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zoom RSS 【787】 美濃赤坂線

<<   作成日時 : 2017/04/17 06:20   >>

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「美濃赤坂線」は東海道本線の大垣と美濃赤坂を結ぶ「東海道本線の支線」の通称名です。実際の線路は東海道本線の南荒尾信号場から美濃赤坂までの1.9kmの単線鉄道で、大垣・南荒尾間には別線が設けられているわけではなく、列車は東海道本線そのものを走っています。南荒尾信号場から分岐してすぐのところには荒尾駅があり、1.6q先が終点の美濃赤坂です。
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高校生時代の私は、中央西線で通学していました。その在学期間中に中央西線と篠ノ井線が全線電化されて、381系しなの号が走り始めました。このとき通学に使うローカル普通列車にも変化があり、新たに神領電車区に配置された中古の113系を使用した東海道本線直通の上り列車が午後に2本新設されました。中津川発14時37分発浜松行と16時31分発美濃赤坂行がそれで、いずれも旅客の流動に対応した直通運転ではなく、、主に日中の中央西線内の快速運用に就いた113系電車を、夕方の通勤時間帯に東海道本線で使用したいという国鉄側の都合のように私は思っていました。

そんなことはどうでもいいのですが、中央西線沿線で「浜松」は通りがいいとしても「美濃赤坂」と言われても、利用者の反応は「それ何処?」というのがふつうでした。駅や車内で「これ名古屋行きますか?」というような会話はよく聞きました。中津川の次に「美乃坂本」という紛らわしい駅名もあることですし、それだけでなく美濃赤坂までの経路にしても、多治見から岐阜までは、名古屋経由のほかに、太多線・高山本線を通る美濃太田経由もありますから、「この列車は、多治見方面、名古屋から東海道本線下り方面に入ります美濃赤坂行です。」という案内が必要な列車でした。そういえば東京発の大垣夜行が美濃赤坂行だったことが一時期あって、あれは乗客にとっては不安な行先だったことでしょう。ちょうどその時代まで大垣〜美濃赤坂間の電車は、現在のように短編成の折り返し運用が主体でした。垂井線と共通で、短区間専用編成の電車が配置されていたのです。
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しかし、中央西線・篠ノ井線が全線電化された1973年ごろには、本線用の列車が大垣電車区から入出区する片手間に、美濃赤坂まで入線させるような運用が主体になっていたのでした。
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そのころの時刻表を見ると中津川始発もさることながら上諏訪始発もありますが、これは飯田線経由の急行伊那4号くずれの列車です。このように遠く離れた始発駅から美濃赤坂を終点とする列車が増えました。同時に、「美濃赤坂線」内では不必要に長い編成の列車ばかりになりました。

この線にも私は車掌〜専務車掌時代に乗務していました。当然、名古屋あたりでは「一宮へ行きますか?」「岐阜に停まりますか?」の類の問いはよくあり、終点まで通して乗車する人は少数で、ほとんどの乗客は大垣までに下車してしまわれました。そのころ「美濃赤坂線」の旅客列車本数は少なく、午前9時台の上り列車が出たあとは、土曜日のみ運転される14時台の1往復を除けば夕方まで旅客列車はありませんでした。
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大垣〜美濃赤坂間の途中停車駅の荒尾は急カーブ上にある無人駅で、6両以上だと最後部からは死角ができてホーム全体を見渡すことができませんでした。その安全対策の意味に加えて、終点美濃赤坂も無人駅でしたから、車掌(専務車掌を含む。以下同じ)は2人乗務でした。

下の画像はJR東海になってからの画像で、車掌が1人乗務していますが、2両ですから安全上の問題はありません。のちにワンマン運転になっています。
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2人乗務の場合は、行路によって客扱担当と運転兼掌(ドア扱いなど運転に関することを併せて担当)とに指定され、通常は上位班が受け持つ行路に乗る者が客扱で、下位班が受け持つ行路に乗る者が運転兼掌でした。東海道本線内が1人乗務の場合でも、大垣〜美濃赤坂間だけ2人乗務になりました。2駅とも無人駅であるこの線では美濃赤坂行の場合、大垣を発車するとすぐに、前後から2人の車掌が一斉に乗車券を回収しました。そのために大垣発車前に客扱担当車掌が先頭車車内で待機しました。後部に乗務する運転担当の車掌は、大垣駅発車直前に、「この列車は荒尾・美濃赤坂行です。垂井・関ヶ原・米原方面にはまいりませんのでご注意ください。なお、発車しますとすぐ切符を回収させていただきますので、切符をお手元にご用意ください。」と放送しておき、大垣発車後、前後から「用意ドン!」ですべての乗客から乗車券を回収し、中間あたりで落ち合ったあと、客扱車掌はそのまま中間車両にとどまり、運転兼掌の車掌は荒尾駅のドア扱いのために最後部の乗務員室に戻りました。次の荒尾駅では、カーブしているために最後部から列車の前部がまったく確認できませんから、客扱の車掌が中間車からホーム先端付近の旅客の乗降状況を確認するのです。
乗降が終了すると、客扱担当車掌は、後ろの運転兼掌の車掌に向かって片腕を上げて腕を回すしぐさで乗降オーライの意味を伝えてくれましたので、運転兼掌の車掌がドアを閉位にして列車が発車します。
終点美濃赤坂に着くと、折返しの発車時刻まで三々五々やってくる乗客に車内補充券での乗車券類の発行をします。
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美濃赤坂は無人駅と申しましたが、それは旅客取扱い上の話であって、運転取扱に関しては、ここから延びている貨物専業私鉄の「西濃鉄道」に委託されていました。
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そのため西濃鉄道の当務駅長の出発指示合図によって車掌が発車合図(車掌スイッチでドアを扱う)をしました。客扱の車掌は車内を巡回し、次の荒尾では、下り同様に中間車両で待機して、、最後部から見えない前の方の乗降状態を確認してくれ、発車後は荒尾からの乗車客に車内補充券で乗車券類を発行しながら後ろへ移動してきます。後部の運転兼掌の車掌も最後部車両に乗った乗車客に車内補充券を発行しました。特に休日の午前中の列車では、大垣到着時まで、ひたすら乗車券の発行をして、書ききれないまま、あわただしい状態で大垣に着くのが常でした。
荒尾駅の上り列車では、西岐阜駅の下り列車の例と同じように、ホームの先に信号機がありましたが、それは出発信号機ではなく、次停車場である南荒尾信号場の場内信号機でした。南荒尾信号場は、東海道本線と「垂井線」「美濃赤坂線」の分岐点にあたりますので、東海道本線のダイヤが乱れていると停止現示の場合が稀にありましたが、ドアは定刻になれば閉めて出発合図を出しておいて開通待ちという取り扱いでした。

(現地の画像は全て近年撮影したもので、国鉄当時に撮影したのではありません。時刻表の画像は名古屋鉄道管理局発行のポケット時刻表の該当ページを使用しました。)

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コメント(22件)

内 容 ニックネーム/日時
しなの7号様 こんにちは。
そうですね。新見始発の伯備線の岡山方面の電車でも、岡山行、相生行のほかに播州赤穂行もあり、女子高生が「播州赤穂ってどこか知らんけど、これに乗ってええん?」と言っているのを耳にしたことがあります。また、最近まで新見発姫路行もありましたが、まさか姫新線の列車と間違えるお客さんがいたのかいないのか、「岡山方面姫路行き」とアナウンスされていました。


で、赤坂支線はなんで東海道本線なんですか?笑



P.S.
私もつボイさんのヘビーリスナーでした。毎週のようにエロネタをハガキで投稿して読まれていました。つボイさんはなんと30年近く前の僕の投稿ハガキを持っていらっしゃたようでした。
やくも3号
2017/04/17 16:51
 私が小さい時に電車通勤をしていた父親が「女子高校生が『大垣ってどこにあるだあ,豊橋より西?』と言っていたので呆れた。」と笑っていたことがありました。
 地名に疎い人では大垣でもそんな程度ですから,美濃赤坂では確かに・・・。

 大学時代に夏の合宿を中央西線の十二兼付近でやった時に,東海道本線の用宗から乗った者がいました。その乗車券を見たみんなが「用宗から十二兼じゃあ,どこからどこだか訳のわからん人ばかりだろうなあ。」と笑ったことが印象深いです。


大学時代の夏の合宿を中央西線の十二兼駅近くで行った時に,東海道本線の用宗から乗った者がいました。
abesan11
2017/04/17 18:34
当時小学4年生でしたが釜戸で帰りの予約をタクシー運転手に依頼の際、夕方の美濃赤坂ゆきに間に合うように来てくれ
と親が頼んだ際、名古屋までは行かんでだめだわと言われ浜松ゆきにした記憶があります。自分は理解してましたが黙っていました。
中央西線
2017/04/17 20:14
やくも3号様 こんばんは。
県境など人の往来が少ない区間を越える列車は、旅人には便利ですが、たまに利用する乗客にとっては、どこに連れていかれるのか不安で、怖くて乗れないですね。姫新線も、こま切れ列車の乗継ぎでは、全線を通して乗る一般乗客を相手にしていないということなのでしょうけれど、せめて私は津山までDE50を見に行くために、片道は姫路から姫新線を利用したいと思っています。

「美濃赤坂線」は短小な支線だから戸籍上一人前の名前がないんじゃないでしょうか?

つボイ ノリオさんの旧芸名坪井のりお時代に毎週ラジオを聞いていました。SL末期の頃でしたから43〜4年前です。「金太の大冒険」もレコード化される前から存じていますよ。
しなの7号
2017/04/17 20:41
abesan11様 こんばんは。
地理に興味がない方に言わせれば、自分の生活に関係がない土地の地名なんか、知っているほうが恥ずかしい?ようなものでしょうか。わたしの連れ合いなど、諏訪湖と琵琶湖の区別さえできないようですが、べつに生活するのにまったく困らないですもんね。
切符の発駅と着駅、、、一応元プロでしたから、中部地方の国鉄駅名くらいははたいてい頭に入っていたと言いたいのですが、弱いのが二俣線や身延線でした。
例えば「遠江横山駅」がどこなのかわかりませんでした。地元の方ならおわかりでしょう。
【214】国鉄二俣線の切符
http://shinano7gou.at.webry.info/201110/article_8.html
で、その切符の画像と答えをアップしてあります。旧国名「遠江」でおよその場所は見当がつくのですが、これは盲点で、二俣線に、そんな駅あったかなあ???と思いました。
しなの7号
2017/04/17 20:42
中央西線様
その中津川発美濃赤坂行は、岐阜県(美濃)から愛知県(尾張)に入って、また岐阜県(美濃)に入るという経路をたどりますから紛らわしいですね。岐阜県でも中央西線沿線の東濃地方は名古屋との往来がさかんですから、県庁所在地岐阜とは生活するうえでは疎遠です。
運転手のように、移動が鉄道でなく道路中心の方は、大垣方面へのルートは国道21号線が真っ先に浮かぶでしょうから、赤坂の地名を知っていても、その美濃赤坂行が名古屋を経由するとは全く思わなかったのでしょう。
しなの7号
2017/04/17 20:56
>地元の方ならおわかりでしょう。
 増発すみません。
 すぐに佐久間線の駅名が浮かびました。
 飯田線があまりにも鈍足なので,水窪から遠江二俣駅まで国鉄バスに乗ることを考えたことがありました。
 そうしたバス路線を「自動車線」として駅のような扱いをしていることを初めて知りました。

 佐久間線のトンネルは,いくつかが現存し,自動車道路から見える物がありますし,最近になってワインの貯蔵庫として利用されている物もあります。また,船明(ふなぎら)ダム湖にあった橋脚には遊歩道のアーチ橋が架けられています。
abesan11
2017/04/17 22:25
abesan11様 
地元の方でないとわからないですよね。いや、地元でもなかなかわからない場所だと思いますが、さすがですね(^^)/
佐久間線、中津川線という未成線の名称どころか、計画があったこと自体も風化してきました。両線とも探訪に行きたいとずっと思ってきましたが行けてません。佐久間線の橋脚だけがダム湖に並ぶ写真が強く印象に残っていましたが、遊歩道が架けられましたか。情報提供ありがとうございました。そのうちに行こうと思います♪ 
しなの7号
2017/04/18 05:51
しなの7号様、こんばんは。
岐阜県道路地図を見れば、美濃赤坂駅のすぐ下(南)側で東海道本線と西濃鉄道貨物線が合流しています。という事は、西濃鉄道貨物列車は東海道本線に乗り入れていたのでしょうか?だとすれば東海道本線『大垣〜美濃赤坂間』の最大の使命は、西濃鉄道の貨物輸送であったと言えますね。
荒尾駅ですが、分岐点付近に駅をつくるなら、いっそのこと『大垣〜垂井』間に設けた方が、利便性が格段に良かったと、おもいますが…
他にも、美濃赤坂駅から延伸する計画はあったの?様々な疑問点を持つ東海道本線『大垣〜美濃赤坂間』ですが、やはり『東海道本線』と呼ぶには違和感があります。

まさかコメント上でつぼイノリオさんが話題になるとは…(笑)
『金太の大冒険』カラオケで熱唱した事あります。勿論、下ネタOKのノリのいいメンツでしたが。
はやたま速玉早玉
2017/04/18 23:37
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
西濃鉄道は貨物専業ですが、よくご存じですね。「美濃赤坂線」も、開業時は石灰石輸送のための貨物専業だったみたいですから、両者は深い関係で成り立っていると思います。
現在も貨物列車は美濃赤坂で機関車を取り換えて直通運転されていますが、戦中までは大垣から西濃鉄道にガソリンカーが直通運転されていたそうです。中山道歩きをしていたら、西濃鉄道の踏切の際に「赤坂本町駅跡」の石碑がありました。荒尾駅が開設されたのも西濃鉄道開業後で、「美濃赤坂線」開業時に駅はなかったですから、そこから私が想像するに、ついでに荒尾にも駅を作ってくれみたいなことで、単行ガソリンカー用なら急カーブ上に短いホーム造っとけばいいか!というような経緯があったかどうか? 
「美濃赤坂線」が正式名称になっていないのも開業時が貨物用だったからではないかと思いますがどうでしょう? 名古屋付近だけでも、国鉄には名古屋港・白鳥・西名古屋港まで貨物支線がありましたが、すべて戸籍上は東海道本線の支線で、それぞれの終点駅に「線」を付した通称で呼ばれていました。稲沢〜名古屋(笹島)間の貨物別線も「稲沢線」と通称名で呼ばれました。

「金太〜」は隠れた名曲?ですね。
しなの7号
2017/04/19 09:07
こんにちは。
私が電車で訪れたのは33年前で、運転扱いの係りの人はおられましたが、委託だったのは知りませんでした。天下の「本線」ですから、逆に国鉄が西濃側まで受け持っていたのかと思っていました。
大垣夜行も初期は美濃赤坂ゆきでしたね。あそこに長編成が入線するのも想像つきませんし、この行き先は一般の人にはピンとこなかったかも。
宮脇氏時刻表2万キロの、本線から「別れたとたんが」の南荒尾ですが、大垣夜行から乗り継いだ117系が赤坂支線に踏み込むとホーム上に人だかりができていて、朝からこんなに赤坂に行く人がいるのか、と思ったら誰も乗ってこられず、折り返しの上りを待っておられたわけですが、皆さんスタンバイが早いなあなんて思いました。
つボイさんは地元深夜番組で笑いの青春を授けて下さった方で、秘訣のコーナー、急いで行って再び帰ったら無かったコーナー、差し入れ紹介など、笑いを堪えられない内容でした。名古屋好きの私はカラオケで名古屋はええよやっとかめを歌ったことがありますが、息継ぎできないぐらいのテンポの速さには面喰いました。
NAO
2017/04/19 11:02
NAO様 こんにちは。
33年前に、自分はその列車には乗ってません。その次、午前の最終列車にはよく乗ってましたが…
その列車は通勤通学客が一番多い時間帯ですね。乗り遅れるわけにはいかない貴重な列車、早めに荒尾駅にくる人は日課だったのでしょうか。この線ではないですが、着席するために始発駅まで会社とは逆方向に行って乗車するという上司がいました。ちゃんと定期券も買って毎朝そういう通勤方法なのだそうです。
西濃鉄道の制服を着た「駅長」による美濃赤坂の出発指示合図も昭和61年1月までで省略されるようになって、以後は車掌が、駅へ駆け込んでくる乗客を気にしながら時刻と出発信号機の現示を確認して発車する方式に変更されました。

つボイさんはじめ、かつての深夜放送には楽しい番組がいっぱいありました。懐かしく思い出しますが、今は真逆のNHKラジオ深夜便をよく聴きます。ラジオもテレビも静かなのがいい。自分も変われば変わったものだと…
しなの7号
2017/04/19 13:24
再コメ失礼致します。また、西濃鉄道の補足、有り難うございます。
以前、拙ブログで書かせていただいたことがあるのですが、私の乗った117系電車最後尾車内では二人の客専さんが記入式車補の発券に大わらわでした。ICカードや車内精算機の普及で折り返し時の光景も大きく変わったのでしょうね。
NAO
2017/04/19 15:56
NAO様
私どもが乗務しているころの「美濃赤坂線」には車内片道乗車券はなく、記入式の車内補充券を使用していましたので手間がかかっていました。発行する着駅は大垣が一番多く、あとは岐阜と名古屋がほとんどでした。列車が少ないので帰路は近鉄やバス利用という方が多かったのではないかと思います。ICカードを利用するようになってから自分でも車掌から切符を買うことがめっきり減りました。
しなの7号
2017/04/19 17:33
しなの7号様、こんばんは。再コメント失礼致します。
そうですよね。旅客がメインであれば『美濃赤坂線』が正式名称として現在でも使用されている、と想像できます。しかしメインは貨物運搬、だもんで、東海道本線の支線として扱いを受けている訳ですね。石灰の採掘、運搬が今日まで継続されている結果、遠目からでもよくわかる位にまで美濃赤坂駅背後の山が削られています。
美濃赤坂駅の木造駅舎も良い味出してます。美濃赤坂線、西濃鉄道貨物運搬、この両者、現地を訪問、突っ込んで調査してみるとなかなか面白そうです。
はやたま速玉早玉
2017/04/19 23:39
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
線路名称の件は私の主観でのことですが、現況は美濃赤坂線も京浜東北線同様(でもないか?)少なくとも地元民には通称が定着しているので、問題なさそうです。
何十年かぶりに九州筑豊へ行った折、やはり石灰石が採れる香春岳が低くなって形が変わっているのにびっくりしたことがありますが、そういうことを旅の車窓から眺めるのは好きです。赤坂はそのほか中山道の宿場町で、廃線跡の遺構もあるトワイライトゾーンですね。
しなの7号
2017/04/20 08:42
こんばんは。
そういえば、名鉄局は駅名式や地図式の特殊区間用特別補充券はなかったのですね。中部地区でも静岡局は東京の影響か地図式でしたし、東京車掌区でも特急あまぎ、急行伊豆、後の特急踊り子の場合は車掌長、専務車掌でも地図式を使っていましたから、ローカルで記入式とは煩雑だったものと思います。
TOKYO WEST
2017/04/22 20:07
TOKYO WEST様 こんばんは。
そうですね。名鉄局でパンチを使うのは車片だけで、それがない美濃赤坂線では車補に「美濃赤坂〜大垣」を事前に数枚書いておいて対応したりしました。

名古屋から見て東からの乗客は地図式、西からの乗客は駅名式特殊区間用特別補充券をお持ちの場合が多かったですね。ただし関西本線に乗ると、天王寺局には地図式も見た記憶です。
しなの7号
2017/04/22 20:39
おはようございます。
おっしゃるとおり、天王寺局は天王寺車掌区と亀山車掌区で地図式を使用していましたね。
本題ですが、青春18きっぷのシーズンを中心に、これまでも東海道本線の大垣あたりは数え切れないほど通っていますが、美濃赤坂線は15年くらい前に一度乗っただけですので、夏には出掛けてみたいと思います。
TOKYO WEST
2017/04/23 10:10
TOKYO WEST様 こんにちは。
ご教示ありがとうございます。地図式は亀山車掌区にあって奈良車掌区には、なぜかないのですね。
美濃赤坂線には自分も10年以上行ってません。
しなの7号
2017/04/23 15:24
★ご無沙汰、申し訳ありませんでした。
「パソコン」を交換した際に、
ブックマークその他を
上手く移行できませんでした。
で、
美濃赤坂は、懐かしいですね。
列車係見習いの時は、
「赤ホキ」で入線しました。
★乗り物酔いした元車掌
2017/04/23 18:17
乗り物酔いした元車掌様 こんばんは。
自分の列車掛時代は、美濃赤坂線は貨車区の乗務範囲でしたので、貨物列車で美濃赤坂に入ったことはありませんでした。
しなの7号
2017/04/23 19:18

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