【720】 北恵那鉄道28:「乗車券と入場券」

前にも書きましたが、私は北恵那鉄道に乗ったことがそれほどありませんでした。しかし、切符は少しですが手許にありますので、ご覧ください。

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中津町駅発行の入鋏使用済乗車券です。
北恵那鉄道廃止後に、名鉄百貨店で北恵那鉄道の廃品が売り出されました。切符も例外ではなく未使用・使用済とも、大量に出回ったようです。この乗車券は、そこで袋入りでまとめ売りされてたものを友人が買ったところ、ダブったものがたくさんあったとかで、それをお譲りいただいたものです。

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上の画像と同じで、いただき物です。こちらは未使用券で日付も入っていませんから、駅の死蔵品だったのでしょう。苗木駅は路線廃止から7年も遡った1971年には無人化されていましたし、2等と印刷されてますから、それなりに古いものです。
しかし、実際に私が乗ったとき3等表示のままの切符を渡されたことがあります。それが下の画像です。日付は昭和46年(1971年)10月17日で、この時点では2等級制すら廃止になっていました。
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まだ日中の運転が行われていたころで、母といっしょに乗っています。1区間でいいので乗ってみたかったいうことで、中津町の次駅である恵那峡口までの往復乗車券を買ったわけです。こんな短区間(1.4㎞)の往復乗車券などめったに売れなかったので3等表示のまま残っていたのでしょう。20円とありますが、そんなに安かったはずはなく、たぶん往片に「運賃変更」のゴム印が押してあったものと思います。恵那峡口駅付近は、時間をつぶせるところが何もないところでしたから、次の電車を待って帰るより中津町まで歩いたほうが早いのと、3等の表示が珍しいこの切符を手許に残したかったので、往路で電車には乗れたことだし、復路は電車を使わず2人で歩こうということになったので、復片だけ未使用で残る結果となりました。

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車内乗車券です。これも名鉄百貨店で購入した友人からいただきました。

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こちらは定期券です。北恵那鉄道ユーザーだった同級生から使用済をいただいたものです。

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続いて入場券です。以下はすべて自ら現地で購入したものです。
末期には駅員配置駅は中津町のほかには美濃福岡と終点下付知だけになっていましたが、いちばんの大駅である中津町にして、駅名はゴム印対応になっていました。
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日付から推定すると、明知線のC12 がDL化されて中津川でSLの活躍が見られなくなった翌月ですので、気持ちが北恵那鉄道に向いていた時期に当たります。おそらく学校の帰り道に駅に立ち寄って買ったものでしょう。

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ゴム印対応でありますが、下付知まで乗りにいったとき買った入場券です。赤線が入った様式でした。
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料金欄も記入する様式ですが、未記入のまま渡されました。いくらだったのか不明です。

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その3年後の下付知駅入場券。
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この日は自動車で出かけたはずです。字模様入りになり、「30円」と料金が印刷済になっていました。

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最後は美濃福岡駅。発行年が不鮮明で「5」が下にずれ、「3」は「8」にも見えますが、「昭和53年」です。すなわち廃止の年、それも廃止のわずか8日前に買った入場券です。
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当時は、日中の運転はありませんでしたから、この駅では駅員が日中不在でした。しかしこの日は日中に定員制の「思い出のさよなら電車」という企画列車が運転されていたので、撮影途中に自動車で立ち寄ったら事務室内に人影があったので購入したものです。前の下付知駅発行の入場券と様式は同じですが、料金が70円と印刷されており、この間わずか4カ月足らずの間に2倍以上に値上げされたということでしょうか。信じがたい事実ですが、並行する自社のバス運賃に合わせた結果なのかもしれません。

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廃止にあたって記念乗車券が発売されました。
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前に画像をアップしたハフ30形の車体載せ替え前後の写真が含まれ、裏面にはその竣工図面も描かれていました。
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北恵那鉄道では、それ以前(昭和46年)にも創立50周年記念乗車券を発行していますので、これで2回目の記念切符になりました。1回目の記念乗車券は【126】北恵那鉄道2:その歴史と記念乗車券にアップしていますので、ここでは割愛します。


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この記事へのコメント

  • 門鉄局

     しなの7号様、こんにちは。
    最近は硬券にお目にかかることがすっかりなくなってしまいましたね。ローカル私鉄では昭和50年代後半になっても2等表記の乗車券を発売していて驚いたことがありました。
    ゴム印対応方式は有人駅が減って各駅で使いまわせるようにしたのでしょうが味気ないですね。駅名印と印刷の文字の大きさも全く合ってないですし。
    先日平成生まれの鉄道フアンと話をしたとき、車内補充券や硬券を「見たことない」というのを聞いて世代の差をしみじみ感じてしまいました。
    2016年09月08日 13:11
  • しなの7号

    門鉄局様 こんにちは。
    硬券・車内補充券も過去のもので、ご存じない方があるのですね。
    私は今どきの車発機とかマルスの知識がないので、そう考えればアタリマエなんでしょうね(;^ω^)
    入場券については、おっしゃるとおりで、ゴム印文字の位置も捺し方も大雑把だなあと思います。
    2016年09月08日 14:03
  • NAO

    こんばんは。
    苗木ゆきと美濃福岡ゆきは上辺に入鋏されていますが、確か国鉄時代は不正乗車摘発のために時間によって鋏痕もしくは入鋏位置を変えていたと見聞きしたことがありますが、まさかそれに倣ったわけではないでしょうね、たぶん。赤線入り硬券も憧れましたか、実際に手にしたことはありませんでした。
    大井川鐵道や岳南鉄道はJR東海と連絡運輸があるので山手線内、都区内行き硬券が存在するようですが、車内改札で実際に硬券に出くわした若い車掌さんのなかには目を白黒される方も居られるような。最終的にはJR東日本管内で集札されるケースが多いと思いますが、改札業務が多忙極まり、目を白黒させる余裕があるのかどうか。
    2016年09月08日 23:51
  • しなの7号

    NAO様 おはようございます。
    車庫にはときどきお邪魔していたのですが、営業関係の方とは接点がなかったので、そうした裏話的なことをお聞きする機会はありませんでした。まあ、企業秘密でしょうからそんなことは教えてくれなかったでしょうけれど。
    ご覧のように古い入場券(昭和48年 中津町)に赤線がなかったのに、廃止間際に発行された他駅の入場券に赤線が入っています。手元にはありませんが廃止間際に中津町で発行された入場券は赤線入りだったみたいです。字模様の有無や赤線の長さなど、様式にも一貫性がなく、不思議です。

    北恵那鉄道が廃止されて2年半後に私は車掌になり、普通列車に乗務するようになりました。そのとき貸与された営業キロ早見表は誰かが使った中古品で、連絡運輸している社線とその駅名、接続駅からの営業キロと運賃が列挙してあるページには北恵那鉄道の欄がまだ印刷されており、赤のボールペンで×印を描いて抹消してありました。北恵那鉄道で発行された国鉄との連絡運輸の硬券があったかどうかは知りません。在職中に、名古屋鉄道で発行された連絡運輸の硬券はよく見たのですが、たまに見かけたのが温泉帰りと思われる伊豆急行・伊豆箱根・長野電鉄発行の硬券でした。
    2016年09月09日 06:50
  • ヒデヨシ

    しなの7号様こんにちは
    私は社線に関しては国鉄との共同使用駅や乗った線区の終点駅とかくらいしか購入していないのでよく判りませんが
    硬券でもかなり上質の部類だと思います。
    名鉄の硬券など悲しくて途中から収集をやめましたし
    ただ駅名スタンプは見たことがないです。
    赤(朱色)線入りは高級感があって良いです。
    このタイプで私が持っている中では鹿児島交通枕崎駅が唯一です。
    国鉄では1枚だけ持っていて徳島県鍛冶屋原線鍛冶屋原駅
    加古川線の方の鍛冶屋線ではないです。
    車内補充券の最高金額700円とは?
    まさか乗り通しで700円も?
    2016年09月09日 09:57
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 こんにちは。
    名鉄発行刈谷経由の連絡運輸で、青っぽい字模様の、からゆき表示になっている硬券を、乗務中によく見ましたが、あれも味があったと思いますよ。

    自分はその私鉄を訪問した時に行った日付を特定する意味で入場券や乗車券を1枚だけ買ってくることが多かったのですが、駅名がゴム印で表示された硬券入場券は、鹿島鉄道(平成15年)と長野電鉄(平成13年)で渡されたことがあります。「かじやばらせん」と入力したら「家事やばら銭」になりました( *´艸`)
    廃線されたのが早く、忘れ去られた線ですし貴重な1枚ですね。

    車内片道券の700円の欄は中津町~下付知間は廃止時点で560円だったのですから使いようがなく不思議ですね。さらなる値上げにも対応して印刷されたのでしょうか…
    2016年09月09日 11:07
  • 常夜燈

    この頃の中小私鉄や名鉄の支線では見送りや写真撮影等では
    入場券なしで入れて貰えました。そんなに出る物ではないので入場券は地紋なし、駅名ゴム印は普通でした。切符印刷会社の既製品かも。末期の地紋入り入場券は珍しいのではないかと思います。それだけ売れたということでしょうか?
    2016年09月12日 08:03
  • しなの7号

    常夜燈様 こんばんは。
    たしかに、昭和50年ころまで、私もいくつかの私鉄の車両巡りをしましたが、入場券をわざわざ買うことなく構内に立ち入らせてもらいましたね。
    おっしゃるように、表面が白で、この様式であればどの会社線でも使用できそうです。ここにアップした入場券は、すべて鉄道名が裏面に印刷されていました。表面だけ既製で大量に印刷会社で印刷しておいて、鉄道会社から注文があると、裏面だけ注文枚数の通番とともに注文した鉄道名を印刷して納品と言う手順とかが考えられますね。
    入場券は、廃止直前になると大量に売れたのではないでしょうか。
    2016年09月12日 20:27

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