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zoom RSS 【777】 新駅と出発合図〜国鉄末期の混乱

<<   作成日時 : 2017/03/13 06:10   >>

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国鉄時代には、CTCと呼ばれる列車集中制御装置が一部線区にしか導入されておらず、多くの駅に運転取扱要員が配置されていました。運転取扱方も、機関車牽引列車を前提に規定され、当務駅長(駅長・助役・運転主任など)が、通票の授受、時刻、出発信号機の現示、客扱荷扱の終了を確認したうえで、車掌を介さずに「出発合図」を直接機関士に送って列車を発車させました。画像は関西本線島ヶ原駅ホームに残っていた駅員の列車扱いの確認事項を書いた表示です。(2006年8月撮影)
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しかし気動車列車や電車列車の場合は、自動ドアを装備しており、その取り扱い者が車掌であることから、車掌が機関士に「出発合図」を送ることとされていました。この場合、当務駅長が車掌に「出発合図をする時期を指示する合図」が「出発指示合図」です。
気動車列車や電車列車を出発させるための手順は、「当務駅長―(出発指示合図)→車掌(閉扉)―(出発合図)→運転士」という順番になるわけです。12系客車のように客車列車でも自動ドアの車両がありますが、客車はあくまでも客車であって機関車牽引列車ということで、当務駅長が車掌に対し「閉扉合図」を出し、車掌がドアを扱い当務駅長と車掌が閉扉確認したあと、従来の旧型客車列車同様に、当務駅長が機関士に直接「出発合図」を送る取り扱いをしました。出発信号機の現示と時刻、安全の確認は、駅・車掌・機関士(運転士)の3者で協力して行われていたことになります。
しかし、出発信号機が設けられていない閉そく区間の中間停車場や、出発信号機があっても分岐する副本線や側線がない小規模な駅では、当務駅長の列車扱いはなく、車掌だけで時刻と客扱荷扱の終了を確認して「出発合図」を機関士又は運転士に送り、列車を発車させる取扱になっていました。国鉄末期になってくると、主要駅を除くほとんどの駅で、機関車牽引列車も含めてこの方法に代わり、当務駅長が列車扱いのためにホームに出場する駅が少なくなりました。もちろん、通勤時間帯やイベント開催時、見通しが悪い駅など、車掌だけでは安全確保が困難な場合には、閉扉時期を車掌に合図するなど、列車扱いを補助したり、安全確認のため駅員が出場することは当然ありますが、全体的に見て車掌側の責任が重くなりました。大都市圏以外の駅で、発車ベルを聞く機会が格段に減ったのもこの時期で、車掌には手笛が貸与されました。

そんな体制に代わって間もないころのこと、国鉄最後のダイヤ改正となった1986年11月(61.11)ダイヤ改正で、東海道本線の岐阜〜穂積間に新駅が2つ開業しました。西岐阜駅と、そのすぐ神戸方の岐阜貨物ターミナル駅です。
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西岐阜駅は旅客のみを扱いますので、上下両本線間に島式の乗降場を設けて、その上に橋上駅舎を造っただけで、待避線など分岐する副本線や側線はありませんでしたから、出発信号機や場内信号機は設けられない「閉そく区間の中間停車場」で、当然にホームに駅員は配置されませんでした。一方で隣接する岐阜貨物ターミナル駅は上下線間に待避線を設け、下り線に並行してコンテナ荷役線などが分岐していましたので、旅客の取扱はしないのでホームはないものの、出発信号機と場内信号機とが上下線に設けられていました。

当時専務車掌職だった私は、このダイヤ改正時から特急列車に乗務する専務車掌班の組から外され、普通車掌班の行路に乗っていましたから、西岐阜駅に停車する普通列車にもよく乗務しました。分割民営化を間近に控えて、国鉄の現場はどこでも大混乱状態でした。些細なミスであっても、それを理由に乗務を外され、見せしめとして車掌区で日勤になる例もありました。そのミスは職員管理原簿に記録され、民営化後の新会社に採用されるか否かの判断材料にされると言われていた時期になります。ミスをした本人は、日勤で出勤すると職場で「新会社に残りたかったら意識改革(所属組合を変わるという意味の隠語)をしなさい」と管理者に迫られ、意識改革することが、隠れキリシタンに対する踏み絵のように扱われていたのでした。ミスをする者があれば、周りの者の多くは、(たぶん)競争率が下がったとほくそ笑み、人によっては内部告発ネタ探しに奔走し、意識改革した者は、次の段階として、友人たちに組合脱退と新組合加入活動?を行うよう指示され、それはねずみ講のような形で行われ、職場の人間関係は崩壊し、車掌区員で組織されていたサークル活動や親睦会もことごとく解散となりました。

そんな状況のなか、私が乗務する夜の大垣行下り列車が西岐阜駅に着きました。時刻も乗降もよし。ホームに降りてそれらを確認します。前述のようにこの駅には出発信号機はありませんから確認すべき信号はありません。ただし短編成の列車では、ホームに降りて列車から上り線側にちょっと離れた位置まで来ると、ホームの反対側に設置された岐阜貨物ターミナルの場内信号機が停止現示(赤)なのが見える位置関係でした。画像左上に見えるのが、次駅岐阜貨物ターミナルの場内信号機です。
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この信号機は、岐阜貨物ターミナルで上り貨物列車が下り本線を横断して荷役線に出入するときには停止現示となります。こういった状況です。
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さて、どうしましょう。
目前の信号機が西岐阜駅の出発信号機であるのならば、車掌に信号機の現示を確認する義務がありますから、決められた時刻どおりにドアを閉めた(国鉄では電車列車の場合は、ドアを閉めたことによって、前頭部運転室の運転士表示灯が点灯することが出発合図とみなされていた。)ならば重大なミスとして乗務停止になるのは明らかです。画像の矢印で示したのが運転士表示灯。
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しかし、次駅の岐阜貨物ターミナル駅の場内信号機の現示を車掌が確認する義務はありません。その義務がないからこそ、岐阜貨物ターミナル駅の下り場内信号機は車掌から見えにくいホームの反対側に設置されていても、その現示を確認するための出発反応標識(レピーター)がありません。定時刻にドアを閉めないと逆に車掌側のミスともなるわけで、この場合、運転士は岐阜貨物ターミナルの場内信号機の手前まで運転し(といっても、信号機までわずかの距離なので、事実上はそのまま開通待ち)、進行を指示する信号が現示されたら、車掌を介さず運転士だけの判断で起動というのが当時の正しい取扱でした。
規則どおりにドアを閉めますと、当然ですが電車は動きません。逆に動いたらまずいわけですが、運転士から「電話機にかかれ」のブザー合図がありました。「岐阜貨物ターミナルの機外停車な!」という連絡だろうと、受話器を取ると、
「信号見とるか!」
「はあ、ターミナルの場内が赤ですね。」
「赤なのにドア閉めてええんか!」
「ここには出発信号機がないですから、車掌としては次の駅の場内信号機が停止現示でも出発合図を出すことになりますから場内信号機の手前までは行ってもらってもいいですが、そこで機外停車ということでいいですよねえ」
「赤で発車しろというのか!そ〜んなバカな話があるもんか!そ〜ゆうこと言う車掌がおるとは知らなんだわ! あとで車掌区にすぐ報告しといたるで、覚えとけ!」
「はあ、構いませんが」
「(無言、ガチャ)」
こんな会話があって、
「ただいま、停止信号で停車中です。発車まで少々お待ちください」と放送する間もなく、即、場内信号機は進行(緑)現示に変わりました。
車掌区に帰ってから助役に一部始終を話しておきましたが、もちろん運転士からも、その所属区所からも、車掌区には電話は入っていませんでした。

どうでもいいことですが、あの運転士氏は新会社へ採用されたのでしょうか。
あの時期は、車掌と同様に、ベテラン運転士でも所属組合によっては乗務を外され、代わりにその線区に慣れていない(あるいは転換教育による新人の)運転士がたくさん転入されていたのは確かで、そんな状況下ならでは出来事だったと言えましょうが、それにしても鬼の首を取ったような言い方には知性のかけらも感じられなかったことです。そのころには、皆が自分の保身に精一杯で、人間関係も最悪の時期。かつての国鉄魂もどこへやらといった状況でした。
ところで、このとき車掌班に格下げされていた私は、ダイヤ改正後約1ヵ月で、再び特急しなの号も受け持つ専務車掌班に復帰でき、わずか4か月ほどでしたが特急しなの号中心の乗務をさせていただき、乗務員生活を終えることができました。そうなったのは意識改革をしたわけではなくて、たぶん転職先の内定があったことで、意識改革をさせる必要がなくなったからだろうと思われます。

(注)今回の内容は国鉄時代のことであって、現在の運転取扱とは異なる点が多々あろうかと思いますのでご承知おきください。また、西岐阜駅の画像はすべて当時のものではなく、2015年1月に撮影したものです。


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コメント(12件)

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ご無沙汰しております。
私が最初に勤務した駅はいわゆる電車区間で、終電車以外は出発指示合図は省略され、駅側で閉ひ時機合図を車掌にしてドアを閉めるわけですが、助役や運転主任からは「出発指示合図ではないので、出発信号機の現示の確認を必ずしも義務付けられているわけではないけれど、出発(信号機)が開いていなければ合図は出さないように」ときつく言われました。何でも私が着任する3か月前に、出発信号機が停止現示なのに車掌がドアを閉めて、列車が起動してしまったことがあったとのこと。後にこのときの事故速報を読んでみると、「原因・・・車掌が出発信号機の確認を欠いて出発合図を行ったことと、電車運転士もこれにつられて出発信号機の確認を欠き、列車の運転を開始したことによる。」とあり、車掌と電車運転士は責任を取らされましたが、駅(私の先輩)はお咎めなしでした。駅側が行ったのが「閉ひ時機合図」であったことがその理由ですが、もし「出発指示合図」ならば当然一本取られたわけですね。
TOKYO WEST
2017/03/13 08:37
TOKYO WEST様 こんにちは。
ご経験談の投稿ありがとうございました。
60.3ダイヤ改正で名古屋鉄道管理局で開始された国電ダイヤ。それに伴って、運転関係の規定が変わりつつある過渡期でもありました。しかし田舎のことですから、首都圏のように乗客数がおおいわけでもなく、編成も短かったですから駅員が出場する駅や時間帯は限られていました。
列車運転業務に従事する者は、その責任がなくても信号の現示がどうかを無意識に気にするものですね。ところが各駅で同じ動作を繰り返していると、魔が差したように無意識にその注意を怠ることがあるというのは、以前書いた自らの停止位置不良事故に挙げられる寸前だった一件で身に沁みました。
しなの7号
2017/03/13 09:51
こんにちは。
私が乗務する線区にも停留所のすぐ先に貨物駅がある箇所がありますが、ここは「出発相当」ということで車掌にも確認の義務があります。
また回送列車などでこの貨物駅に着発することがありましたが、線形と出発信号機までの距離の関係で車掌から信号機が大変見にくく、身を乗り出してブザー合図を送っていた記憶があります。
今では回送では車掌乗務省略が基本になり、ブザーを押すだけの車掌の仕事もなくなってしまいましたが。
余談ですが、先日のダイヤ改正後に早速、私の運転する特急列車で早閉めがありました。
出発合図(旅客電車列車もブザー式です)までは送ってこなかったので見逃してもいいか…と思いましたが、当直と雑談でその話をしている時、向こうが報告していたら話が合わなくなるのでこちらも報告しておいた方がいいと言われ、そのようにしました。
国鉄末期はまだ子供だったのでその混乱については何もしらないのですが、今は「コンプライアンス強化」「お客様目線」等の言葉の下にどんな些細な内容でも報告せよという文化になっていますね。
Chihiro
2017/03/13 15:58
Chihiro様 こんにちは。
規定は生き物で、最後に書きましたように現在とは取り扱いが違う場面が部分的にあります。国鉄時代に、少なくとも名古屋鉄道管理局管内を含む乗務範囲内には「場内相当」「出発相当」というものがありませんでした。その後の分割民営化後に閉そく区間の中間停車場における取り扱いは変更されています。規則はより安全に、より合理的に、多角的な観点からその時代における最良の規定に塗り変わっていくものですが、本質的なものは変わらないものですね。
そして事実は事実として正確に残すという思想も大切だと思います。今の乗務員の方々は、様々な支援機器類や情報入手手段が充実して、昔のことを思うと安心して乗務できるのだろうと思う反面、すべてが記録されて息を抜くこともできない緊張感は大変だろうなと思っております。
しなの7号
2017/03/13 16:57
車両によって発車合図の方法が変わる。関西某車掌氏の、20系客車発車時に助役から「この扉はスンドシキか?」と津軽弁で訊かれた件りを思い出しました。
西岐阜は降りたことはありませんが、車で入場券を買いに行ったとき、線路を乗り越える陸橋上部に駅舎のある、真の橋上駅の印象を受けた駅です。貨物ターミナルとはそれほど接近していましたか。
外からの目で見ると、これは施設運用の管理の問題に思えてしまいます。設計段階でこういった事象は予測出来そうなのですが、そういうわけにはゆかない何かがあるのでしょうね。
また、運転士氏も車掌側の事情はわかりそうにも思えるのですが、それぞれのお立場でしょうか。他の列車でも同じケースが起こっているようにも思うのですが。
だいぶ前ですが、地元私鉄広報誌に、運転士、車掌のチームワークは充分です、と書かれていたのです。官民、所帯の規模の違いでしょうか。その頃の隣接自治体都市間をノンストップで結んでいた特急電車の場合、車掌氏は車内巡回の際、先頭運転席に入ってしばらく出て来られなかったのですが、業務上のコミュニケーションだったのかもしれません。

NAO
2017/03/14 10:32
NAO様 こんにちは。
20系客車は、全車一斉ロックと解除が可能だっただけで、「スンドウシキ」ではなかったことは、案外知られていないと思います。

>施設運用の管理の問題
全く問題なく、そういう停車場は特に都市部に行けば多いものと思います。ここ以外にも乗務区間内に類似の停車場はありました。

>運転士氏も車掌側の事情はわかりそうにも思える
しいていえば、国鉄当時は以前の記事に書いたように縦割り組織であるために運転士は車掌を経験しないからわからないと言えなくもないですが、運転士・車掌とも同じ運転法規を習得し、その規定に基づいて業務しているわけで、この運転士は「基本のキ」さえ習得できていません。
運転士を責めるよりも、労組の違いによって優秀な運転士が本務から外され、なぜその程度の知識しかない運転士が本線を大手を振って運転できるようになったのか。同様に専務車掌職にある者が特急行路から外されて普通車掌行路に乗っていることにどういう意味合いがあったのか。ここでの問題点は、表題のとおり「国鉄末期の混乱」でありますが、そこのところが伝わればと思い投稿した記事ですが、きちんと伝わるように書けないのは私の能力の問題ですので、ご容赦くださいませ。
普通車掌格下げしなの7号
2017/03/14 15:05
いえいえ、プロが書かれているわけですから、混乱の件は充分に伝わってきております。逆に私のコメント内容から能力の問題とまで返信いただいてしまったことにお詫び申し上げます。
この見解に特に支障なければ返信は不要でございます。
NAO
2017/03/14 17:56
しなの7号様、こんばんは。
当時のマスコミは、国鉄の分割民営化に両手を挙げて報道してる時、現場ではこの様なことが大なり小なりあったんですか。
しなの7号様のブログで「出発合図」大変参考になりました。なぜかというと、昔、駅で停車していたDF50牽引の貨物列車が信号に連動している発車ブザー(専門的な機器の呼び名が解らないもので)が鳴ると汽笛を鳴らし発車しました。
発車合図、素人の私にもよく分かりました。

2017/03/14 18:37
NAO様 こんばんは。
おそらく、ほとんどの方々が国鉄を色眼鏡でご覧になっておられるであろうと思っていますから、昔から国鉄では運転士と車掌の連携が取れていなかったなどと誤解される方もあるのではないかと思います。この分割民営化直前の時期ならではの特殊事情をお伝えするのは自分には難しいなあと、ことあるたびに感じます。失礼いたしました。
しなの7号
2017/03/14 20:37
天様 こんばんは。
このころの国鉄の現場を、正面から向き合って報道してくれるマスコミは、限られました。
駅の出発信号機の柱やその付近にあるブザーは「出発合図器」ですね。一方で、主に駅のプラットホーム中程の軒先などに設置されて、車掌に対して行うブザーは「出発指示合図器」です。音だけでの認識は他のホームの音や全く別の音と誤認する恐れがあるので、どちらの合図器でも白色灯が併用されます。
しなの7号
2017/03/14 20:38
しなの7号様、度々のコメントご容赦願います。
「出発合図器」よく解りました。白色灯が併せて設置されているとは知りませんでした。ご教示ありがとうございます。
国鉄民営化の頃は、当局寄りだけじゃなく、極少数ではありますが、国鉄労働者の声も取り上げたマスコミもあった訳ですね。そういえば、どこのTV局か忘れましたが、この頃だったか「広域配転」をされる(された)方のドキュメンタリーをあるニュース番組でしていた覚えがあります。確か、北海道出身の方が気動車運転士から電車運転士になって、首都圏の電車を運転している映像でしたが、今でいう単身赴任で働くという感じです。家族と離れてただ一人黙々と働いている姿でしたが、この運転士氏、新生JRに採用されて幸せだったのかな?
現在、扶養家族を抱え、金食い虫の子供が二匹いる我が身にとっては、幸か不幸かは分かりませんが・・・。
でもその運転士氏、今は故郷の北海道に帰り、安らかな老後を送ってみえることを願ってやみません。

2017/03/14 23:02
天様 こんにちは。
故障や雑音でブザーが聞こえなくても白色灯点灯を確認できれば出発してよいが、白色灯を確認せずにブザー音だけで出発するのは、前のコメントに書いたように他の音と誤認の可能性があるからダメと教わった記憶があります。理にかなっていますね。
広域配転で中京地区に来られた方もありましたが、この記事のような言い方をされる運転士は広域配転組ではないだろうと思います。
局によって取り扱いも微妙に違ったりローカルルールもありました。まったく知らない線区での乗務はものすごく不安だったと思います。彼らは国鉄改革に協力してきたという理由で、専務車掌職であれば、駅名も満足にわからないのに専務車掌行路に乗り、元から所属していたベテランでも意識改革できない者は車掌班に降ろされ、あるいは玉突きで畑違いの駅とか施設職場に配転という人事も現場ではありました。お互いに辛い立場で、職場の雰囲気は最悪でした。安全面で問題のあった人事とも思いました。
30年前、妻と乳児を抱えて選んだ結果が、こうしてこんなことを書いていられる自分です。この上なくありがたいことですが、異なった判断をしていたら、今まったく違った自分がいたのは明らかです。
しなの7号
2017/03/17 06:50

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