【620】 北恵那鉄道18:車両3「ク80形」

先週に引き続いて、北恵那鉄道の車両について、私が知っていることを書いていこうと思います。今回はモーターを持たない2両の小型制御車ク80形です。
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【ク80形(81・82)】
腰高な印象なのは、生まれが旧三河鉄道のガソリンカーで、床下にエンジンを持っていたためでしょう。
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画像の列車は右から左へ向かって進行しています。つまり撮り鉄さんがいうところの「後追い撮影」になります。そういうことは撮り鉄ブログではないので、いつもはそんな説明を入れておりませんが、この場合は後で必要な内容なので、あえて書いておきます。

この車両も名鉄からの転入車でしたので、北恵那鉄道最末期の営業用車両は、入換専用のデ2以外は、全車が旧名鉄車であったということになります。ク80形は2両ともモ560形が入線した前年1963年(昭和38年)に北恵那入りしています。前述のようにガソリンカーとして生まれ、戦時中は木炭ガス代燃車、戦後は電車の付随車を経て、のちに片運転台式制御車になったという経歴の持ち主でした。片運転台車ですが、元が両運転台車でしたから、前後とも車端面に向かって左側だけに乗務員扉がありました。

特筆されるのは、入線時に北恵那唯一のセミクロスシート車で、左右2ボックスずつ、計4つのボックス席があったことになっていますが、私が知る頃にはロングシート化されていました。

2両あったこの形式も、1両ごとに特徴がありました。運転室は2両とも下付知側にあり、81だけ、運転室がない中津町側に貫通扉がありました。
(左81・右82  運転室がない側からの撮影。)
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この貫通化改造は北恵那転入後に行われています。貫通式の車両は鉄道廃止時点ではこれ1両しかなく、貫通編成の相棒とされていた電動車(デ8)は一足先に廃車解体されています。

末期の北恵那鉄道には、平日に1往復だけ全区間を通す2両編成の列車があり、その列車が「ク」による唯一の仕業でした。休日は全列車が「モ」による単行運転になりましたから、「ク」の運用がなく、ふつう走行中の写真は平日しか撮れませんでした。
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画像は休日の下付知駅。在籍した3両の「ク」がそろっています。手前は休日のため運用がなく留置中のク81。そのあとク551(来週紹介)とク82。

ク80形は片運転台の制御車ではありましたが、主力のモ560形とのペアによる運転では先頭に立つことはなく付随車として使用され、事実上の「サ」でした。ク80形には下付知側に運転室があるのにもかかわらず、モ560形が先頭に立ち、ク80形はその後ろにぶら下がって、運転室側を連結面に向け、牽引される状態で運転されていたのでした。下の画像は下付知行で、クの運転室は連結面にあります。
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これに対し、冒頭の「後追い撮影」の画像は中津町行です。一見先頭とも見えるク80形の運転室は最後尾です。前寄り(左側)のモ560形のほうで運転されています。こういう編成でク80形が先頭に来ることはあり得ません。

その理由を車庫の人に尋ねてみると「ク80形の制御機器は2両とも、先に廃車になった前述のデ8に合わせていたために、廃止まで営業用に使用されていたモ560形とは制御機器が異なるためコントロールできなかったために先頭に立つことがなかった」ということでした。(おそらくHLとALの違いかと思われます。)
そうなると下付知方面行であれば、運転室がない側が最後部になりますから、最後部の窓を開放して展望車のように流れ去るレールと景色を眺められたことでしょう。

鉄道廃止後は、以下のとおりです。

81…廃止翌日に565の自力回送に付随して、山之田川駅まで回送されたあと、バス停留所横に保存されたが、のちに愛知県小牧市内へ移送されラーメン屋として利用。

82…廃止後、美濃福岡駅まで回送されたあと、現地で解体。下付知へ自力回送された561に付随して回送されたものと思われる。

廃止直後の565と81の回送には私も立ち会っています。小牧市内での状態についてもわずかですが写真があります、いずれも日を改めて紹介することにします。




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この記事へのコメント

  • NAO

    しなの7号様、おはようございます。
    イレギュラーな構造の車両が居ると気になりますね。クロスシート車だと車窓のイメージも変わったのではないでしょうか。もっとも私のような呑み助だと酒を持ち込もうとするとするから迷惑がられるでしょうが(さすがに朝ダイヤだと飲みませんが)。
    私の地元の京福嵐山線に以前、ク210型という方運転台制御車が存在しました。連結面側乗降扉は車端ではなく車両中ほどにあって、就職するまで通っていた学校にバスで行くとき、専用軌道と路面区間注ぎ目の交差点で出会うと今日1日、なにかいいことがありそう、なんて気がしました。運転席が全室構造だったらしいのですが一度も乗ることなく、悔やんでも後の祭りです。
    2015年09月03日 08:01
  • しなの7号

    NAO様 こんばんは。
    私鉄電車、路面電車、なんでも鉄道は好きでしたが、ロングシートの車両が多いので、乗ることに関して楽しいのは国鉄という嗜好になったように思います。
    撮り鉄としては、渋い塗色でポール集電だった嵐電は鉄道趣味誌で知って行きたいと思った時期がありました。しかしポール集電がなくなってから、急に行く気が失せてそのまま、いまだに全線未乗未撮影です(~_~;)
    2015年09月03日 19:08
  • 北恵那デ2

    おはようございます。この「ク80型」は非常に模型化しにくい車輌ですね。16番の話ですが、ペーパーキットを得意とするメーカーから似たような車輌が出ています。しかし、窓の配置が全く違う車種です。また、当初エンジン駆動だったために台車が前後で異なるので困難を極めます。記事にありますように平日の1往復しか運転されなかったので、乗車することは叶いませんでした。しかし「モ560型+ク80型」が通過する音を録音したものを聞きますと、何とも複雑なジョイント音です。
    2015年09月04日 06:27
  • しなの7号

    北恵那デ2様 おはようございます。
    まあ私の場合は、模型を鑑賞するだけでも目の焦点が合わず不自由していますので、キットを組む気さえなくなってしまったのですが、模型化に利用できそうな素材は思い当たりませんね。これはフルスクラッチしかなさそうです。本文に書いていませんが、ク80形はガソリンカー時代のままの台車をそのまま利用していて、旧動力側台車(運転室と反対側)だけ偏心台車というのも曲者ですね。竣工図面によると前後台車の軸距は400㎜もあって、偏心台車の表現はもちろんのこと、前後の台車の大きさの差も16番では無視できない数値です。(1/80で5㎜) 当然、表現できないようなジョイント音なんでしょう。たぶん私は録音はしていないと思います。
    2015年09月04日 08:30

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