【1005】 「犬のフン…の看板」その後(6)

まことにくだらないことを連載していることは自覚しておりますが、こういう啓発看板からは設置者の思いが伝わってくるだけではなく、身近なところで迷惑行為が日常的に繰り返し起こっていることがわかり、誰も見てなければちょっとくらいのことは平気という人間の弱点の現れや、社会生活上の汚点がにじみ出ていると感じます。ゴミの投棄禁止看板なども同じで、街中や公共の場にある看板や掲示には興味をそそられるものが多くあります。 福井県鯖江市には、空き缶投棄禁止とフンの放置禁止が1枚の看板になっていました。罰則についても付記されていますが、役所的な発想で効果は如何に? +++++++++++++++++++ 条例による罰則に触れている看板2種 左は塩尻市・右は伊那市の例 偶然どちらも長野県の自治体なのですが、まじめな県民性を反映して罰則について書いてみたくなるのかもしれません。なんでも長野県には家庭ゴミ袋に記名しなければならない自治体が多いようにも聞きます。 +++++++++++++++++++ 以前にもアップした画像の再掲載ですが、埼玉県熊谷市のカフェ入口付近で見かけた看板には、フンを持ち帰らなければならない根拠が「埼玉県動物の愛護及び管理に関する条例」であることが小さい字で書かれていました。熊谷保健所管内狂犬病予防協会名になっていますが、店主がこの表現では弱すぎると見たか、その横に手書き看板が併設されていました。下に置かれた木の枝はバリケードで、いわゆる犬矢来代用なのだと思われます…

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【1004】 「犬のフン…の看板」その後(5)

まったく違う市町村にも規格品?とも言える同タイプの看板がたくさんあることはわかってきました。 この「ふてぶてしい犬」は、左から長野県飯山市・長野県伊那市・愛知県丹羽郡扶桑町での生息例です。設置者名以外はまったく同じデザインのようですので、受注?いや、役所なので競争入札で落札した?看板製造販売業者さんは同じということでしょう。 +++++++++++++++++++ 下の画像で、今回の新発見は左側の愛知県北名古屋市のほうです。 右側の滋賀県高島市のほうは既出です。北名古屋市の看板を発見したときは、両者はまったく同じものだと思っていましたが、画像を比較対照してみて初めて犬の向きが違っていることに気付きました。(高島市と同じ向きの看板は、ほかにも長野県塩尻市のものを以前にアップしたことがあります。) この2つの看板では、書いてある文言が違うことにもすぐ気付きますが、よく見ると、犬は向きが違うだけでなく、北名古屋市のほうでは、右後足を上げてオシッコもしているではありませんか。そして尻尾の形が違いますから、この2匹は別の犬で兄弟なのかもしれないです。 +++++++++++++++++++ そして、下の画像は・・・左右どちらも見覚えがある犬です。 左の「ふてぶてしい犬」の看板は一番上の3枚の看板と同じで、右のは北名古屋市の「糞尿犬」と同じデザインです。両者とも設置者名が書かれていないのですが、設置場所はどちらも愛知県尾張旭市内の公園でした。尾張旭市は市名を入れない方針…

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【1003】 「犬のフン…の看板」その後(4)

下の2つの画像の犬は同じ子のようです。どちらも「名古屋市」と書かれています。 丸い看板のほうは見にくいですが、下端に「名古屋市」の文字があります。不思議なことは、丸い方の設置場所が春日井市内であったことでした。どのような経緯かわかりませんが、少なくとも名古屋市と春日井市の行政区画が近年変更されたことはありませんから謎です。上の画像に登場する2匹の犬たちは耳の色以外まったく同じに見えますが、なぜか丸い看板のほうの犬はスコップだけを持ち、四角い看板のほうではビニール袋だけを持っていますが、これらのアイテムは両方あってこそ役に立つのだから両方持たせるべきだろう…と思っていたところ、この記事をアップする直前に名古屋市内へ出かけたところ、両方持った子がいることを発見しました。これなら完璧です。 この犬は今のところ他地域での生息確認ができていません。名古屋市のオリジナルデザインなのかもしれません。もっともその市町村オリジナルデザインの看板は別に珍しいわけではありません。 ++++++++++++++++++++ 岐阜県多治見市では、オリジナル色が強く一般公募と思われる看板も目に留まりました。市名とともに「まち美化推進協議会」の名称も入っている看板が多いようでした。 多治見市では、このほか個人による手書き看板も見掛けました。こうした手作りの看板からは作成者の感情があらわに伝わってきます。 ++++++++++++++++++++ その多治見に隣接する土岐市には、真新しく「犬のフンは…

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【1002】 「犬のフン…の看板」その後(3)

私が犬のフン害防止看板を注意して見るようになったのは、5年ほど前に「鈴鹿支局特派員」様からコメント付きでメール送信していただいた3枚の看板画像からでありました。 該当記事は【529】犬のフン…の看板あれこれです。 その後に発見した看板について、 【841】「犬のフン…の看板」その後(1) 【843】「犬のフン…の看板」その後(2) でレポートしていますが、そこからさらに2年近く経過しましたので続編を書きます。 以前目撃した「恥ずかし犬」看板は、既出の愛知県春日井市・蒲郡市・刈谷市・福井県敦賀市に加え、その後愛知県岩倉市・北名古屋市・岐阜県瑞浪市で新たに生息が確認されました。 このデザインは、もっとも多く見ます。先日は町内会の公園清掃活動に参加したのですが、その公園でもこのデザインの看板がありました。 ++++++++++++++++++++ 自分で後始末ができて、ネコとも仲が良いらしいお利口さんの犬は、岐阜県地方にも広く生息しているようでした。下の画像左は岐阜県下呂市内で、右は同県恵那市内で撮影しました。 「益田郡萩原町」は、市町村合併で下呂市の一部になっています。市町村合併後も旧町名が訂正されずに生き残っていたってどうでもいいことですが、自分としては看板の内容そのものより、旧市町村名が残っていることの方が気になったりします。 ++++++++++++++++++++ 市町村合併後も旧自治体名称が訂正されずに生き残った看板は、ほかでも見かけました。 左…

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【999】 銀河鉄道999と碓氷峠鉄道文化むら

第999回めの記事になります。999と聞いて誰しもピンとくるのは銀河鉄道999でしょう。 1979年の正月に、銀河鉄道999をデザインした「小金井から大金ゆき片道乗車券」と「宝積寺駅入場券」をセットにした「縁起来富」(←「えんぎきっぷ」と読みます。)が国鉄東京北鉄道管理局から発売されました。 「縁起来富」の裏面には、小金井・大金・宝積寺の各駅の由来のほかに、銀河鉄道999についての説明書きが書かれていました。 以前にご紹介した記念切符類のなかの一部と同じく、この切符も私が所属していた車掌区で一括注文を取っていたものなので、わざわざ現地でまで行って購入したわけではありません。これは赤字国鉄の身内からの需要も取り込む増収策だったと考えられ、それに協力した格好になります。ただ、そのころはまだ分割民営化は具体化されていた時期ではなかったので、それをセールス活動しろと言われることはありませんでした。 そもそも私は「銀河鉄道999」に興味はなく、その物語について何も知りません。鉄道ヲタクを自称してはいるものの、鉄道をモチーフにした映画やドラマ、アニメなどであっても、SFとか○○号殺人事件的な推理・探偵ものにはまったく興味がないのは子供の頃からです。 テレビや雑誌で宇宙がどうの、30世紀の未来がどうの、怪獣が現れたなどと言われても現実しか見ない夢もない子には興味がわきませんでした。今でも高価なだけでなく高い競争率の豪華列車に乗りたいという気持ちなんかより、一日中ローカル列車に揺られてみたい気持ちのほう…

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【982】 平成から令和へ

5月1日に令和元年がスタートしましたが、平成元年初日は1月8日でした。 平成初日は日曜日で仕事が休みでしたので、私はその日付が入った入場券を買うために駅へ行きました。印字された年・月・日がすべて一けたの入場券を見るのは初めてで、違和感がありました。 同じように令和初日にも同じ駅で入場券を買ってみました。もちろん硬券はなくて、印字された日付は西暦表示、そして地平にあった小さな駅舎は新しい橋上駅に建て替えられて、30年の間にすっかり様変わりしています。それなのに30年も経って、こうして同じ行動をしている私は、まったく進化することもなく、変わったことといったら、ジジイになって劣化しただけなのには我ながら呆れますが、この2枚の入場券を見比べてみると、30年の年月を経ても変わらないことがあるのに気付きます。 それは入場料金で、30年を経ても140円のままになっています。平成初日の時点では消費税法は成立していましたが、まだ施行前でした。その後も消費税の税率アップが2度あったのに、140円のままになっているのですね。 またくだらないことで恐縮ですが、昭和の時代に遡って、国鉄の入場券を振り返ってみましょう。 上から、昭和37年、昭和51年、昭和61年に発行された国鉄の入場券です。様式は微妙に違っていますが似ています。いちばん古い昭和37年のものは平成元年から30年と遡ってはいませんが、料金は10円で、すでに平成時代を待たずに昭和61年のものは140円になっていますから、なんと14倍です。私の記憶…

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【981】 平成時代の鉄道と私(平成21年~平成31年)

平成元年から平成31年まで撮影してきた鉄道関連の画像のうち、なるべくいままでアップしていない画像を選んで、各年1枚ずつ3回に分けて順にアップしています。今回は平成21年から平成31年までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 平成21年(2009年) この年あたりから通勤時にコンデジを常に持ち歩くようになり、通勤途中や昼休みに日常の鉄道風景を撮影するようになりました。このころになると通勤経路で見ることができる国鉄形旅客車両はかなり限られたので、カメラを向ける先は貨物列車が多くなりました。<平成21年11月20日 中央本線春日井駅 EF66> 諸事情で出かけることが少なくなり、中山道歩きは前年末から1年放置した後、この年の年末に東京へ出かけたついでに一泊して、朝から一日で戸田公園駅から日本橋まで歩いて草津~日本橋間完歩達成になりました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 平成22年(2010年) 出かけることが少なくなった代わりに、この年に拙ブログを開設しました。以後の私の行状は随時ブログにアップしていますので、なるべく重複しない画像を選んで貼っていきます。<平成22年3月9日 放出駅 103系> 国鉄時代の「城東貨物線」で、平成20年から新たに「おおさか東線」として一部区間で旅客営業が開始されていましたが、未乗のまま放置していましたので、この年に初乗りをしました。先日「おおさか東線」の北区間が開業しましたが、何かのついでがあれば乗りに行くつ…

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【980】 平成時代の鉄道と私(平成11年~平成20年)

平成元年から平成31年まで撮影してきた鉄道関連の画像のうち、なるべくいままでアップしていない画像を選んで、各年1枚ずつ3回に分けて順にアップしています。今回は平成11年から平成20年までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 平成11年(1999年) 撮り鉄活動はほとんどしなくなりましたが、乗り鉄のほうは、毎年恒例になった東北行を継続するほか、乗り残した旧国鉄線区に乗ることを兼ねて中小私鉄巡りや保存車両巡りに行くことはありました。<平成11年3月13日 蒲原鉄道村松車庫> 旧国鉄キハ41000の払下げ車クハ10で、国鉄時代の面影が存分に残っています。この車両に乗ることはできませんでしたが、現役でいることが驚きでした。けれども蒲原鉄道自体が、この年10月に廃止されバス化されました。 このときは蒲原鉄道乗車と撮影、新潟交通の撮影、JR越後線初乗りを兼ねて出かけています。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 平成12年(2000年) この年は九州と東北地方の乗り鉄に出かけています。 秋田~鷹ノ巣間で、「あけぼの」のヒルネを利用しました。<平成12年2月12日 秋田駅> 乗り鉄に専念してきた結果、このころになると未乗の旧国鉄線は、名古屋から直接アプローチしにくい北関東や房総方面に集中して残ったほか、各地に散在する旧国鉄特定地方交通線から転換された第三セクター鉄道が目立つようになってきました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ …

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【979】 平成時代の鉄道と私(平成元年~平成10年)

国鉄が分割民営化されて2年も経たないうちに平成の世になりました。それから30年以上経ち、平成が終わりを迎えようとしていますが、鉄分は薄まりつつも維持しています。平成元年から平成31年まで撮影してきた鉄道関連の画像のうち、なるべくいままでアップしていない画像を選んで、各年1枚ずつ3回に分けて順にアップしていきます。今回は平成元年から平成10年までです。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 平成元年(1989年) まだまだ、地元で見る列車も駅も国鉄のころの面影をそのまま残していましたが、少しずつ国鉄にはなかった新形式がJR各社で登場しつつありました。<平成元年8月13日 中央西線 美乃坂本~中津川> 実家へ帰ったときに、JR東海が昭和63年に旧国鉄のキハ80系を改造して誕生したジョイフルトレイン「リゾートライナー」を撮影しました。このころ国鉄形車両の改造車や車体色変更車両がたくさん現れましたが、どれを見ても違和感だけでなく、センスのなさを感じました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 平成2年(1990年) 樽見鉄道で蒸機運転が行われたのがこの年でした。<平成2年8月23日 樽見鉄道 谷汲口~神海> C56160をJR西日本から、客車も一部をJR東海から借り入れるなど、バブル景気最後の年らしい大盤振舞のイベントでした。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 平成3年(1991年) 撮り鉄にはめっきり行かなくなったかわりに、積極…

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【976】 国鉄時代の観光案内車内放送:「ひだ」(後篇)

前篇からの続きで、国鉄時代の高山本線の特急ひだ号の車内放送です。 ・録音日:1985年12月23日 ・列車:東海道本線・高山本線「ひだ3号」 ・運転区間:名古屋・高山 ・今回の収録区間:飛騨金山~高山 ・収録時間:約12分05秒 この間には分岐する鉄道はなく、途中の停車駅は下呂だけですから、沿線の観光案内放送が中心になります。 ◆中山七里(飛騨金山~)  このあたりの車窓はすばらしいですが、鉄道写真にも適していたので、よく撮影に行きました。 ◆下呂到着 録音に付けた画像(下の画像)は、下呂発車後の風景ですので、少し場面は前後します。ずっと深い谷間を走ってきて下呂に近づくと、突然変異のように鉄筋コンクリートの温泉旅館を中心とする街が現れ、この急な車窓の変化も面白く感じます。 ◆禅昌寺(禅昌寺駅通過前) 禅昌寺は駅名にもなっています。このあたりは今も変わらず、列車から山門や鐘楼を見ることができます。 ◆宮峠と野麦峠(久々野発車後) 特に冬場には、飛騨小坂のあたりで天候が急変することがよくあります。にわかに曇って雪が舞ってきたり、そうでなくとも積雪が目立つようになります。地形が険しくなり、撮り鉄の心をくすぐるところなので、ここでも録音に付けた久々野発車時の映像には、かみ合いませんが、あえて久々野より手前で撮影した画像を付けていますので、ご了承ください。 録音のほうは禅昌寺から一気に久々野を発車した時点に飛びます。宮峠の勾配に挑むエンジ…

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【974】 国鉄時代の観光案内車内放送:「ひだ」(前篇)

「しなの」の車内放送に引き続いて、今回は国鉄時代に収録した高山本線「ひだ」の車内放送録音で飛騨路の旅にご案内したいと思います。ここにアップする特急「ひだ3号」は、名古屋と高山を結ぶ列車で、キハ80系気動車6両編成で運転されていました。 乗務する車掌は、車掌長(チーフ)と専務車掌各1人ずつで、車内放送は主に車掌長がグリーン車の乗務員室に乗務して受け持ちました。専務車掌は最後部運転室でドア扱いも担当する「運転兼掌」でしたので、到着時など補助的に放送することはありました。この録音の収録時期は、私が専務車掌になって1年半ほど経った1985年12月で、そのとき私は予備勤務に指定され、ふだん勤務ローテーションに入っていない高山本線の列車に乗務する可能性がありました。 私は岐阜県人でしたし高山本線へは撮り鉄で当時はマイカーでよく出かけましたから、地理的感覚はあるものの高山本線への乗務経験はわずかしかなく、いつでも自信を持って乗務できるようにしたいと思っていたのでした。ちょうどこの日、私は早い勤務明けで、いつも「しなの」号の乗務でお世話になっていた車掌長氏(これまでアップした「しなの」車内放送をされていた方)が「ひだ3号」に乗務される日でしたので、仕事の手順や取扱いの確認をするために、高山までプライベートで乗りに行ったのでした。その直後に「ひだ1号」に急遽乗務する機会があり、この録音をして予習したうえで乗車できたことは大変有意義でした。  と、いうわけで、今回はYoutubeにアップした「ひだ3号」…

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【972】 国鉄時代の観光案内車内放送:「しなの」(4-4)

(画像は国鉄時代の松本駅ではありません) 先週に引き続いて、国鉄時代に録音した「しなの号」の車内放送の解説や補足などを書いておくことにします。音声は、車内放送部分だけを編集してアップしていますので、車内録音ノーカット版ではありません。収録した日と列車は前回と同じで、続編となっています。 録音日:1986年10月26日 列車:中央西線・篠ノ井線「しなの7号」 運転区間:名古屋・長野 今回の収録区間:松本発車~長野到着放送 収録時間:約11分20秒 ◆松本発車時の放送~北アルプス~奈良井川と梓川の合流点 松本を出ると松本城が見えましたが、たくさんの建物に遮られ、よほど注意していないとわからないためか、放送では触れられていません。今では市街地の建物が増えただけでなく、高さのある建物も増えましたので、車窓からはほとんど見えないと言ってもいいように思います。その反対側の車窓からは北アルプス連峰が見え、奈良井川と梓川が合流するあたりから見た車窓は個人的にも好きなところです。しかし朝方は天気が良くても「しなの7号」が通過するお昼ごろになると山頂付近が雲に覆われることが多いです。 ◆冠着トンネル~姨捨の展望(2分20秒付近~) 国鉄の三大車窓の一つと言われた姨捨の展望は、しなの号の車窓では寝覚ノ床と並ぶ見どころでした。 塩尻駅で進行方向が変わっていたころは、名古屋発車時点で進行左側窓側の座席を確保しておくと、寝覚ノ床と姨捨の展望の両方を楽しめましたが、今ではそうはいかなくなりましたの…

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【934】 都府県境の道で(後篇)

かつて都府県境で一時停車して自家用車の記念撮影をしていたことがあるので、そのときの写真をアップしています。今回はその後篇で、昭和末期から平成元年までの国鉄分割民営化前後+今年の画像です。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 1986年2月24日 国道168号線 奈良・和歌山県境 奈良県十津川村と和歌山県本宮町(現在は田辺市)との県境で、熊野川沿いです。現在はこの辺りには新道ができています。十津川周辺の露天風呂を巡ったあと、この県境を通り抜け、川湯温泉に立ち寄り、その日は白浜で一泊しています。このときは、国鉄の車掌時代の先輩2人との3人旅で、このあとこのメンバーでの日帰りまたは一泊の温泉巡りの自動車旅が何度か続きました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 1987年11月12日 兵庫県道・京都府道11号香美久美浜線 兵庫県・京都府境 兵庫県豊岡市と京都府久美浜町(現在は京丹後市)との府県境、三原峠です。すぐ上に書いた白浜で泊まった温泉メンバー3人で、城崎温泉に行った帰路の撮影です。このあと加悦SL広場に立ち寄り、天橋立を経由して帰っています。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 1988年10月12日 国道18号線 長野県・新潟県境 長野県信濃町と新潟県妙高高原町(現在は妙高市)との県境です。ここも今では妙高野尻バイパスが開通していますので、この撮影場所…

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【932】 都府県境の道で(前篇)

若いころの自動車に関することは、最近の車種別連載などのほかにも、かなり前に 【12】自動車 【37】自動車による国道乗りつぶし で、書いています。 かつて都府県境では一時停車して記念撮影をしていたことがあるので、そのときの写真を2回に分けてアップします。以前使用した画像も一部使いまわしますのでご承知ください。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 1978年夏 国道158号線 長野・岐阜県境 長野県安曇村(現在は松本市)、岐阜県丹生川村(現在は高山市)との境、安房峠です。家からの日帰り周回コースを作って、単純に峠越えドライブに行ったときの撮影です。現在は峠の直下を、トンネルで県境を貫く安房峠道路が開通しています。  冒頭のサニーカリフォルニアの画像も同じ場所で、そちらは10年後の1988年6月7日の撮影です。このころは、国鉄時代に同じ職場にいた先輩たち2人といっしょに、自動車であちこちの温泉巡りによく行っていました。その日は長野県側の麓にある中ノ湯温泉の露天風呂に入りました。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 1979年8月 国道360号線 岐阜・富山県境 岐阜県宮川村(現在は飛騨市)、富山県細入村(現在は富山市)との境です。宮川沿いの谷間でしたが、この付近は現在、高山本線に並行して長いトンネルがある新道に切り替えられたようです。高山本線の列車撮影を兼ねてドライブに出かけたときの撮影で…

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【930】 天生峠越えと白川郷

紅葉の時期でもあるので、飛騨方面に家内と2人でドライブに行くことにして、直前に飛騨市内の宿を予約しました。往復で走行ルートを変えて、なるべくたくさんの道の駅を訪れ、野菜を買い回ることも目的の一つなので、高速道路は使いません。道路地図を見て思いついたルートは、往路をJR高山本線と並行する国道41号線で北上し、帰路は国道360号線~国道156号線(白川村~郡上市経由)という一周ルートでした。このうち国道360号線の飛騨市~白川村の間にある天生峠(あもうとうげ)が、例年積雪がある11月頃から6月頃までは通行止めになるので一年のうち約半分の期間は通行できません。ネット検索してみると今年は雪害箇所が数か所あり、復旧工事をするために昨年から通行止めが継続され、9月25日に開通したばかりであることがわかりました。まもなく積雪があることを考えれば、今年の通行可能期間はわずか2カ月程度というわけで、天生峠越をするにはよい機会になりました。 以前、ブログで20代の頃に峠越えにハマっていたということを書きましたが、当時も天生峠にチャレンジしたいとかねがね思っていました。しかし今より道路事情がよくありませんでしたから、当時同じ岐阜県内に住んでいたにもかかわらず日帰りが難しい位置関係にありました。それでも一度だけ郡上経由で白川村に一泊して、翌日に天生峠越えをするつもりで出かけたことがありましたが、その日のうちに急遽帰らなくてはならない事情ができて、峠の麓にある白川村荻町に着いたあと、そのまま引き返したので、峠には行け…

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【922】 私の自動車遍歴(番外編:レンタカー)

自分が所有した自動車以外に、自分が旅先で乗ったレンタカーの画像もあるのでアップします。 画像をアップするだけですので、試乗レポートの類ではありません。レンタカーを借りたときの旅の記録程度の内容であって、多くは、過去にそのときのことを拙ブログで記事化していますので、文中にその記事へのリンクを貼っておきます。記事化していない旅については、この記事中にそのレンタカーを借りたとき撮影した鉄道関連画像をアップしておきます。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 1984年5月 青森で借りたスプリンター 5月なのに残雪があります。青森から八甲田に登る国道103号線沿いにある雲谷というところで撮影しています。以前に【111】東北への旅・昭和59年で、その日のことを書いていますが、そこから一部をコピペしますと、以下のような状況でした。 「17時ちょうど、駅近くのレンタカー営業所へ行く途中に長い汽笛が聞こえました。さきほどの羊蹄丸7便の出航でした。吐息が白く、レンタカー営業所に着くとストーブが焚かれていて、とても5月とは思えない気候でした。それにレンタカーの営業所の方の電話でのやり取りが日本語とは思えず、聞き取れないので、遠くに来たことが実感できました。」 その翌日から3日間乗ったサニー八甲田、酸ヶ湯から十和田湖へ向かう途中です。そのあと、下北半島大間まで行って青森に戻っています。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 1985年4月 …

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【905】 1972年夏・自由研究で出かけたときの画像より (東海道本線・名古屋・大阪間)

先週は、中学生のころ夏休みの自由研究で、中央西線の名古屋・塩尻間に乗車したときに撮影した画像をアップさせていただいた。その1週間後に再び自由研究で、こんどは東海道本線の大阪→名古屋間の上り急行比叡1号に乗りに行った。さすがに東海道本線の急行列車で、のんびりムードであった中央西線のローカル列車とはまるで様子が違い、わずかな停車時間にホームに降りて写真を撮ったりできないことは当然なので、それはいいとしても、冷房車だったので、乗車中でも窓を開けて写真を撮ったりできる雰囲気ではなかった。だからフィルムが余ったというのなら理屈に合うわけだが、実は急行比叡1号に乗ること以外に、ひそかに別の目的も秘めていたので、乗車中に撮影した画像は最小限であった。実はこの日に撮影した写真は、急行「比叡1号」に乗る前、往路で乗り換えた米原駅と折り返した大阪駅で撮影した写真が中心で、つまり自由研究とは全く関係ないものばかり撮影してきたことになる。 このころ、中央西線の電化区間は名古屋から中津川までで、電車列車には、主に70形が使用され、一部区間に72形も併用されていた。そういう中で、朝方に中津川発新垂井経由米原行の153系快速列車が1本だけあった。(反対方向は夕方に大垣発中津川行快速があった。) 旧形電車ばかりの中央西線のなかにあって、この列車は急行料金不要で急行形車両に乗れるというだけでなく、当時の中央西線の快速は多治見・大曽根間ノンストップだったから速達性でも優れていた。 中央西線内から東海道本線に直通する乗客が多…

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【903】 1972年夏・自由研究で出かけたときの画像より (中央西線 第829列車)

中学生時代の夏休みに、自由研究で中央西線の名古屋・塩尻間に乗車して、その車内の様子や車窓について書いたことがある。その時に撮影したネガだけが今も残っているので、46年前の国鉄を偲んでみることにした。 1972年7月26日 中央西線829列車 名古屋発長野行(松本から2829列車) 名古屋11:40発―中津川13:39発―木曽福島15:11発―塩尻16:14着 長野までこの列車に付き合ってしまうと、その日のうちに家に帰ることができなくなるため、乗車区間を中央西線部分(塩尻まで)だけにした。 (塩尻以遠の時刻:塩尻16:30発―松本16時50分着17:48発―長野19:32着) 1972年は、新幹線が岡山まで開業した年にあたる。このころの中央西線の電化区間は名古屋・中津川間で、この列車の牽引機関車は中津川までEF64が担当した。上の画像のうち行先票は別列車のもの。客車は旧客編成で、前から3両が中津川行・荷物車2両を挟んで後ろ5両が長野行だったと思う。 下は交通公社版1972年3月号時刻表復刻版からの転載画像。 中央西線名古屋口の列車本数は今と比較すると信じられないほど少なく、普通列車には客車列車、気動車列車、電車列車が混在している。電車列車には快速がある一方で、足の遅い客車列車は一部の駅を通過していることがわかる。 中津川で、電気機関車EF64と前3両の客車が切り離され、ここから非電化区間になるのでディーゼル機関車DD51と交代した。同時に列車後部には、途中駅(木曽福…

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【902】 「画像で駅名しりとり」まとめ

安中榛名・那加・笠置・清州・須坂・甲斐大泉・美江寺・信楽・紀伊御坊・上田・高崎・紀伊長島・真幸・企救丘・柿崎・私市・茶所・米子空港・上野市・重岡・加賀一の宮・焼津・槻木・木更津・津久見・三柿野・野辺地・四郷・羽前前波・三河大塚・角田・高田・高茶屋・八草・西戸崎・木島・松江フォーゲルパーク・九鬼・木曽平沢・和歌山市・静・巣鴨・門司港・内灘・高塚・鹿児島中央・打保・宝積寺・酒々井・飯田・高ノ宮・矢島・松江・越後田中・鹿島神宮・内海・瑞浪・妙心寺・静岡・上総亀山・枕崎・木曽福島・増毛・京王多摩センター・鮎川・輪島・丸瀬布・豊後森・陸中大橋・静内・市場・函館・徹明町・鵜苫・益田・高松築港・鵜沼・松井田・高山・間藤・鵜沼宿・群馬八幡・田川後藤寺・信濃川田・多気・北岡崎・北熊本・土合・家城・北須坂・交野市・信濃木崎・北長野・野町・長者ヶ浜潮騒はまなす公園前・永平寺・信濃境・伊勢市・信濃吉田・蛸島・丸森・陸別・敦賀・片町・中部国際空港・宇和島・まつだい・市塙・長門三隅・美濃川合・伊那市・篠ノ井・伊勢治田・樽見・三木・久宝寺・柴又・谷汲・美濃赤坂・河原田・武並・美濃太田・垂井・伊那福岡・釜戸・富田・多治見・美乃坂本・富田浜・松阪・可児・西小坂井・伊勢柏崎・京都・豊田・旦過・加納・宇美・三厩・弥彦・高蔵寺・定光寺・甚目寺・舎熊・町田・たびら平戸口・中部天竜・宇野・能登中島・松本・豊科・成田・玉垣・岐阜・深谷・弥富・美濃北方・高宮・野洲・宿毛・本巣・住吉・新宿・倉本・豊橋・新瀬戸・鳥羽・波田須・杉橋・信濃大町・茶屋ヶ…

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【901】 鉄分豊富な自由研究

小学校5年生の時に、私の鉄道好きが担任の先生にバレた。そのわけは「【114】中央西線を走った車両1:181系気動車(1)」の下のほうで書いたようなことがあったから当然の結果であった。 用があって職員室に行ったとき、その担任の先生が私を呼び止めて、机の上にあった交通公社の時刻表の列車編成表のページを私には見えないように開いて、北海道の特急の名前を全部言ってみろといった。あいにく私は、前回まで書いたように地元志向で、北海道の客車が中央西線で走っていることには異常に興味を示していたが、そんな行ったこともない遠い北海道の特急に限らず、全国の特急のことなど興味がなかったから、「北斗」も「おおとり」も「おおぞら」も出てこなかった。そのとき、な~んだ、こいつ何にも知らないんだと思われたのは確かで、「汽車のどういうことが好きなんだ?」と聞かれた。私は「車両の形式とか所属とか…」というと、逆についていけないと思ったのか、それ以上の質問はなかった。今でも往々にして鉄道に興味のない方との話の中で、新幹線や特急列車について語られたり聞かれたりするが、私のほうが聞きたいくらいで、何も知らない。 しかし、そのころから、つまり小学6年生のころから2年くらいの間、私は鉄道趣味から遠ざかっていた。それは地元中央西線が複線電化されてからは、走る車両だけでなく施設関係の変化がなくなってしまって興味が薄れたことも影響している。初めて地元を走る特急だからこそ乗りたいと思っていた新型の181系特急「しなの」にも6年生になる前の春休み…

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【898】 画像で駅名しりとり:15 (279~300 最終回)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 <本文中の用語について> ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「川西」で終了しましたので、今回は「し」から続けます。今回で「画像で駅名しりとり」は最終回となります。 *********************** 279 しんとよはし(新豊橋・‎豊橋鉄道渥美線2010.9.18)    伊勢湾一周旅で下車    【70】鉄道・船・バス「伊勢湾一周」:2010.9.18 280 しんばし(新橋・JR東日本東海道線2012.12.8)    駅前SL広場のイルミネーションを見るために下車・乗車 281 しんたじみ(新多治見・東濃鉄道笠原線 1974.11.3)    東濃鉄道笠原線の車両撮影のため立寄り、全線徒歩完歩    (撮影時点では貨物のみの営業) 282 みのふくおか(美濃福岡・北恵那鉄道 1974.4.20)    北恵那鉄道全駅訪問ツーリングで立寄り 283 からかさ(唐笠・国鉄飯田線・撮影日不明)    この日は飯田線中部の駅名標を複数撮り歩いている。自動…

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【896】 画像で駅名しりとり:14 (260~278)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールはこのシリーズ1回目の記事に書いています。 <本文中の用語について> ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「新上挙母」で終了しましたので、今回は「も」から続けます。 *********************** 260 もとちょうし(本銚子・銚子電気鉄道2009.9.5)    銚子電気鉄道沿線巡りで乗車 261 じょうはな(城端・JR西日本城端線 1990.10.13)    城端線初乗り後、下車・乗車 262 ながい(長井・山形鉄道2004.6.5)    東北地方乗り鉄旅で、山形鉄道初乗り中に通過  【803】乗り鉄12か月…2004年6月「みなみ東北乗り歩き」 263 いのたに(猪谷・JR西日本 高山線1990.10.13)    富山港線・氷見線・城端線乗り鉄の往路で通過 264 にほんぎ(二本木・JR東日本信越線2008.2.6)    信越線豪雪列車旅の帰路に通過 265 きたごうち(北河内・錦川鉄道2002.10.6)    広島・山口県下乗り鉄旅で、錦川鉄道初乗り…

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【894】 画像で駅名しりとり:13 (242~259)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 わかる範囲で撮影日と駅を特定できる程度の所在情報(撮影日を基準)を付記するとともに、画像を撮影したときに、その駅を訪れた理由や、またはどこへ行く途中に通ったのかなどを、一言コメントしています。 <本文中の用語について> ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「節婦」で終了しましたので、今回は「ふ」から続けます。 *********************** 242 ふくい(福井・JR西日本北陸線2006.1.19)    えちぜん鉄道MC6101形に乗車するため下車・乗車 243 いのなだ(伊野灘・一畑電車北松江線・2015.5.13)    出雲大社からの帰路、撮影のため立寄り    【597】山陰旅行の今と過去2:一畑電車 244 たちかわ(立川・JR東日本中央線2007.8.4)    多摩モノレール初乗り後に中央線JR201系電車に乗るため乗車 245 わらび(蕨・JR東日本東北線2005.5.27)    中山道宿場巡りの旅で蕨宿へ行くため下車・乗車 2…

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【892】 画像で駅名しりとり:12 (220~241)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「野尻」で終了しましたので、今回は「り」から続けます。 *********************** 220 りふ(利府・JR東日本東北本線支線 1998.11.21)    東北地方乗り鉄旅で、「利府支線」初乗り後、下車・乗車 221 ふじなみ(藤並・※有田鉄道線2004.3.20)    保存蒸機D511085を見るために下車・乗車   ※撮影場所はJR西日本紀勢線藤並駅ホーム上。この時点で有田鉄道線は廃止されていた。 222 みのし(美濃市・長良川鉄道2015.10.26)    美濃市内観光で立寄り 223 しものせき(下関・JR西日本山陽本線2015.9.27)    関門海底国道トンネル徒歩通過のあと前日市内に宿泊し、ここから乗車。    関門鉄道トンネルで再び九州へ。    【649】九州乗り物乗りある記(後篇) 224 きたまつもと(北松本・JR東日本大糸線2008.2.9)    蔵元巡りで新酒を購入するた…

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【890】 画像で駅名しりとり:11 (201~219)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「多久」で終了しましたので、今回は「く」から続けます。 *********************** 201 くざかい(区界・JR東日本 山田線 1996.2.3)    東北地方乗り鉄旅で、岩泉線初乗りの帰路に通過    【46】鉄道あちこち訪問記3:山田線・岩泉線1996.2.3 202 いわいずみ(岩泉・JR東日本岩泉線1996.2.3)    東北地方乗り鉄旅で、岩泉線初乗りの後、下車・折り返し乗車     【46】鉄道あちこち訪問記3:山田線・岩泉線1996.2.3 203 みよた(御代田・しなの鉄道しなの鉄道線・2005.7.20)    中山道徒歩の旅(小田井宿→岩村田宿)の往路で下車 204 たけとよ(武豊・JR東海武豊線 1999.10.23)    乗務した出先を再訪問する旅で下車・折り返し乗車 205 よろい(鎧・JR西日本山陰線2005.2.4)    山陰方面乗り鉄旅で通過 206 いわくに(岩…

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【888】 画像で駅名しりとり:10 (180~200)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「玉造町」で終了しましたので、今回は「ち」から続けます。 *********************** 180 ちゃやまち(茶屋町・JR西日本宇野線・2010.2.24)    四国フェリー乗船のため宇野へ行く途中に通過 181 ちよ(千代・国鉄 飯田線・撮影日不明)    この日は飯田線中部の駅名標を複数撮り歩いている。    自動車での立寄 182 よあけ(夜明・JR九州久大線・2002.12.28)    九州乗り鉄旅で、久大線初乗り中に通過    (翌日・日田彦山線に乗換) 183 げんぶどう(玄武洞・JR西日本山陰線・2005.2.4)    山陰方面乗り鉄旅で通過 184 うめがおか(梅ヶ丘・小田急小田原線・2004.12.10)    故宮脇俊三散歩コースを歩いた帰路に乗車 185 かすがい(春日井・JR東海中央線・2009.7.11)    春日井貨物EF66 27撮影のため下車・乗車 186 い…

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【886】 画像で駅名しりとり:9 (161~179)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 本文中の用語について。 ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「宿毛」で終了しましたので、今回は「も」から続けます。 *********************** 161 もとす(本巣・樽見鉄道・2004.11.20)    樽見鉄道未乗区間(日当~樽見)に乗るまえに自動車で立寄り  162 すみよし(住吉・JR西日本東海道線・2006.12.23)    清酒ん18きっぷの旅で、酒蔵見学に行くため下車    【662】「清酒ん18きっぷの旅」まとめ 163 しんじゅく(新宿・JR東日本山手線・2013.10.29)    新宿駅の変貌を見るために下車・乗車 164 くらもと(倉本・JR東海中央線・2005.10.22)    中山道徒歩の旅(→福島宿→上松宿→)の帰路に乗車 165 とよはし(豊橋・JR東海東海道線・2009.11.1)    佐久間レールパーク営業最終日、そのアクセス臨時列車撮影のため下車・乗車 166 しんせと(新瀬戸・名鉄瀬戸線・…

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【884】 画像で駅名しりとり:8 (142~160)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 本文中の用語について。 ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「高蔵寺」で終了しましたので、今回は「し」(じ)から続けます。 *********************** 142 じょうこうじ(定光寺・JR東海中央線・2009.3.26)    貨物列車撮影のため下車・乗車 143 じもくじ(甚目寺・名鉄津島線・2014.2.26)    甚目寺観音参拝の途中に立寄り 144 しゃぐま(舎熊・JR北海道留萌線・1997.9.22)    北海道乗り鉄旅で、留萌線初乗り途中に通過 145 まちだ(町田・JR東日本横浜線・2007.8.4)    小田急線に乗り継ぐため下車 146 たびらひらどぐち(たびら平戸口・松浦鉄道・2003.12.6)    九州乗り鉄旅で松浦鉄道初乗り中に通過 147 ちゅうぶてんりゅう(中部天竜・JR東海飯田線・2009.8.1)    清酒ん18きっぷの旅で佐久間レールパークへ行ったとき下車・乗車  【662】「清酒ん1…

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【882】 画像で駅名しりとり:7 (119~141)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 本文中の用語について。 ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「谷汲」で終了しましたので、今回は「み」から続けます。 *********************** 119 みのあかさか(美濃赤坂・JR東海東海道線支線・2006.4.29)    中山道徒歩の旅(美江寺宿→赤坂宿)で乗車 120 かわらだ(河原田・JR東海関西線・2012.12.22)    関西線・伊勢鉄道線巡りの旅で、関西線から下車、伊勢鉄道に乗車 121 たけなみ(武並・JR東海中央線・2006.2.18)    中山道徒歩の旅(大井宿→)で乗車 122 みのおおた(美濃太田・JR東海高山線・2015.11.12)    多治見へ飲み会へ行く途中に乗換   (名古屋~岐阜~美濃太田経由ICカード使用の大回り乗車) 123 たるい(垂井・JR東海東海道線・2006.5.14)    中山道徒歩の旅(赤坂宿→関ケ原宿)で立寄り 124 いなふくおか(伊那福岡・JR東海飯田線・2004.8.7…

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【880】 画像で駅名しりとり:6 (102~118)

自分が行った駅、通った駅のうち、画像で駅名標や駅舎が記録してあるものだけで、「駅名しりとり」をしています。 ルールは1回目の記事に書いています。 <本文中の用語について> ・立寄…他の交通手段や徒歩で駅に立ち寄ったことをいう。 ・通過…列車を乗り換えることなく乗車した列車の停車中又は通過時に駅又は駅名標を撮影したことをいう。 ・乗換…同一鉄道会社(JR境界駅でJR他社列車への乗継を含む)の列車に乗り換えたことをいう。 前回は「丸森」で終了しましたので、今回は「り」から続けます。 *********************** 102 りくべつ(陸別・北海道ちほく高原鉄道・2004.9.24)    北海道乗り鉄旅で、北海道ちほく高原鉄道初乗り中に通過 103 つるが(敦賀・JR西日本北陸線・2012.2.8)    北陸今庄豪雪旅の途中、食事のため下車・乗車 104 かたまち(片町・JR西日本片町線・1997.3.6)    片町駅廃止前に乗降しておくため、下車・折り返し乗車 105 ちゅうぶこくさいくうこう(中部国際空港・名鉄空港線・2009.3.28)    中部国際空港見物のため、下車・折り返し乗車  ※駅名標に括弧書きで「セントレア」と表記されていますが、無視して「う」へ続けます。 106 うわじま(宇和島・JR四国予讃線・2002.9.14)    JR四国乗り鉄で、予土線~予讃線の列車乗継で下車・折り返し乗車 …

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