昭和の鉄道員ブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 【804】 乗務先で買った駅弁

<<   作成日時 : 2017/06/12 04:40   >>

面白い ブログ気持玉 25 / トラックバック 0 / コメント 20

以前、【260】レチ弁で、乗務するときに車掌が食べる弁当について書きました。そういう弁当は、地理的な問題や乗務する列車のダイヤの都合上、駅や機関区、車掌区などにある職員食堂や駅周辺の一般の食堂をを利用できない場合に限って利用できました。ローカル列車で2〜3時間で折り返すような車掌にはその必要はあまりありません。しかしあえて駅弁を買って食べたいと思うことは、私の場合にはありました。(ふつうの車掌ではそんな人はいないでしょうが)
また、乗務の折り返しで駅弁を買って、家に帰って食べた話も【570】駅弁食べ比べ 〜1987年3月国鉄最末期〜で、しましたが、今回は、乗務の折り返しで、わざわざ駅弁を買って食べたときの話です。

昭和60年3月に国鉄ではダイヤ改正があり、それからほぼ毎月1度ずつ東海道本線の米原駅に19時前に着く下り普通列車に乗るようになりました。米原到着後、折り返しの乗務列車まで1時間以上あって、その時間帯が夕食タイムでした。米原は東海道本線と北陸本線とが交わる交通の要衝で、駅をはじめとする鉄道施設は大きいのですが、街自体の規模は小さかったこともあって、夕食は駅の待合室に接した食堂で済ませるのが普通でした。私はというと、この行路では米原で駅弁を買って乗務員乗継詰所で食べることがよくありました。このころ駅弁は600〜800円が相場のようで、食堂で食べるよりも量が少なく割高だったと思いますが、乗務範囲の駅弁をなるべく多く食べて掛紙を集めたいと思っていました。当時でも駅弁は高級化と他社との差別化を意識したのか個性的なパッケージが用いられるようになってきて、ボール紙製の箱に入ったりしたものも増えつつありましたが、私が集めたかった掛紙は、昔ながらの十字に紐で縛られた薄い紙のものでした。こういうスタイルの幕の内弁当を好んで買い、掛紙は家に持って帰り保存していたのでした。
画像

米原駅「井筒屋」さんの幕の内タイプの駅弁「近江の味」当時800円。
その行路に乗務した時に買ったものです。

そのダイヤ改正から約1年経った昭和61年3月、この行路で米原に着くと、私が乗務してきた普通列車の10分ほどあとに着くしらさぎ11号の到着を待っている車内販売員さんがホーム上にいることに気が付きました。
画像
(この画像は国鉄分割民営化後の撮影)
その販売員さんが持っている駅弁の掛紙は米原駅でいつも見るものとは違いましたので、私はその車内販売員さんから車内でなくホームでその弁当を買って、その日の夕食にしました。
画像

幕の内タイプの弁当で800円。車内販売員さんは敦賀駅の弁当屋さんでした。おそらく敦賀から上りの特急に乗車して米原まで来て、折り返し敦賀に戻っていくところだったのでしょう。私は敦賀まで行く乗務行路はなかったので、米原駅で敦賀駅の駅弁を買えたことで得をしたような気になり、私の駅弁掛紙のコレクションが増える結果となりました。

季節は移り、その年の6月、またこの行路で米原に着くと、敦賀の弁当屋さんの姿を見かけました。何気なく持っておられる弁当の掛紙を見ると、3月に買った弁当とは色が違うのに気が付きました。新バージョンに変わったのだなと思い、またその日の夕食を敦賀駅の駅弁にすることにして、その駅弁を買いました。
掛紙を家に持ち帰り、3月に買った駅弁の掛紙と見比べると、色だけでなく柄も違っていました。3月のはピンクに桜の花模様でしたが、6月のは青に千鳥模様。
画像

ここで想像がつきますね。
季節によってで掛紙を変えているんじゃないか?
こうなると秋冬がどうなるのか、この行路で米原に行くときのお楽しみとなるわけです。

そしてその年10月、その行路に乗った時に気にして見ると、予想どおり秋バージョンに変わっていました。ブラウンに紅葉柄です。
画像

では、冬は…ということになりますが、この年11月には、分割民営化を前提にした国鉄最後のダイヤ改正があって、乗務行路が見事に一新されただけでなく、下位の普通車掌行路に乗せられたりして、これまでのように毎月1回ずつ決まった時刻に米原へ行くことがなくなってしまいました。たまに米原に行く行路があっても、そこに敦賀の弁当屋さんがいないことには冬バージョンの駅弁を入手することができません。どうしても入手したいなら、プライベートで敦賀まで行けばいいのですが、そこまでして入手したいわけでもないので、まあどうでもいいやと思っていたのですが、年が明けて退職まであと2か月あまりになった翌年、つまり昭和62年の1月、東海道本線下り列車で米原に19時30分に着いて、20時40分に大垣に折り返す行路に乗りました。米原で1時間強の時間があり、やや遅いながらも食事タイムでもあります。しかしいつもの特急しらさぎ11号は出ていった直後ですので、同じように買うわけにはいきませんでした。そこで時刻表を見ると、そのあとに米原始発19時49分発特急加越13号があり、この列車に車内販売があれば、なんとかなるかもしれません。このころ、北陸本線の米原口の特急列車では、列車によって敦賀、福井、金沢駅の駅弁業者さんが、駅弁の車内販売を担当していたと思われます。この列車の車内販売が敦賀の弁当屋さんの担当列車であれば、冬バージョンの駅弁を入手することができるわけです。
私は、その加越号の車掌だと間違われないように腕章を外して特急加越13号が停まっているホームに出向いて、車内販売員さんを探しますと、おられました! ワゴンに弁当満載です。幕の内一つお願いできますか?というと、出てきたのが敦賀の冬バージョンだったのでした。
画像

もし、その日の北陸線の車内で駅弁を食べるつもりで、あいにく売り切れだったお客様がおられましたら、私のせいです。ごめんなさい…

「角鹿弁当」と書いて「つぬがべんとう」
掛け紙に書かれた説明書きによりますと、「敦賀」は古来より二つの書き方があり、「角鹿」は日本書紀に書かれ、「敦賀」は正倉院に残る越前国税帳に記されているということだそうです。
国鉄最後の年にこんなことをしていたわけですが、この時点では転職先はもう内定していました。
以前【783】撮り鉄12か月…1974年4月「北陸本線鳩原ループ」で高校生時代に敦賀に行ったことを書きましたが、敦賀に行ったのはその時が最初で、その時買ったのは「元祖鯛鮨」でした。
画像

300円とは安いですが、国鉄最後の年の時刻表の欄外に書いてある敦賀駅の鯛鮨は1000円と700円の2種類があることになっています。13年間の間に2倍以上の値上げですが、国鉄時代は物価も急上昇だったことがわかります。同期間にハガキ料金・国鉄最低運賃は、ともに約4倍になっています。今月から郵便料金が改訂されましたが、平成の時代に入ってから約30年経っているのに、それほど公共料金に大きく変動はなく安定しいます。ちなみに時刻表2016年4月号によれば、鯛鮨は1030円、角鹿弁当は930円とされています。弁当の内容に変化はあるとは思いますが、鉄道運賃や郵便料金の変遷と比較するのも一興でしょう。
【758】 年賀ハガキの半世紀=日本の鉄道の半世紀
国鉄時代は値上げが続き、民営化されたあとJRは消費税がらみの値上げを除けば、30年間ほとんど運賃は上げていませんが、別にJRがエライわけではありません。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

【送料無料】お試しセット
価格:3100円(税込、送料無料) (2017/6/1時点)




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 25
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
かわいい かわいい

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(20件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
民営化後だいぶ経って、敦賀駅で買った駅弁で「磯のつぬが」という駅弁なら食べた事があるのですが、そういう字を書くとは初めて知りました。
思えば車内販売員も時代と共に乗務する列車が減ってきて以前ほど見かけることがありませんが、自分の住んでるエリア以外の車内販売員がホームにいたりすると、それはそれで当時は旅情を感じましたね…
電話番
2017/06/12 08:12
お疲れ様です。しばらくご無沙汰してしまいましたが元気に仕事しておりますし記事も読ませていただいております。私は夜勤専門ですが緊張から解放された後の朝ご飯に駅弁を買っている事がざらなのでうなずける部分があります。タイムカードを打つ支店に帰ると私が駅弁を持っているので当直の社員さんに「どこ行くん?」と訊かれますが「今日は仕事があるのでどこも行きません」と答える事がほとんどです。
鉄子おばさん
2017/06/12 09:45
★「米原」の食堂は、懐かしいです。
国鉄の庁舎内に食堂があったことは、覚えてますが、
駅の南側?の片隅にあった食堂は、
良く、立ち寄りました。
貴殿の記事を見て、
そのころの風景が、よみがえってきました。
★乗り物酔いした元車掌
2017/06/12 19:59
しなの7号様、こんにちは。
『角鹿』と書いて『つぬが(敦賀)』、これは読めません。予備知識ゼロでいきなり目の前に出てきたら『鹿だけに奈良のお弁当?でも何故海に浮かぶ小舟が描かれているの?』っておもいます。四季に応じて風景柄を変更されているのが良い、これは全種類見たくなりますね。

駅弁と言えば、ですが…
昭和50年代後半、小学生の早玉少年は、山陰本線亀岡、園部両駅で販売されていた『鮎寿司』の美味しさに感動しました。しかし現在、両駅ともに駅弁は販売されておりません。

平成2年、高校生の早玉君は、初めて新宮を訪れ駅弁『さんま寿司』を発見。『えっ?さんまのお寿司?さんまは塩焼きしか知らんぞ。一体どんな味なんやろ?』と購入したところ、あまりの美味しさに腰抜かし、すっかりハマってしまいました。南紀地方ではさんま寿司を販売しているお店が多数あり、以来、南紀訪問の度に『さんま寿司』は必ず購入、食しております。しかし新宮駅も駅弁販売は終了…(´д`|||)

大食いの高校生早玉君は、急行たかやまの車内販売で『飛騨の栗こわい』『美濃太田の釜めし』を立て続けに購入『美味い美味い!』と頂きました。
現在中年の早玉おっさんは、温泉旅で特急利用時に駅弁車内販売が行われていない点、主要駅のホームから駅弁の売り子さんが姿を消した点に関して『風情がなくなったなぁ』と寂しい思いをしております。
はやたま速玉早玉
2017/06/13 11:09
こんにちは。
季節ごとに変わる掛け紙は、趣きがありますね。
車内販売の弁当をホームで入手できるのですね。
これまたびっくりしました。
「エキゾチックジャパン」懐かしいです。
LUPIN
2017/06/13 16:00
初めまして。鉄道ファンの一般人です。
「角鹿弁当」の掛紙見覚えがあるなと思いコレクションを
探したら、冬バージョンがありました。
一緒に「角鹿すし」という掛紙も出てきました。
最近掛紙の駅弁が少なくなりましたね。

JR荷物
2017/06/13 17:05
電話番様 こんにちは。
たかが駅弁のネーミングですが、学ぶことが多いですね。本文には書きませんでしたが、夏ヴァージョンを買った翌月の同じ行路では、またホーム上の車販さんから、「鯛の舞」を買いました。
松本駅改札内の駅弁販売店舗で「しなの号に車内販売はありません」と掲示されるようになって、それがいつも目に入り寂しく思いますが、乗車時間が短縮し、供食事情が便利になった見返りということでしょうか。(ただし私が乗るのは普通列車)
しなの7号
2017/06/14 14:29
鉄子おばさん様 こんにちは。
夜勤明けの朝食は一般人の夕食に相当しますね。しかし、一般の勤め人にはわからないことでしょう。私はクルマで生鮮食品のまとめ買いにいくときクーラーバッグを持っていくのですが。先日「魚釣りですか?」とご近所さんに言われました。「買い物です」「?」
便利なのですが、普通はそういう人はいないと思うので、理解されないのは当然です。
しなの7号
2017/06/14 14:30
乗り物酔いした元車掌様
米原は、61.11で名鉄局⇒大鉄局に移管されて出勤箇所も乗泊の場所も変わってしまい、外に出ることがなくなりました。
しなの7号
2017/06/14 14:30
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
自分の住んでいる都市名の由来くらいは知っているかもしれないですが、案外周辺の地名や駅名の歴史など知らないのが普通ですね。
私が鮎寿司と言えば岐阜駅です。ローカルラジオ局のCMで、駅売りでの生録っぽい立ち売りの「鮎寿司に弁当〜」の声が聴けました。今は業者さんが廃業し、岐阜駅では名古屋駅の駅弁が販売されているそうですから鮎寿司は売られていないと思います。
さんま寿司は、紀州へ行くと“駅弁ではない”さんま寿司がスーパーでも買えましたので、自動車で行ったときにも買っていました。安価で変わったものを求めて行く地方スーパ―巡りはけっこう楽しいです。昨日もなぜか海がない長野県のスーパーで「ソイ」と「イサキ」の握り寿司発見。6貫で各298円(税抜)
美濃太田の松茸釜飯は今でも健在ですね。近くにある貴重な?生き残り駅弁なので、ひさしぶりに食べてみようかと思っております。
しなの7号
2017/06/14 14:31
LUPIN様 こんにちは。
他にも季節によって掛紙を変える業者さんはあると思いますが、そういう配慮こそが個人的に好きです。頑なに古いデザインをそのまま使い続けられている掛紙も。
窓が開かない特急が増えて駅弁販売がホームの立ち売りから車内販売に移行したことで、裏技的にその駅以外の別の駅とか車内で駅弁が入手できるようになったと言えますね。駅弁掛紙に印刷された国鉄やJRのキャンペーンロゴも時代がわかっていいなと思います。
しなの7号
2017/06/14 14:31
JR荷物様 こんにちは。
同じ掛紙お持ちの方がいらっしゃましたか♪ このほか、この時期に米原駅ホームで買った敦賀の駅弁では、ほかに鯛鮨の高級版?「鯛の舞」があります(高かった(^^;))が「箱」でした。乗務折り返しでは、本来の米原駅「井筒屋」さんの弁当も、ほかに牛肉弁当とか買っています。個人的な嗜好でいうと素朴感あふれる薄紙の掛紙が駅弁には似つかわしく思います。中身も同様で、求めやすい価格の駅弁は絶滅状態で、素朴な駅弁の代名詞である森のいかめしでも、ずいぶん高価でスーパーの駅弁フェアに出てきますね。
しなの7号
2017/06/14 14:32
しなの7号様、こんばんは。再コメント失礼致します。
『駅弁ではない』さんま寿司、頂いた事がありました。会社のオッサンの車で日帰り温泉旅の際、尾鷲で立ち寄ったお店で販売されていました。オッサンは初めてさんま寿司を見たらしく、私が手にしたさんま寿司を興味深く覗き込んで来るので『これめっちゃ美味いんすよ!』と薦めるとオッサンも購入してました。『うわ、めっちゃ美味いなぁ』とオッサン感動、2人で『美味い美味い』と頂くさんま寿司はより一層美味しい、でした。ちなみに年明け、湯ノ口温泉訪問時、帰路、阿田和駅近くのお店にて『駅弁ではない』さんま寿司購入しました。

実は急行たかやまの車内販売で購入した『松茸釜めし』の器、大切に保存しています。高校時代の良き想い出です。

駅弁は『単なるお弁当』であってほしくないです。包み紙を見て、蓋あけて中身を見て『遠くに来たんやなぁ』『俺は旅してるんやなぁ』と物思いに更け、その土地の美味いモノに舌鼓。旅の一頁を彩る存在であってほしいですね。

あ、個人的には、プラスその土地の旨いお酒があれば最高(*≧з≦)
はやたま速玉早玉
2017/06/15 00:59
おはようございます。
鉄道の要衝には駅弁がつきものだったのですが、それもだんだんと減ってしまいましたね。私も営業になって米原で乗り継ぐことが増えたものの接続時間が短く、言い換えると便利になり、途中下車出来る乗車券でも改札から出ることは滅多にありませんでした。
昭和のいつ頃だったか忘れましたが、国鉄ダイヤ素案会議?を取り上げたニュース番組がありました。畳の広間にスジ屋さんたちが集まり、そのうちの一人にインタビューされていたのですが、名鉄局と思しき方が「大阪さん(大鉄局)お願いしまして、米原での接続時間が良くなりました」。
敦賀の駅弁の記憶ですが、クルマで両親を冬の小浜に連れてゆくときに立ち寄ったのですが、旨いものは何か無いのかと訊かれ、敦賀のは1回しか食べた経験がないのに「駅弁!」と言ったところ、ではそうしようということになり、私が3種類買って来たうちのひとつがどうも角鹿弁当冬バージョン掛け紙だった記憶です。駅弁を食べる環境としては首を傾げるような、駅前商店街路上パーキングに停めて3種類を回し食べしたのですが、両親には好評でした。ああよかった。
NAO
2017/06/15 06:51
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
紀伊長島に行ったとき、地元ス―パーでは、さんま寿司以外にもアジの姿寿司もあって、一緒に行ったオッサンたちと分け合って食べたことがあります。地元スーパ―には必ず立ち寄り、酒売り場とともにチェックするのが旅の定番になっています。さんま寿司は近年になって、地元スーパーの店頭でも見かけるようになりました。
旅をしている実感を味わえることも、駅弁と地酒の重要な存在意義ですね。美濃太田の松茸釜飯は諸事情により、今は基本プラ容器らしいです。ゴミ処理の問題とかもあるようで、昔の風情はなくなりつつありますね。
しなの7号
2017/06/15 10:50
NAO様 こんにちは。
乗り継ぎが便利になり、乗車時間自体が短縮されて、駅弁と出会える機会が減りました。そもそも駅弁は駅で買うものであって特急の車内販売で駅弁を買うこと自体が不自然なのかもしれません。米原あたりの乗換では、私は1本接続列車を落とすことが多く、〇和堂へ立ち寄ったりしてから、次の列車の窓側席を確保します。
自動車で出かける場合は、車室内を飲食の場にすることが私の場合は定番です。一昨日も昼はスーパーで「ソイ」と「イサキ」の握り寿司を買って駐車場の隅で食べたばかりです。それに対して鉄道旅行での供食事情は悪くなるばかりで、さらに車内飲食までとやかく言われるようになって肩身が狭いです。
しなの7号
2017/06/15 10:50
 こんばんは、しなの7号様。
角鹿でつぬがとは難しいですね。日本語の奥深さを感じます。平成の大合併で歴史と無関係な複合名や平仮名の自治体が増えたのを嘆かわしく思っています。以前職場の同僚が筑豊本線の駅名を「なおがた・かつらがわ・はらだ」と読むので「全部違う、のおがた・けいせん・はるだ」だと教えると「そんなん読めるか、バカ九州人め!」とキレられてしまいました。
駅弁は私も好きですがすっかり高騰してしまい乗務間合の食事には贅沢品になってしまいました。かつての神戸牛・松阪牛・近江牛の駅弁もブランド牛の認証が厳しくなり内容は同じでも名乗れなくなったそうです。はやたま様が書かれていた亀岡駅弁ですが、昭和55年ごろDD51牽引の旧形客車で到着すると弁当屋さんがいない、ホームの助役さんに聞くと「改札出て突き当りを…」というので「やめときます」と言うと「行ってこいよ、列車待たしといてやる」発車ベルは私たちが戻るまで鳴ったままでした。
私は鉄道旅行の醍醐味は車内飲食だと思っていますがやりにくくなる一方ですね。東北地方に投入された701系の鉄道雑誌の記事で幹部が「ロングシート化による車内飲食の抑制と清掃の簡素化」と言ってるのを読んで、乗客のことは何も考えてないんだと悲しい気持ちになりました。
門鉄局
2017/06/24 23:58
門鉄局様 こんにちは。
平成の大合併で、市町村名がわからなくなっただけでなく、新しい市町と駅名との関連もわからなくなり、先年全国道路地図を買いました。これで少しずつ学習しなくてはなりませんが、合成されたり、かなを使ったり、その中心地ではないのに旧国名を使った身分不相応な市名などなどありますね…。「原」を「はる」と読む地名は九州に多いようですが理由はあるようですし、そもそも地名は歴史が刻まれた無形遺産ですから、安易に変えるべきものではないですね。
国鉄時代でも乗務の合間に駅ソバは食べても、値が張る駅弁を買う人は稀だったと思います。この記事のころにはホカ弁が進出してきていました。
フリー乗車券を使った普通列車の一人旅は、ふらりと自由に安価に楽しめる趣味でしたが、車内飲食できる列車が限られ、車内での居心地もよくないので個人的には鉄道離れが進行中です。(その代り過去の鉄道に思いが傾いています。)鉄道会社側にすればロングシートはいいことづくめでしょうが、ちゃんと一人前にカネ使って特急に乗るのがホントの客だろうと鉄道会社に言われているような仕打ちをうけています。
亀岡のお話は、心温まりますね。これぞ昭和の鉄道であり、同時に昭和の日本人にふつうにあった心配りだったのですが、多くの方は忘れてしまっているのか…、おそらくお若い方々は知るすべもないし、悪い国鉄のことだけが延々と語り継がれてしまっているようで、やりきれない思いがします。
しなの7号
2017/06/25 11:05
しなの7号様、こんばんは。連日連夜の再コメント(しかも所変えての)失礼致します。何度も申し訳ございません。
門鉄局様の亀岡での出来事、これこそ昭和の良きお話ですね。拝見させて頂き胸が熱くなり、嬉しくもなりました。決して数値化されない、理論理屈でも表せない、人間味といえば良いのでしょうか?今の時代に欠けているモノがそこには存在しています。
もし今、駅員さんが同様の行動をとると…上からはこっぴどく怒られ、乗客からも怒鳴られ、本部にクレームの電話が入り、インターネット上では駅員さんの悪口三昧、といった所でしょう。

昭和の鉄道の良さは、国鉄デザイン、旧客など味わい深い車両だけではありません。そこに携わる方々の人間性、とりわけ温かみ、これこそが真髄ではないでしょうか、私はそのようにおもいます。
はやたま速玉早玉
2017/06/26 00:40
はやたま速玉早玉様 こんにちは。
おっしゃるとおりだと思います。昭和の時代に褒められたことが、私どもの生活を取り巻く環境の変化で、価値観までも変わり悪しきこととして諫められることはあるものです。もちろん改善され進歩したことは数限りなくあるわけですが、性格上数値に残らない無形の文化や伝統で失われたものもまた多いですね。そういうことはただ過去の郷愁の一言で片付けるには大きすぎるように感じます。ただ人の人間性や温かさは本質的に変わってはいないはずで、それを許さない社会のもとに置かれているだけでしょう。
しなの7号
2017/06/26 10:10

コメントする help

ニックネーム
本 文
【804】 乗務先で買った駅弁 昭和の鉄道員ブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる