ありません。それと、2月は他の月より日数が少ないので月末締切の仕事が集中して、なかなか遊びには行きづらかったのかもしれません??? てなわけで、今日、2020年の2月29日のスチール棚の様子です。 天気は良くないし、新型コロナウイルス騒動の中にあります。午前中は某所の運営推進会議が予定されており、この時期ですから中止か延期かと思ったら、異論が出る中、中止されることなく短縮形で行われました。 不要不急の外出はしたくないので、会議が終わった後は直ちに帰り、午後は引きこもり。 明日は、孫娘が来ることになっています。まだ2歳なのですが、「しんかんせん」がお好みです。けれどジイジの家には新幹線はありません。ジイジが幼いころは、こういうのが特急だったのですから。 以前、いつもはC12やキハ52が走っているスチール棚のレイアウトを孫娘に見せたところ、当然ながらまったく受けが悪かったので、明日に備えて急遽代走の国鉄151系電車を投入し、本日試運転をしました。上の棚にあるレジェンドコレクションの151系をここで走らせる勇気はありませんので、Bトレです。適当な台車がなく、コイルバネの台車を履いています。 あとは彼女がリアルで見ているJR東海313系と愛環2000系も加えることにしま…

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【1064】あの年の2月25日《1973年・1986年》

1973年2月25日 明知線へC12を撮影しに出かけました。 いつもはお手軽に恵那~東野間で撮影していたのですが、この日は終点の明知まで行ってみました。 山岡~明知間のサミット付近。 撮影者はほかにも何人かいたので、ドレーンのサービスがありました。中途半端に折れた木が目障りですが、もとから折られていました。撮り鉄の行いについては半世紀前から褒められないことばかりです。そういうところに身を置くことが嫌になったのも、撮り鉄から遠ざかった理由の一つにもなっています。 明知~山岡 折返しの上りは、逆向き。タンク機のバック運転はとても好きです。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 国鉄末期、同じ車掌区の先輩2人と私の計3人で行く温泉旅を始めました。この旅は自動車で出かけることを原則としていました。 その第一回目が1986年2月24~25日で、その1日目は十津川温泉と川湯温泉を巡る紀伊山地の山岳ルートを経由して、宿泊地は南紀白浜温泉でした。温泉はその日だけで、2日目となる2月25日は、海沿いを紀勢本線に沿った国道42号線を使って帰ってきました。 適当な駅で休憩したりもします。田並駅 このころ、すでに日本酒のラベル収集を始めていたので、この旅では地酒をたくさん買えました。 こういう看板も気になる質なので写真を撮ります。

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【1057】あの年の2月18日《1989年・1990年》

昨日の続きになりますが、会社のメンバーで始まった西国三十三所巡礼旅で1989年2月17日に新宮で泊った明くる2月18日は、レンタカーを借りて青岸渡寺(1番)・阿弥陀寺(番外)を巡りました。 そのあとは紀勢本線の列車で紀三井寺(2番)へ移動 さらに列車で天王寺へ移動し、四天王寺にも参拝しました。 鉄道を使った西国三十三所巡礼旅はこの回だけでした。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ こちらも昨日の続きで1990年の北海道行き、2月18日は釧路から特急おおぞらで札幌、そのあと小樽に向かいました。途中でニセコエクスプレスに追い越されます。 客車列車は残っていましたが、乗ることはできませんでした。小樽では運河のあたりまで散策しただけで、数の少ない山線経由の普通列車をつかまえて長万部泊り。 ◆この北海道行きのことは、【768】乗り鉄12か月…1990年2月「初めての北海道」で書いた内容と重複します。画像だけはなるべく未公開のものを使うようにしていますので、ご容赦ください。

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【1032】あの年の1月24日《2009年》

2009年1月24日 日帰りで敦賀まで車窓からの雪見に出かけました。 この日は土曜日だったのでJR東海の「青空フリーパス」を使用して米原へ。 米原から乗った北陸本線の列車です。 米原から先は「青空フリーパス」のエリア外になるので、車内で別途乗車券を購入。道中の雪はそれほどでもなく、やや期待外れでした。 帰路に大垣と尾張一宮で途中下車。 尾張国一宮である真清田神社に遅い初詣。しかも夕方の遅い時刻で人もまばら。雑踏嫌いな私には理想的な状況です。 参道商店街は昭和チックな雰囲気が漂います。画像右の店はちょっと気になりますが、家内が同行しているから寄りません。

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【1017】あの年の1月9日《2009年》

正月気分が抜けてくるこの頃は、通常業務に戻って仕事に専念しているものですが、青春18きっぷの消化時期でもあるので、「清酒ん18きっぷの旅」に出かけたことがあります。このときのコースは、 中央西線~篠ノ井線で松本(酒蔵訪問)=バス=平湯温泉=バス=高山から高山本線~太多線~中央西線 このあと、平湯温泉から高山までバスに乗ったので、青春18きっぷの1日あたり単価を大幅に上回るバス運賃を使ってしまう結果になってしまいました。 その代わり、雪景色の中の露天風呂に浸かり、 風呂の後は、この時間 行程のすべてで、貸切に近い状態。混雑する時期の旅では味わえない開放的な気分を満喫できるというものです。 ◆今回の画像は全部2009年1月9日撮影

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【1012】あの年の1月4日《1989年》

国鉄から転職して2年目の年、所属していた係で西国三十三所巡礼旅が流行しました。私も西国三十三所の納経帳と、もう一冊西国とは別の納経帳を買って、お寺巡りを始めていました。1989年1月4日の午後、尾張四観音(荒子観音・甚目寺観音・龍泉寺観音・笠寺観音)に大須観音を加えた5カ所に初詣するつもりで出かけました。 1989年1月4日撮影 荒子観音 左の多宝塔は名古屋市内最古の建物とのこと。右奥は本堂。この5年後に本堂は火災で焼失し、のちにまったく違った様式で再建されています。多宝塔や右の山門は無事で、今も見ることができます。名古屋市中川区内に在職していたころにはお昼休みや通勤の行き帰りに幾度も訪れたお寺です。「年間お百度参り」という企画を勝手に作って、2008年と2009年の2年連続で1日1回年間100回荒子観音さんへ参拝したこともありました。会社の事務机の引き出しに年初めに硬貨を100枚用意して、それをお賽銭にして参拝回数を管理していました。 1989年1月4日にいただいた御朱印は以下のとおり。 荒子観音・大須観音 笠寺観音・甚目寺観音 1989年1月4日は、結果として半日で5カ所を周るのは時間的に無理でした。守山区にある龍泉寺観音には行けなかったので後日改めて出かけることになりました。 この1989年は昭和最後の年でしたので1月7日までが昭和64年で、1月8日から平成元年が始まりました。

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【1010】あの年の1月2日《2017年》

この企画もいきなり2日目でつまずきました。 1月2日に撮影したまともな画像がまったくないのです。 見つかったのは2017年2017年1月2日に初詣に出かけた、とある寺院の画像。 人ごみは大嫌いなので、特に近年は混雑することがわかっているところにはなるべく出向かないようにしています。 この日も近くなら…と出かけてみたものの、参拝者の行列ができていましたから後悔しました。例年三が日は、どうしても必要な外出以外はしませんし、正月早々初詣や家を空けて旅行に出かけることなど元からない家に育ち、家庭を持ってからも同じでしたから、めぼしい写真がないのも当然ではあります。 ゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・ 《2020年1月2日10時40分追記》 今年の1月2日《2020年》 今年は時間をずらして朝8時台に同じ寺院に出かけてみました。 2017年の画像は11時頃、参拝者の行列の途中で撮影したのですが、今年は行列もなく待ち時間ゼロでした。下の画像は本日、上の画像を撮影した同じ場所から参拝したあとに撮影しました。 ちょうどこの追記をアップした時刻には行列ができているのかもしれません。考え方ひとつで時間や経費を節約し、殺伐とした空気の中で疲れることもなく目的を達成できるものです。何事も他人様と同じ行動をする必要はないわけですが、そういう考えで行動していると、往々にして変人扱いされることはあります、、、、 こちらの御本尊は秘仏で、15…

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【1008】 2020年 あけましておめでとうございます(^o^)丿

謹んで新年のお祝いを申し上げます。 昨年は何かとお世話になりまして、ありがとうございました。 おかげさまで良き新年を迎えることができました。 本年も昨年同様よろしくお願い申し上げます。 皆様のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。      令和二年 元旦     ブログ管理人 しなの7号 ◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。+◆+。・゚*:。 ヘッド画像は、北恵那鉄道のデ1形2号と東濃鉄道のモハ100形101号の画像を加工したものです。北恵那鉄道デ2号は同鉄道開業時から唯一生え抜きで廃止まで活躍した電車でした。また、東濃鉄道モハ101号は同鉄道駄知線電化以来同線廃止まで活躍したあと、第二の人生を四国の高松琴平電鉄で過ごした電車でした。両者はたいへん長寿で縁起が良…

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【1007】 トイレに関する掲示物あれこれ

これまで犬の糞尿についての掲示について連載していましたが、今年最後の記事は、人のトイレに関する掲示物をアップします。 飼い犬のトイレも満足に処理できない飼い主は、自分のトイレでも他人様に迷惑をかけてしまうものなのでしょう。 岐阜県多治見市内で… 文面から察するに犬だけでなく人もオシッコ・ウンチをしていくようです。まあ田舎だと山道、都市部ではちょっと木や放置車両で死角になりやすいところでは、明らかに人のだと思われるブツを見ることはありますが、よそ様の家の裏口ではちょっと…。しかし最後のところ、何を断じてお断りしているのか読めない… 鳥居の絵はよく見ます。これは滋賀県長浜市街地の例です。ミニチュアの鳥居が建っていることもありますが、近年は外国人の方も多いので、日本語は理解できても鳥居の意味するところがわからないかもしれません。 千葉県銚子市内の例です。鳥居の絵とともに日本語ではっきり書いた方がいいかもしれないですが、露骨に書かれてしまうと、鳥居だけのほうが日本らしい奥ゆかしさを感じられるような気もします。 「静かに」と書いてありますが、立小便の音がうるさくて目が覚めてしまうのでしょうか?(違 下の画像、掲示されている壁面は「カレーハウス」の店舗です。 場所は長野県木曽郡上松町です。あえてモザイク処理をしましたが、そこには同じ筆跡で手書きされたメニューと店名とが書かれているというビミョーなゾーンで、立地としては立小便をしたくなる場所だったりします。 トイレットペーパーの盗難は…

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【1006】 「犬のフン…の看板」その後(7)

愛知県春日井市内にあった看板。 設置者は愛知県動物保護管理センターとあります。犬のお巡りさんが「君!キミ!落とし物だよ」と言いながら、落としていったフンをモロにつかんだ手(前足?)をこちらに差し出しているのか!!!!!と思ったら…これは腰に吊った警棒でした。 +++++++++++++++++++ 滋賀県長浜市内にあった看板。 箸のような棒が2本ブッ刺されたフンかと思ってよく見ると、フンには目があって、棒のようのように見えたのは腕のようで、フン自らがかなりお怒りのご様子です。 +++++++++++++++++++ 上の画像で、左側は埼玉県下の某学校の肛門ではなくて校門付近にあった看板です。最初は「0」だけ字体が違うんで、「犬のフン推進校」かとも思ってしまいました。具体的にどういう活動をしているのでしょうか? 中山道歩きの途中、10年以上前の撮影ですので、現状を確認するためストリートビューで確認したら、この看板は取り外されていました。一定の効果?があったのならそれでよいことです。 その右側は長野県にある某温泉地にあった看板で、3年前の撮影です。ラミネート加工された紙製で、耐久性から考えて今はないものと思います。設置者は書いてありませんが、温泉街を対象としているようですから、ここの温泉組合みたいな組織が設置したものと思われます。 +++++++++++++++++++ 下3つの掲示物はいずれも愛知県春日井市内で撮影しましたが、上から順に個人、アパート管理…

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【1005】 「犬のフン…の看板」その後(6)

まことにくだらないことを連載していることは自覚しておりますが、こういう啓発看板からは設置者の思いが伝わってくるだけではなく、身近なところで迷惑行為が日常的に繰り返し起こっていることがわかり、誰も見てなければちょっとくらいのことは平気という人間の弱点の現れや、社会生活上の汚点がにじみ出ていると感じます。ゴミの投棄禁止看板なども同じで、街中や公共の場にある看板や掲示には興味をそそられるものが多くあります。 福井県鯖江市には、空き缶投棄禁止とフンの放置禁止が1枚の看板になっていました。罰則についても付記されていますが、役所的な発想で効果は如何に? +++++++++++++++++++ 条例による罰則に触れている看板2種 左は塩尻市・右は伊那市の例 偶然どちらも長野県の自治体なのですが、まじめな県民性を反映して罰則について書いてみたくなるのかもしれません。なんでも長野県には家庭ゴミ袋に記名しなければならない自治体が多いようにも聞きます。 +++++++++++++++++++ 以前にもアップした画像の再掲載ですが、埼玉県熊谷市のカフェ入口付近で見かけた看板には、フンを持ち帰らなければならない根拠が「埼玉県動物の愛護及び管理に関する条例」であることが小さい字で書かれていました。熊谷保健所管内狂犬病予防協会名になっていますが、店主がこの表現では弱すぎると見たか、その横に手書き看板が併設されていました。下に置かれた木の枝はバリケードで、いわゆる犬矢来代用なのだと思われます…

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【1004】 「犬のフン…の看板」その後(5)

まったく違う市町村にも規格品?とも言える同タイプの看板がたくさんあることはわかってきました。 この「ふてぶてしい犬」は、左から長野県飯山市・長野県伊那市・愛知県丹羽郡扶桑町での生息例です。設置者名以外はまったく同じデザインのようですので、受注?いや、役所なので競争入札で落札した?看板製造販売業者さんは同じということでしょう。 +++++++++++++++++++ 下の画像で、今回の新発見は左側の愛知県北名古屋市のほうです。 右側の滋賀県高島市のほうは既出です。北名古屋市の看板を発見したときは、両者はまったく同じものだと思っていましたが、画像を比較対照してみて初めて犬の向きが違っていることに気付きました。(高島市と同じ向きの看板は、ほかにも長野県塩尻市のものを以前にアップしたことがあります。) この2つの看板では、書いてある文言が違うことにもすぐ気付きますが、よく見ると、犬は向きが違うだけでなく、北名古屋市のほうでは、右後足を上げてオシッコもしているではありませんか。そして尻尾の形が違いますから、この2匹は別の犬で兄弟なのかもしれないです。 +++++++++++++++++++ そして、下の画像は・・・左右どちらも見覚えがある犬です。 左の「ふてぶてしい犬」の看板は一番上の3枚の看板と同じで、右のは北名古屋市の「糞尿犬」と同じデザインです。両者とも設置者名が書かれていないのですが、設置場所はどちらも愛知県尾張旭市内の公園でした。尾張旭市は市名を入れない方針…

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【1003】 「犬のフン…の看板」その後(4)

下の2つの画像の犬は同じ子のようです。どちらも「名古屋市」と書かれています。 丸い看板のほうは見にくいですが、下端に「名古屋市」の文字があります。不思議なことは、丸い方の設置場所が春日井市内であったことでした。どのような経緯かわかりませんが、少なくとも名古屋市と春日井市の行政区画が近年変更されたことはありませんから謎です。上の画像に登場する2匹の犬たちは耳の色以外まったく同じに見えますが、なぜか丸い看板のほうの犬はスコップだけを持ち、四角い看板のほうではビニール袋だけを持っていますが、これらのアイテムは両方あってこそ役に立つのだから両方持たせるべきだろう…と思っていたところ、この記事をアップする直前に名古屋市内へ出かけたところ、両方持った子がいることを発見しました。これなら完璧です。 この犬は今のところ他地域での生息確認ができていません。名古屋市のオリジナルデザインなのかもしれません。もっともその市町村オリジナルデザインの看板は別に珍しいわけではありません。 ++++++++++++++++++++ 岐阜県多治見市では、オリジナル色が強く一般公募と思われる看板も目に留まりました。市名とともに「まち美化推進協議会」の名称も入っている看板が多いようでした。 多治見市では、このほか個人による手書き看板も見掛けました。こうした手作りの看板からは作成者の感情があらわに伝わってきます。 ++++++++++++++++++++ その多治見に隣接する土岐市には、真新しく「犬のフンは…

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【1002】 「犬のフン…の看板」その後(3)

私が犬のフン害防止看板を注意して見るようになったのは、5年ほど前に「鈴鹿支局特派員」様からコメント付きでメール送信していただいた3枚の看板画像からでありました。 該当記事は【529】犬のフン…の看板あれこれです。 その後に発見した看板について、 【841】「犬のフン…の看板」その後(1) 【843】「犬のフン…の看板」その後(2) でレポートしていますが、そこからさらに2年近く経過しましたので続編を書きます。 以前目撃した「恥ずかし犬」看板は、既出の愛知県春日井市・蒲郡市・刈谷市・福井県敦賀市に加え、その後愛知県岩倉市・北名古屋市・岐阜県瑞浪市で新たに生息が確認されました。 このデザインは、もっとも多く見ます。先日は町内会の公園清掃活動に参加したのですが、その公園でもこのデザインの看板がありました。 ++++++++++++++++++++ 自分で後始末ができて、ネコとも仲が良いらしいお利口さんの犬は、岐阜県地方にも広く生息しているようでした。下の画像左は岐阜県下呂市内で、右は同県恵那市内で撮影しました。 「益田郡萩原町」は、市町村合併で下呂市の一部になっています。市町村合併後も旧町名が訂正されずに生き残っていたってどうでもいいことですが、自分としては看板の内容そのものより、旧市町村名が残っていることの方が気になったりします。 ++++++++++++++++++++ 市町村合併後も旧自治体名称が訂正されずに生き残った看板は、ほかでも見かけました。 左…

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【1001】 「千」がつく日本酒ラベルコレクション / 1001回なのでD51 1001について

1000にまつわるコレクションの続編で、今回は商標に「千」の文字が入った日本酒ラベルを集合させてみました。 千瓢: 愛知県 水谷酒造(株) 千両: 兵庫県 灘誉酒造(株) 千福: 広島県 (株)三宅本店 +++++++++++++++++++++ 日本酒では「千代〇」というパターンがよく見られます。 千代龍: 愛知県 千代田酒造(株) 千代泉: 愛知県 磯貝醸造場 千代菊: 岐阜県 千代菊(株) 千代むすび:鳥取県 千代むすび酒造(株) +++++++++++++++++++++ 「千代」の後に「乃(の)」が入り「千代乃(の)〇」を名乗る日本酒もけっこうあります。 千代乃契: 愛知県 福井酒造(株) 千代の光: 新潟県 千代の光酒造(株) 千代乃花: 岐阜県 杉原酒造(株) 千代乃峯: 静岡県 富士正酒造(資) このほか「千代乃春」…下の画像の2枚のラベル、製造元の蔵元さんはまったく別です。左はよくご覧いただくと「櫻」の文字があることにお気付きでしょうか。これで商標権をクリアしたのでしょうか? 販路はまったく重ならないと思われます。 櫻千代乃春: 岐阜県 所酒造(資) 千代乃春: 広島県 千代乃春酒造(株) +++++++++++++++++++++ また同じようなネーミングですが、まったく別物です。 千代鶴: 広島県 太平洋酒造(株) 千歳鶴: 北海道 日本清酒(株) 「千歳鶴」は地名由来のネーミングだ…

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【1000】 1000にまつわるコレクション

ブログ開設から約9年半で、1000回目の記事をアップできることとなりました。途中でウェブリブログのシステムリニューアルがあり、それに伴ってアクセス数など累積的なデータがリセットされただけでなく、集計方法も変更されたので、これまで何人の方々にどの記事をどれだけご覧いただいたか不明ですが、ブログ開設から戴いたコメントはそのまま残っており、その数は10950件に達しました。お返しコメントが約半数ですから少なくとも5000件以上ものコメントを頂戴したことになるわけで、改めまして読者の皆様には感謝します。ありがとうございました。 上の画像はJR東海名古屋車両区公開時に、千回 旋回しているキハ85の画像です。SLが転車台に乗っている画像にしようと思いましたが、方向転換するために半回転するだけでは旋回不足?なので、ギャラリーの前で見世物になって何回もぐるぐる回っている画像にしました。 という調子で、今回は1000回にふさわしく?、家にあるコレクション(と言えるかどうかは別にして)の中から「1000」に関係するモノをひっかき集めてみるというくだらない企画にいたしました。 初めに、「千」の字が入る駅のキップがないかと思い、コレクションを漁りました。身近なところで、中央西線の千種駅の硬券が出てきました。 画像の上は昭和48年8月2日発行の入場券で、高校生のころ九州にSL撮影に出かける途中に立ち寄って買い求めました。千種で途中下車した理由は、同行者が名古屋市内発の九州周遊券を買うため、それから帰路に乗車…

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