【938】 スチール棚の企画展14:「夜行列車」

以前、【904】スチール棚の鉄道模型その後:2018年8月のなかで、「客車列車」の企画展をやっていますので、タイトル上の「スチール棚の企画展13」を欠番として、今回は「14」とさせていただいております。


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そのうちに死語になっていきそうな夜行列車。いつものように在庫車両に偏りがありますので、、、、、今回も「むりやり感」のある面々で繕いながら夜行列車のイメージで、今回は左方を先頭として展示してみました。
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以下、ひな壇の上から順に。。。


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最初に20系だけで組成された4編成を。

20系客車とその牽引機は全部K社製品です。

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◆EF65P+カニ21+ナロネ21+ナハネ20+ナシ20+ナハネフ23+ナハネ20+ナハネフ22

「EF65特急色」と「20系特急形寝台客車7両基本セット」の組み合わせです。20系客車の主要形式が網羅されたセットで、現行製品にモデルチェンジされた直後に購入しました。 


◆EF65 PF+カニ21+ナハネ20×6+ナハネフ22

「EF65 1000」と、「さよなら20系客車号」(平成9年にEF58 150の牽引で運転された)を製品化した「さよなら20系客車7両セット」の組み合わせで、20系が白帯2本になって国鉄末期以降に臨時列車や団体列車として使用されていたころがイメージされています。このセットでは、白帯以外にも車両によって側窓やドア窓のHゴムの色が黒ゴム化された末期らしさも表現され、「うらぶれ感」が出ています。これはこれで、最後によく見ていた20系の一時代を特化して再現したことに意義があると思わせます。


◆EF60 500特急色+カニ22+ナロネ22+ナロ20+ナシ20+ナハネ20+ナハフ21+ナハフ20

EF60 500特急色と、「20系さくら編成7両基本セット」の組み合わせです。

カニ22・ナロネ22・ナロ20・ナハフ21・ナハフ20という最上段の「20系特急形寝台客車7両基本セット」にない形式が含まれます。パンタグラフがあるカニ22の存在感!


◆EF58P+マニ20+ナロネ20+ナロネ21+ナロ20+ナシ20+ナハネ20+ナハ20+ナハフ20

EF58特急色と、「20系初期あさかぜ」編成7両基本セット」にナロネ21単品(専務車掌室がない初期車)を加えた編成です。上から2番目にあります末期仕様とは対照的で、床下と台車は灰色で登場時の初々しい感じが伝わってきます。このセットに入っているナハフ20は平面窓を組み合わせた後部妻窓が表現されていて、さくら編成のナハフ20と仕様を変えてあります。

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20系が絡んだ編成が、その下(上から5段目)にもあります。


◆EF64+スハフ12+オハ12×2+スハフ12×2+ナハネ20×2+ナハネフ22

EF64一般形前期車と「12系+20系急行「ちくま」8両基本セット」の組み合わせです。この組み合わせは1978年10月ダイヤ改正から始まり、1986年11月ダイヤ改正で20系が14系に置き換えられて終了しました。20系と12系ではサービス電源の電圧が違いますので、20系側で変圧するよう改造されたということは存じていましたので、模型では車番の印刷を変えただけだろうと思ったら、ドア上の行燈式の「B寝台」表示窓が埋められ、ドア横に新設された列車種別板表示差しの表現が追加されています。
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実は私はそういう細かい変更点に現車でも気付いていませんでした。ドアを自動ロック式から自動開閉に改造したことによる変更なのでしょうか?。


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その12系+20系編成「ちくま」の下は、、、

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◆DD51+マニ60+スユニ61+オハネフ12+オロハネ10+スハフ42+ナハ11+オハ35+スハ43+オハ47+ナハフ10 


DD51はT社製品・オロハネ10はA社製品。マニ60とスユニ61はK社「スハ32系中央本線普通列車7両セット」からの抜き取り。あとは単品の寄せ集めで、中央西線・篠ノ井線の1968年以前の「きそ」の雰囲気を出しました。


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◆キハ57+キロ28+キハ58+キハ28+キハ26+キハ26+キハ55+キハユニ26+キハ57+キハ58+キハ28


全車がT社製品です。1973年9月に乗った高山本線の下り夜行急行「のりくら9号・むろどう」をイメージしています。キハ57が混じっていますが、当時キハ57は長野運転所に集中配置されていたはずですから、ありえない編成ですが、模型のキハ58・28の手持ち車両が足りないので代用です。またエンジン1基車と2基車の位置と比率、向きもデタラメです。いちおうまだ非冷房車もあったはずですから紛れ込ませました。ツボとなるのはキハユニ26で、これは実際に乗った時に連結されていたことが強く印象に残っています。編成は当時の時刻表とともに、そのとき録音した車内放送が保存してありますので正しいと思いますが、画像の右寄りキロを含む4両が金沢経由宇出津行、中間のキハ55系3両とキハユニ26の計4両が富山行(以上のりくら9号)、左寄り3両は立山行(むろどう)ということになります。


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◆クハ165+モハ164+モハ165+サロ165+サロ165+モハ164+モハ165+クハ165+クモハ165+モハ164+クハ165


大垣夜行をイメージしました。末期に2両のサロにグリーン帯を復活させた静シスK3編成をK社が製品化した「165系さようなら急行東海8両セット」に、単品のクハ・クモハ・モハを噛ませた編成で、すべてK社の旧製品です。

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◆クハネ581+モハネ582+モハネ583+サロ581+サシ581+モハネ582+モハネ583+サハネ581+クハネ581


この編成は全部T社製品で、「国鉄583系特急電車(クハネ581 )基本セット」と単品サシ581とサハネ581を加えた9両編成になっていますが、本来は11両編成とすべきで、モハネユニットを1組必要としますので、これではパワー不足で営業運転はできないと思います。


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◆EF64貨物色+スハフ12+オハ12+オハネ15+スハネフ15


最前列の余ったスペースには客車時代末期の「ちくま」の短縮編成。

すべて単品寄せ集めで、オハネ15とスハネフ15がT社製品で、あとはEF64も含めK社製品です。

ご覧のとおりで、自分が夜行列車のお世話になったのが主に1975年前後だということと、20系の流麗なスタイルに魅せられてしまい、寝台車は20系偏重になっていますので、14系以降の寝台車編成が多数模型化されてもまったく食指が動かずに積極的に購入せず、14系以降の寝台車は各系列を少量ずつ単品で購入したに過ぎません。その中から地元では最後になった寝台車連結急行列車となった14系15形を持ち出しました。


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20系客車はさまざまな機関車とのコラボを楽しめますので、撮影後にちょっと機関車だけ変えてみました。

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DF50…特急富士(ですが、0番代)

EF66…臨時急行雲仙で65PFの代走(ですが、デカパン)

DD51…特急さくら(ですが、寒冷地仕様重連形)

C62…特急あさかぜ(ですが東海道名古屋機関区仕様)

と、無理がありありの怪しいナンチャッテ編成ですが、その時々のテイストは伝わってくるのでは?


それにしても、20系の模型は一番上の「20系特急形寝台客車7両基本セット」1編成あればそれで用が足りそうなものですが、20系には車種が多く、あとで発売される列車別のセット売りに、たとえばパンタ付のカニ22が含まれれば、セットごと買わされてしまう結果となりますし、時代による変化を表現した製品も発売され、些細な仕様の違いが表現されれば食指が延びるということで、20系ばかり何編成も買ってしまいました。さらにここにない形式を含んだ製品化はセット売りで続いていますが、ここで打ち止めです。


※以上が、10月までスチール棚に展示していた内容になります。現在の様子は次週にアップします。






この記事へのコメント

  • NAO

    しなの7号様、おはようございます。
    夜行列車のみならず(鉄道の)寝台車も死語にならなければいいのですが。お持ちの模型自体が鉄道博物館ですね。
    20系は特急時代に乗ることは出来なくて、ようやく乗れたのは急行「だいせん」でした。確か坂本衛氏も憧れの20系乗務がかなったのは「だいせん」だったような。末期はサボ差しがあったのですね。初めて知りました。
    煤煙の汚れが目立たぬように濃青に塗られた寝台客車ですが、特急指定蒸機を1両ぐらい青い試験塗装にしてもよかったような。
    2018年12月07日 09:20
  • しなの7号

    NAO様 こんにちは。
    いやいや、そうとうな無理が随所に出ていて、眼をつぶったり脳内変換が必要な部分がありすぎです。
    20系には乗務もプライベートでの乗車もありませんでした。20系客車は「絵本に出てくる特急列車」という感覚でしたが、それが、国鉄末期にくたびれた姿ではあったものの中央西線で臨客に使用されて入線し、幾度も撮影に出かけました。そういう車両が現実に地元を走っているのを感無量の思いで見送ったものですから、忘れられない車両です。

    C59に緑色と茶色の試験塗装機があったそうですので、濃紺に白線のSLがあってもいいように思いますね。
    2018年12月07日 10:03
  • 門鉄局

    しなの7号様こんにちは。
    素敵なコレクションですね。私も20系客車は大好きですが近年カトーがセット発売をすることもあって予算的になかなか揃えられず、いわゆる「殿様あさかぜ」がフル編成1本あるだけです。両端のカニ・マヤやナハネフ・ナハフを単品発売してくれると組み替えて手軽に楽しめると思うのですが。
    実車の最終期の2本帯になった姿は丸妻のカニ・ナハネフでは禿坊主のようで可哀そうでした。ならばいっそ併結相手に合わせて塗色変更したらと思ったものでした。
    20系客車や151系電車が登場後60年を経ても人気なのは、スタイルもさることながら当時の庶民の生活レベルを遥かに超えるオール電化・完全空調などを実現したことではないでしょうか?夢が鉄道車両にあり世の中の最先端を走っていた、このような時代はもう来ることはありませんね。
    私の20系乗車体験は急行銀河の一度きりでした。扉が手動のままで、発車の際には車掌・駅員さんが手分けして閉扉していたのを思い出します。
    2018年12月07日 12:31
  • しなの7号

    門鉄局様 こんにちは。
    「殿様あさかぜ」フル編成とはさすがです。このスチール棚では有効長不足で収容できませんという理由を付けて基本セット+ナロネ21でごまかしていますが、20系の車種の多さは、模型の楽しみでもあり苦しみにもなりますね。最上級クラスの車両としての格式の高さは、おっしゃるように151系電車ともども、いくら今の時代に豪華列車があるとしても、その性格からしてまったくの別物であって、またあの時代だったからこその羨望の車両だったと思います。今後、これらに肩を並べて名を遺せる鉄道車両は生まれないものと思っています。

    国鉄末期、中央西線に主に団臨で入線した20系は宮原と熊本の車両でしたが、わずかに3本ラインのナハネフ22が残っていて、これが来るとうれしかったものでしたが、当該車も含め、丸妻のおでこはパンタの擦り粉で汚れ、車体は輝きを失いくたびれた感じがしました。
    2018年12月07日 14:01
  • 3RT生

    しなの7号様、こんばんは。
    このところご無沙汰して申し訳ありません。投稿差し上げるべく捜し物を継続中ですがまだ発見できません(汗)

    存在感のカニ22ですが、「彗星」に連結されていたのを山之口あたりで見たことがあります。パンタ台だけになっていましたが異彩を放っていました。
    後年、九州で12系に組み込まれた20系のテールサインは「急行」で、12系に合わせて白線は2本になっていました。

    初めて20系に乗ったのは「瀬戸」で上京した時のこと。車掌さんが忙しくドアを閉めて回ったあと、「カチッ」と音がしてロックされるのを珍しく眺めていたのを思い出しました。
    当初、10系と違って中段を上に折り畳むのにどうも馴染めませんでしたが、そのうち中段が無くなり、寂しく思ったものです。
    さらに寝台列車そのものが消え去ることになるとは、思ってもみませんでした。
    2018年12月08日 00:51
  • しなの7号

    3RT生様 こんにちは。
    私もあの年の九州旅行で上り彗星に南宮崎駅で出会っています。初めて見たカニ22でしたが、あのころすでにパンタはなかったですね。そのあと大淀川橋梁に向かいました。

    急行「ちくま」に転用され12系と併結された20系は、当初は3本の白ラインでした。「急行」のテールマークは引退までそのままで、「銀河」のように絵入りになることはなく、「ちくま」は14系に置き換えられたときから絵入りになりました。

    20系の団臨に乗務する可能性はあったのですが、定期列車ではないので20系について職場での実車訓練はなくB5版5ページほどの資料を渡されただけでした。折戸鎖錠スイッチと折戸は業務で必要なので実車で見ておきたいと思い、地元で20系回送の撮影に行ったとき、待避のためその列車が長時間停車している駅に立ち寄って、乗務している先輩にお願いして実車の鎖錠スイッチを見せてもらったことがあります。その列車は団体輸送を終えた回送で、寝具が乱れまくった車内に寝台車独特の匂いが充満していたことは今でも記憶に残ります。

    私は20系寝台車には乗れませんでしたが10系PCと583系ECで中段を経験しました。狭い中段寝台は不評でしたが今となっては得難い経験?となりました。
    2018年12月08日 09:23
  • 103系

    しなの7号さま。

    車両にまったく疎い私ですが、これだけ並ぶと壮観!品川や尾久みたい!!

    20系は「あさかぜ」に1度。長崎へ行った「みずほ・さくら」は14系だったか?大阪へは必ず「銀河」でしたが、その20系の客室の壁や備品が使いこまれていて、ずいぶん働いてきたんだな、と乗るたびに感じました。

    東京近郊でも今夜は冷え込んできました…そんな夜に思い出すのは「はつかり」の便座(スチール製)が暖かったこと!思わず下ろした腰を上げてしまいました。他の寝台特急も便座を暖める仕様になっていたかどうかは知りませんが、ありがたかったです。
    2018年12月08日 22:39
  • オハフ33

    しなの7号様、おはようございます。鉄道模型の整理をされている記事を何度か記事にされていますが、20系客車の保有両数は多いですね。思い入れが伝わってきます。

    私の20系客車の思い出は国鉄末期の山陰本線での出来事です。当時、福知山線大阪口から旧型客車が消えて、山陰本線で最後の活躍をしていた時にワイド周遊券で乗りまくっていたのですが、夏休み中で海水浴臨の臨時急行「但馬ビーチ」に行程的に乗ることにして到着を待っていました。12系客車で来るだろうと決めつけていたところ、DD51を先頭に続く客車は屋根が丸く新系列客車よりくすんだ青の20系客車だったのです。仰天しました。真夏の真っ昼間の山陰で、しかも海水浴に行くための列車には最も似つかわしくない車両だと思いました。とにかく違和感あり過ぎだったのですが、おおはしゃぎで乗り込みガラガラの車内でヒルネを楽しめました(笑)私が20系の寝台で横になったのはあとにもさきにもその時だけです。30年以上前の出来事ですが、強烈な印象で一生忘れません。ちなみに乗降ドア斜め上の小判型の愛称表示にはご丁寧に「但馬ビーチ」と正式な幕で表示されていました。最後部ナハネフ22のテールマークは「急行」でした。
    2018年12月09日 06:31
  • しなの7号

    103系様
    模型メーカーのセット売商法で、20系がタイプ別、時代別、列車別に複数編成保有する結果となってしまいました。
    20系は歴史と編成の豪華さという点で「あさかぜ」が代表列車と言ってよいかと思います。自分のブルートレインは、乗車という点では「さくら」の14系以降です。「さくら」は名古屋からも利用しやすい時間帯でした。それに対し「銀河」は、終電後の深夜時間帯の運転で馴染みがまったくありませんでした。サンライズが同じ状態なので未だ乗車したことも撮影したこともありません。

    昭和の時代に洋式トイレは一般的でなかったと思います。考えてみると今日まで列車の洋式トイレに腰かけたことは一度もありません。そんな時代に暖房便座があったとは驚きです。 
    2018年12月09日 13:33
  • しなの7号

    オハフ33様 こんにちは。
    20系への思い入れも確かに強いのですが、これはメーカーの商法にハマった結果でもあります(*_*;  模型のさらなる減量はもう一息です。必要な形式だけを残して、あとはバラして放出するかもしれないです(;^ω^)

    「但馬ビーチ」に20系客車とは意外、それはたまげたことでしょう。そういう列車にはぜひとも乗ってみたいものです。寝台車の運用区間が短くなっていく中で、かつての「富士」のように日中も走って夕方西鹿児島に着く、そういう列車に乗った気分が味わえるかもしれないですね。
    使用されたのは宮原の波動用編成であれば、夏の書き入れ時に団臨はなく日中は20系が遊んでいるということで、昼夜分かたず一般客扱として運用されたということでしょう。夜行でなく昼行の座席車として使用されることが面白いですね。
    2018年12月09日 13:39
  • TOKYO WEST

    こんにちは。

    20系客車は記憶では、1974年瀬戸(ナロネ21)、1976年あさかぜ1号(ナロネ22)、銀河(ナロネ21)、1981年銀河(ナハネ20)、1982年十和田3号(ナロネ21)、1997年さよなら20系客車(ナハネ20)で乗っています。今思えば、後に製造された14系、24系などに比べて、車内の静粛性が格段に優れていた気がします。また、自動ドアではなく一斉鎖錠ができるドアや、各車に設けられた乗務員室(給仕室)は、”1車1”で列車給仕~乗客掛などが乗務していた時代ならではの仕様でしたね。
    14系や24系は寝台幅こそ広くなったものの、寝台のカーテンも付けたまま、自動昇降装置で上下する中段(A寝台は上段)は昼間では万年床のようで省力化が目立ちましたので、20系は人によってサービスをする時代の温かみがあった車両といえるのではないでしょうか。
    2018年12月09日 15:39
  • しなの7号

    TOKYO WEST様 こんばんは。
    20系、さまざまな車種にご乗車ですね。中でも「あさかぜ」のナロネ22が輝いています。自分は自動車に行っちゃってましたからねえ。「あさかぜ」から20系が引退する直前に、乗りに行かないかと声をかけてくれた人があったのですが、お断り申し上げてしまったのが悔やまれます。まあ20系に限りませんが、私の国鉄在職中の鉄道旅に関しては受動的で単独行はなく、すべてどなたかからのお誘いで実現しています。
    20系の後に続く寝台車は居住空間こそ向上しましたが、自分の中での鉄道車両への想いという点では20系の壁を超えることはできないと思っています。まさにTOKYO WEST様がおっしゃるとおりのことですが、20系は国鉄全盛期に看板列車として、その時代に合わせた設計で誕生しているからです。1970年代以降の国鉄新形式のすべてに共通することですが、14系以降では設備は改良されていても国鉄の苦しい台所事情がにじみ出ているなあと思います。
    2018年12月09日 21:04
  • ヒデヨシ

    しなの7号様こんにちは
    夜行列車良いですね
    夜行列車には2種類あり
    昼間の編成をそのまま夜走らせるものと
    夜行列車専用の編成であるもの
    もちろん面白いのは後者です
    10系寝台、荷物・郵便車、グリーン車、各系列の普通座席車など旧客主体編成好きです。
    KATO製品の充実でほとんど不満無しに遊べます。
    KATO20系寝台もモデルチェンジして新しいと思っていましたが実際はかなりたつんですね
    そう言えばTOMIXのカニ25発売で
    擬似20系の比較が可能になりました。
    KATOの製品方向幕が綺麗に印刷されているのもありますが楽しいです
    14系さくらや利尻もう驚きです
    583系も愛称板が印刷されていたり
    この辺り、製品は素晴らしいけど殺風景なTOMIXより私的には好き

    165系夜行
    大垣に居た時代もあるサハ164 2組み込み編成も楽しそう
    2018年12月12日 10:32
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 こんにちは。
    模型の世界では、旧客の座席車が混じったさまざまな急行が、車両の組換や増減で表現できて楽しいですね。固定編成とはいってもKATOの20系も現行製品にモデルチェンジしてから車両のバリエーションが増えて、旧形客車のようにいろんな列車が表現できるようになりましたが、列車別・時代別の基本セット+増結セットという発売形態だと、個人的には使える資金と保管場所に限界を感じます。私の場合は車両を使い回しますので号車番号や行先標は「なくていい派」です。
    サハ164となると、かなり時代を特定した編成になりますね。そのほか夜行列車には新聞輸送や郵便輸送の使命もあったので荷電が併結された153系も混じった時代を再現するのも一興かと思います。急行電車の模型も旧客同様に車両の使いまわしで編成バリエーションが楽しめるのが魅力です。所有する模型はかなり減らしましたが、A社の155系湘南色や159系(湘南色と修学旅行色)は、中京快速の混結用として最小限の車両をバラで残しています。
    2018年12月14日 13:09

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