【450】 臨時列車の乗務(21):旧形電車クモヤ22

1985年(昭和60年)12月、浜松工場から検査上がりで出場した神領電車区所属103系の試運転を兼ねた臨時回送列車でした。

1985年(昭和60年)12月14日
試8515M~回8515M
運転区間 高塚16:26~名古屋19:12
(試運転区間は豊橋まで)

クモヤ90102  名シン
モハ102-137 名シン
モハ103- 94 名シン
クモヤ22118  名シン
  (神602)

このあと私もこの編成にお伴する形で中央本線に入りました。
回8615M
運転区間 名古屋19:33~春日井19:52
(編成は上記「試~回8515M」の逆)

始発駅は浜松工場の入出場線が接続していた東海道本線の高塚でした。上下本線に挟まれたホームのない中線からの発車。豊橋までは試運転ということで、浜松工場の職員も103系に乗車していたはずで、運転士の場合はブレーキの作動確認などで、工場の職員との連携作業がありました。車掌の場合は工場の職員と仕事上のつながりは特にありませんでした。
画像
(写真は神領電車区で別途撮影したクモヤ22118)
この列車は工場出場車両がある日だけ運転される「予定臨」と呼ばれる臨時列車で、時刻が予め決められていました。こういう列車は、その日によってつながっている車両が違うのでおもしろく、このとき検査上がりで出場したのは、中間に挟まった水色の103系2両だけです。この2両はモハで、いずれにも運転台がない中間車でしたから、前後に運転室があるクモヤがお伴として連結されていたのです。
画像

写真は神領電車区で別途撮影した103系電車です。ブルーの103系は国鉄時代に中央本線名古屋~釜戸間で使用されていました。
この列車は結果として4両とも電動車の強力編成になりましたが、クモヤ2両はいずれも「旧形国電」と位置付けられる「吊掛式」と呼ばれる駆動方式の電車でした。
先頭のクモヤ90102は、以前【287】臨時列車の乗務(14):クモヤ90とクモユニ147で、ご紹介したクモヤ90005と同形式ながら全く異なった新製車両のような真新しい車両でした。それもそのはずで、旧形国電「モハ72」の足回りをそのまま利用し、新形牽引車のクモヤ145と同等の新製車体を載せた改造車だったからです。

クモヤ22は車体長17mの短車体超旧型車ともいうべき車両で、製造年は鉄道省時代の1928年(昭和3年)でした。
画像
乗務当時はまだ昭和だったとはいえ、その時点ですでに製造後57年経過しており、その車体は風格が出ていました。もちろん製造時は旅客用で、首都圏の「省電」として従来の木造電車に代わって活躍した電車でした。
改造されて事業用車になったものですが、両側に運転台を設けたほかは、車内は改造前とそれほどかわっていませんでした。同形車のクモヤ22112が国鉄末期にイベント用として旅客用に再改造されクモハ12041を名乗っています。クモハ12041は国鉄分割民営化でJR東海に引き継がれ飯田線で活躍したあと、リニア・鉄道館で保存されています。
吊掛モータ独特の音を響かせて東海道本線上を走行するクモヤ22の乗り心地は?と聞かれても、実はもうはっきり覚えているものではありません。いつも神領でその姿を見る車両でしたし、時刻が12月の夕方ということで、そのほとんどが日没後であったこともあって、この日はカメラも持っていませんでした。

しかしこの列車が、数少ない旧形国電乗務の最後の機会となりました。

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この記事へのコメント

  • 中央西線

    神領区にはスカイブルーの事業用車(大垣区で垂井線美濃赤坂線用で使用)がいたことがあったと記憶していますが
    ご存知ですか?
    2014年01月20日 07:02
  • しなの7号

    中央西線様
    それはクモハ40800だったと思います。パンタ部分が低屋根でした。こちらは自分が臨時列車に乗務するようになる直前に廃車になってしまい、乗務することがありませんでした。
    2014年01月20日 07:28
  • 京阪快急3000

    しなの7号様 おはようございます。

    東海地区のスカイブルーの103系は、自分が子供の頃、本で見たことがあるのですが、たしか首都圏からの「お古」を持ってきたと記憶しております。

    JR東海になってから、いまや「伝説」(?)となっている「インバータークーラー」による冷房化や車体のリニューアルを行いましたが、313系の大量増備で、113系とともに、すでに本線上を走行する実車は存在しないですね。

    あと、クモヤ22の車歴を見て、驚きました。
    2014年01月20日 07:32
  • 北恵那デ2

    おはようございます。元本職の方に失礼とは思いますが(笑)、さらに大垣にスカイブルーのクモハ40050もいたと思います。ところでこれらの車輌、今乗ると決してほめられた乗り心地ではないことは想像つきますが、音だけは感動的ですらあると思います。吊り掛けミュージックですね。
    2014年01月20日 07:47
  • しなの7号

    京阪快急3000様 こんにちは。
    おっしゃるように名シンの103系には新製配置車は1両もありませんでした。その辺の事情は【71】乗務した車両:103系電車(1)でご紹介しました。
    名シンの103系に関しては
    【73】乗務した車両:103系電車(2)
    【74】乗務した車両:103系電車(3)でもエピソード等を書きましたので、今回は割愛させていただきました。
    2014年01月20日 17:01
  • しなの7号

    北恵那デ2様 こんにちは。
    神領のクモハ40のほうは半流でしたが、大垣のは切妻車だったですね。
    あいにく、そっちも乗務列車に組み込まれたことがありませんでした。
    吊掛駆動車のクモニ83とかクモヤ90には、当時ときどき乗務する機会がありました。その様子は
    【231】乗務した車両:クモニ83
    【281】臨時列車の乗務(11):名古屋工場入出場列車
    【287】臨時列車の乗務(14):クモヤ90とクモユニ147
    で書きましたが、一度くらい録音しておけばよかったと思います。
    2014年01月20日 17:06
  • C58364

    こんばんは。
    この近くで国鉄電車のつり掛け式というと70系と80系くらいですか。80系には時々乗りましたがクハかサハだったのかつり掛け音は記憶がないですね。
    つり掛け音といえば名鉄電車でよく聞きました。6000系新型通勤車からは聞こえなくなり乗り心地もよくなりました。
    足回り流用・上回り新製車は名鉄さんもお得意で、新車と思って喜んで乗っていると床下からつり掛け音が聞こえガッカリすることもありました。今であれば喜んで乗ると思いますが。
    2014年01月20日 18:39
  • しなの7号

    C58364様 こんばんは
    飯田線を別格とすれば、東海地方では80系と70系が幅を利かせていましたね。そしてなんといっても、名鉄さんの足回りの流用車は定番と言ってもいいような状況がありました。あの音もSL同様に、好きな人には心地よいものの、一般には受け入れがたいものでありましょう。けれども「一生懸命走っている感じ」の音は、SLの音に通じるものはあると思います。
    そういう私も、昔はクハに乗ることが多かったです(^_^;)
    2014年01月20日 19:08
  • ★乗り物酔いした元車掌

    ★103系は当初、基本、水色だったのですが、
    ときどき、オレンジとかグリーンが
    いたような気がします。
    乗務もしたことがありますが、
    乗務員室が狭いので大嫌いでした。寒いし。
    そして、運転士さんも嫌っていた。
    ブレーキの利き具合が馴染まなかったと聞きます。
    なにしろ、首都圏と違って、
    それなりに速度を出している状態からの
    駅への到着ですから。
    実際、ボクも乗務の時に、
    大幅に停止位置をずれた、
    と言う経験をしています。

    4枚も扉があるモノだから、
    客室は寒いこと、このうえない。
    途中、1枚を残して残りのドアを閉め切るための
    特別な車掌スイッチが装備されましたよ。

    それから、クモヤ
    笹島から大垣まで乗務したことがあります。
    番号は忘れましたが、クモヤ90だったと思います。
    単行で、その加速の良さに驚きました。
    2014年01月20日 21:20
  • 昔鉄道ファン

    こんばんは。中央西線の103系第一期生(72系置換え車)は、京浜東北線の103系初投入車が流れて来たのですよね(その後豊田区車も来ましたが)
    在京の電車ファンなら、クモハ103-3とかクハ103-90、512などの番号を見ると、懐かしさを覚えるのでは?
    1977年9月15日、名古屋発高蔵寺行635M↓
    Mc-18+M'-94+T-163+M-88+M'-119+Tc-77+Mc-17+M'-95+T-150+Tc-80
    当時は冷房車などありませんでしたね…
    国鉄のつり掛け電車は80系位しか記憶にないですが、名鉄のつり掛け車は、通学に飽きる程乗りました。
    急行運転する3880系(元東急車)の音はほとんど悲鳴に近く、揺れも結構酷かったです。

    リニア鉄道館でクモハ12041に接する事が出来るのはありがたく思います。ご面相といい吊革のない車内といい、ほぼクモヤ22そのものですもの。
    2014年01月20日 22:08
  • しなの7号

    乗り物酔いした元車掌様
    選択ドアスイッチも211系5000番台も知らない世代の乗務員の感覚からすると、103系は国鉄末期にオレンジ色で転入した4両以外は暖房強化されていたので、乗務員室は狭いながらも113系の初期車より温かく思いました。このへんは乗務した時期が異なることによる感覚のギャップでしょうか。
    2014年01月21日 08:42
  • しなの7号

    昔鉄道ファン様
    吊掛の音は、まだ各地で聴くことは可能ではありますが、高速走行での吊掛音は、近年聞くことが特に困難になりましたね。
    中央西線は113系2000番台車登場までは中古車両の寄せ集めみたいな様相でした。
    2014年01月21日 08:43
  • 鉄子おばさん

    レトロな電車のお写真ありがとうございます。外見が似た車種では山口県に小野田線というローカル線があり、そこの本山支線にクモハ42が11年前まで走っておりました。乗りたいと思っていたのですが、あちらの方面へは殆ど行かないので結局乗らずじまいでした。
    2014年01月21日 14:37
  • しなの7号

    鉄子おばさん様 こんにちは。
    本山支線のクモハ42懐かしいです。美祢線の大嶺支線とセットで乗り鉄に行ったのが14年前でした。朝晩しか列車がないので、宇部市内で宿泊しました。帰路に廃止直前の片町駅に立ち寄りました。
    あのころは、いつも出歩いていましたが、今は国鉄車両が減ってしまったので行きたいところがめっきり減ってしまいました。
    2014年01月21日 16:49
  • 鉄子おばさん

    国鉄車両が減っていく寂しさは私も同じです。地元では115系、117系、キハ40 キハ47、それになんと言っても381系が健在なのは嬉しいですが、年鑑を更新した時に運用からはずれた型式が削除されているのを見ると喪失感を感じます。私を鉄子おばさんにしてくれたのは国鉄車両ですから…JR車両は性能面では申し分ないんでしょうけど、重厚感はまったく感じません。
    2014年01月22日 00:38
  • しなの7号

    鉄子おばさん様 
    まだ西日本管内は国鉄車両が見られますね。アルミ車体で腐食がない国鉄色381系がいちばん往時をしのばせてくれる車両です。
    こちらでは少し足を延ばせば高山本線太多線にキハ40系がありますが、すでに置き換えが決まっています。
    2014年01月22日 08:50
  • 鉄子おばさん

    しなの7号様☆国鉄色の381系は残念ながら関西方面へ行かないとお目にかかれないんです。昨年3月のダイヤ改正で485系から交流器を撤去した183系が引退して381系に置き換えられ、こうのとりなどとしてまだ元気に走っております。381系国鉄色のこうのとりは秋に乗りましたが、架線が振り子電車走行に対応してないため振り子は作動しません涙ただ座席の取っ手が初期の物である事が救いでした。わーい(嬉しい顔)
    2014年01月22日 19:08
  • 早通団地

    大変ご無沙汰しております。
    遅ればせながら、本年もよろしくお願い申し上げます。

    新潟に72系を改造したクモヤ74?のツリカケ車輌が在籍していたことを思い出します。
    一度だけ新潟駅に入線するシーンを見たことがありましたが、ちょっと離れた列車内から見たのでツリカケ音は確認出来ずじまいでしたが。

    その時、485系初期型の中間車が繋がられていたので、おそらく土崎への廃車回送だろうと思われます。
    交直流改造でしたので、秋田へはなんの問題もなく入ることが可能ですね。

    結局、動いてる姿を見たのはこれが最初で最後となり、いつの間にかクモニ143改造のクモヤ143-50番台に置き換えられてしまいました。

    国鉄型が大量に残ってる新潟地区ですが、その中で古参なのがクハ115-552(新潟115系L1編成に組み込まれてます)。元々モハ114として昭和39年11月に製造された車輌ですが、昭和59年に先頭車に改造され、モハ時代よりクハの方が車歴が長くなってしまいました。屋
    根にはモハ時代のパンタ台が今でも残ってます。

    2014年度から一部の115系を置き換えることが決定してますが、果たして50歳を迎えることができるのか、非常に興味津々です(笑)

    久々に来て長くなってしまいましたが、この辺にて失礼します。
    2014年01月23日 00:41
  • しなの7号

    鉄子おばさん様 こんにちは。
    西日本の旧国鉄車両に対する仕打ち?は、なかなか見るに堪えないものがありますが、国鉄車両がたくさん残っているだけでもよしとしなければなりません。多くの鋼製車は車体が腐食して波打っていますが、やくも色になっても381系は外観に関してはきれいですね。
    国鉄色こうのとりには以前乗りに行きました。

    【160】381系こうのとり号で「大手食堂」へ 鉄分補給+α 2011.5.7
    http://shinano7gou.at.webry.info/201105/article_4.html
    2014年01月23日 13:58
  • しなの7号

    早通団地様 こんにちは。
    こちらこそよろしくお願いします。
    新潟でのことは私は知らないのですが、485系で土崎まで行くとなると交直両用の牽引車が必要になりますね。交直対応だとクモヤ441あたりでしょうか。交流区間での吊り掛けサウンドなんて、違和感すら感じますね。
    新潟は115系最後の砦みたいな様相ですが、よくぞ魔改造車が残ったものですね。運転室ユニットは新製なのでいいですが、客室部分は旧型のままのようです。スキマ風とか問題にならないのでしょうか?
    113系でも0番台と2000番台の併結編成には何度か乗務しましたが、その室内温度差は著しい違いがありました。

    【75】乗務した車両:113系電車(1)
    http://shinano7gou.at.webry.info/201009/article_16.htm
    2014年01月23日 13:59
  • 風旅記

    こんばんは。
    今回も楽しく拝見させて頂きました。
    このような業務用の列車は、ダイヤが分かる訳でもなく、駅でふと見かけたりしますととても興味を惹かれます。事業用車に挟まれた編成には、駅で待っている人にも目を向ける人がいたのではないでしょうか。
    どんなに古い車両でも、どの形式の車両とも連結して走れるように装備がされているのですね。旧型車と新性能車が編成を組んでいるのも興味深く感じます。加速も減速も合わない異形式同士、どんな走り方なのか、乗ってみたくなります。
    興味が尽きません。
    風旅記: https://kazetabiki.blog.fc2.com
    2020年02月01日 03:39
  • しなの7号

    風旅記様 こんばんは。
    たしかにこの手の列車は駅で注目を集めます。ただし、列車を待っている一般の乗客にすれば、空っぽで走っているくらいなら乗せろと言いたくなるでしょう。さらに国鉄は悪者という意識を叩き込まれた?人たちに言わせれば「客も乗せずに走るなんて無駄だ! だから赤字なんだ」などという穿った見解まで出てくるんですよ。。。

    こういう他形式と併結する職用車には対応する制御機器があり「お化けジャンパ」と呼ばれるアダプターを何組も積み込んで、連結する車両ごとにそれを付け替えることで、先頭車からの制御を可能にしていました。
    加速も減速も性能が合わない異形式同士を連結すると、どうしても加減速時の前後振動が起こります。昭和50年代までは定期列車でも旧形荷物車クモニ83を併結した113系電車で、その感触を味わうことができました。
    2020年02月01日 21:28

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