【169】 臨時列車の乗務(8):広島の14系座席車

先週に引き続き、予備勤務のときに乗務した列車を、当時のことを振り返ってみたいと思います。

昭和59年11月25日
東海道本線 8101列車
乗務区間 浜松9:43~名古屋11:07

EF65 1121 関
1 スハフ14 24 広ヒロ
2 オ ハ14 89 広ヒロ
3 オ ハ14 88 広ヒロ
4 オ ハ14 87 広ヒロ
5 オ ハ14 86 広ヒロ
6 オハフ15 23 広ヒロ
7 スハフ14 25 広ヒロ
8 オ ハ14 85 広ヒロ
9 オ ハ14 84 広ヒロ
10 オ ハ14 83 広ヒロ
11 オ ハ14 82 広ヒロ
12 オハフ15 22 広ヒロ《12号車締切扱》

創臨23 ○○学会733名
 富士~大阪(三原)

この日は東海道本線で下ってきた列車を浜松で乗継ぎ、名古屋までの乗務でした。列車はそのまま他区乗務員に引継ぎ、大阪から列車番号が変わって最終的には三原まで運転されました。
14系座席車による宗教団体の貸切列車で、機関車は下関運転所所属のEF65PF、客車は広島区の12両編成でした。
編成を見ると番号順に組成されているのが実に気持ちがいいものです。
それに12両と長い編成であるがゆえに、いかにも幹線の特急らしい雰囲気が伝わってきます。

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EF65PFと14系座席車の組み合わせは、以前のブログ記事「【157】 臨時列車の乗務(4):品川の14系座席車」で、模型で再現しましたので、今回は模型の写真はなく、すべて実車の写真ですが、いずれも乗務した時のものではありません。上の写真はご存知根府川鉄橋を行く14系座席車です。

このとき乗務した広島区の14系は、臨時特急「しおじ」として活躍した車両だと思われます。
客車使用の臨時特急「しおじ」といいますと、新幹線岡山開業時から岡山以西への連絡特急として多客期に運転されており、特急のくせに急行用の12系客車を使用していました。この設備の差のため特急料金を100円引きとしていた時代がありましたが、この14系客車が新製されたことによってそれが解消されたという経緯があります。
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上の写真は、高校生のころ、山陽本線倉敷駅西方で撮影した14系化された臨時特急「しおじ」です。

宗教団体による臨時列車は当時多数運転されていて、その時代によって使用車種も様々でした。自分としては、当時、この種の列車によく使用されていた20系寝台客車に乗務したかったのですが、残念ながらそれはかないませんでした。

このときの編成中、オハ14 82~87の6両は、JR西日本に引き継がれた後に車内のアコモデーション改造を受け、車体もムーンライト九州色に塗り替えられています。
一方、牽引機EF65 1121は、JR西日本に引き継がれ、寝台特急など客車牽引に当たっていましたが、いわゆる関西ブルトレの廃止で、JR貨物に売却されました。その後は国鉄特急色のまま岡山機関区に在籍して活躍していましたが、この3月のダイヤ改正で新鶴見機関区へ転属しました。そこで私が昼休みのウォーキングを兼ねて見に行くワムハチ牽引の春日井貨物に充当されないかなと思ってたところ、先日ついに再会が実現しました。国鉄特急色のままで春日井駅で入換作業中の姿をお目にかけて、結びとします。
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この記事へのコメント

  • 京阪快急3000

    おはようございます。
    14系座席車の車番が偶然にも「番号順」なのが、良い感じだと思いました。
    「宗教団体臨時列車」もさまざまな車両で運用されていたのですね。
    でも20系客車に乗れなかったのは残念でしたね。
    一方、JR貨物に譲渡された、臨時列車の牽引機関車であるEF65 1121と再開を果たせのは、良かったですね。
    2011年05月30日 06:52
  • しなの7号

    京阪快急3000様 おはようございます。

    車番が並んでいるのは、偶然でなく新製配置され、そのまま固定編成として運用されているからだと思います。

    EF65そのものが中央西線に入ってくることなど国鉄時代には想像できなかったことです。
    この世の中、何が起こるかわかりません。

    コメントありがとうございました。
    2011年05月30日 07:19
  • くろしお1号

     しなの7号様、こんばんは。このところ、週末のお天気に恵まれませんでしたが、お休みは如何お過ごしになられましたか。
     14系の12両編成ですか!堂々、の言葉がぴったりですね。それも連番で…納車されたそのままで使われていたのですね。車番をきちんと控えておられたからこその発見ですね。また、その後の消息も正確に把握し、このようなドラマチックな再会を果たされて…感動のストーリーです。
     臨時「しおじ」の写真も貴重です。EF65-1000のパンタはあんなに大きかったんだ、と再認識しました。
     さて、北恵那鉄道のブログを拝読しているうち、廃線跡踏査にも目覚めてしまいました。「関西急行電鉄二空廠引込線」を詳しく調べようと思っているのですが、資料が乏しく難航しそうです。
     幅広い鉄道への造詣を、これからもたくさんご紹介下さい。
     
    2011年05月30日 20:47
  • しなの7号

    くろしお1号様 こんばんは。
    コメントありがとうございました。

    休日もあいにくの天気で、日曜は家で過ごしましたが、土曜日は実家へ行ってました。

    14系座席車は、特急用設備を持ちながら、客車ということもあって、団体や臨時列車の仕事が多くて脇役っぽいところがありました。現在では14系座席車も、その多くは役目を終えていますが、改造されたものや、思いがけず樽見鉄道で最期を遂げた車両さえいまして、履歴を調べるのも一興かと思ったものです。
    それにしても牽引機EF65の1121号機と、地元中央西線で再会できるとは、それも国鉄色のままというのが、なんとも不思議な縁と言えましょう。

    廃線跡も、意外にも身の回りにあるものです。こういうものは、ネットより地元図書館の郷土史コーナーあたりに資料があったりします。これからは廃線跡も草や藪で覆われる季節です。マムシもいたりするので、お気を付けくださいませ。
    2011年05月30日 21:53
  • toseibom

    EF65PFは山国に住む自分にはなかなかお目にかかる機会がありませんでした。ちょうど東京発のブルトレ牽引機がPからPFに変わったときに、ルーバーをなくした新製の光沢ボディーにかっこよさを感じました。先日手持ちのPFで1111番を作ったときに、実車はどこにいるのかなと思ったら、長野で解体されたことをネットで知りました。自分の家の近所を通って64に牽引されたのを知って驚きましたねぇ。中央線で65を見るなんて夢のまた夢だと思っていました。でも、10番違いの1121が国鉄色のまま、頑張って、しかも中央線に入線して働いている姿をみて一度見に行ってみたいと思いました。
    2011年05月31日 22:24
  • しなの7号

    toseibom様 おはようございます。
    コメントありがとうございました。

    国鉄特急色の65PF後期型の下枠交差のPS22パンタ搭載機は、電気機関車のなかでも「ブルトレ専用」別格の感じがしましたね。そういう機関車と国鉄特急色のまま、今地元で会えるというのは感慨一入です。
    3月以降、春日井貨物の運用に、少なくとも2回は入っているようです。僚機の1122号機はまだ見かけたことがありません。
    それにしても東線は廃車回送が多いところですねえ。
    2011年06月01日 07:00
  • hmd

    しなの7号さん、こんばんは。

    牽引車両が客車から貨車へと変わりましたが、いまだに現役機であるのが嬉しいですね (^_^) しかし、ロクゴの客車牽引時代は後光が光る位の格がありました。
    後年のロクロクのブルトレ牽引化は、ある意味で非常にショックでした
    2011年06月05日 19:11
  • しなの7号

    hmd様 こんばんは。

    EF65との再会はうれしかったですね。
    もともと、貨物機であるべき65ですから、貨物牽引、それも元国鉄のワムハチの牽引ですからお似合いと思います。

    コメントありがとうございました。
    2011年06月05日 19:45

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