【87】 乗務した車両:153系電車

153系は新幹線開業前に東海道本線の準急や急行の主役として活躍した車両です。
その後登場した165系と外観はよく似ていますが、正面の塗り分けが異なっていました。
中京地区では大垣電車区に配置され、私が乗務していた昭和56年ごろは、主に東海道本線で快速運用を中心に活躍していました。朝夕に中央西線でも運用されていました。
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写真は乗務区間とは関係のない山陽本線瀬野を通過する低運転台のクハ153-0番台車を先頭にした急行「山陽」です。このように東海道新幹線の開業によって東海道筋の急行列車は削減され、山陽本線に転用されていった車両もありました。

私が153系に乗務していた範囲は

東海道本線 浜松~米原
中央本線  名古屋~高蔵寺

以上の区間でした。

当時の大垣電車区には153系のほか165系や修学旅行用から転用された155系も配置され、飯田線直通の165系限定の4両運用を除き、これらが8両編成で共通運用されていました。

153系の客室設備は165系の元となった形式ですから大差なく、車掌の仕事の面においては153系だから特別違う取扱というものはありませんでした。しいて挙げれば、まだ非冷房車が存在したこと、ドアを開閉する車掌スイッチが旧式であったことで操作が少し異なっていたことぐらいでした。
クハ153には0番台の低運転台クハ153-0番台と高運転台クハ153-500番台との2種類があって、低運転台クハ153-0番台の乗務員室(運転室)は、外観ともども165系とは雰囲気が異なり運転席の椅子も0番台は形が違っておりフワフワでした。
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写真は名古屋駅での急行「比叡」です。165系の原形となったクハ153高運転台500番台が写っています。
写真は私が車掌として乗務する以前の撮影で、宮原電車区(大ミハ)の運用だったころです。ヘッドマークが掲出されていますが、私が車掌になった頃には急行比叡号は大垣電車区(名カキ)に移管されており、ヘッドマークは廃止されていました。そのころ比叡号の車掌は大阪鉄道管理局持ちでしたので、我々が乗務する機会はありませんでしたが、間合い使用の列車には乗務していました。

それでは実際に私が乗務した153系編成をご紹介しましょう。

昭和56年8月30日
中央本線681M
8  クハ153-501 名カキ
7  モハ153-118 名カキ
6  モハ152-118 名カキ
5  サハ153-211 名カキ
4  サハ153-112 名カキ
3  モハ153-102 名カキ
2  モハ152-102 名カキ
1  クハ153-516 名カキ
(垣105)
乗務区間:名古屋~高蔵寺

この例は8両全部が153系で、中間車もサハ2両がはいって整った編成例です。
なかなかこういう編成はなくて、クハやサハの位置にクハ165が混入することが多かったと記憶しています。しかもこの編成例の先頭はクハ153の高運転台車トップナンバーの501号です。
当時の中央西線では103系のような4ドア通勤車から2ドアデッキ付車両まで運用されるばかりか、間合い運用の気動車まであって、寄せ集めのような様相でした。
この列車も神領への入庫を兼ねた運用で、高蔵寺に着くとすぐ神領へ回送されました。

昭和56年7月27日
東海道本線3130M
8  クハ165-131 名カキ
7  モハ153-101 名カキ
6  モハ152-101 名カキ
5  サハ153-215 名カキ
4  クハ153-514 名カキ
3  モハ153-157 名カキ
2  モハ152-157 名カキ
1  クハ153-538 名カキ
(垣107)
乗務区間:名古屋~浜松
多くの編成は、このように先頭8号車がクハ165であったり、中間4号車のようにクハが混入するわけです。

この編成例の3130Mは、153系の本来の使用目的である東海道本線の快速運用です。車掌になったばかりで特急や急行に乗務できないころは、たまに乗務する東海道本線の153系の快速運用は一番の花形行路でした。往年の東海道本線の急行車両で、快速とはいえ小駅を通過していくのは気持ちがいいものでした。こういう列車で車内に入ると意外と長距離の乗客が多く、乗り越しで発行する車内補充券も、一度も売ったこともないような遠い駅まで発行することが多くありました。新幹線に主役の座は譲ったものの、さすが大幹線の東海道本線だと思ったものです。

この153系も、中京地区にも117系が新製投入されたことによって廃車されていき過去のものとなりました。

この記事へのコメント

  • アルヌー

    しなの7号さん、こんにちは!
    顔が全部オレンジ色で目が大きい153系は、子供の頃の憧れでした。
    華やかな特急用車両も好きでしたが、急行用の車両も特別な感じがして、乗ってみたいな~と思っていましたが、153系には乗る機会がありませんでした。最初の編成表の列車は急行の間合い使用の編成でしょうか?急行で使っているのにグリーン車がないんですね。165系のグリーン車のような窓の日差しはあったのでしょうか?
    以前雑誌で違う色の車両が挟まった比叡の写真を見た事があるのですが、しなの7号さんが乗務されていた頃もありましたか?
    153系に乗務されていたなんて凄くうらやましいです。\(^o^)/
    2010年10月24日 12:48
  • しなの7号

    アルヌー様、こんにちは^^
    いつもコメントをいただきありがとうございます。

    私が車掌として乗務していた頃は、153系も最末期のことですので急行比叡にもグリーン車は連結されていませんでした。そのため大垣電車区の8両編成運用は急行比叡も快速や普通列車と共通に運用されていました。グリーン車が付いていたのは別運用で急行東海と大垣夜行に用いられる12両編成でした。

    153系のグリーン車サロ152は早い時期に113系用サロ112に改造されてしまい、大垣所属の急行用グリーン車はサロ163か165しかいませんでしたので窓の日除けの存在は確認していませんが、手持ちの本などではサロ165と同じように青か緑の日除けがあるようです。

    比叡号では京阪神の新快速用塗色の車両が入っていたことがあります。京阪神の新快速117系化で余剰になった153系や165系が中京地区に転属してきましたので、快速や普通列車では乗務しました。急行「きそ」や「天竜」などでも混色編成が一時期見られました。
    2010年10月24日 16:08
  • hmd

    しなの7号さん、こんにちは (^_^)

    急行用電車、新幹線世代のこともあり、あまり実車を見た記憶がないです。
    もしかしたら、鈍行旅行時に名古屋付近で遭遇したのかも知れません・・・ (^_^;)
    九州のあのピンク地の交流電車(形式は失念です )が鈍行転用されていたのは強烈に印象に残っていて、グリーン車が俗に言う「開放グリーン車」で得した気分でした(笑)
    快速は今では割と多いですが、当時は小粋な特別感 を何故か感じたりしました(笑)
    運転席のクッションの具合の違いも、面白いですね (^_^)
    2010年10月30日 14:10
  • しなの7号

    hmd様 こんばんは。
    お忙しい中、いつもコメントいただきありがとうございます。

    昼行急行は国鉄時代のL特急の増加で数が減って一般的ではなくなって久しいですね。私が専務車掌になったころでさえ、定期昼行急行はかなり減っていましたので、急行は臨時急行しか乗務したことがありませんでした。

    ここに編成をご紹介した東海道の快速は、新幹線のない時代の153系急行「東海」を思わせる走りで、今の快速より本数が少ない分、優等列車的な特別感があったと思います。
    2010年10月30日 22:37
  • maa

    しなの7号様はじめまして。
    私は浜松在住の48才の者です。
    2014年になって検索でしなの7号様のブログにたどり着きました。

    私は昭和56年4月から3年間高校生として浜松ー新居町を通学していたのでとても懐かしく読ませていただきました。
    しなの7号様の乗務する列車に乗った可能性も高いと思います。
    コメント仰っている通り113系と比べて明らかに優等列車的な特別感を感じる事ができました。
    117系初乗車の日、浜松機関区横に大量に留置された153系を見た寂しさも忘れられません。(2013年同じ場所に117系が留置されたのは分かっていても我が目を疑いました。)

    纏りの無い文になりましたがしなの7号様はじめ当時の運行に携わっていただいた皆様と大好きな153系に感謝しています。
    ありがとうございました。

    これからもブログを読ませていただきます。
    2014年01月05日 01:10
  • しなの7号

    maa様 はじめまして。
    ご覧いただきましてありがとうございます。
    子供の頃153系は急行用車両でしたが、仕事で関わった頃には快速用になっていました。それでも本文に書きましたように、特急急行の乗務がない普通車掌時代には、東海道本線での153系快速乗務では、優等列車の気分を味わっていました。
    30年の時を経て、117系が同じ場所で同じ運命に遭うのをご覧になられたときの想いはよくわかります。新幹線の車窓から、自分が何度も乗ったはずの車両が身を寄せ合うように最期の時を待っている姿を見て、時の流れが身に沁みました。
    2014年01月05日 07:18
  • ヒデヨシ

    しなの7号様おはようございます。
    またまた過去記事レスですみません
    人気記事で4位でしたので
    TOMIX153系のせい?

    私が馴染んだのはやはり東海道本線中京快速ですね
    でも以外と非冷房車の割合も多くて
    乗るときは進入してくる車輌の窓の開閉状況を確認したものでした。
    比叡もよく利用しました
    確かモノクラスに為る前は自由席のグリーン車が連結されていて奮発もしました。
    2016年10月12日 07:18
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 こんにちは。
    他に記事にしても、鉄道模型の新製品が出るたびに結構検索でいらっしゃる方があるようですよ。TOMIXといえば、1/80でまさかの159系とサロ153-900が製品化決定速報に上がってますね。そうなると153系も非冷房仕様がほしいところです。(買えないくせに無責任な発言)
    中京快速は159系引退後も155系との混結編成も多かったですから、非冷房車は遅くまでありましたね。
    比叡にグリーン車があったのは55.10以前の大ミハ編成のころでしょうか。そのころはまだ列車掛をしてましたので、便乗で比叡に乗ったことがあります。もちろん普通車ですよ。
    2016年10月12日 10:23

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